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『世界を超えて続くもの』
神取 アウィンla3388)&神取 冬呼la3621)& 桃簾la0911


 神取 アウィン(la3388)は妻の神取 冬呼(la3621)と待ち合わせ場所にいた。スマートフォンを持たない桃簾(la0911)が来たらすぐにわかるように、少し早めに来ている。
「あ、来た来た。こっちだよう!」
 冬呼が手を振った。桃簾が長いスカートを翻して、悠然とこちらに歩いてくる。背筋を伸ばし、その振る舞いは堂々たるものだった。
「待たせましたね」
「いえ、こちらが早めに来ただけですので。姫も早いくらいです」
 アウィンが首を横に振った。

 今日は、桃簾の帰郷に備えての買い出しに来ている。大容量スーツケースにぎっしり詰め込む荷物だ。来た時は婚礼衣装着の身着のままだったのに、帰るとなったら大荷物だ。

 それと同時に、今日は義理の弟であるアウィンと、その妻にして桃簾の友人でもある冬呼が、彼女と長く過ごせる、恐らく最後の機会でもある。冬呼は桃簾の前に立ち、
「今日は沢山楽しもうね、お義姉ちゃん」
 遠慮なく、家族として呼ぶ。彼女を送り出すことは、夫の郷里の為にもなる。だから、この買い出しはとても大切なことでもあった。けれど、こうやって近くでたくさん話ができるのも、これが最後。よくある一日として過ごしたかった。
 桃簾は悠然と微笑み、相手の細い体を抱きしめる。
「ええ、よしなに」
 ちら、とアウィンを見れば相手の口が「へ」の字になっている。にんまりと笑った。
「では」
 アウィンは結んだ口を解いた。
「行きましょう。買う物はたくさんありますよ、姫」


 大型ショッピングモールには家電量販店も入っていた。桃簾はひょいと覗き込み、家庭用冷凍庫を見つけて興味深そうに説明書きを眺めている。カタログには、これでもかというくらい、大きな冷凍庫が生活にあることのメリットを全面に押し出している。とは言え、桃簾の故郷である異世界カロスに電化製品はない。インフラとしての電気がないので、これを持ち帰ったところで使う事ができないのだ。まずは発電設備から作らなくてはならない。それはそれとして、
「この冷凍庫すり切り一杯にアイスを作ってみたいです」
 想像するだけでうっとりできる。冬呼もうんうんと頷き、
「それはバケツプリン的なロマンだよね」
 ついて行けないアウィン。桃簾が展示品に手を伸ばすのを見て、
「姫が迂闊に触れると壊れるでしょう!」
 思わず小言。彼女はむくれ、
「……分かってます」
 桃簾の電化製品デストロイヤーっぷりを思えばこそ、アウィンは彼女が展示品に触れて壊しやしないかと冷や冷やしているのだ。いくら、デモ機で多少の無茶な扱いは前提であるにしても、桃簾に掛かればどんな壊れ方をするかわかったものではない。
「まーまー、どの道こんな大きな物は持って帰れないしね。残念だけど」
 冬呼が間に入った。一行は家電量販店を出て、書店へと向かった。


 アウィンは内心で頭を抱えていた。
 桃簾はカロスに帰り、転移の日に結婚する予定だったノルデンの兄に改めて嫁ぐつもりだと言う。
 それは、自分に掛かっているであろう花嫁略奪の嫌疑を晴らそうとする意図もあることを察している。更に、若くしてこの懐の深さを併せ持つ彼女であれば、ノルデンの家族も大切にしてくれるだろうと信頼もしている。時として、敵にも敬意を払う彼女のことだ。

 けれど、やっぱり桃簾の破天荒っぷりにはついて行くことができず(冷凍庫すり切り一杯のアイスとはなんですか、姫)、今日もついつい意地から小言を溢してしまっている。
(何故ふゆはついて行けているのだろうか……)
 アウィンだって、わかっている。桃簾が自由でいられるのもあと僅か。冷凍庫すり切り一杯のアイスを夢見るのも、近しい人間と笑い合えるのも。カロスに帰れば、彼女は領主家の娘、そして領主家の嫁だ。自由は利くまい。

 何より、冬呼に想いを告げる時、自分の背中を色んな意味で蹴り飛ばしたのも桃簾だ。その恩に報いたい。今まで受けたものにも、これから受けるものにも。
 だから、今日の買い物では自分にできる精一杯をするしかない。

