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『死地へ向かう兵士』
ケヴィンla0192


 異世界へ転移する技術が開発された。そう聞いた時、ケヴィン(la0192)は真っ先に帰ると決めた。
 技術者達は止めた。未だ狙った世界に飛べない不確かな片道切符だと。
 時間はかかるが、いずれ行きたい世界に行く技術が開発されるだろう。それを待つのが確実だと。
 しかしケヴィンは止まらなかった。

「待ってる時間はないんだ。すぐに旅立つよ」

 もう自分も若くない。それに元の世界で戦争の火種はまだ燻ってるだろう。一日の遅れが致命的な遅れになるかもしれない。
 悠長に待ってなどいられない。たとえ、低い確率であっても、あの世界に一秒でも早く帰れる可能性があるなら、賭けてみたいと思った。

 この世界で出会った知人達に、ろくに挨拶もせずに、さっさと研究室へと向かう。
 ケヴィンと同じように、不確かな転移技術でも、すぐに飛び立ちたいと考えるライセンサーは案外多いらしい。そこそこ賑わっていた。
 待合室で転移の準備を待つ間、ケヴィンは荷物の最終チェックを行う。
 黒い戦闘服を着込んで、茶色の防寒着を身に纏う。己の世界で傭兵として闘っていた時代の服だ。
 この上に着込むアーマーも持って行く。流石に修理はしたが、見た目はあの頃と変わらない。
 アーマーをリュックにしまい込む。向こうについてから身につければいい。しっくり身体に馴染むことだろう。
 この世界で使い慣れたEXISをリュックに入れて、苦笑いを浮かべる。

「これが役に立つ世界か解らないが……使えたら儲けもんって所かね」

 旅立つための装備品をチェックしなおし、リュックを背負って、携帯端末を手にした。再生ボタンを押すと流れてくるのは、春の日差しのように温かなピアノの音色と少女の唄声。
 それはケヴィンがこの世界で手に入れた輝かしき何か。お気に入りの曲を聴いて思わず頬を緩ませた。

「ぬるま湯みたいなもんだったけど、悪くなかったね」

 心は戦場にいたまま、この世界で日々を面白おかしく過ごした。
 当たり前のように明日がまた訪れる、穏やかな日常。
 あまりに平和ボケした思考に、偽善者、夢想家、脳内お花畑と内心思ったこともあるが……いつの間にか彼らのあり方を『居心地が良い』と感じてしまう。
 それくらい、このぬるま湯の世界に自分も毒されていたのだろう。

 どこか落ち着かない、むずむずかゆくなるような優しい音楽を聴きながら、仲間達を思う。
 たとえ、この世界にまた危機が訪れようとも、彼らがいるかぎりこの世界は安泰だ。
 彼らがきっと戦い抜く。この世界を守り抜く。
 そう信じられたから、心置きなく旅立てる。
 愛用の電子煙草を口に咥え、深く息を吸い込む。ぬるま湯の世界を存分に楽しんでいたが、結局最後まで、これは辞められなかった。
 平和な世界で過ごした穏やかな日常でも、壊れたケヴィンの心を癒やすことはできなかった。コレに依存しなければ正気を保てないほど。結局自分は戦場で戦い続ける日々こそお似合いだと、自分をせせら嗤う。

「……最後に、もうひとっ風呂浴びたかったかね」

 そう言いつつ、懐から黄色いひよこのおもちゃを取り出す。先ほど駄菓子屋の店先で見つけた。あの銭湯のマスコット・リチャードに似ていると思わず勢いで購入してしまった。
 元の世界に戻ったら、のんびり風呂に入ってる暇がないだろうと思うと、つい名残惜しくなったのだろう。
 自嘲の笑みを浮かべた頃に、異世界転移の準備が整ったと女性職員が伝えにきた。

「おねーさん。良い銭湯があるんだよ。良かったらコイツと行ってきて」

 へらっと愛想笑いを浮かべながら、黄色いひよこを女性職員の手に乗せる。連れて行く意味などないのだから、この世界の未練は捨ててしまえば良い。
 背を向けてひらひらと手を振って挨拶する頃には、ケヴィンの顔から愛想笑いが消えていた。

「さあて、どこに行くかも解らない、片道切符のギャンブルに行こうか」

 この世界で得たもの、得た想い、それらを全部捨てて旅立とう。
 本来の自分に戻れる場所。死の匂いがチリチリと肌を焼く戦場へ。
 転移装置を身につけて待機する間も、イヤホンで音楽を聴き続けた。ピアノの音色が、少女の唄声が繰り返し流れる。
 こんな優しさ、あそこにはないだろう……そう思いながら煙草を深く吸って、目を瞑って、転移の時を待った。

 世界を超える時間。それは永遠にも、一瞬にも感じた。

 目を開ける前に、まず空気が変わったと感じた。
 懐かしい埃と硝煙の匂い。目を開けると黄昏時の日の光に染まった世界が広がっていた。遠くに荒廃した町並みが見え、精気に乏しい、血のように朱に染まった残酷な世界。

「嘘だろう……一発で引き当てるとは、運が良かったのかねぇ」

 呆れながら電子煙草をぎりっと噛みしめる。
 そこは、ケヴィンの昔いた世界だった。ランダム転移で、天文学的確率を見事引き当てて、思わず唇の端が釣り上がった。
 吹き付ける風もどこか殺伐としていて、それが懐かしいと感じる。
 ケヴィンは背負ったリュックを降ろして、荷物を取り出す。おもむろにアーマーを着込む。

「久しぶりだな、相棒。よろしく頼むよ」

 懐かしい武器を手にして、リュックを背負い直し、太陽に背を向けて歩き出す。

 この世界の何処かに、今も戦争は燻り続けている。所詮、自分は死に損なってあの世界に飛んでしまっただけで、ここに帰ってくる定めだったのだ。
 ぬるま湯の世界から舞い戻り、イカれた世界で戦い抜くことこそ、自分らしい生き方だ。
 絡みつくぬるま湯の残滓を振り捨てて、魂の導火線に火をつけて、茨の道をゆっくりと歩き出す。
 夕暮れの朱に染まるケヴィンの背中は、どこか煤けていた。黄砂を含んだ吹き荒れる風が、茶色の防寒着をなびかせる。
 風がどれほど強くても、一歩、一歩、歩むことを辞めない。
 ケヴィンが歩む道を彩るように、携帯端末からピアノの音色と少女の唄声が響く。その優しさがどこか居心地悪くて、音楽を変えた。
 ハードロックがビートを刻む。殺伐とした世界にお似合いの歌。

 ──過去は打ち捨ててきた。焔で身を焦がしても、全てを失っても怖くない。
 ──この戦いに正義はない。夢も大義もない。いつか掴み損ねた希望もない。
 ──初めから持ってない。英雄になれもしない。殺しあいを繰り返す野良犬。
 ──もう帰る場所は何処にもない。この身の全てを捨ててdon't look back.

 それは何処か、映画のエンディングにも似た、絵になる風景だった。
 けれど、これは終わりではない。死地へ向かう兵士が、戦場へ身を投じる。始まりの物語。
 この地に墓標を刻む日まで、歩き続ける永遠の旅路。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【ケヴィン(la0192)/ 男性 / 37歳 / don't look back】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
この度はノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

発注文を見た時、とてもカッコいいラストだなと思いました。
ケヴィンさんのラストを締めくくる、素敵なノベルを任せていただきありがとうございました。
映画のラストシーンのようなイメージで終わらせましたが、気に入って頂けると幸いです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月01日

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