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『星灯籠』
マクガフィンla0428


 此処ではない世界の何処か。
 マクガフィン(la0428)が、その<コード>を与えられる前のこと。
 素顔を隠す必要のなかった、少女の頃の記憶。


 ランプの灯る薄暗い場所は、あらゆる世界への飛び立ちと生還を迎え入れる。
 暗きところで生きる鳥たちはそれぞれに使命を負い、しかし生きて帰るという約束はない。
 艶やかな黒髪の少女は、椅子に座り扉の一つの前で待っていた。
 きっと帰ってくる。
 今日は帰ってくる。
 信じて待って、どれほど経つのか数えることはやめた。

 ――ただいま

 飛び立つ前に比べて、少し掠れた声。
 返ってくるときの、いつもの声。
 少女は顔を上げる。表情は、微かに笑みをかたどった。
「おかえりなさいませ」
 すぐに自身の<コード>が呼ばれ、労いもそのままになってしまったけれど。


 

 No.9、カナリー、紫檀、リビアン、馬酔木、
 呼ばれる名は日によって変わる。数字、色、動物、植物、知らぬ世界の知らぬ言語。
 個へ与えられるそれと、組織としての<コード>は別にある。
 例えば『マクガフィン』のように、減りの速いモノは複数人が宛てられ、減り、補充がなされている。
 替えの利くもの。ゆえに、替えの利かぬもの。
 上層部では『長く使える』よう、様々な実験が重ねられているとも聞く。

(明日は我が身、と申しますが)

 艶やかな黒髪を動きやすいよう一つに結い、私は通された部屋で猛獣――比喩ではない――と向き合った。
 私に与えられたのは、小ぶりのナイフひとつ。使い込み、扱いなれたものだ。
 飢えた大型肉食獣は、石造りの床に爪を立てて襲い掛かってくる。
「飢え故に思考は短絡化。動きは直線的。警戒すべきは爪の軌道」
 学習してきたことを反復し、身を低くすることで正面からの突進を避ける。前脚の攻撃に警戒すると同時に、腱を断ち切った。
 痛みにのたうつ獣が放つだろう予想外の一打に警戒を払いながら、腹を一突き。次いで首を。
 呼吸する間もなく、振り向きざまに猛禽類の眼を突く。
「知っていました」
 獣が飛び掛かるタイミングで、もう一つの檻が開けられていた。
 鳥は鳴かず羽ばたきも獣の声で掻き消える。最初期に認識していなければ耳のひとつは持っていかれていただろうと思う。
「……!」
 終了、と判断した瞬間に足首へ痛みが走った。
「毒蜘蛛……いつの間に」
 こればかりは気づかなかった。失態だ。獣毛に紛れていただろうか。
 私が禍々しい色をしたそれを斬り払うと、ようやく奥へ続く扉が開いた。
「お時間を取らせました。身体データの測定をお願いいたします」




 私はまだ、数えるほどしか『役割』を果たしていない。
 同じ15に満たぬ年でも、世界を飛び回る英雄もいるというのに。
(役割を果たせず足手まといとなるよりは、恐らくは) 
 劣等感がないわけではない。
 しかし未熟者の失敗で、有能な者の手間を取らせてはならないと考えている。
(毒耐性も完璧ではありません……今は、まだ)
 力をつけなくては。『自分にしかできない』武器を磨かなくては。
 悠長に構えるつもりもない、どうにもならない感情は常に胸の奥に渦巻いている。
(……これは、いけないものです) 
 小さく息を吐いて、心を落ち着かせる。
 心が乱れる。
 感情が波立つ。
 それ自体、あってはならない。どんな時も冷静であらねば。
 自身を責めるほど、それの置き場がわからなくなる。

