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『復讐の誓い』
イングリッド・H・グロースターla3432


 オリジナル・インソムニアが潰えたからと言って、ナイトメア絡みの事件が何もかも解決するかと言うとそうではない。当然、残党と呼べる存在はいるし、ナイトメアがある限りそれを信奉するレヴェルもまた動き続ける。
 この日、イングリッド・H・グロースター(la3432)は、レヴェルが起こした暴動の実況見分を行なっていた。暴動そのものはすでに彼女を始めとしたライセンサーたちが鎮圧している。戦闘で弾き飛ばされたらしい武器や防具、非合法EXISなどが散らばっていた。
 それらの装備品は、まるで死んだ兵士が残した痕跡の様に思えて、イングリッドの眉間には知らず皺が寄る。
 彼女の脳裏には、「あの日」の事が蘇っていた。
 筆舌に尽くしがたい絶望と屈辱を受けた日の事を。


 南米の密林。緑の匂いが、大気中の湿気に混じって鼻腔を付く。濃密な空気に包まれて、逆に窒息しそうな程だ。その纏わり付く空気も、イングリッドの傷を塞いでくれるわけではない。ナイトメアに切り裂かれた背中の傷は血を溢していた。止血は試みたが、動いてしまってまた出血が始まる。重傷と言って差し支えのない負傷であったが、今足を止めたら、確実に死に追いつかれると言うことを、彼女は本能的に知っていた。血の匂いに惹かれて、ナイトメアだけではなく野生動物も来るだろう。しばらく後ろで聞こえていた部下たちの悲鳴は、とうに聞こえなくなった。

 彼女の特殊部隊は演習をしており、そこにナイトメアの襲撃を受けたのだ。演習中にナイトメアが出現すること自体は、そうおかしなことではない。南米は半分ほどが占領地域である。そして、奴らは何の前触れもなく、国境も関係なくやって来る。

 しかし、この時のナイトメアの急襲には違和感を覚えた。侵攻してきたところに、たまたまイングリッドの部隊がいたのではなく──まるでイングリッドの部隊を目指してきたかのような、そんな印象を受ける。
 そんな襲撃であったから、彼女たちは抵抗する間もなくあっという間に壊滅状態に追い込まれた。イングリッドは深手を負いながらも密林に飛び込む。既に死んだ兵士を貪っていたナイトメアは、すぐに彼女の追撃を試みるべく追ってきた。傷みに負けるか、木の根に足を取られて転んでいたら、部隊は「全滅」していたことだろう。
 けれど、彼女は生き残った。運が良かったのか、イングリッドの執念が生存を掴んだのか。ナイトメア出現の報を受けたSALFが駆けつけたのである。ライセンサーの回復技術は、肉体の傷を治さない。彼らができることもまた、イングリッドが自分に施した手当てのやり直しでしかなかった。戦闘の音を後ろに聞きながら、彼女はSALFの救護所に運ばれた。


 イングリッド・ヒルダ・グロースター大尉?

 救護所で手当を受けると、アメリカで話される発音の英語が耳に届いた。見れば、アメリカ陸軍内の犯罪捜査当局の人間がやって来た所だった。難しい顔をしている。
 ご無事で何よりです。
「無事ではない」
 部隊は壊滅した。自分の心も踏みにじられた。相手は困った様に笑い、あなたの命があっただけでも、と言う。
「何の用だ。私の『無事』とやらを喜びに来たわけではないだろう」
 仰るとおりです。相手は頷き、声を潜めた。
 あなたがレヴェルと目していた将校が数人、行方不明になりました。
「何だと?」
 それと、これは大変申し上げにくいのですが。そう前置きして、彼は彼女の友人数名の名前を挙げた。イングリッドと同じく、将校のレヴェル疑惑を追っていた者たちだった。
 嫌な予感しかしない。案の定、相手は、皆亡くなりました、と言う。いわゆる「変死」だったそうだ。
「殺害されたのか」
 恐らく。重苦しい沈黙が漂った。虫の声と、時折抜ける風で騒ぐ木々の音だけが、頭上を抜けていく。
(私は罠に嵌められたのか)
 そう、確信して。
 イングリッド・H・グロースターは大尉の階級を捨てた。それ以来、彼女の手にはEXISがある。


 あの日から、ずっと復讐を誓っている。ナイトメアを滅ぼし、自分を嵌めた連中を全員豚箱送りにすると。
 亡き部下たちの嘆きの声の如く、今も古傷が疼いて仕方がない。皮肉なことだ。本来、あの襲撃はイングリッドを狙ったものだっただろうに、生き残ったのは自分だけだった。自分は一生をかけて部下たちに償わなくてはならない。

 軍人として、人間同士の醜い争いは飽きるほど見てきた。別に、ナイトメアがいなくたって、人間同士は争う。ライセンサーがいても、警察の仕事はなくならない。今日もどこかで、誰かが誰かを殺して墓石が一つ増えている。有史以来続く、人類の宿命。

 それでも、何故ナイトメアの様な悪魔に魂を売り渡す輩がいるのか。考えたところで、到底理解ができなかった。

 やはり、人の心の闇は、どんなインソムニアよりも根が深い。ナイトメアはきっかけに過ぎず、人類同士はいつでも争う理由を探しているのかもしれない。

 だから……第二のナイトメアが現れ、歴史が繰り返される前に。
(悪しき火種を摘んでやる)
 そう心に誓っている。
 魂の売り手がいなくなるように。

 検分が終わると、唐突に雨が降った。すぐに止んだそれは、緑の匂いを立たせてイングリッドの元に届ける。
 背中の古傷が、軋むように痛んだ。彼女は雨宿りしながら吸っていた煙草を消す。その手に力がこもっていたのは、火の始末と言う義務以上のものがあったのだろう。

 誰かがイングリッドを呼んだ。撤収する、と。
「わかった。今行く」
 彼女は長い金髪を翻して、歩き出した。

 まだまだ道は長いのだろう。きっかけに過ぎないナイトメアが敗れても、それに便乗していた人間は、また別のきっかけを探すのだから。
 都会の舗道に靴の音が鳴る。裏切り者を探す足音。

 それがいつか、奴らの耳に届くことを願って。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
南米の密林での逃避行、誓った復讐と償い。そして今、と言う感じでお届けします。静かな執念を目指して。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月22日

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