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『玉響の刻、月に誓う』
不知火 仙火la2785)&不知火 楓la2790


 ゆらゆらと、川の水面に月が浮かぶ。
 はらり、はらはら、水面に桜の花びらが舞い降りる。
 両岸に桜並木がアーチを作る川の上を、小舟が浮かぶ。その船の上に二人の男女が乗っていた。
 持ち込んだ料理を肴に、日本酒をちびり、ちびりと飲んでいる。

 水辺に落ちた桜の花びらを『花筏』と呼ぶらしい。
 月も花も、水の上ではどうにも不安定で、水流に流され、ただ身を任せるしかなく、寄る辺ない佇まい。
 それは自分達に似ている。不知火 楓(la2790)はそう思った。
 盃に口をつけ、桜を見上げる不知火 仙火(la2785)の横顔をじっと見て、思いを巡らせる。

 彼は私の恋人だ。そうなったのだ。それは嬉しいことで。
 けれど、まだその自信がない。
 彼には『唯一無二の相方(あいかた)』がいる。恋愛においては自分を一番に考えてくれるかもしれないが、心の全てを独占することはできない。
 されど、仄暗い優越感もある。
 彼は自分を選んだ。というより、口説き落としたのだが。これから40年は、僕のものだ。渡さない。そう言い切れる。
 先ほどから、仙火が楓を見ないのも不満だった。見ない理由も推測がつくのだが、代わりに見続けるのが『桜』というのが、内心複雑な気分になる。
 袖をくいっと引くと、仙火の視線が桜から楓に移り、ふいに目を逸らす。

「ふふ、どうしたんだい? 僕の着物姿なんて珍しくないだろう」
「いや……まだ慣れないというか……、正直照れる」

 ふたりは長い、長い、付き合いの幼馴染みだ。その間、楓は凜々しく男のように振る舞い続けた。影でなにくれとなく世話を焼いてくれていた補佐役だった。二人は男女の垣根を越えた絆で繋がっていた。
 けれど仙火が楓を女として、意識し始めたのはずいぶん最近なのだ。未だ戸惑うのも無理はない。
 今日の楓は女物の着物を着ていた。あでやかで艶やかな着物姿の美女がそこにいる。
 紅の襦袢に、白い薄物を重ねて。仄かに緋色が透ける白い着物には、桜が散っている。銀糸で上品な模様が描かれた藤色の帯には、梔子色の帯揚げが飾られ、銀の帯紐できちっと止められた。
 珊瑚の簪が飾られた黒髪は結い上げられ、白いうなじと一房落ちた髪が色香を放つ。
 仙火はうっかり楓に見とれてしまいそうになって、それを誤魔化すように、月を愛で、桜を愛で、酒に溺れて、気を逸らせ続けた。

「もっと褒めてくれても良いんだよ」
「ああ、似合ってるよ。……だから困るんだ」
「そういう仙火も……いつもと違うよね」

 伊達男な仙火なら、華やかな着物すら着こなせてしまうし、実際普段の着物はもっと派手だ。
 なのに今日は藍鼠色の落ち着いた着物だ。
 色は地味でも、上質な織物であるのは一目でわかる。博多帯も銀糸が入っているが渋い黒で、侘び寂びという風情の粋な物。洒落た大人という雰囲気を漂わせている。
 やんちゃな仙火らしくない落ち着きぶりに、楓も調子を崩して、そわそわしてしまうのだった。

「まあな……似合わねえか?」
「ううん。そんなことないよ。よく似合ってる」

 大人びた着物を選んだのは、仙火の男の意地である。
 女の楓から『口説き落とす』と男前に宣言されて、ぐいぐいと引っ張られて付き合うに至った。それは仕方ないとしても、やっぱり付き合ったからには、男らしく引っ張りたい。
 着物くらい大人っぽく背伸びをしてみたというわけである。

 そんな互いの慣れない姿にたじろきつつ、けれど二人は花より団子とばかりに、酒を楽しんだ。
 船の中にはお重と日本酒瓶、そして2つの杯が用意されていた。
 お重の中身は楓の手製弁当で、日本酒を用意したのは仙火だ。

「煮しめが美味いな。塩気はしっかりあって、でも出汁が効いてて。酒にあう」
「この日本酒も美味しいよ。結構値が張ったんじゃない?」
「楓の料理は美味いに決まってるから、それに相応しい酒じゃねえとな」
「仙火の好みは知り尽くしてるからね」
「ああ、とっくに餌付けられてる」

