▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『悦びに咲く花』
ノゾミ・エルロードla0468)&シオン・エルロードla1531

●懐かしの地で、ふたり

 ――これはノゾミ・エルロード(la0468)がまだ『来栖・望』であった頃の物語。

「ここには初めて参りましたが、本当に素敵な場所ですね。景色も綺麗で……。以前、地球の歴史書で中世の欧州の記録を読みましたが、その時代の絵によく似ています」
 望はバスから降りると翡翠色の瞳を大きく輝かせた。そこは中世ヨーロッパの街を再現した記念公園。
 彼女の主にして恋人たるシオン・エルロード(la1531)は目の前に聳え立つ石造りの城郭を仰ぎ、ふっと微笑んだ。
「ここのメインとなっている博物館……いや、城は欧州の貴族が150年ほど前に欧州で本宅として造ったものだそうだ」
「欧州で……? それがまた何故日本に映ったのでしょう」
「ナイトメアが欧州の攻撃を始めた頃のことだ。この城に住んでいた貴族が歴史的価値のある建築技術の粋や美術品、そして書物をどういう形であれ未来に遺したいと私財を投げ打ち、比較的安全な日本へ移したのだそうだ。もっともその貴族の末裔もいまだ欧州の別宅に住まいを移し、無事に過ごしているそうだがな」
 ――その言葉に望が目を丸くする。まさかこの大きな城そのものを東の果ての島国に移すなんて、と。
「まぁ、これだけの石造りの建物をですか?」
「はは、流石に全てではないぞ。一部はこの地から採掘される石で補ったそうだ。例えば城の傍に建つ教会や図書館、工房などは歴史書を参考に建造したという。もっとも歴史や石材が違おうとも再建にかけた技術と手をかけた者達の情熱はさして変わらんだろう。観るだけの価値はあるはずだ」
 どうやらシオンは望との逢瀬を楽しみにしていたようだ。この公園の成り立ちを事前に十分調べ上げ、そして望が楽しめるようわかりやすく噛み砕きながら話す。
 そのさりげないやさしさに望は花のような笑みを綻ばせた。
 そういえば今日のシオンはいつもの貴族めいた装束ではなく、質こそ良いがカジュアルな意匠の服を着こなしている。
 これもまた、彼女に気を遣わせないようにしているのか。それともシオンなりの逢瀬に対する心意気か。
 いずれにせよ望が彼との時間を楽しむ時だけ、豊かな髪を解くように……望はこの時間が特別なものなのだと実感すると胸がとくん、と高鳴るのを確かに感じていた。
「さて、どこから散策したものか。まずは行ってみたい場所などあるか?」
 戦の際には傲岸不遜な態度で敵を威圧するシオンだが、本来は秩序と平穏を愛する温厚な男である。
 彼は望に退屈などさせぬと言わんとばかりに公園のパンフレットを広げ、望の希望を問いつつ人気の観光スポットを勧めた。
 すると望は目を細めながら彼の厚意に応える。
「あの、それでは僭越ながら……この図書館に面した庭園を訪問したいです。今の時期ですとビオラやパンジーでしょうか? 針葉樹の濃い緑の下に広がるお花畑……可愛らしいお花が沢山観られそうです」
「ああ、それはさぞ可憐だろうな。それではまずはそちらに行ってみよう。丁度図書館の隣がブックカフェになっているようだしな、寒くなったらそちらで暖をとりながら歴史書を捲るのも悪くはない」
シオンはそう言うと自身のマフラーを外し、望の首元にふわりと優しく掛けた。
「シオンさん、これは……?」
「お前が俺のためにとっておきの姿でここまで来てくれたのでな。コートを着ているとはいえ、中がレース遣いの瀟洒なワンピースでは些か寒いだろう」
「ありがとうございます、やはりシオンさんはお優しいのですね」
 上等な毛糸を丁寧に編みこんだマフラーは羽のように軽くて、温かい。でも望にとってはそれ以上にマフラーに残されたシオンのぬくもりが心地よかった。
(……シオンさんは本当にお優しい。この方に出逢えて、そしてお仕えすることができてよかった。先見の力に頼らずとも世界と向かい合い、愛することで……ヒトは自分の幸せを掴むことも、誰かを幸せにすることもできる……ねぇ、そうでしょう?)
 望はマフラーに指を掛け、冬の高すぎる空を仰ぐ。そこに映るはかつて彼女に力の使い方を教えてくれた大切な人の面影。
 きっと彼は望に笑いかけてくれるはずだ。――『ああ、それでいい』と。


