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『Ice breaker』
柞原 典la3876


 ――アイスブレイカーでございます。

 横浜中華街にはBAR文化が根付いている。
 その中の一つ、柔らかなネオンで模られたカメがのんびり出来そうな印象を与えてくれたBARに柞原 典(la3876)が足を運んだのはいつだったか。
 予想は的中し、店内は淡い間接照明と揺れるキャンドルライトが木目調で統一された重厚感ある内装をしっとりと灯し、酒の種類も料理の種類も多い。
 何よりおっとりとした口調のマスターと知的なクマのようなシェフとの掛け合いも楽しく、初来店で終電を逃してしまって近隣のホテルの世話になったのも今となってはいい思い出だ。
 そこで知ったカクテルの一つが“アイスブレイカー”だった。
 オレンジの香りとグレープフルーツの苦味とグレナデンシロップの甘みが来る。そしてテキーラのパンチが効いたカクテルだった。

 ――アイスブレーカーは海の上の氷を壊しながら進む砕氷船や砕氷器の事だそうですが、転じて関係を砕いて打ち解けるとか、穏やかにするという意味になったそうです。

 直前に別れた仲間が丁度話題にしていたからという理由で注文したのだが、飲んでみて『面白いな』というのが最初の印象だった。
 その印象が変わったのは、恐らく離別の後、最初に飲んだカクテルにコレを選んだからだろう。
「あぁ、兄さんと初めて逢うた後、最初に飲んだカクテルもこれやったんや」
 飲んで、思い出して、そうしたらもうダメだった。
 その日は酷い酔い方をした。
 二日酔いどころか三日酔いし、店にも酷い絡み方で迷惑をかけたのだが、マスターは首を横に振って典の謝罪を不要ですと微笑んだ。


 以来、典はこの時期はなるべく酒は家で飲むようになったし、件のカクテルに至っては苦い思い出のくせにその甘さを思い出してしまって飲みたくなるので、終ぞ自分で作れるようになっていた。
「まるで中毒みたいや」
 テキーラだけではキツすぎる。
 同じようにグレープフルーツジュースを使ったカクテルでは味も香りも物足りない。
 最後にオレンジの皮で香り付ける為、オレンジを良く買うようになった。
「口づけて欲しかったなぁ」
 切り取ったのオレンジの皮に口づける。
 その酸味と苦味と華やかな香りが彼を思い出させて典を容赦無く打ちのめす。
 それでも泣けない典の代わりに堕ちた果汁がカクテルを完成させた。

 典にとって世の中はフェイクだらけで、自分だって“柞原典”という模造でしかなかった。
 本名は無く、拾われた土地と産着にあったという一文字だけをタグ付けられたヒトの皮を被った“獣”だと。
 仏教系の施設で育った事も影響し、何かに執着することも無かった。
 自分の生にも他人の愛にも興味がなかった。
 そんな“獣”が唯一執着することが出来た。
 その結果、“柞原典”はヒトだと言うことを思い知った。
 何故なら執着した――愛した者こそ『ヒトの皮を被った獣』だったからだ。
 ナイトメアとの共存は許されない。
 どう足掻いても倒すしか無く、作戦決行のメンバーを見て、どう考えても彼には死しかなかった。
 だから、殺して欲しかった。
 約束を守って欲しかった。
 お前が欲しいと渇望して眼球を抉り取り、口づけるように全てをバリバリと食べて欲しかった。
 木っ端微塵に砕けたい……それくらい彼を求めることを止められなかった。
「こないに俺の事苦しめて、ほんま酷い人や」
 よく女の子達が「なんでそれでも好きなんだろう」なんて言っていたが、今なら心から同意できる。
 甚大な被害妄想。彼が聞いたら眉を顰めて「俺のせいじゃない」と言うかも知れない。
 ……それとも楽しそうにあの唇に弧を浮かべてくれただろうか。
 たまに熱に浮かされたように「貴方と運命を感じる」なんて一方的に言われたこともあった事を思い出し、生来リアリストである典は苦く笑う。
「運命の人、か……何で選りに選って兄さんやったんやろうね……」
 次いつ会えるのだろうと希った日々は既に遠く。
 今となっては夢の中でもいいから逢いたい。
 そうしたら長い指に指を絡めて、抱きしめて、口づけて――笑いあえるだろうか。
 もしくは最初から嫌ってくれれば良かった。
 他の誰かに色目を使ってくれれば。
 そうすれば運命など信じることも無く、これほど執着することも無かっただろう。
 それをしない彼だったからこそ、残された典はこんなにも苦しい。
 正しく、四苦八苦を体感していた。
 この世には苦痛しか無いと解いた釈迦はやはり正しいのだと典は痛感する。
 そして、得も足りず業の深い典は解脱も転生も許されず地獄へ落ちるだろう。
 そうすれば、彼と寄り添える。
 すれ違ってもまた埋めあって、獣では無かった典とヒトでは無かった彼は同じモノになれる。