 目を伏せ、私は医務室の扉を叩いた。

 消毒薬・薬草の他、血の匂いが立ち込めている。
 訓練で負傷した者や、重体で帰還した者がベッドを埋めていた。
 その中で。
「……お加減は、いかがですか」
 先程、出迎え別れたきりの『英雄』がいて。
 私は思わず声を掛けていた。
 同じ年で、同じ訓練を受けて育った。
 そういう関係を『幼馴染』と呼ぶそうだけれど、私には眩しくて、私にとっては『英雄』だった。
 君の方が大変そうだけれど。そう言って、相手は笑った。
「返り血を拭いきれていないだけで。負傷は蜘蛛だけです」
 その蜘蛛が問題なんだ、と奥から咳払いが届く。
 毒の効きも記録するから早く来なさい。
 叱られて、私たちは顔を合わせて思わず笑った。




 星明りもまばらな夜の庭。
 その星すら隠す木陰で、私は膝を抱える。

 『梟』の存在意義は理解している。
 なぜ自分がそこに置かれたかまでは知らないが、既に歯車が回っているのなら抗うつもりもない。
 いつ自分が果てるか。そこに興味はないけれど。
(今が最後という可能性も……承知しています)
 昨日笑い合った相手が、明日には二度と会えない。それは、どうしたって辛く感じた。
 でも。
 下ろした黒髪に触れ、言葉にならない感情を持て余す。
 刃物で切り崩せたなら、どんなに楽なことか。
 胸の奥・喉の奥につかえて、呼吸が苦しくなる時がある。
「わかっています。わかっています。……わかっています」
 髪束を握り、己へ言い聞かせる。音にするほど苦しくなる。
 指先を、髪から頬へ移す。
 訓練を重ねるうちに、消えぬ傷が幾つもできた。白い頬には、引き攣れた傷痕が幾筋もある。未熟の証。
 身体能力上昇訓練は、今日でひとまず終了を告げられた。
 明日からは違う過程へ入るのだと。
 耐毒を主軸とした薬物耐性の会得や、薬品各種の実験なのだとか。
(道が分かれてしまいます)
 追うことすら、烏滸がましかったかもしれない。
 しかし、これまで以上に安否の確認が難しくなることは……これは、なんと呼べばいいのか。
 私情を殺すことを是とされてきたから、名がわからない。
 わからないものを殺すことは、難しい。
 星から隠れ、私は膝に顔をうずめた。




 それから三日が経った。
「もう、次へ発つのですか」
 前任の任務失敗を受け、傷の治りきらぬうちに指示が降りたその人へ。
 その背中へ、私は声を掛ける。
「ご武運を」 
 前日の薬の影響で、表情を上手く作れない。それでも可能な限りの笑顔で送る。
 私を振り返り、その人は珍しく驚いたようだった。
「……  の目が、いちばん綺麗」
 これが最後の言葉になるかもしれない。
 最後になるのなら、嘘ではないものを贈りたい。
 作り物ではない、誰の管理下でもない、夜空の星のように。
 あなたは、私にとっていちばん――……




 随分と幼く、感傷的な夢を見た。


 今となっては感情が揺らぐこともない。
 殺すべきそれの名も知っている。
 視力を失い、貌を失い、それにより研ぎ澄まされたあらゆる能力を得て『マクガフィン』となり。
(恐れることなどなかったと……あの頃の私へ伝えても、きっと信じないでしょうね)
 ひとは、一足飛びに成長なんてできないから。
 替えが利こうとも名を持たずとも、『ひと』である以上はどうしようもないこと。
 消える夜露にも意思があると言ったら、誰が信じるだろう。


 マクガフィンは、長く伸びた黒髪を背へ払う。
 愛用の小太刀と拳銃を携え、『次』へ向かう。
 ――おかえりなさい、『梟』の寝床へ。




【星灯籠 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせいたしました……!!
ご依頼、ありがとうございました。
『転移前の一幕』『唯一人に贈られた言葉』それにまつわるエピソードを、お送りいたします。
詳細はお任せということでしたので、どういった場面で・感情で、それを伝えたのだろう。今があるのだろう。
そこから逆算し、青葉の頃のまだまだ揺れ動く時期もあった……あったのでは……きっと……と。
タイトルは、『いちばん綺麗』『帰りを照らす印』として。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月24日

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