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『望まぬフィナーレ(1)』
水島琴乃la4339

 人けのない森の中を、男は必死に走る。
 彼の口から漏れる息は荒い。疲労が原因というよりも、その息遣いには動揺と焦りが含まれていた。
 方向を転換し、より一層暗い森の奥へと向かおうとした男の行く手を阻むのは、何本ものクナイだ。爪先すれすれの位置に突き刺さったそれに、男は思わず悲鳴をあげる。
「まさか、もうおしまいではありませんよね?」
 凛と響き渡る女の声が、彼の鼓膜を撫でた。男の事を小馬鹿にしているかのような愛らしい笑い声が、彼のすぐ近くで聞こえる。
 声のした方に向かい、男は拳を振るった。けれど、声の主にその一撃が届く事はない。
「残念でしたね。わたくしはこちらですよ」
 いつの間にか移動していた女は、木の枝の上に腰をかけながら悪戯っぽい笑みを浮かべている。夜風が吹き、彼女の長い黒髪と腰に巻かれている帯を揺らした。
 闇に溶ける衣装を身にまとった忍びの男を追うのもまた、忍びだった。くの一、水島琴乃(la4339)の姿を月明かりが照らす。
 肌へとぴったりと寄り添う黒色のインナーを身に着け、半袖ほどの長さの着物を着た女は、その些細な明かりだけでも分かるほど整った顔立ちをしていた。琴乃が優美な笑みを深めると、その美しさはより完成されたものとなる。
 彼女のはいているミニのプリーツスカートが、揺れる。美脚を包み込んでいるスパッツは彼女の肌にフィットしており、琴乃の完成されたボディラインを決して崩す事はない。
 琴乃はその身を宙へと踊らせ、男から数歩離れた場所に着地した。
 ただそこに立っているだけでも、彼女は人の視線をさらう。たとえ、ここが戦場で相手が敵であったとしても、だ。男はつい、まじまじと琴乃の事を見つめてしまった。
 膝までの編上げのロングブーツが地を叩く軽快な音が辺りへと響き渡った時、ようやく男は我に返る。ゆっくりと近づいてくるその音が、自分が死へ至るまでのカウントダウンだと男は直感的に理解した。
「わたくし、あなたには少し期待していたんですよ。だから、実際に戦ってみて驚きました」
 怯えている様子の暗殺対象を見て、琴乃はくすりと微笑む。
「まさか、あなたがこんなにも――弱いだなんて」
 華麗に戦場を舞う琴乃の動きに合わせ、クナイもまた優美に空を駆けた。
 琴乃の実力であれば、すぐにトドメをさす事など容易い。けれど、彼女はあえて決定的な一撃は繰り出さずに、少しずつ相手を追い詰めていく。
 鮮やかな色で獲物を誘い、その毒でじわじわと嬲る美しき植物のように。

 ◆

 ――数刻前。
 上官に呼び出された琴乃は、この任務は危険なものになるから覚悟するようにと告げられた。
 琴乃の所属している特殊部隊、近衛防諜局は圧倒的な戦闘力と情報収集力を持っている。
 だからこそ、敵の強さを見誤る事はない。今回の暗殺対象である忍びは、実力のある者しかいない組織のメンバーであっても、慎重にならざるを得ない相手なのだ。
 近衛防諜局は、当初は作戦を練れるだけ練り男を確実に暗殺するための準備をしっかり整える予定であった。
 だが、忍びによる被害は想定していた以上のペースで拡大していった。こうしている間にも、罪なき者が犠牲になっている。これ以上、野放しにしておくわけにはいかない。
 忍びの暗殺。それが今回の任務内容だ。成功率の低い、命に関わる恐れもある危険な任務である。
 だからこそ、実力派揃いの組織の中でも飛び抜けた力を持つ琴乃が引き受ける事となった。
 勇気を出し、一緒に戦うと言ってきてくれた仲間も居たが、琴乃はその提案を断った。
「あなたの実力では、わたくし達の戦闘にはついてこれません。無駄に怪我をしてしまうだけですよ」
 ――戦場に流れるのは、悪人の血だけで十分です。
 そう続けた琴乃は、何も自分が悪人だと言っているわけではない。自分であれば傷一つ負う事なく、血の一滴すら垂らす事もなく、相手に勝利する事が出来るに違いないと彼女は確信していたのだ。
 命を落とすかもしれない危険な任務を引き受けた琴乃だが、彼女の心には恐れも怯えもなかった。むしろ、その忍びがどこまで自分を楽しませてくれるのか、期待していたくらいだ。
 戦う相手は、弱いよりも強い方が良い。自分の力に自信を持ち、誰にも負けないと思っているような、そんな相手の方が叩きのめしがいがあるというものだ。
 上には上が居る事を、直々に教えてあげよう。悪しき者には、それに見合う報いが必要だ。今まで忍びが苦しめてきた者達の分まで、琴乃は相手を蹂躙する予定であった。
 ……実際に、彼と戦うまでは。

 琴乃は、逃げている最中に無様に転んだ男を見下ろす。侮蔑の視線と嘲りが、未だ立ち上がれずにいる男を射抜いた。
「惨めな姿ですね。あなたのような弱者には、お似合いの最期です」
 確かに、忍びはそこそこの実力を持ってはいるようだが、それでも琴乃にとっては大した脅威ではない。
 速さも知力も、恐らく男が自慢に思っているであろう……その腕力でさえも、琴乃に敵う点は一つとしてなかった。
(この程度の相手なら、わたくしじゃなくても良かったですね。組織の新人に、ちょうど良いレベルの任務だったのかもしれません)
 強い者と戦えるかもしれないと期待していた分だけ、失望は大きい。拠点に帰ったら、組織のデータベースに記録されている男が手練れだという情報を、全て訂正しようと琴乃は思う。
 もっとも、今ここで男の命は終わるのだから、もう彼の情報など記録しておく必要もないが。
 かさり、と男の足元で草葉が揺れた。立ち上がった忍びを見て、琴乃は笑みを深める。
 どうやら相手は、無謀にもまだ琴乃に抗おうとしているらしい。
「まだ続けるおつもりですか? たしかに、任務遂行のために戦う時間は私にとっても至福の時です」
 人々のために、悪しき者を倒す。その生活に琴乃は満足している。
 今回の任務も、二つ返事で引き受けたくらいだ。けれど――。
 男は、自分の最も得意としている攻撃を琴乃に仕掛けようとした。目にも留まらぬ速さで距離を詰めた男の腕が、琴乃の魅惑的な身体へと伸ばされる。
 だが、その腕はやはり空を掴んだ。先程まで居たはずの場所に、琴乃の姿はない。
「けれど、今回の任務は、あなたが弱すぎるせいであまり楽しめませんでした。こんなにも退屈な戦闘は、久しぶりです」
 美しくも残酷な笑みを浮かべ、瞬時に男の背後へと移動した琴乃は告げる。グローブに包まれた手の中にあるクナイを、相手に向かって振りかざしながら。

 男が咲かせた鮮血の花すらも、彼女を汚す事は叶わない。
 返り血すら華麗に避け、今回の任務でも完璧な勝利を手にした琴乃は、満足気に微笑むのだった。


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グロリアスドライヴ
2021年02月26日

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