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『未来のための今を』
不知火 楓la2790)& 桃簾la0911)&日暮 さくらla2809


「わたくし、故郷に帰ります」
 桃簾(la0911)は、親友の不知火 楓(la2790)と日暮 さくら(la2809)を前に断言した。
「おや──いやにはっきり言うね」
 楓は穏やかに首を傾げる。

 オリジナル・インソムニアが潰えて、地球を取り巻く「場」の様なものが消失した。桃簾を始めとした放浪者たちは、多かれ少なかれこの「場」によって地球から引き寄せられていたらしい。

 とは言え、インソムニアが潰れた、やったね! 桃簾、帰ります! が可能かと言うとそうではない。集団でやって来たペンギン型放浪者たちの世界は座標が特定されているため、ピンポイントで転移できるが、その他の放浪者たちはランダム転移するしかない。

 だから、帰り着くのがいつになるのかがわからない。それでも、桃簾はきっぱりと「帰る」と断言した。

 それには桃簾と、今ここにはいない彼女の「義弟」の事情があった。
「わたくしは婚儀の当日にこちらに転移したのですが……」
 義弟もほぼ同じようなタイミングで転移していたそうである。これが、ただの同郷だというならばそう気にはしないが、よりにもよって結婚相手の弟。花嫁と弟が同時に消えたとなれば、略奪の疑いが彼に掛かりかねない。その疑いを晴らすためにも、領主家の姫としての務めを果たすためにも、彼女は故郷に帰る。そう心に誓っていた。

「いつ、発つのですか?」
 さくらが尋ねた。桃簾は首を横に振り、
「少なくとも明日明後日ではありません。まだ荷造りもしていませんし、それに……」
 そこで、彼女は少々気恥ずかしそうな顔になった。
「温泉に、行きたいです。……その、背中の流し合いを……まだ、出来ていないので」
 以前、三人で一度温泉に行ったことがある。けれど、その時は恥ずかしくて背中の流し合いができなかった。元々、桃簾は素肌を晒すのが苦手である。夏場もアオザイなどの薄手の生地が使われた長袖で、とにかく外気に肌を晒さない格好をしている。
 そうであるから、当時の温泉でも、かなり勇気が要ったのである。
 その桃簾が、二人と温泉に行って背中の流し合いをしたいと言う。

 楓とさくらは顔を見合わせた。二人はすぐに端末を取り出し、
「どこの温泉に行く? ここなんか良いんじゃない? 露店風呂の眺めが綺麗だよ。少し遠いけど、列車の旅も乙なものさ」
「ここもどうでしょう。アメニティが充実していて良さそうですよ。楓のところも捨てがたいですね」
 親友二人の言葉に、桃簾の頬は自然と緩むのだった。


 貸し切り露天風呂のプランを予約した。当日の桃簾とさくらは、「楽しみで、昨日眠れませんでした」と少し眠たそうにしている。楓はそんな二人を見つつ、
「なんだい、二人ともそんな子供みたいな」
 と、言いつつも肩を竦め、
「まあ、僕もなんだけどね」
 三人は顔を見合わせて笑った。

 やや睡眠不足ではあったものの、道中で居眠りした三人はすっきりとした顔で目的地へ降り立った。ここは温泉街。温泉施設が所狭しと軒を連ねている。のれんが手招きするようにひらひらとたなびいていた。その一軒一軒に、一人また一人と観光客らしき人影が吸い込まれていく。

 三人の目は純粋な楽しみできらきらと輝いていた。楓が端末の地図を開いて、こっちだよ、と先導する。まるで異郷のような温泉街は、見ているだけで楽しかった。
「予約していた不知火です」
 楓が受付で名乗ると、お待ちしておりました、と着物姿の職員に案内された。浴衣やタオルなどを渡し、使い方や注意事項、禁止事項などを説明すると、それではごゆっくりおくつろぎください、と静かに去って行く。

 貸し切りなので当然と言えば当然だが、脱衣所にも、その向こうの露天風呂にも誰もいなかった。しんと静まりかえり、湯の流れる音だけが小さく響いている。先ほどまで歩いていた外の緑が、目隠しの上から枝垂れていた。

 三人しかいないので、何気ない声もよく響いた。髪を洗い、身体を洗う段になると、三人は代わる代わる背中を洗って、流した。
「桃は僕の背中を見る機会なんてないだろうからね」
 楓は背中を桃簾に預けながらそんなことを言った。彼女も、薙刀で前衛を張ることがないとは言わないが、得物の射程は長く、最近では鳳凰を召喚して更に遠くまで斬撃を飛ばせるので、グラップラーでスピリットウォーリアの桃簾よりも前に出ることはほとんどない。楓が前に出る時。それは桃簾が戦闘不能になった時だろう。
 楓とさくらも大概露出が低い。浮き上がる背骨だとか、スポンジを滑らせると凹凸のわかる肋骨だとか、髪を避けて光るうなじだとか、そんなものに、桃簾は慣れない心持ちになる。露出する機会もなければ、他人の肌に触れる機会もそうない。

