▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『月牙』
伊吹 マヤla0180)& 伊吹 リナla0811

 伊吹 リナ(la0811)が現地に到着したのは決戦の直前だった。
 アフリカ、ニジェール共和国。
 敵の牙城を前にして、周囲の者たちの緊張感が改めて伝わってくる。
 死の覚悟を胸に、何かを思うように1人黙って空を見る者がいる。
 明らかにわざとらしく、無理やりに明るく振る舞って不安を押し殺す者もいる。
 もしものためにと、愛する者への遺言をしたためた者もいるという。
 だが姉――伊吹 マヤ(la0180)はその何れでもなかろうとリナは思った。

(満身創痍とは聞いたがな。だったらむしろ……)
 張り詰めた現場の緊張感の中に姉の姿を探すと、マヤは1人離れた場所に立ち、タバコを吹かしていた。
 背筋を伸ばしてシャンと立ってはいるが、体中に大怪我を負っているのは明らかだった。
「今回の作戦を降りろと言ってきた馬鹿がいてな。この私を侮るなと怒鳴りつけてやったよ」
 マヤはリナに気づくと、こちらを振り返り艶やかに笑った。
 恐らく相手はマヤの怪我を気遣ったのだろう。
 だがまぁ、姉ならば当然の反応だろうとリナは思った。
「傷の痛みがどうした? 手でなくば足、足でなくば口……この身の自由が利く限り、ただ只管敵を斬るのみ」
 マヤは手元の太刀を手に取り、鞘から引き抜いて白刃を月明かりに翳した。
 かの国の姫君が嫁ぐ際に贈られたと言われる守り刀――君影。
 白い漆で塗られた鞘には、嫁入り道具にふさわしく愛らしい鈴蘭の模様が見える。
 だが戦いになれば、これが敵の生々しい生き血を吸って真っ赤に染まるのだ。

「私達の戦いを、この星の者たちは知らない。私の傷など今は亡き故郷の同胞が受けた苦しみに比べれば掠り傷だと話してやったところできっと、ピンとはこないのだろうがな」
 喉の奥でクックッと笑いながら、マヤは曇りひとつない白刃に月を映す。
 若い刀鍛冶が打ったという美しい白刃を愛でる姉のその所作がたまらなく美しい。
 リナはそう思った。
「……ハッ、いい顔色してんじゃねえか、姉貴」
 ニヤリと笑い返し、リナはこれから踏み込んでいく敵の本丸を見遣った。
 大将首を取られぬため、無数の番兵どもが人垣を組んでいる。
「おお、わんさか居るねぇ。野郎共も背水の陣だ、そう来なきゃな」
 リナは灼刀「空切撫子」を手に笑い声を立てた。
 これから奴らを斬って斬って斬りまくるのだ。
 隣に立つこの、満身創痍でなお闘気を絶やさぬ姉と共に。

「姉貴さぁ、もしもの時にはソイツで、俺も一思いにヤってくれるよなぁ?」
 リナはその血のような紅眼にマヤの君影を映した。
 敵には自分達を彼方に取り込もうという輩がいる。
 彼らは食物として摂取することで、あるいは何らかの洗脳をかけることで、いともたやすく敵を味方に取り込むのだ。
 リナとて簡単にそうなってやるつもりはない。
 だが、もしもの時は――。
(姉貴だけは絶対に俺を裏切らない。情にながされて判断を誤ることなどありはしない)
 君影の白刃に月を背負ったリナの姿がぼんやりと映る。
 それがきらりと翻り、今度はマヤの紅い瞳を映した。
「当然だ。この戦いの終わりを共に見られずとも、残った側が最後まで戦い抜く。それが私達の歩む道だ」
 マヤは即座にそう口にし、君影をゆっくりと持ち上げる。
 そしてその美しい切っ先を真っすぐにリナに向けた。
 妹は、地獄の底まで一蓮托生と心に決めた唯一無二の相棒だ。
 だからこそだ。
 血のような紅く鋭い眼にその姿を映し、マヤは微笑む。

「どうあってもあの牙城は必ず落とす。下賤で不躾な雑種共に悉く天罰を下し、世界の何処かに隠れている真の仇敵に我々の力を思い知らせてやる」
 地球に住まう者たちにとっては、この星での戦いが終わればナイトメアとの事は済んでしまうのかもしれない。
 何れ喉元を過ぎ去った熱さを忘れ、すぐに平穏な日々を謳歌するのかもしれない。
 だがマヤは、戦いのその先を見ていた。
 過去の戦いの傷の痛みなど、感じている暇などありはしないのだ。
(これで終わりじゃない、ここからが始まりだ)
 マヤは脳内に、戦いの果てに崩れ去ったイムソムニアと、屍だらけのニジェールの大地の向こうに続く一本の道を思い描いた。
 かつて共に戦い、無念のうちに死んでいった故郷の同胞たちが、愛した者たちが、マヤにその先を指さして見せていた。
 歩むべきは修羅の道。
 マヤが行くのは、戦いと怒り、苦しみに絶えず苛まれ歩む、暗黒の一本道だ。

