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『約束』
cloverla0874


 幸せな夢を見ていた頃もあった。
 それを『幸せ』だって信じていた頃もあった。
 だけど、今は知っているよ。
 自分にとっての『ほんとうの幸せ』を。




 真っ白な髪をした少女が、真白な長い長い廊下を歩く。
 各種チェックポイントは、生体認証でオールパス。
 やがて、clover(la0874)は突き当りの扉の前へ辿り着く。
 cloverは足を止め、扉をゆっくり見上げた。
(これで、お別れなんだ……)
 別れを告げるべき相手が、向こう側に待っている。
 少しでも先延ばしにしたい気持ちもある。それは何の解決にならないこともわかっている。
(よし)
 呼吸を整え、扉に掌をかざした。音を立てることなく扉は開かれた。


 無味乾燥な白い部屋の中央に手術台のようなベッドがあり、青髪の少年が横たわっている。
 若草色のブランケットを掛けられた少年は、深く眠っているように見える。
 部屋の隅には、少年の管理に必要であろう機材が設置されていた。
「綺麗な顔してるよね……嘘みたいだよね。これで目覚めないんだぜ」
 cloverは『自分の体』であった少年の傍らへ歩み寄り、とりあえずお約束の一言を発してみる。
 今の自分と同じ、深い金色の瞳は伏せられたままだ。
 その体は様々な経緯から寿命を迎え、もう目覚めることはない。
 大好きなお菓子を枕元へ置いて、眠るような顔をまじまじと見て。
「…………すごい変な感じ」
 真白の髪の少女、今のcloverはヴァルキュリアとして目覚めた本来の姿だ。
 しかし、この青髪の少年の体でも長くを過ごした。
 思い入れがないわけではない、文字通り苦楽を共にしたのだから。
 苦楽……苦……楽…………苦……苦……
(苦い思いを、たくさんさせちゃったかも)
 細い指先で、青髪を梳く。指の背で頬に触れる。
 ほのかに温かいのは、管理機材が動いているからにすぎない。少なくとも生き物の温度ではなかった。
「あいつに回収されても『こんな汚れた物いらない』って、所有権破棄してもらえるかもって思って……あんな事やそんな事とかも……まあ、うん。よく俺壊れなかったよね」
 苦いなんてものじゃない記憶を掘り起こし、cloverは天井を仰いだ。
 ごめん、『俺』。

 壁際から、椅子を一つ持ってくる。
 ベッドの傍らに置いて、cloverは浅く腰掛けた。
 ゆっくり、おしゃべりしたかった。
「ライセンサーとして失敗もたくさんしたよね。ゼルクなのに守って貰ったとか、注視失敗とか……」
 戦場を共にした仲間たちは優しくて、cloverを咎めることは無かった。
 cloverが一人で反省会をしていると、どこからとなく歩み寄って言葉をかけてくれて、甘いものを差し入れたりしてくれて。
 『やってみなくちゃわからないこともある』
 『あの場では、それが最善だった』
(そうかもだけど……やっぱり、俺は俺を許せなかったな。だって、みんなを守りたいんだもん)
 自分の目が届く限り、誰にも傷ついてほしくなかった。
 優しいみんなに、苦しい思いをしてほしくなかったから。
「でも結構頑張ったと思う、すごーく強くなったよ? 偉いよね、俺」
 重体になった時は、この『四葉ボディ』へ移って、治ったら再び戦場へ。
 『青髪のclover』は、ずっとずっと戦っていた。
「あっ。戦いだけじゃないよ。日常も、たくさん楽しんだよ!」
 戦いの中や友人たちと楽しむ中で得たインスピレーションをスキルに昇華したこともある。
 より強いイメージを描くことで、きっと、初めて戦場に立った時には想像もしていないくらい強くなれた。
「悲しいことも、苦しいことも、放送禁止なこともあったけど……この体も、ちゃんと『俺』だったよね」
 純情可憐な美少年だったから、育めた友情もあるだろう。
 しっかりと人間関係の土台を築けたから、美少女になった今も友人たちは変わらず接してくれている。