「多すぎます」
 しかし、山ほどの本を選んで持って来た桃簾に、アウィンは再び苦言を呈した。いくらスーツケースが大型とは言え、これでは他が入るスペースを圧迫する。
「ですが、どれも必要なもので……」
「とりあえず、この中から厳選しよっか」
 冬呼の提案を受け、サービスカウンターを借りて本を並べた。アウィンと冬呼でそれらを開きながら吟味する。冬呼は大学教授として、本選びのノウハウがあるようだ。真剣な表情で奥付と参考文献をめくる。基準は、出典が明確かどうかと、初版の出版日だ。
「不確かなものが無いようにね。これはちょっと古いかな……こっちは……大丈夫そうだね」
 どんな分野でも、研究が進めばそれまで定説とされていたものがひっくり返ることがままある。アウィンは妻がOKを出した物をめくりながら、さらに厳選を重ねた。
「この本とこれは似た内容ですから、減らして代りに図説も多い此方は?」
 ぱっと見て伝わる図説の方が、色んな所で知識を共有しやすいだろう。アウィンは真剣にページをめくりつつ、同じ分野のコーナーに戻って別の本を提案したりもした。
 追加される本も含めて全員で話し合い、てきぱきと取り分けていく。最終的に、持ち帰る本の方が少なくなり、ややしょんぼりする桃簾であるが、
「ありがとう」
 選んでくれた事への礼は忘れない。
「全部持たせてあげられないのは、こっちも心苦しいけどね」
 冬呼も眉を下げる。
「いえ、あなたたちが選んでくれた本なら、実用の面でも、楽しみの面でも問題ないはずです。大事にしますね」


 桃簾には二匹の飼い猫がいる。その猫たちも連れて帰るつもりだった。ただ、RPGのペットではあるまい、放し飼いにして後ろを歩かせるわけにもいかないので、キャリーバッグが必要になる。次なる行き先はペットショップだった。
「どっちがどっちかぱっと見でわかるように、色違いの方が良いかもね。大きさは?」
「ネームタグも必要でしょう。猫を連れて帰る放浪者は他にもいそうな……」
 長距離移動や、乗り物での輸送にも耐えうる頑丈なものと、ネームタグも購入。店員から、猫の長距離移動で気を付けることについてのアドバイスも受けた。自らも猫好きであるアウィンも、飼い主の桃簾に負けず劣らず真剣に選んでいた。生き物の命に関係することなので、間違いが起こる可能性は低くしたいと思うのが人情だろう。
「あの子たちも、絶対無事に連れ帰ります」
 桃簾は二人に誓った。

 次に、お土産品として器財類なども購入した。これも冬呼が「模倣や修繕が楽な素材」でなおかつ「造りの良いもの」を基準として勧める。少し値は張るが、持ち帰るならできるだけ後に繋がるものが良い。
「これだったら、たぶんカロスにあるものでも修繕できると思うし、作れるんじゃないかなぁ」
 冬呼は値札の材質とにらめっこしながら唸る。桃簾は持ち上げたりして取り回しを確かめながら、
「ありがとう。戻ったら、職人に見せてみます」
「物作りに携わってる人ならわかると思うな。同じものじゃなくても、代替できる素材があれば良いんだけど」


 桃簾のアイスに対する並々ならぬ情熱は、故郷に帰るからと言って消えることはなかった。アイスをノルデン領の特産品にしたい。その野望を叶えるべく、三人は園芸店に入る。アイスの材料になる、ハーブやフルーツの種を購入するためだ。
「アイスと言えば、ミントは欠かせませんね。上に乗せて良し、フレーバーにしてよし、です」
「ミントはくれぐれも最初は鉢で。鉢も地面に直置きしないようにね」
 冬呼が真顔で忠告した。桃簾も頷き、
「ミントは増えるのでしたね、気をつけます」
 地域の生態系にも影響を及ぼしかねない生命力と繁殖力だ。下手を打てば、ノルデン領主家の庭から、植物が何種類か姿を消す可能性もある。そして生態系への影響は、ミントに限った話ではない。慎重な栽培が求められるだろう。違う文化が交わるとき、もたらされるものは良いものばかりとは限らない。同じ地球上でも外来種による生態系の乱れは起こりうることで、異世界の間で起こらない筈がないのだ。
 けれど、責任感の強い桃簾のことなら大丈夫だろう。園芸の入門書も買ってある。
「フルーツはどれが良いでしょうか。正直、フルーツならどれもアイスにしたいほどで……」
 腕を組んで悩む。アウィンと冬呼も、真剣な眼差しで種の説明書きを見ながら、
「スイカにメロン、イチゴ……パッションフルーツも試してみますか?」
「そうだね、その辺が味としても王道だしね」
 あまり奇をてらった味にしても、消費者になりうる人間の舌に合わなければ意味がない。桃簾やアウィンが食べられる味であれば、ある程度は受け入れられそうには思える。
 種の類はあまりかさばらなかった。本当にこれで良いのだろうか、と不安になるほどに。その前の買い物がひどくかさばったのもあるだろう。けれど、この小さな袋の中の、小さな粒がカロスの食に大きな影響を与えるかも知れない可能性を秘めている。
 色んな意味で責任は重大だ。桃簾は故郷でアイスを食べることを夢見て、店を出た。