 美味いに決まってると断言されると、少し面はゆい。前は当たり前だと穏やかに受け止められたのに。これが恋だろうか。
 楓が作ったお重は、春らしい料理が詰め込まれていた。
 仙火が褒めた煮物は、新じゃがが煮崩れやすいから、きちっと取った出汁を低温にして、ゆっくり味をしみこませた。
 桜エビとあおさの天ぷらは、冷めてもしっとりさっくり香ばしく。アスパラの肉巻きはぎゅぎゅっと肉々しい旨味を詰め込んで。
 日本酒のあてである珍味は、春の山菜をちりばめてみた。
 薫り高きふき味噌に、菜の花の辛子和え、うどとわかめのぬた。どれも口に含むと春の匂いがした。夜風に冷えた酒をくぴりと飲む。
 飲兵衛な二人だから、何より酒にあうことを一番に考えた料理の数々に、舌鼓をうちつつ、酒がくいくい盗まれる。
 何度こんな刻を過ごしただろう。……幼馴染みとしてだが。
 恋人になって、まだ日が浅い。こうして二人っきりで過ごしているのに、どうにも恋人気分がしない。
 それが楓には焦れったい。

「花を愛で、酒を飲む。いつもの僕達だね」
「ああ、そうだな」
「もうちょっと、恋人らしいことしない?」

 そう言いながら杯を横に置き、唇に艶やかな笑みを浮かべた。楓は身を乗り出して向かい合い、仙火に迫る。
 月が輝く宵闇の中、遠くの灯りに照らされた楓の妖艶な美しさに、思わず仙火の腰が引けた。
 ぎしり。船が音を立てた。これではまるで、仙火が押し倒されそうな勢いだ。

「酔っちゃった」
「楓がこの程度で酔うわけ、ないだろう」
「じゃあ、船に酔ったかな。揺れるからね」
「……」

 せめて口づけくらいと楓が迫るのが、仙火としては面白くない。
 仙火の交際経験からすればこの程度どうということはないのだが。楓は特別だから、大切にしたいから、あまり軽率に手出しをしないように我慢してきたのに。そんな気遣いを楓は気づいていないのか。
 いや、気づいていて、焦れったいのだろう。

「僕の水着姿だって見てるのに、今さら着物ぐらいで照れることないだろう?」
「状況が違う。今は船の上で二人きりなんだぜ」
「二人でスイートルームにだって泊まったじゃないか」

 ランテルナのスイートルームに二人きりで泊まった。1度目は幼馴染みとして。2度目は恋人として。
 あの時も、スカート姿の楓の姿に仙火は戸惑っていた。思い出すだけで笑みが零れる。

「あの時は楓が逃げようと思えば、逃げられた。叫べば従業員が飛んできただろうな」
「……」
「でも、今ここは逃げも隠れも、助けを呼ぶことさえできない」

 両岸の桜に灯りが瞬き、川を照らし出す。その光は頼りなくて。だから互いの顔ははっきりと見えるが、遠目には誰も解らないだろう。
 たとえ、ここでどんなことが起きたとしても。
 船から一歩踏み出せば、川に落ちて溺れるかもしれない。小さな舟に逃げ場など何処にもない。

「……」

 楓は口づけより先のことを思い浮かべ、仙火の真っ直ぐな瞳にはっとする。慌てた表情を表に出さないように必死に押さえ、けれど耳が赤くなるのを堪えきれない。
 仙火と違って、交際経験などない楓は、存外ウブなのだ。
 慌てたことに気づかれぬよう、仙火からゆっくり離れようと身体を起こしかけると、その手首を掴まれ引き寄せられる。そのまますっぽり仙火の腕に包まれた。
 楓は抱きしめられてびくりを身を震わせる。何をされるのかと、緊張しながらぎゅっと拳を握りしめるが、そのまま何も起きなかった。
 しばらく仙火の腕に包まれていると、安心感でほっとした。仙火が自分を大切にしてくれてるのは解るから。何も不安に思う必要はないんだって、改めて気づいて。
 仙火の胸に顔を埋めて、赤くなってるかもしれない顔を隠す。

 仙火は楓を優しく抱きしめ、その柔らかな感触を直接感じつつ思う。
 温かい。このぬくもりを、自分はいつまで抱えていられるのだろう。
 二人の寿命差を考えれば、確実に仙火が見送る側で。いずれ看取らなければならないと解っていて、愛することの恐ろしさ。未だに覚悟が定まりきらない。
 だから楓を女として扱う事を避けてきた。大切な存在を、より大切な位置に押し上げてしまったら、失う日が来たときに耐えきれない気がして、怖かった。
 そんな臆病な仙火を叱り飛ばした少女と、口説き落とした楓がいて、ようやく楓を思う気持ちを受け入れられた。
 いつかは失うと知ってるから、こうして過ごす当たり前の日々が何より愛おしい。
 緊張で身を震わせた楓が愛おしくて、赤い耳に口づけながら囁く。