 桃簾の背中はさくらが流した。弟妹や、幼馴染の面倒を見る際にそうする機会でもあったのか、彼女はやや手慣れている。年下の友人が、いつもとは違う意味で頼もしく感じられた。

 すっかり泡を流してしまうと、三人は温泉に浸かった。湯は少し色の付いたものだった。肩まで浸かると、
「達成しましたね」
「はい」
 さくらの声に、桃簾は頷いた。色の付いた湯を手で掬い、溢しながら、
「これで、やり残しが一つなくなりました。感謝します」

 温泉から上がると、借りた浴衣に着替える。桃簾は、以前教えてもらった着付けを覚えていた。
「おかしくありませんか?」
 袖を持って引っ張りながら、両腕を軽く上げて二人に見てもらうと、
「大丈夫です。ばっちりです」
 さくらが頷いた。楓もゆるりと頷き、
「上手に着られているよ、桃」
「良かった」
 下駄をからころと鳴らしながら、三人は貴重品を持って温泉街に繰り出した。


「甘酒がありますよ」
 さくらが二人の注意を惹いた。作務衣風の制服を来た店員が、カウンターからにこにこしてこちらを見ている。
「いいね」
 三人で甘酒を一杯ずつ購入し、飲みながら歩く。温かかったのは最初だけで、すぐに冷めてしまったけれど、優しい甘さを楽しんだ。形の残っている米粒の舌触りを楽しみながら、景色を堪能する。

 レトロな工房風の宝石店を見つけた。ちょっと入ろうよ、と楓に誘われて三人でぞろぞろと入店する。
 カウンターで何かの作業をしていた店主が顔を上げ、いらっしゃいませ。卒業旅行ですか? と尋ねる。さくらが頷いて、
「そうですね、感覚としては近いのかもしれません。私たちはこれから別の道を歩みますから」
 のんびりとした店主は、ゆっくり見て行ってください、とだけ言ってカウンターで作業を再開した。三人はショーケースを眺める。どれも美しい。値札のゼロがそれほど多いわけではないが、友達と旅行先でふらりと入った宝石店の商品が美しくない理由があるだろうか。

「あの、折角ですから、お揃いで何か持ちませんか?」
 さくらが提案した。この値段なら、手が届く。例えどれだけ遠くにいても、心は傍に。そう思えるアクセサリーを買えるのは、別れを意識しながら歩いている今だけだろう。
「良いね」
 楓がショーケースの中を視線でなぞる。
「ガーネットなんかどうだい。ノアの方舟のカンテラになっていたとされる石だよ」
 きっと、桃簾の旅路を良い方に導いてくれるだろう。彼女だけでなく、楓とさくらの道標にも。ちょうど、三つ指輪が並んでいた。仲良く寄り添うように飾られている。
「欧米では、卒業しても友達だよ、という事でリングを送る風習があるそうだ。今の僕らにぴったりじゃないか」
 どうかな? と穏やかに首を傾げる。この麗人は、いつも自らの強い意思を示しながらも、決して無理強いはしないのだ。桃簾とさくらのどちらかでも首を横に振れば別の案を提示するだろう。
 でも、こんな魅力的な提案を拒む「友達」がいるだろうか?
「それにしましょう」
 桃簾はこくりと頷いた。さくらもそれを見て微笑み、
「決まりですね」

 店主が卒業旅行割引と言うことで値段をまけてくれた。料金表にそんな割引はなかった。さくらが律儀に、厳密には卒業旅行ではない、と説明しようとしたが、相手は良いから良いから、と言ってかなり値引いた。ジュエリーってこんなに安くて良いのですか? 逆の意味で目玉が飛び出しそうだ。もしかしたら、この店主もまた放浪者との別れが近いのか、あるいは経験したのかもしれない。
「あなたの心遣いを、わたくし忘れません」
 桃簾は店主にそう言った。三人は茶屋に移動し、飲み物と甘味を頼むと(桃簾はもちろん、アイスぜんざいだった)、箱を開けて、各々自分の指にはめる。
 デザインは、三連のガーネットが並ぶシンプルなものだったが、手作りなので微妙に配置が違う。世界で一揃いだけの、自分たちの指輪。深い赤が、夕陽に当たってきらきらしている。
「──綺麗」
 桃簾は照れ臭そうに笑った。嬉しかった。自分を惜しんでくれる、大切に思ってくれる友人の心根が。
「僕は彼を守ること、不知火のためになることばかりで親しい友人は殆どいなかったんだ」
 不意に、楓がそんなことを言った。「彼」と言うのは、彼女の幼馴染で、さくらの剣の相方だ。
「桃は僕に不知火以外の世界を教えてくれた。そんな君がまた僕が知らない世界へと旅立っていく」
 さくらを見た。彼女は、異世界の人間と英雄の両親を持ち、その寿命が恐らく百年を超すだろうと言われている。楓の幼馴染にして恋人の彼が、また別の異世界の天使と人間の血を引いて長命であるように。
「さくらには彼を託せる。数十年後、僕がいなくなったとしてもこの心を預けていける」
 桃簾とさくらの目が楓をじっと見つめていた。
「君達は僕が出来ないことを、例えどんな困難があろうともやり遂げるんだ」
「楓」
 桃簾が楓の手を握った。いのちは永遠ではない。自分が去った後、楓の最期に立ち会えない、と言う現実を改めて突きつけられた気分だ。同じ世界にいたってそうかもしれない。けれど、異世界と言う壁が二人を隔てる事実は、やはり寂寥感を伴って桃簾の胸に迫る。
「桃簾と楓のこと、決して忘れません」
 さくらが告げた。弟妹、幼馴染、銃の師……縁深い人間は多くとも、親友は二人が初めてだった。
「この身が長命だというのであれば、数百年先も覚えています。貴女達の心の強さも優しさも」
「ありがとう。わたくしも、あなたたちがわたくしにくれた優しさを、共に戦って支えてくれた強さを決して忘れません」
 だから、桃簾もそれに応えようと思う。
「二人に知って欲しいことがあります」
「何ですか?」
「何だろう」
 桃簾は居ずまいを正す。胸を張り、
「わたくしの真名はロゼリン・フォルシウス。異世界カロス、フォルシウス領主家の娘です」
 本名を名乗った。その時、彼女は「領主家の娘」の顔をする。けれど、すぐに「桃簾」の表情になり、
「……けれど地球にいる間は、桃簾でいさせてください」

