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『きざはしの上と下』
柞原 典la3876


 カンザス州保安官事務所からSALFに依頼が入った。牛が怯えているので、ナイトメアか野生動物かどうか調べて欲しいとのこと。柞原 典(la3876)はそれを引き受けたライセンサーの一人だった。結局、ナイトメア残党が牛を狙っていたことが判明し、無事に討伐がなされた。

 保安官事務所の保安官代理たちは典のことを覚えていた。人が足りなくて頼まれた牛の回収任務。殉職した筈の同僚が遠く離れた州でうろついているから調べて欲しいと言う依頼。その両方に典は参加していた。なおかつ、比較的目立つ容姿であったので、印象に残っていた様である。
 彼らは、典にエルゴマンサー討伐の礼を述べた。彼らからしたら、同僚の顔を使った不届き者でしかないので、そう言うのは当然のことである。彼が出現する度に派遣されたライセンサーたちとのやり取りを知っているわけもなく、ただ「恐ろしくも忌むべき物」として認識しているのだろう。
 典がエルゴマンサーと交わした約束の数々も、決戦での心を懸けたやり取りも。典が彼に抱いた想いも。この保安官代理たちは何も知らないのだ。
 彼らにとってはそれが当然だと思う。だから典は愛想笑いを作り、
「あんたらがええんやったら良かったわ」
 それだけ言った。この一年数ヶ月で、自分はだいぶ変わってしまったが、この程度の人あしらいはそつなくこなせている。


「俺、ちと寄るとこあんねん。報告頼んでもええ?」
 同行ライセンサーたちに報告を任せて、典は一人、墓地に足を運んだ。比較的新しい墓を目指す。墓碑には故人の名前が刻まれている。エルゴマンサー・ヴァージル(lz0103)が擬態していた、保安官代理の墓だ。その前には花束が備えてあった。白い百合の花だ。家族か友人が供えていったのだろう。どこか厳かな雰囲気を醸し出すのに一役買っている。先客に出くわさないで良かったとも思う。これから故人に告げることは、遺族や友人たちにはとうてい受け入れられないことだろうから。
「任務のついでで来たさかい、手ぶらで堪忍な」
 SALF制服の、丈の長い上着を翻しながら、典は墓石に語りかけた。墓地は静まり返っている。時折、何らかの鳥の声が聞こえた。あいにくの曇り空だったが、それが不思議と落ち着きをもたらしている。

「もう報告あったやろうけど、あんたを喰うたナイトメアは討伐されたで」
 思えば、彼の殉職が、典とエルゴマンサーを引き合わせたきっかけだった。
「喰われた方には不本意極まりない話やけど、俺はそのおかげで兄さんと出会えたんやわ。おおきに言われても困るやろうけど……おおきにな」
 もし、喋る故人に言ったらなんと返されるのだろうか。典はあまり、自分の都合の良い様には考えない。善良だったと言われる故人だが、とんでもありません、と言われるとは思っていなかった。良くて困惑、悪くて逆上されるだろう。聞きたくない、と言われるのが、一番ありえそうに思えた。

「せやけど……兄さんあんたが大好きやから、恋敵でもあるしで俺も複雑なんよ?」
 一面に咲く喇叭水仙の花畑。壮観だった、美しい眺め。あの中で一人、ライセンサーたちを待ち構えていた。永遠に返事のない恋に囲まれて。それほどまでに、強く思っていたのか。
 その花を蹴上げて、典は彼に迫った。黄色い花畑に、青と白の蓮の花弁を降らせて。楽しいと思わせてくれと。
(どうせお前は俺の約束だって信じてないんだろ)
 僅かでも他人の言葉に心動いてしまったあの時。報われぬ恋に片足を突っ込んだ瞬間だった。ミイラ取りがミイラになるとはよく言ったものだ。
「はぁ」
 溜息を一つ。改めて、故人に対しては様々な感情が湧く。
(想われて、羨ましい)
 それは嫉妬と背中合わせの羨ましさだった。
「……本物兄さんには『嫉妬』を教えられたか」
 苦笑して、煙草を咥えて火を付けた。形見のライターの蓋を閉じてポケットにしまう。煙を吐き出すと、それはすぐに曇り空と同化して見えなくなった。匂いだけが漂う。
 ナイトメアだったり、故人だったり、この世のものではない存在にばかり感情を教えられている気がする。縁とは不思議な物である。もう一口吸ってから、煙る口元で笑い、
「あんたは地獄にはおらんやろうけど、兄さんが迷うてそっち行ったら、行先間違うてるて追い返してな」

 天への階が目の前にあったら、エルゴマンサーは登るだろうか。一目会いたいと。登ってしまったとして、故人に会ってしまったらどんな顔をするのだろう。喜ぶのか、恥じ入るか、狼狽えるか。典には見せない可愛げのような物を彼には見せるだろうか。そう考えると、やはり妬けてしまう。故人の方は困惑するだろうが。困惑ついでに追い返してくれ。

(俺に地獄で待ってる言うたんやから、寄り道せんとちゃんと地獄いてくれへんと困るわ。ちゅうか、わかってて登ったら嘘吐きやん)
 地獄で問い詰めてみようか。それでも、どこか抜けていた彼のこと、うっかりはありえそうな気がして。故人にでも頼んでおかないと、待たされそうな気がしている。そうしたらそれはそれで、山ほど文句を言ってやるのだけれど。
「駄賃や」
 彼は煙草を吸わないらしい。けれど、典が差し出せる物は他になかった。残りの煙草を箱ごと墓前に置いて、立ち去る。

 鳥が見送るように短くさえずった。湿った風が、首元に吹き込む。もうすぐ雨が降るだろう。
 典は墓地の門を出ると、タクシーをつかまえて帰路に就いた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
初登場で既に亡くなっていた故人ですが、存在感は地味にあったなぁ、と思うなどしています。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月17日

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