(それでも同胞たちの味わった地獄に比べればマシだ……この怒りも闘争心も、全ては私の物)
 切っ先を降ろし、マヤはリナの顔を見つめた。
 そしてこう、問いかけた。
「リナが堕ちるかもしれない。だが逆もあり得る。そうなればどうする」
「俺に姉貴が斬れないと思うか?」
 リナは空切撫子の鞘に手を添えた。
 そして素早く抜刀すると、マヤの間合いに踏み込み、唐突に白刃を振りかざす。
 イマジナリードライブにより一気に血のような赤に変わった切っ先はマヤの前髪数本を散らし、その鼻先でピタリと止まった。
 リナはその間マヤが眉一つ動かさず微動だにしなかったのを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

「そん時ぁ躊躇はしねえよ。姉貴だって、分かってんだろ?」
 これまで姉と共に戦う中で、リナは常にそれだけの覚悟を固めてきた。
 戦いでどちらかが死ぬかもしれない。
 敵の手による死がもたらされるとは限らない。
(この赤い刀が、私を斬るかもしれない)
 マヤはリナの顔を、切っ先越しにまっすぐ見返した。
 一番の味方の手によって、刃の冷たさや、あるいは熱さや、己の身から一気に血液が失われていく絶望的な感覚や、絶命の痛みをその身に強く記憶させられながら、孤独で真っ暗な無の世界に落ちていくのかもしれない。
 そうならないことを信じていても、あるいは警戒して万全に備えを以って望んでも、戦いでは何が起きるのか、今はまだわからないのだ。

(私か、リナか。それでも、どちらかが残ればいい)
 たとえどちらかの身が灰燼に帰すとも、残った方がこの道を歩み続ける。
 マヤかリナか。
 この道の先で、何れ対面することになるであろう憎き仇敵の断末魔を五臓六腑に刻むのは何方なのか。
 それはまだ、予想することすらもできない。
(たとえ明日が無かろうと、進むべきは修羅道一本)
 だが――怒りを胸に進み続けるマヤが道の途中で振り返れば、後ろを追ってくるリナがいる。
 刃が粉々に折られ、指先一つ動かすこともかなわなくなったとき、その屍を、血溜まりを踏み越えて進んでいく妹が。

「篤と楽しませてもらうぜ」
 リナは刀を下ろし、そう声を漏らした。
 空切撫子の真っ赤な色が消え、刃が鞘に納められる。
「血沸き肉躍る最高のゲームを、骨の髄まで粉々に吹っ飛ぶほどの、最高の死闘をな」
 姉と共に修羅の道に堕ちた事を自覚したのはいつだったか。
 思い出されるのは、同胞達を玩具のように弄び、故郷を荒らし尽くした敵の姿ばかりだ。
(だから今度は俺が玩具にしてやる。まずは、お前らからな)
 リナはギラギラとした目でイムソムニアを見た。

 さわさわと周囲が動き出し、戦いの合図が下される気配がした。
 マヤは君影を鞘に納めると、「始まるな」とリナに言った。
「さあ行くぞ、この地に奴らの骨一つ残すな。後戻りの道はない。心行くまで暴れてこい」
「上等だ、心行くまで血祭りに上げてやるぜ」
 リナは軽く舌先で唇を舐めた。
 その視線が、かすかに自分の唇に触れるのをマヤは感じた。
 欲しがっているならくれてやろう――マヤはリナの頬をやや乱暴に引き寄せると、戯れに軽く、その唇にキスをした。
 絆を確かめ合うように、かすかに触れ合った唇。
 2人のその数秒のやり取りを見ていたのは、空に浮かぶ月のみだった。
 遠く叫ぶような風の音を背に、やがてマヤとリナは戦いの喧騒の中へと消えていった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
今回はご依頼いただきましてありがとうございます。
九里原十三里です。
ニジェールの戦い直前、ということで伊吹 マヤ(la0180)さん、伊吹 リナ(la0811)さんのお話を書かせていただきました。
タイトルの「月牙」というのは三日月の事ですね。
お二人の手にしている刀にもシンクロするイメージで書かせていただいております。
改めまして今回はありがとうございました。
どうぞ最後までグロリアスドライヴをお楽しみください!
パーティノベル この商品を注文する
九里原十三里 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.