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『また明日』
桃李la3954


 梅の花が咲こうとしていた。
 桃李(la3954)は、道を歩きながらその枝を見つけた。もうすぐ春が来るのだろう。
 未だに寒い日が続いているが、そうかと思えば冬がまどろむように暖かい日も混じるようになった二月のことだ。

 オリジナル・インソムニアを攻略し、地球を拠点にしていたナイトメアたちはほぼ無力化された。残党狩りもあるだろうが、ひとまずは平和になったと言って良いだろう。

 この日も、桃李は頻度の減ったナイトメア残党狩りの依頼を請けていた。地蔵坂 千紘(lz0095)とグスターヴァス(lz0124)も一緒だ。
「良いお天気だね。こういう日は外でお弁当とか食べたくなっちゃう」
 そんなことを最初に言い出したのは千紘だった。グスターヴァスも笑顔になって、
「良いですね! 桃李さん、お時間いかがです?」
「俺? 俺は大丈夫だけど、お弁当は持って来てないかな」
 他の二人は持って来ているのだろうか。千紘は肩を竦めて、
「良いんだよ、その辺でおにぎりでも買えば。外でご飯食べることに意義があるんだからさ。何か食べたい物ある? 買ってきてあげるよ」
 桃李がリクエストすると、千紘は「ここで待ってな」と言い渡した。荷物持ちと称して、グスターヴァスを連れて行く。行き先はコンビニだ。一人残った桃李は、梅の花を見つけていた、と言う訳だ。

 厳しい寒さに生じる緩みのように、蕾が開いている。もうすぐ、この枝一杯に花がつくのだ、と思うと、時間や命の不思議さと言う物をなんとなく思う。そして、一ヶ月も経てば、主役は桜に取って変わられてしまうのだろう。

 小鳥が枝に止まった。ピチチ、と小さく鳴いている。暖かい風が吹き抜けた。誰かがくしゃみを繰り返しているのは、花粉症だろう。千紘も今朝顔を合わせた際に、
「僕にはわかる。今日は花粉がやばい」
 と言っていた。薬を飲んで症状は抑えているそうだが、やはり風の強い晴天の日はくしゃみが出るらしかった。

 日差しで暑さを感じ始めた桃李は、上に羽織っていた着物を脱いだ。風が心地良い。手にした着物を見下ろす。これは何着目だっただろうか。SALFに所属した後も、思い立った時に、また気分転換にと作り、どの着物にも、その前後で請けた任務の何らかの思い出があった。着物そのものには母の思い出。この瞳には父と姉。
 そこに、少しずつSALFでの思い出を重ねていく。塗りつぶすのではなく、土台を支えにして、丁寧に乗せていく。
 オリジナル・インソムニア絡みの作戦で負傷した時に、自覚した。彼らもまた特別なのだと。だから、こうやって着物が思い出を纏うのに、悪い心地はしないのだ。


 しばらく待っていると、くしゃみが遠くから聞こえた。千紘だ。見れば、二人とも大きなビニール袋を下げている。宴会でもするつもりだろうか。
「お待たせー」
「いや、大丈夫だよ。それより、一体何をそんなにたくさん買ったんだい」
「レジャーシートとか、紙コップとか、ウェットティッシュとか」
 まるでピクニックの様だ。一行は、さっき通り掛かった公園でレジャーシートを広げた。コンビニで買い込んだおにぎりやつまみを取り出して、各々食べ始める。桃李にはおかかおにぎりが渡った。香ばしい鰹節の風味を感じる。グスターヴァスは適当に取った梅干しおにぎりで酸っぱい顔をしていた。

(それにしても)
 桃李はお茶を飲みながら思い出している。
(色んな事があったなぁ)
 ナイトメアに襲撃されて、廃墟になった研究所の退治任務。あの時がグスターヴァスとの初対面。そこから何だかんだで縁が繋がっている。北米インソムニアの攻略作戦では、ワンダー・ガーデナー(lz0131)の夢に招かれ、背中をざっくりと斬られた。そこから始まる一連の作戦。ストーリー・リライターによる夢への干渉。そして舞台は現実へ。北米インソムニアの打倒、残党狩りの最中に現れたヴァージル(lz0103)の討伐。
 その後、矢継ぎ早に西アフリカ攻略作戦が始まった。過去を隠すライセンサーと、彼に揺さぶりを掛けるエルゴマンサー・クラーティオ(lz0140)。三十年前からの確執を辿り、最後には討伐を見届けた。
(ああ、思えば、随分と色んなものの「さいご」に立ち会ったもんだなぁ)
 そんな記憶が、春風の様に吹き抜けていく。

「桃李、大丈夫? 疲れてない?」
 唐突に千紘から声が掛かった。桃李は顔を上げてにっこりと笑い、
「大丈夫だよ。なんだか、感慨深くなっちゃってね」
「そうだよね」
 千紘はしみじみと頷いた。
「去年の今頃は、まだインソムニアぽこぽこあったもんなー。それがこの一年で全部ぶっ壊したんだから、人類の底力やばいなーって思ったよ。過労気味だったけど」
 本当に、かなりの急ピッチでの快進撃だった。
「私たちの中で誰も欠けなかったことに」
 グスターヴァスが紙コップを掲げた。
「乾杯」
 音のしない紙コップ同士を軽くぶつける。