 形見のライターを灯すこと無くただ眺めていると、その視界に入った光りに気付く。
 それはテーブルの上に放置されたスマホのメールの着信を知らせる点滅だった。
 この時期になるとかつてのライセンサー仲間が他愛ないメールを送ってくるのだ。
「……ほんま、みんな律儀やなぁ」
 確認する事もせず、グラスを傾け、淡い橙色に溺れる。

 ……仲間の1人が遅い初恋を自覚して、失った日というだけなのに。

 そういえば、と数日前に届いたクール便があったことを不意に思い出した。
 差出人は仲間の1人で、ひんやりとした細長い箱を開ければ手紙も熨斗も無く、日本酒ツウの彼らしく一升瓶だけが詰められている。
 それは今飲んでいるカクテルと同じ名前の日本酒。
「へぇこんなんあるんやねぇ」
 愛らしい動物のラベルの裏を見れば『ロックでも熱燗でもお好みで』と書いてある。
「大雑把やなぁ」
 折角冷やしていたのだし、ロックにしようと氷を取り出した。
 涼やかな音を立ててグラスに氷を入れ、口開けした透明な酒を注ぐ。
「日本酒のロックってあんま飲んだことないなぁ」
 グラスを回し、氷を馴染ませてから口を付ける。
 香りは爽やかで、口の中では甘さが先に来た後、米の旨味がふわりと余韻を残して喉へと落ちていく。
 通常の冷酒と違い、氷が入ることでアルコールの濃度を感じさせないのだろう。
「……ん。美味い。おおきになぁ」
 グラスを空へ掲げると、外が白んできている事に気付いて典はベランダへと出た。
 夏の暑さも和らぎ、涼やかな夜明けの風が典の髪を揺らした。
 溶けた氷によってまたさらにまろやかになった味わいを楽しみ、肴代わりに紫煙をくゆらす。
「あぁ、もう朝なんやね……」
 氷が溶けるように。
 典の凍えそうなナカにも日差しの暖かさが染み入ってくる。

 『地獄で待ってる』
 新たに結ばれた最後の約束だけで生きている。
 本当ならば今すぐにでも逢いに行きたい。
 だが彼以外に殺されることは許されない。
 ゆえに自死を選ぶことも出来ない。
「難儀な性分やわ」
 短くなった煙草を摘まんで口から離すと、ゆっくりと煙を吐き出す。
 白く細い煙はまるで蜘蛛の糸のように空へと昇っていく。
 その糸が消えるのを見届けて典は部屋へと戻ると、煙草を灰皿に押し付け、遮光カーテンを閉めて布団に潜り込む。


 ……今日こそ、彼に逢えますようにと願いながら。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la3876/柞原 典/純白のカーネーション】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 ダウナーな時期の一日。
 典さんの周囲にいる人達は、そんな典さんを放っておけないんじゃないかなぁと。
 浮上するトリガーとなるのはそんな仲間からのメールだったり贈り物だといいなぁと妄想を広げてみました。
 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。


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グロリアスドライヴ
2021年02月19日

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