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『『あなたはあくまでわたしのもの』』
ヤロスラーヴァ・ベルスカヤla2922

 思い返す事すら、したくない。
 それでも何度も、思い返してしまう。

 今更考えても詮無い事。けれどそれでも、何をどうしていたなら今「こう」ならなかったか――気が付けばぐるぐると思いを巡らせてしまっている自分が居る。……あの時に、この敵への対応を求められるのが力及ばぬ私で無かったならば。いや、力及ばぬと思うなら一人になりさえしなければ。隙を衝かれなければ――もっと気を張っていれば。致命的な事態になる前に、せめて増援を呼ぶ事を優先出来ていれば。何処かの段階で逃げられるタイミングは無かったか――いや、捕らわれている人々が居る以上、逃げると言う選択肢だけは取り得なかった筈だ。が……もし。あの場面で一旦逃げる事を選択出来ていたなら。立て直して再びこの敵の討伐を試み、果たし、捕らわれている人々を本当に解放する事も出来たのかもしれない。

 あの時。

 ……私は、心を殺して「逃げる」べきだったのでしょうか。
 ですが、それでは一旦は人々を見棄てる事にもなってしまうと、どうしても思えてしまったのです。
 けれどそれで「こう」なってしまっては――退かなかった私の選択が正しかったとは、到底、言えません。

 私は、どうすれば良かったのでしょう。
 何かしら、もっとましな手段を取る事も、可能だったのでしょうか。

 幾つも幾つも、頭の中で可能性を巡らせては――結局、正答には至らない。
 私は何処で間違えたのか。

 私は、どうすれば良かったのでしょう……。



 かつり、かつりと冷たい廊下に硬質の足音が響く。高らかに鳴るヒール。その音の反響の仕方がまた、日常からの乖離を演出している様でもある。何処にあるのか、不思議な洋館。全体の造りや調度品は総じて豪奢で、そのカタチだけを見るなら古式床しき大貴族の「持ち物」らしさが窺える。
 ただ、それだけではなく。どうしても何か、人ならざる魔の者の気配らしき物――までが感じられもする異様さが確実にある。堕落と退廃。絡み付く様にそんな雰囲気を纏っている様に思えてしまったのは――それこそ錯覚だっただろうか。

 何処を取っても仄暗く、どうにも湿り気を帯びて感じられもする。
 外部を冷たく拒絶する様なイメージ。
 同時に何故か、誰彼構わずはしたなくも誘い込もうとする様な猥雑なイメージも混在する。
 区別が無く、境目も無い。
 何者からも見捨てられている様な。
 逆に、そっとずっと、密やかに、秘密めかして手招きをして来られている様な、蠱惑めいた。
 まるで吸い込まれてしまいそうに思えてすら来る――昏い昏い、永遠の夜の帳。
 例えば、「夜の眷属」の住まいが如く。

 ……それは今の世では、置き換えられる現実の存在が居る。
「ナイトメア」。
 生物の――人の肉体、或いは精神を食す事によって新たな力を手に入れ進化して行く、異世界からやって来た敵性生命体。
 ……「これ」がそう、だとははっきりしていない。
 古よりの世迷言。伝説、伝承、そんな夜の眷属たる魔の者の仕業――そちらが本当、である可能性すら俄かには否定出来ない様な。
 ただ、そんな――ナイトメアの仕業と「質が同じ」としか思えない被害が、実際に、起きていて。
 SALF所属のライセンサーとして、その討伐に駆り出された。

 の、だけれど。

 ……その討伐に、失敗した。
 その「ナイトメアと思しき者」に元々捕えられていた人々は――それが「被害」だったのだ――、そのまままるごと人質にされた。
 私に言う事を聞かせる為の。
 何故、私を倒さないのか、殺さないのか、餌食にしようとしないのか。
 ライセンサーだからか。
 意趣返しか。
 気紛れか。
 そこまでの知能があるのか。
 力及ばず敗北を喫した結果。ただ虜囚と扱われた。
 のみならず、救う筈だった人々の、監視役を命ぜられた。
 敵でしかない筈の「それ」を主として臣従し、忠誠を誓い、使徒となる事を強いられた。
 捕らえられている人々を盾に。
 捕えられている人々へ、主の言葉を伝える役割を与えられた。
 主の使徒に相応しい様にと豪奢な黒薔薇モチーフのロングドレスを証として下賜された。