 ロゼリンであることを捨てた訳ではない。けれど、彼女にとって「ロゼリン」とはカロスにおける深窓の姫の名前。周囲には使用人しかおらず、顔も知らない男との結婚を運命付けられていた女性の名前。けれど、それでも構わなかった。嫁ぎ先で領民の生活に安寧をもたらすのが自分の役目だと心得ていたから。だから、彼女は故郷に帰ると心に決めていた。

 そうは言っても、使用人だらけの故郷から転移した地球で初めて、「友人」と呼べる存在ができたのも事実だ。中でも、楓とさくらは花の名前と言う縁で結ばれた親友だ。春の桜、夏の夾竹桃、秋の楓。地球にいる間は、この名前でありたかった。

「分かったよ」
「承知しました」
 楓とさくらが頷いた。
「桃でもロゼリンでも、僕の目の前に立っている君が僕達の親友だ」
「ありがとう」
「あの」
 さくらが口を開く。
「その代わりといっては何ですが、私も桃と呼ばせて貰っても良いですか? ずっと、楓の桃呼びが羨ましかったのです」
「勿論です」
 桃簾は心から喜んだ。胸の前で両手を重ね、高揚を示す。その指にはめられたリングが光った。
「指輪、大切にしますね」
 さくらの言葉に二人も頷いた。しばらく、穏やかな沈黙が続く。その帳を、楓がゆるやかに持ち上げた。
「陰陽師らしく予言しておこうか。君の星の巡りは良い。転移前に、帰りたいと強く念じて」
 静かに、それでも決して軽々しくない言葉の響きに、桃簾は目を瞬かせる。不思議と、胸の内にあった、未来にかかる霧が薄れていくような気がした。
「私も」
 さくらが言葉を添えた。
「桃が無事故郷に辿り着けるよう願っています」
「二人とも……ありがとう」
「手帳を持っている? 出立に良い暦を教えてあげるよ」
 桃簾は鞄から手帳を取り出した。電化製品が不思議と壊れてしまう彼女は、あらゆる自己管理をアナログで行なっている。楓が覗き込み、何日かを指差した。桃簾はその日付に丸を付ける。具体的な日付の候補が挙がると、ますます別れが現実味を帯びていく。
 さくらは手帳越しに楓を見た。
「楓、貴女は全力で生きてください」
 もうすぐ桃簾もいなくなってしまう。きっと、あなたがいなくなるのも、長命の私にとっては「すぐ」だから。
「どうか遥か先のことより今を。こうして三人でいられる時間を一緒に楽しんで欲しいです」
「そうだね」
 楓は穏やかに微笑んだ。柔らかな微笑み。
「僕たちが三人で同じ世界にいられるのは、『今』だけだもんね」
 桃簾も少し拗ねた様に顎を引き、
「そうですよ。わたくしがまだいるのですから。今を楽しんでくれなくては」
「ごめんごめん。じゃ、お楽しみを再開するとしようかな」


 ぜんざいを食べ終え、お茶を飲むと、支払いをして店を出て行く。ここは観光地。まだまだ見る物はたくさんある。

 数え切れない思い出を。
 あなたがいなくなってから、何年経ってもお互いに思い出せるように。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
今回は、もうお別れも近いと言うことで、「友達」としてお互いにちょっと甘えるような雰囲気で書いてみました。
みんな、これからも自分の人生を精一杯生きるのでしょうね。どうぞお元気で。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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2021年02月26日

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