▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『氷菓の絆――さよならなんて言わないし言わせないんだから! 』
桃簾la0911)&磐堂 瑛士la2663


●惜別の時まで、あと少し

 2061年、春。
「……もうじき、異世界転移の訓練が開始されますね。地球で自由を満喫できるのもあと少し……」
 桃簾(la0911)は壁掛けのカレンダーに書き込んだ日程を確認すると小さくため息を吐いた。
 既に帰還すべき『座標』を見出しているペンギン達の多くは宇宙船で故郷へ向かった。
 一方で、あるエルゴマンサーはオリジナル・ナイトメアへ『想像の力』という答えを伝えるためランダムに転移を繰り返し、彼らの本拠地たる『ホーム』へ向かうという。
 そして放浪者達が乗る宇宙船が次々と完成しつつある今――故郷への帰還を目指す桃簾には2つの選択肢が与えられていた。
 ひとつは桃簾の故郷に繋がる座標が見つかるまで地球で待ち、確実かつ安全に帰還すること。ただし座標の特定までにかかる時間は不明だ。それが明日なのか数十年先になるのかはわからない。
 もうひとつはかのエルゴマンサーと同じく、目指す地を見つけるまで転移し続けること。例えどれほどの距離を跳ぼうとも、諦めずに。もしかしたらほんの数時間で故郷に帰れるかもしれない、逆に何年もかけてようやく帰還を果たす者もいるかもしれない。
 いずれにせよ――どちらも時間的に大きなリスクを孕む計画だ。
 けれどその選択肢が放浪者達に示された日、桃簾は迷うことなく後者を選択した。この結果に友人の磐堂 瑛士(la2663)は「やっぱりね、桃ちゃんらしいや」と笑う。
「おめでとう、桃ちゃん。これで故郷に帰ることができるようになったんだね。家族と懐かしい風景、護りたい人々もきっと会える。それは素敵なことだ……本当におめでとう」
「ありがとう、瑛士。早速先ほど帰還プロジェクトの参加申請を済ませました。後日宇宙船内での生活におけるセミナーと訓練の日程が発表されます。それまでは自由にして良いとSALF本部から伝えられました」
 ――それはいつまでかかるかわからない旅に挑戦するための準備。
 プロジェクトが始まればきっと以前のように瑛士と新作アイスを探す時間はなくなってしまうだろう。そして彼と飾り気のない言葉を交わしあえる楽しい時間も。
 そこで、現在。カレンダーを捲りながら桃簾は日程を逆算する。
 自由に使える時間を数えると彼女は手慣れた様子で瑛士の端末にコールした。
(……残りはあと3日。荷物の最終チェックと室内の片づけを考慮すると1日半ぐらいは余裕があるはず……!)
 そこで早速電話に出た瑛士はわざと飄々とした口調で「どうしたの、桃ちゃん? また新作アイスでも見つけた?」と受信。
 しかし桃簾は真剣な声音で彼に問う。
「瑛士、これから遊びにいきませんか。もし無理でしたら明日でも良いのですが……瑛士が望むところへ行きましょう」
「へ? アイスじゃなくて? どうしちゃったの?」
「これは……今までの瑛士に対するわたくしなりの謝儀です。アイスと関わりなくとも結構。瑛士が求める場所で友として有意義な時間を過ごしたいのですよ」
 その言葉に――瑛士は胸がずきん、と痛んだ。やはり別れは避けられないのだと。
 でも別れの前のひとときを自分のために預けてくれた桃簾はやはり大切な友達で――そこで瑛士は胸から零れ落ちそうな感情を抑えつつ、屈託のない笑みを端末に向けた。
「それじゃ、桃ちゃん。遊園地行こうよ。今なら桜も咲いてるし……きっと美味しい桜ソフトクリームもあるからさ」