●城下町散策

 花の鑑賞を終えたふたりはどちらともなく手を繋ぎ、図書館と美術室での散策を堪能した。
そこで互いに心が満たされたところでカフェに立ち寄り、西欧由来の本格的な紅茶を味わいつつ――遠くに連なる山々をのんびりと眺める。
「……ここに来て、懐かしく思う。美しい城に自然豊かな風景……俺がかつて大切に思っていたものによく似ている」
「それはシオンさんの……故郷、ですか?」
「さて、それはどうだろうな。何しろ、この世界に転移してからも大切に思えるものは増えた。小隊の臣下、守るべき民、それに……ここにいる理由は何よりも……」
 そこでシオンはふっと笑い、望の翡翠の瞳を見つめる。そのまなざしは柔らかいのにとてもまっすぐで――望は吸い込まれてしまいそうな感覚に陥った。
 だからこそ、今になって心のうちに潜めていたものがほころびはじめる。このヒトの前で、隠し事も虚言も無意味であると。
「私は……正直に申し上げますと、かつては生まれついて宿された力とこの赤い髪に運命を委ね、神を崇める地と民のために生きることが宿命と諦めていた面がありました」
「……生まれついての責務、か。守るべきもののためとはいえ、胸が痛む話ではあるな」
 シオンも思うところがあるのだろう。カップを傾け、ぬるくなりかけている紅茶の渋みを舌で転がしてはまなざしを落とした。
 けれど望は表情を昏くすることなくシオンに向け、柔らかな胸に手を当てて微笑む。
「しかし私の家族は世界を憎むことなく、むしろ深く愛するため私に生きるための術を教えてくれました。だからこそ私も……この地に転移した際に、大切な方と共に過ごす中でようやく見つけられたのです。自分を縛り付けていた過去を振りきり、これからの自分と大切な方々の未来の幸福を見届けるための目を」
 そう言って望はシオンの手に華奢な指先を添えた。桜色に染めた形の良い爪がシオンの白い肌にほのかな熱を宿していく。
「望……」
「私は先見の力を持って生まれたことに苦悩したことはあれども、自我を否定することはありません。ただ、それよりも今は視える未来よりも掴める可能性の方が愛おしく、信じられるのです。この地で出逢えた主君たる方が、私に道を示してくださったように。目の前に暗雲が立ち込めようとも懸命に足掻けば闇は晴れ、光あふれる未来が掴めると……そう教えてくださったのは他ならぬシオンさんなのですよ」
「そうか……それならば、良かった。俺も望という純潔にして欠けることの許せぬ存在に出逢えたことに感謝しよう」
 ――かつてシオンは英雄だった。しかし王の命により掛け替えのないものを犠牲にし、それとともに自身も滅ぶと考えていた。
 けれど彼は不思議と生き延び、この世界に転移。そこで出逢った多くの人々を今度こそ守り抜き、誰もが安心して暮らしていける世界を作り上げようと思ったのはこの奇跡あってこそのことだった。
 そして自らの未来への幸福を願うようになったのも――目の前の愛しい女性がいるから。
 そこでシオンは、小さな宝石箱を差し出した。それは先ほどふたりでそぞろ歩いた城下町風のショッピングエリアで購入した品。
「望、これは俺からの願いだ。ささやかな品だが、気が向いた時にでも身に着けてもらえれば嬉しく思う」
「えっ……これは……?」
 シオンが宝石箱を開くとそこには白百合を象った翠瑪瑙のカメオが慎ましく収まっている。
それをシオンが手にすると、彼は可憐な首筋を出している望に黙して腕を伸ばした。やわらかな金の鎖が優しい音を立て、驚くばかりの望の首を彩る。
「ああ、やはりよく似合う。望の赤褐色の髪には柔らかな翠と百合が似合うと思っていた。何より白百合は純潔を表す花……お前に相応しいと思っていた」
「……! ありがとうございます。このペンダント、ずっと大切にしますね……!」
 首飾りは首周りから胸元を飾るアクセサリーでありながら、首という命を繋ぐ場所を縛る主従の証でもある。
 それをシオンが意識しているかは誰も知る由がないのだが、望にとってはそれが自分の存在意義を表す証なのだと――愛おしげに何度も白百合の彫刻を撫でた。


