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『旅路の果て』
ネムリアス=レスティングスla1966

 そこは穏やかな日差しに照らされていた。
 青空が広がり、空気は清々しく、時折鳥の声が聞こえる。
 そこにはどんな不幸も訪れたことがないような、静かで犯し難い平穏が広がっており、若々しい緑の草原の上で、ネムリアス=レスティングス(la1966)は目覚めた。
 その顔に仮面はなく、銀髪に蒼い瞳が露わになっている。両腕ももはや見慣れた白銀の義手が、しっかり付いていた。

(……懐かしい……)
 ゆっくりと辺りを見回して、ネムリアスはそこがどこなのか悟った。
(俺が、母に救われた場所だ)
 忘れることのできない、もう遠い記憶の中にしか存在しない場所。
 ふと、ネムリアスは視界の隅に誰かがいるのに気付く。
 そちらに顔を向けると、その人物は今心に描いていた母その人だった。

 母はあの時のように、ネムリアスの目の前にひっそりと佇んでいた。
 たおやかで華奢な女性らしい姿は、あの頃と何一つ変わっていない。
 しかし母は何故か悲し気な眼差しでネムリアスを見ていて、その瞳は『本当にこれで良かったの?』と問いかけていた。
 ネムリアスは立ち上がり母の傍へ歩み寄った。
(ああ――全部知っているんだな)
 そう思うと同時に、ネムリアスは思ったより自分の心が穏やかなのを知る。
 そして母に答えた。
「これで良かったのさ、俺が消えようと誰も悲しみはしない。何も影響を与えない」
 いや、悲しんだであろう人間はいた。けれども、その悲しみも一時のもの。やがてネムリアスのことは忘れ、何事もなかった日常へ戻るだろう。
 人は強いのだ。
 ネムリアスはそれで構わなかった。
「役目を果たして消える分には、文句はねぇだろ? 実際、何も問題なかったようだしな?」
 苦笑交じりに、ネムリアスは未練を吹っ切るように言う。

 そう、役目は果たした。
 強敵達を倒し宿敵を倒し、元の世界にまつわる物は全て破壊した。奴らが暴れる元凶であった自分も消えたのだから、もう地球はネムリアスの世界のものに煩わされることもない。これ以上望むべくもない終わりじゃないか?
「だから良いのさ。俺の旅は……此処で終わりさ」
 殊更明るく聞こえるような声で、己に言い聞かせるように。

 ずっと戦い続けてきたのだ。
 自分の全てを犠牲にして。
 だからもう休んだっていいだろう――?

 それなのに、母の顔は変わらずどこか悲し気で、ネムリアスの心をざわつかせる。
 心の奥に隠していることは何なのか、言ってしまいなさいと訴えているようだ。
「…………」
 母の顔から目が離せなくて……、長い沈黙の後、ネムリアスはようやく口を開いた。
「……本当は、アンタに謝りたかっただけなんだ。でも、きっと俺はアンタと同じ場所へは行けない」
 この身は、多くの罪にまみれた罪人。
 私怨だの復讐だの正義だの色々呼び名はあったかもしれないその行動に、結果多くの罪なき人を巻き込み犠牲にしてしまったことは逃れようのない事実。
 地獄行きは確定なのだから。
 それはとっくに覚悟している。
「でも、償い続ければ……何時かまた会えるんじゃないかと、甘ったれた考えが何処かであったんだ」
 そう言って母を見つめるネムリアスの顔はどこか幼げで、本当はまだ年若いのだと思わせるほど頼りなく見えた。

 甘い考えでも、こうして母と会えた。
 母に救われたこの場所で。
 だからきっと、これは夢なのだろう。
 地獄行きの自分に、こんなに都合の良いことがあるはずはない。
 本当は死後の世界なんて存在せず、自分の願望が勝手に作り出したまやかしなのだろう。

 ――嗚呼、それでも。

 ネムリアスはこの幻想にしがみついた。
 母の手を取って、自分の両手で包み込むように握りしめる。

「救ってくれてありがとう、そして守れなくてごめん」

 あの日言えなかった言葉を、ちゃんと伝える。
 ネムリアスの人生で唯一、温かさと幸せをくれた母。そして自分のせいで失ってしまった母へ。
 彼女が自分を恨んでいるだろうとは思っていなかったけれど、本来なら普通に暮らしていけたはずの母に死を呼び込んだのは間違いなく自分なのだ。そのせいで色んな歯車が狂ってしまった。
 ネムリアスが彼女と出会わなければ、もっと違う運命になっていたはずで――、そのことはずっとネムリアスの心の中にしこりとなって残っていた。
 それでも、ネムリアスは母と出会えたことに感謝している。
 それは身勝手な感情なのかもしれないが、短い間でも母と呼べる人に出会えて救われたことは、ネムリアスにとってまさに運命を変える大きな出来事だったのだから。

 出来ることなら、幸せに人生を全うして欲しかった。
 ネムリアスが彼女にしてしまったことは、謝って許されることではないことも充分承知している。けれども、ずっと救ってくれたことへの感謝と、守ることができなかった謝罪を伝えたかった。
 今、やっと言えた。
 握りしめたままの母の手を祈るように自分の額へ当てる。
 母はネムリアスを救ってくれた時からそうだったように、優しく微笑み、握られていない方の手で彼の頭をなでた。
 大丈夫、あなたが謝ることなどない、と言っているかのように。
 その手が心地良くて、許されているんだと感じて、ネムリアスは泣きそうになった。

 たとえこれが夢だったとしても……、最後に一つくらい、許されることがあってもいいだろう――?

 もうネムリアスに思い残すことはない。
 最後の最後に母に謝ることができ、これで己の為すべきことは全てやり終えた。
 どうしても許せなかった思いのせいで罪人となってしまったこの身には、過ぎた結末だ。
 この夢が終われば、きっともう二度と母とは会えなくなるだろう。それは己の罰なのだと、どこかで理解していた。

 ネムリアスはもう一度、自分が覚えている美しい母の顔を見て、満足げに微笑む。

 そして、静かに目を閉じた――。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご注文ありがとうございました!

今回もまた切ないお話で……、ネムリアスさんの母と呼ぶ女性に対する気持ちが伝わればいいなと思いつつ書かせていただきました。気に入っていただけたらホントに嬉しいです。

発注文からだいぶ膨らませてしまったので、どこかイメージとは違う描写の所やご希望に添えていない部分などありましたら、些細なことでも構いませんので、お手数ですがなるべくお早めにリテイクをお申し付けください。

これまでたくさん書かせていただき、本当にありがとうございました。
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久遠由純 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月24日

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