 『少女のボディは、要らない』
 所有権を買い取った人物の一言で、強制的に『青髪のclover』へ意識を移行された。
 それをきっかけに、clover自身が不安定さを抱え込むことになる。
 所有者から逃げ出して。再び『四葉ボディ』を見つけ出して。
 幸か不幸か『青髪のclover』が目覚めなくなったことを機に、所有者はその権利を破棄した。

 cloverを生み出した技術者は、『四葉ボディ』が不要とされても大切に保管していた。
 『青髪のclover』が目覚めなくなってからも、同じように。
 正式に権利破棄の手続きを終えてから、cloverへ連絡を取った。経緯を語った。
 別れの言葉を送るか? と、尋ねてくれた。

 そして今日に至る。
 色んな色んな出会いと別れがあって、今日がある。




「がんばりました。はなまるっ!」
 cloverは青髪をヨシヨシと撫でて、額にキスをした。
 心と体の乖離によって生じた不安定な時期も、その体で踏んばってきたのだ。
 今は生まれた時の体へ戻って安定している。
 自分の感情を、自分のものだと自信をもって言える。
 でも、だからって『青髪のclover』をスクラップにしてヨシ! なんて割り切りはできない。
 もう目覚めない、もう一人の自分の手を取る。
 たくさん負傷してきたはずなのに、痕跡一つないスベスベの肌。
 技術者の優しさであり、clover本人としては軌跡を消されてきた悲しさも感じた。
「次は、心も体も一緒がいいね。うん、一緒がいい。一緒に行こう?」
 心はひとつ。体はふたつ。
 厄介な人生だったけれど、『次』は、きっと。
 無理を重ねたのは『四葉ボディ』も同じだ。
 技術者たちの悲願の結晶であり繊細な要素が詰まった体への負荷は、どれほどのものか。
 cloverは自分を取り戻したけれど、それも決して長くはないだろう予感があった。
(それでもね、不思議と悲しくないんだ。だって、俺たちは全力で頑張ったでしょ?)
 失敗したって。お別れをしたって。
 もっと上手くできたんじゃないかって悔んだりもしたけれど、いつだって精いっぱいをやってきた。
 頑張ってきた自分に、『お疲れ様』って声を掛けて背中を叩いて、送り出したい。
 体が目覚めることは無くて、意識は自分が持っているけれど。
「『次』を夢見たって、いいよね」
 誰かに刷り込まれるんじゃない、自分の意志で幸せを掴みとる夢を、見ることを。
「楽しみだね、たくさん約束も出来たし……。あっ! 親友かお嫁さんになるとしたら、どっちがいいかなー?」
 誰とは言わないけど!
「会ったのは『俺』の方だし、決定権はそっち持ち……?」
 でもでもでも!!
(なかなか波乱万丈になりそう) 
 楽しい予感に溢れている。
「『私』は、もうちょっと頑張るよ。先にシロツメクサの花畑で待っててね」
 残った時間も、精いっぱい楽しむから。
 お土産話、期待してて。
 最初に置いたお菓子のパッケージを開けて、食べ始める。
 眠ったままの『俺』に代わって、『私』が美味しくいただきます。


「目覚めた時に覚えていなくても、この魂のずっと奥に刻まれているよ。『俺』と『私』の約束は」
 今度は、一緒に目を覚まそう。約束だよ。
 もう一人の自分と、最後の指きり。


 ありがとう。ありがとう。お疲れ様。
 今は――……おやすみなさい。
 幸せの夢の中で、待っててね。




【約束 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせいたしました……!!
ご依頼、ありがとうございました。
『お別れ』の一幕を、お届けいたします。
再会の、約束と予感と共に。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月01日

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