●永遠はすぐそこに

「楽しい時間というのはあっという間ですね……冬は特に日が暮れるのが早いのが口惜しいです」
 望はブックカフェで購入した本を片手に、バスの出発時刻を確認すると眉尻を僅かに下げた。
 この公園はドラマのロケ地や結婚式場に使用されることが多い反面、採石場がルーツであるため交通の便が些か悪い。
 ぽつぽつとクリスタル風の照明に灯りが灯されていく中、望は情報端末に向けて小さくため息を吐いた。
 次のバスが来るまで、残りは2時間。できればシオンに寒い思いはさせたくないというのが彼女の本音だった。
 しかしシオンは全く焦る様子もなく、望の手を引く。
「時間のことなど気にするな。それより、ほら……今日は……今だからこそ見せたい景観があってな」
 彼が大きな手を差し出した先は――特別な夜景が広がる街。東京の煌びやかさや京都の風流さともまた異なる、どこか西欧めいた端正な輝きがそこにあった。
「まぁ……宝石を散りばめたような街!」
「ああ。美しいだろう? この街は地球にある光景で、俺がいた世界に最も近い場所だ」
「シオンさんの……世界ですか?」
「ああ……もう帰れぬ地になってしまったがな。ゆえに、俺は決めたのだ。この世界を終の棲家とする代わりに必ずや民を護り抜こうと。その中で最も護りたい、傍にいたいと思ったのは……望、お前だ」
 その瞳には迷いなど全くなかった。
 彼は先ほど『生まれついての責務』と重い口調で呟いていたが――それは彼が高貴なる者だったからこそ背負ってきた重荷だったのだろう。
 望がかつて巫女として民に崇められた反面、墓守や巫女としての役割を担ってきたように。
「主の心に、私が……?」
「ああ。だからこそ望……今、俺の故郷に最も近いこの風景、そしてこの時間に……これを受け取って欲しい。生涯の誓いと共にな」
 シオンはそう言うと鞄からヴェルベットのジュエリーケースを取り出した。中にはプラチナで誂えたルビーのリングが――2個、並んでいる。
「この世界では俺がいた貴族社会と異なり、自由に恋をし、結ばれる自由がある。お前が俺と共に歩むのならば俺はお前の道を塞ぐ者を斬り捨て、護り、何処へなりとも連れて行ってやる。そして四季のつづれおりを肩を並べて眺め、次の世代に幸せを繋ぐ。それは誰に命じられたわけでもない。俺が、俺のために望むことだ」
「……シオンさんっ!」
 望はとっておきのパンプスの爪先が土に汚れることも厭わず、シオンの厚い胸元に望が飛び込む。その軽さにシオンは驚きながらも――優しく彼女の背を抱きしめた。
「……俺でいいのか? 言い出したのは俺だが、この通り不器用な男だ。それでも俺と共にいることを望は願うのか?」
「勿論です……ずっと、この世界で貴方の傍で生きると決めていました」
 望は、幸せそうに笑っていた。
 けれどその翡翠の瞳は潤んでいて、今にも真珠のような涙が零れ落ちそうでもある。
「不束者ですが、これからもどうぞよしなに。共にひとつひとつ、夢を叶えていきましょう。可能性という宝石を数えながら」
「こちらこそ宜しく頼むとしよう。お前の手……これからは片時とて離しはしない」
 そう言ってシオンは望の指をまるで硝子細工でも扱うように大切に支え、左手の薬指にリングを嵌めた。リングの内側には互いのイニシャルが彫られている。その心遣いが尚のこと愛おしい。
 そこで早速望もシオンの指輪を手にしたが、彼の指輪には鎖が通されておりペンダントとなっているようだ。きょとんとする望みにシオンは恥ずかしそうに、笑った。
「俺の戦は守るための戦いだ。戦の中で指輪を……望の名に傷をつけるのは嫌だった。だから指の代わりに首に掛けることにしたんだ」
 ふたりの体に輝く白金の煌き。それは異なる世界で生まれ、数奇な運命を辿ったふたりを繋ぐ赤い糸となるだろう。
 それは木陰で交わされる口づけと同じく――心を温める絆となるに違いない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
大変お世話になっております、ことね桃です。
今回はノベルのご発注をくださり誠にありがとうございました!

以前秋のシナリオでおふたりの幸せなお話を描かせていただいて
またご縁がありましたらぜひ! と願っておりましたので本当に嬉しいです。
メイドさんと主君でありながら本当は心の本質は平等で、
大切に想いあっているという関係性がたまりませんね……これからはもっとお幸せに!

なお、もし修正すべき点がございましたらぜひOMC経由でご連絡くださいませ。
すぐに修正させていただきますので……。
今後とも何卒よろしくお願いします!
パーティノベル この商品を注文する
ことね桃 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.