●桜舞い、戯れ、想う

「ここが瑛士一押しの遊園地ですか。……ならば今日は何も壊さぬよう、気合を入れて臨みましょう!」
 ――カッ!!
バスから降りた途端、可憐な顔立ちでありながら鋭い眼戦で気合を入れる桃簾。……この桃簾の気負いは尋常ではない。
 何故なら彼女は精密機器に触れるたびに何故かそれを理不尽にも故障させてしまう『グレムリン現象』体質の持ち主だからだ。
「んーと……ここは国内有数のジェットコースターが一番人気なんだけど……とりあえず定番からいってみる? 一応、様子見しとかないと。変なとこで事故ったら大変だし」
 瑛士はそう言うと目の前のメリーゴーランドに桃簾を案内した。もちろん乗るのはお菓子の馬車――トーチの代わりにソフトクリームが飾られた甘そうな遊具だ。
「ふふ、こういう見た目だけでも甘露な遊具というのも良いですね。クランクを活用した回転式の仕組みなら故郷でも再現は難しくなさそうです」
「ああ、そういえばそうだね。あとコーヒーカップにアイスやお菓子の絵を描いてスイーツカップ! なんてのも面白そうだよ」
「なるほど……子供でも安全に遊べる遊具からアイス愛を広めていくというのも良いですね。親からすれば子は宝ですもの」
 そこから桃簾と瑛士は少しずつ難易度が高めのアトラクションに挑戦していった。
 まずは3D映像を駆使したお化け屋敷。ここは過去にある街の大病院として使われていた建物を再構築して完成した、半ば本物のホラースポットである。
 しかしライセンサーとして異形を幾度となく見てきたふたりは怯えることなく、むしろ楽し気に談笑しながら歩いていく。
「あ、案外ここ暗いねー。足元気を付けて、コードとか踏むとヤバいし」
「大丈夫ですよ、暗所での戦いは経験していますから。瑛士こそ油断せずに」
 非常灯の灯りだけが頼りの薄暗い廊下で繰り広げられる、まったりしたご近所トーク。
 そんなふたりをミイラ男とゾンビ女は思いっきり脅かそうと飛び掛かるも、「おっと」「まぁ、危ないこと」と呆気なく躱され……取り残された彼らは呆然とした様子で呟いた。
「……俺、今日のメイクしっかりしてたよな? 怖いよな?」
「ええ、アクションも悪くなかったわよ?」
「……なんなんだ、あのカップル……。メンタル強すぎだろ」
 ――修羅場をくぐってきたライセンサーにとっては端から人間やロボットとわかっているお化け屋敷のクリーチャーなど可愛いマスコット同然。そればかりは仕方ないのだった。
 しかし桃簾には思うことがあったようで。
「ああ、でも……こういう冒険型の遊技場も故郷で造りたいものですね。開発が進んでいない地域では暗所で獣に襲われることもあるでしょうから、子供達の危機管理意識の向上のために。それに他所の領まで出稼ぎに行かねばならない青年世代の生活支援も考えねばなりませんから就業用の施設として活用するという手も……」
「ああ、そういえば桃ちゃんは寒いとこに引っ越すんだっけ? 冬になると領民さんの生活支援で大変そうだよなー。そんなとこでアイスを広めるっていうんだから、桃ちゃんはガチのチャレンジャーだよ。マジ尊敬する」
「まぁ、だからこそやり甲斐があるのですよ? 寒い中、家に帰ってきたら暖炉で体を温めて……毛布のぬくもりを肩で感じながら食すアイスの至高の甘み! それがわからぬことが如何に不幸か……!」
 思わず手をぐっと握り、熱弁する桃簾。その様子に瑛士は安堵の笑みを浮かべた。
(ああ、いつもの桃ちゃんだ。いつも誰かのためを考えてる、優しくて、強くて、アイスが大好きな桃ちゃんだ)