「楓は俺の物だ」
「仙火は僕の物だ」

 楓が囁き返し、心の中で「僕が生きてる間は」と付け足す。
 僕が死んだらあの子に任せると決めたのだ。他の誰でもダメで。無二の敵方(あいかた)になりたいと願った彼女だからこそ託せる想い。
 あの子に嫉妬してしまうのに、結局あの子を頼ってしまう。自分は狡くて醜い。
 仙火の腕に包まれたまま、顔を上げて夜桜を見る。それだけで凜々しくもまっすぐな彼女の姿が目に浮かぶ。
 清流の如き清々しさを持った、彼女が眩しくて、目を細めて、自分にないものを持つ彼女に焦がれる。

「……桜、綺麗だね」

 たった一言、されど想いは重く。その言葉の重みに、仙火は気づいたのか解らない。けれど言葉は間違えない。

「ああ、綺麗だな。きっと紅葉も綺麗なんだろうな」
「……え?」
「夏は蛍、秋は紅葉、冬は雪。楓と景色を楽しみ、酒を飲み交わしたい。楓じゃないとダメなんだ」

 女二人で何やら企んで、宣言されたことは覚えている。楓が死んだ後は、アイツにと。仙火の気持ちも知らないで、勝手に決めて……と呆れた。
 楓が天寿を全うするほど、先のことなど解らないが、今は楓の事だけを考えて生きると決めたんだ。その想いを込めて、ぐっと力を込めて抱きしめる。
 その力強さに、狂おしい愛を感じて、楓は多幸感を感じた。

「……俺は楓が好きなんだ」
「うん」
「他に変わりはいないんだ」
「うん」

 耳に囁く愛の言葉が心地よくて、楓は仙火の甘さに溺れた。長い抱擁の末に、やっと楓の身は解放された。
 互いに名残惜しげで、けれど少し照れて。楓は仙火の左側に座る。

「向かい合うより、隣に座る方が良いね」
「ああ、しっくりくる」

 仙火の左は楓のもの。そう決めているのだから。今までも、これからも、それはずっと変わらない。
 そっと仙火の肩に頭を預けて見上げると、仙火は優しく微笑んで楓を見下ろした。自然と仙火の手は楓の肩を抱く。

「月が綺麗だな」
「ずっと前から月は綺麗だよ」

 かつて、不器用な仙火が伝えた、婉曲的な愛の言の葉。楓は逃げ腰な仙火を許さず、鋭く問うてきたのだが。今日は素直に受け入れた。
 ずっと前から仙火を愛していた。その片思いは終わりを告げ、今や二人の想いは通じ合っている。
 仙火は二人分の盃に日本酒を注ぎ、楓に一つ渡す。
 並々と注がれた酒に、月が浮かんでゆらゆらと。仙火が告白した日も、月が綺麗な夜だった。

「これからの道を二人で歩むと、改めてこの月に誓って」
「僕もこの月に誓うよ」
「俺の何十年か、預かってくれ」
「僕の一生を、きみに捧げるよ」

 二人で杯に口づけて、酒とともに月を飲み干す。
 自然と顔を合わせ、見つめ合い、真剣に告げる。

「俺は楓が愛おしい。だから大切にしたい。嫌がることはしたくねえ」
「僕が嫌がらなかったら?」
「もちろん……」

 その言葉の続きは必要なかった。自然と二人の顔が近づいて。酒精の匂いがくちづけに漂う。

 未完成の二人だから、心は複雑にゆれる。
 水面に浮かぶ花びらのように、この愛の先が、何処へ流れていくのかわからない。
 けれど、それさえも愛おしい。恋は予測不能だからこそ、人は恋に焦がれる。
 桜の花びらが舞い、月光が二人を優しく包み混む。夜の水辺。
 二人の玉響(たまゆら)の刻は、ゆらゆらと、すぎていった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【不知火 仙火(la2785)/ 男性 / 21歳 / 心を預けて】
【不知火 楓(la2790)/ 女性 / 21歳 / 体を預けて】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

互いに相思相愛で、愛の言葉を囁きあっているのに、二人の内心は微妙にすれ違う。そんなジレジレ感が、楓×仙火カップルの魅力だと思っています。
このカップリングの左右は固定派。楓さんが攻め。異論は認めます。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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2021年02月19日

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