 ひとしきりお喋りをして、SALFに戻ると夕方になっていた。一行は解散した。買い物して帰るんだ、と言った千紘が立ち去った後、桃李はグスターヴァスを見て、
「この後、何か予定ある?」
「いえ、特には」
「飲み直さない?」
「良いですよ。前に行った日本酒のバーなんていかがです?」
「良いね」
 重陽の節句に誘った店だ。厳密には、日本酒も出ているバーと言うだけである。日が暮れ始めて、外は既に寒い。テラス席は閉められていた。どうやら、もう少し暖かくなったら開くらしい。中のテーブル席に案内された。「春の日本酒、入荷しています!」とボードには書かれている。案の定、テーブルには季節限定メニューが置かれていた。桜をあしらったようなデザインだった。写真のボトルには、桜色をしたものもある。
「この辺は飲みやすいと思う」
 今回も、日本酒を飲み慣れていないグスターヴァスの為に、桃李が酒を選んだ。自分も辛口の酒とつまみを選んで注文する。
 まだ花の付かない裸の桜が寒々しいが、道行く人は少し薄着で、咲くのもそう遠くないのだろうと感じた。
「お店の中はこんな風になってたんですね」
 グスターヴァスは、モダンな洋風の店内をぐるりと見回す。桃李は入ったことがあるのだろう。彼に合わせる様に視線を巡らせ、
「元々、洋酒のお店だったんだけど、店長さんがある日を境に日本酒にハマっちゃったらしくてね。それ以来、日本酒に結構力を入れているみたいだよ」
「そうだったんですか。前回の菊のお酒も美味しかったですし、相当お好きなんでしょうねぇ」
 注文した物が運ばれてきた。桃李はグラスを軽く掲げ、
「何に乾杯する?」
「もうすぐ来る春に」
「乾杯」
 今度は、ガラス同士の触れ合う音が涼やかに響いた。
「美味しいですねぇ。不思議な舌触りです」
「それじゃあ良かった。勧めておいて舌に合わなかったら悪いからね」
 何てことを言いながら、一杯、また一杯とグラスを重ねる。
 お互いに酒が回って、ふんわりとした気分になると、桃李はぽつりとグスターヴァスへ問うた。
「グスターヴァスくんはさ」
「はい」
「これからどうするの?」
「これからって?」
「ライセンサーさ」
 桃李は言った。去年の秋くらいから聞きたかったこと。SALFを去るのかどうか。去るとしたらどこに行くのか。
「ああ」
 グスターヴァスは何でもないように頷くと、
「まだ残党狩りがありますから、当分は辞めませんよ」
「いつかは辞めるの?」
「うーん、流石にライセンサーのお仕事がなくなったら考えますねぇ」
「そっか」
 桃李は頷いた。その表情が、何だか寂しそうに見えたのか、グスターヴァスは身を乗り出した。肩に手を添え、
「私はまだいますから」
「うん」
「各地の復興のためにしばらくはSALFにいるつもりです」
「そっか」
「桃李さんはどうするんですか?」
「俺? そうだな……」
 グラスの中身を眺めながら、桃李は当時に考えていたことを思い出す。
「グスターヴァスくんが良かったらだけど」
「私? はい」
「俺も、その復興の手伝いに行こうかな」
「行きましょ。桃李さんがいてくれるんなら心強いですから」
 グスターヴァスは穏やかな声で言う。桃李は頷いた。
「そうだね。じゃあその時はよろしく」


 その後もチェイサーを挟んで、ペースを落としながらしばらく日本酒を楽しんだ。時間が経つにつれて人が増え、少し減る。
「そろそろ出ようか」
「そうですね。美味しかった」
 割り勘で支払い、店を出た。涼しい風が頬を撫でるのが心地良い。
「少し歩かない?」
「良いですね。酔いを覚ましたいです」
 花を付け始めた枝の下を歩く。街路樹の根元にも、知らない草が茎を伸ばしていた。まだ寒い日も続くが、世界は確実に時間を進めていて、春に向かって行くのだろう。

「今度はさ、グスターヴァスくんのおすすめのお店も行ってみたいな」
「でも、日本酒がお好きでしょう?」
「日本酒しか飲めないわけじゃないさ」
 桃李は笑う。
「じゃあ、今度行きましょうね」
 グスターヴァスは、少し気の抜けたような笑い方をした。ふわふわしている。普段見ない表情だ。

 彼らと同じように、飲んだ帰りなのか、友人同士やカップルが陽気な笑い声を上げてすれ違う。自分たちも、あんな風に気楽に見えているのだろうか。
(まあ、実際気楽なもんだけどね)
 立て続けに訪れた「さいご」を実感する余裕が出てきたからなのか、少しセンチメンタルな気分にはなったけれど、別離を言い渡された訳ではない。気楽な物だ。ライセンサーの役割は、しばらくは変わらないだろうし、変わったとしても自分たちの間柄がそう簡単に変わるとは思えなかった。これから訪れる変化も、季節の移り変わりの様なものだ。花が咲いて、散って、葉が色づくような。それは決して突然割り込むようなものではなくて、自然に変わって行くものなのだろう。今訪れたら驚くような変化も、その時になったら、案外納得して受け入れられるものなのかもしれない。

 桃李は手を挙げてタクシーを呼び止める。乗り込むと、あくびが出た。グスターヴァスはシートベルトを締めながらその様子を見ると、またあの緩い笑みを浮かべ、
「寝てて良いですよ。着いたら起こしてあげます」
「ありがとう」
 一日歩き回って、自覚していない内に疲れていたのだろう。
「おやすみなさい」
 単調なエンジン音が心地良くて、桃李はそのまま眠りに落ちた。

 明日には、また一歩春が近づくのだろう。
 冬を通り抜けるように、タクシーは走った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
これまでのことと、これからのことについて書かせていただきました。
たくさんお世話になりました! ありがとうございます。どうぞお元気で。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月25日

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