●ベストエンドは再会の約束

 ――こうして次々とアトラクションを楽しみ、最大の難関でもあるジェットコースターをも攻略した時。瑛士はわずかに首をひねった。
「……そういえば今日は全然アトラクションに異常起きないね。や、起きてほしいってわけじゃ全然ないんだけど! でも、ここまで触って壊れないってことは……桃ちゃん、本物? 実は双子の妹ちゃんだったりしない?」
 すると桃簾は心外だと言わんばかりに真剣なまなざしを瑛士に投げかける。
「わたくしには弟しかいませんが、何か?」
「え、ええー……?」
 思わず目を見開いた瑛士は「信じられない」と呟きつつ、桜風味ソフトクリームの乗ったアイスフロートを2つ買い、ベンチに座る。隣に座った桃簾はそれを1つ「ありがとう」と嬉しそうに受け取ると、スプーンで上品にクリームを掬った。
「ああ、これも季節の味……まことに甘露。さて、ここで休憩がてらわたくしの家族の話でも……。わたくしは5人兄弟の4番目の生まれです。兄が2人に、既に嫁いだ姉が1人。それに……12歳下の弟がひとり。全員息災だと良いのですが……」
「そうなんだ、兄弟そろったらきっと賑やかだろうね。それにしてもなんかさ、ランダムの転移っていうと途轍もない冒険のようだけど……もうすぐきっと解るって。現実って結構思いがけない幸せがあるものだからさ……大丈夫。皆きっと元気だよ。皆が穏やかに過ごす日常の中に、何よりも掛け替えのない大切な桃ちゃんってお姫様が帰ってくる。それでハッピーエンドだ」
「ふふ……そうなると嬉しいです。そうしたらこの世界での体験をひとつの物語として伝えましょう。不思議な世界で出逢った美味と、愉快な友人達と、数え切れない冒険を。千の夜をこえても伝えきれぬ思い出を……」
 それは桃簾をひとりの女性として大きく成長させた奇跡の連なり。その隣にはいつも飄々とした青年がいて――桃簾は「……この数年、本当に楽しかった」と温かい言葉を漏らした。
 そこで桃簾のアイスのカップが空になったことを目に留めた瑛士が、彼女の騎士であるかのように手を差し出す。
「そっか、それなら僕もハッピーエンドだね。桃ちゃんを心の底から楽しませられたんだから。それじゃ、行こうか。遊園地のラストの定番!」
 彼が大きく手を振った先に見えるのは夜空の下で虹色にライトアップされた観覧車。手を取り合い乗ってみれば、色とりどりにライトアップされた街が眼下に広がる。
「……そういえばさ、僕が初めて桃ちゃんと会ったのってスーパーだったよね。桃ちゃんが衣料品売り場でアルバイトしててさ」
「そうでしたね。その後、家が意外と近いということがわかって」
「で、お互いライセンサーだってわかってさ! 本当、すっごい偶然だと思ったよ。しかも友達になって、こうしてふたりとも無事で観覧車なんか乗っちゃってさ!」
 あはは、と照れ笑いを浮かべる瑛士。しかし、その指先は僅かに震えていた。
「……でもさ、もう少しでこの距離も終わるんだよね。なんかさ……桃ちゃんにとってはそれがベストエンドなのに、僕は……我儘だ」
 そう言うと彼はスマートフォンを握りしめた。桃簾と会ってから4台が天に召され、今や5代目となった端末。そこで彼は最後の我儘に、と桃簾と並んでカメラを起動した。
 ――パシャッ。
 軽快な音と共に二人は最高の笑顔を浮かべる。けれど、画面はそのまま固まって――何故か愛機が妙な熱を持ち始めた。
「……あ、瑛士。煙が出ていますよ」
「えっ!? やばっ!! やっぱ桃ちゃん本物だったんだ!!!」
 急いでメモリーカードを抜き、リュックサックのポーチに放り込む瑛士。
 やはり桃簾は最後まで桃簾、グレムリン現象の体現者だった。

 やがて遊園地から帰る道すがら……ふたりは遊園地でオフィシャルキャラクターのキーホルダーを購入した。
 大きなソフトクリームに抱き着くクマのぬいぐるみ。大きなクマはすらりと背の高い瑛士。ソフトクリームは言わずもがな、桃簾。互いのことを忘れないように、友情の証にと。
 しかし瑛士はもうひとつ贈りたいものがあるという。それは――鍵付きの洒落たアルバム。
「スマホは壊れたけどメモリーカードは無事なようだから。アイス教SNSにアップしてたやつと無事なデータをプリントして入れておくよ。写真ならグレムリン現象起きないでしょ? あっちで桃ちゃんがアイスを幸せそうに食べてるの見せるのが一番の布教活動になると思うなぁ」
「瑛士、それは素晴らしい心がけです! もはやあなたはアイス教の敬虔な信者。地球での布教はあなたに任せましたよ!」
 アイス教教祖として信頼と敬意を表すべく、手を差し出す桃簾。けれど瑛士は「いやいや」と手を横に振った。
「僕はアイス以外にも好きなものが沢山あるからね。地球と桃ちゃんの世界が繋がった時にまた一緒にってことで。あ、アイス教は桃ちゃんに会えた時に、アイス愛を貫けていたら……にしようかな? 僕はアイスより桃ちゃんって友達を忘れられそうにないからさ」
「まぁ、これだから瑛士は……!」
 桃簾は頬を膨らませながらもいつの日かの再会を願う。
 きっとその時は桃簾手作りのアイスで瑛士を魅了してみせる、と心に決めながら。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
いつも大変お世話になっております、ことね桃です。
このたびはノベルのご発注をくださり誠にありがとうございました!
桃簾さんと瑛士さんの関係が本当に好きで好きで仕方がなかったので
お別れ前のワンエピソードを書く機会をいただけて幸せでした。
きっと瑛士さんは地球で平和に生活しながらも
桃簾さんのいる世界の座標を探したりして友情の絆を背負っていくんだろうなと。
そして桃簾さんも瑛士さんとの友情の繋がりでもあるアイスを
領民に心の宝物として広めていくんだろうなぁと思っております。
このたびは重ね重ね、本当にありがとうございました!
もし誤り等ごさいましたらOMC経由でご連絡くださりますと幸いです。
パーティノベル この商品を注文する
ことね桃 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.