 ……いや。「いつの間にか、身に着けさせられて」いた。

 気が付けば赤や黒、紫の宝飾品で飾り立てられてすら居て。
 素肌にはそれこそ夜の眷属の如き、ダークカラーのメイクも施されていて。
 鏡を見れば、最早自分では無いかの様な、艶やかな女の姿が映し出されていて。

 ……それこそまるで「ナイトメア」。

 そも、その「主」の姿すら判然としない。
 男ではある様だが、姿を見せない。
 ただ、手紙で命令を送って寄越すだけ。
「おまえはあくまでわたしのものだ」と枕詞の様にまず言い聞かせてくる内容から始まる手紙。
 この芝居がかった、舞台染みた悪趣味なお膳立てにはどうにも現実感が薄くなる。
 これではまるで、悪夢の中にでも囚われてしまっているのではないかと。
 そんな希望的観測まで、頭の何処かで夢想してしまっている程に。

 そして私は。
 埒も無い戯れでしかないだろうそれら「芝居」を、唯々諾々と受け容れるしかない状況に置かれていて。
 主の使徒としての名まで、贈られると言う形で――強いられて。
 捕らわれた人々の前ではその名を名乗る様、厳に命じられていて。

 ドレスや宝飾品、メイクで表されたが如く。
 ベルベットの如き濃厚な黒薔薇の、一品種を示すその名。

 ……「黒真珠」と。

 反射的に、ぎり、と歯を食い縛っている自分が居る。
 思い出すだけで悔しくて堪らない。申し訳なくて堪らない。何も出来ない自分が不甲斐無くて、胸が張り裂けそうになる。

 ……私はヤローチカ。ヤロスラーヴァ・ベルスカヤ(la2922)
 黒真珠なんて名前では、ありません。



 廊下を抜け、人々の捕えられている部屋にまで辿り着く。扉を開けるのに俄かに躊躇いを覚える。この先にある光景を、見るのが怖い。けれど。館の主の使徒としての振る舞いをしなければ、身分の区別を弁えた相応しい態度を取らなければ――「人質」は、すぐにでも。
 そんな事はさせない。絶対に助け出す。その為にも今は、言いなりになるしかない――そう自分に言い聞かせ覚悟を決めて、扉を開く。努めて堂々と歩を進める。「使徒」らしく。

 そこに居る人々は、最低限の生存環境に置かれている。人間らしさなど求めるべくもない。ただ、生きているだけの様な状態。そして――主の糧として、精神力を日々吸われ続けている。生かさず殺さずの扱い。
 ヤロスラーヴァ――黒真珠が現れた時点で、人々からの視線は茫洋と黒真珠に集まる。やがて焦点が合えば、ひたすらに見詰めてくるだけのその視線。タスケテ。恐らくもう、言葉にも出来ない程に疲弊しているのだろう。それでも、数多のその視線だけはあまりにも雄弁に物を言う。けれど折れる訳には行かない。行かないの――……

 今の私は、黒真珠。

「私はかの御方の使徒、黒真珠。私の言葉を主の言葉と思い従いなさい」

 そう、声を張る。
 冷たくも高圧的で、まるで自分の声では無いよう。
 自身の声自体に宿る説得力に自覚はある。それで今、人々が絶望の度合いを増したのもわかる。彼らは私が敗北したその時の事を見ている。強制されている事も知っている。それでもそうなる。
 声が震える気がする。

 いや。こうしている自分は不本意さに震えているのだと、思いたいだけだったのかもしれない――……

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 ヤロスラーヴァ・ベルスカヤ様には初めまして。
 今回は発注有難う御座いました。大変お待たせ致しました。
 つい先日大きい地震がありましたが、どうぞ大過なく済んでらっしゃいます様に。

 内容ですが、まず頂いた「背景」部分からこちらなりに色々と勝手に膨らませて描写してみているのですが、これはおかしい、と言う様な致命的な違和感等無ければ良いのですが、如何だったでしょうか。
(特に今回事情がありまして、普段はしない様なポカをしてしまっているかもしれないので)
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、次はおまけノベルで。

 深海残月 拝
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グロリアスドライヴ
2021年02月17日

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