 冬呼は、夫の機嫌が少しだけ斜めになっていることを察していた。
(妬けてそう)
 冬呼が夫よりも桃簾を構うのが、ちょっぴり面白くないのだろう。
 彼が自分のことを、この世で一番愛してくれていることは知っている。自分だって同じなのだから。自分と残りの人生を歩むために、地球に残ることを決意した彼。
 とは言え、アウィンも大人であるから、その不満を口にすることはない。今日の買い物の目的が、桃簾の帰還に関するものであるから、冬呼が桃簾にかかり切りになることは当然だし、アウィンもそれをわかっている筈だ。その彼もまた、桃簾が持ち帰るものがより良いものであるようにと店内を歩き回っていたのだから。
 なので、買い物を終えて、食事をして帰ろうとフードコートへ向かう道すがら、冬呼は夫の隣にさり気なく並んだ。その腕を取る。細いながらもしっかりとした腕。
 するとどうだろう、アウィンの表情はたちまち日向の猫が如く和らいだ。僅かに眉間に寄っていた皺がすっと消える。冬呼の好きな、青い瞳が優しく細められる。
「どうした?」
「へへ、楽しいなあって思って」
 もうすぐ四月。入学シーズンだ。冬呼も教員として新入生を迎える準備があり、普段の業務に加えて+αで業務が上積みされている。けれど、戦友であり義姉である桃簾との時間は残り僅かであり、大切にしたい。その思いから、今日の時間を作っている。それは、四月から大学医学部に入学する準備のあるアウィンも同じだろう。
 だから、楽しいと言うのは偽らざる本音だった。物選びは真剣に、けれど、桃簾の未来を思ってする吟味は、やりがいも楽しさもある。
「ありがとう、冬呼」
 その二人に、桃簾は暖かい眼差しで礼を告げた。家族を見る目。
「楽しもうって言ったからね。お義姉ちゃん楽しんでる?」
「もちろんです」
「それじゃあ良かったよ」
 後に、夫がぼそりと、「俺も楽しんでいる」と言い訳の様に囁くのには、腕を抱く力を込めることで応じた。


「いつ出発だっけ」
 食事をしながら冬呼が尋ねると、桃簾はすぐに日付を告げた。陰陽師の親友が、出立に良いと言う日を教えてくれたのだそうだ。その人は冬呼もアウィンも知っている。
「縁起が良いねえ」
「ええ、彼女が言うなら間違いないでしょう」
 人によっては非科学的とも言われそうな日取りの根拠も、二人はすんなりと肯定した。誰に何を言われようとも、日付を変えるつもりのない桃簾だが、親友の言葉を当然の様に根拠とする二人の態度には微笑みを作る。デザートメニューを開き、
「デザートのアイスはわたくしがご馳走しましょう。たくさん食べなさい」
「一つで十分ですので」
 アウィンは苦笑した。桃簾は店員を呼び止めて、数種類のアイスを注文する。色とりどりのアイスが運ばれてきた。冬呼は比較的小さいものを一皿選び、口に運ぶ。
「どうです」
「うん、美味しいー」
 料理を趣味としている冬呼だが、その実は小食だ。桃簾は片っ端から優雅な所作でアイスを食べ尽くしていく。無理に勧めることはないので、冬呼ものんびりとアイスを食するのだった。


 大きい荷物は配送を依頼している。来た時とそう変わらぬ身軽さで、三人はショッピングモールを少し歩いた。必要な物は概ね買い終えているので、少し気楽だ。
「ここ、少し覗いても良いでしょうか?」
 桃簾が楽器店を指す。夫婦は顔を見合わせて、頷いた。
「構いませんよ」
「良いよー。見ていこう」

 店内には所狭しと楽器が並んでいる。ヴァイオリン、トランペット、クラリネット、ギターなどなど……その中でも、一際目を惹いたのはピアノだった。小ぶりなアップライトピアノ。
「これは、流石に持ち帰れませんね……」
 しゅん、と肩を落とす。カロスにはなかったピアノは、初期の依頼で知った。練習して、今でも賛美歌を弾くことができる。アイスと同じように、この世界で出会った、心躍らせる文化の一つだった。残念そうにしている彼女へ、アウィンが声を掛ける。
「流石にそのものは無理なので、トイピアノは如何かと。職人が構造を理解出来れば再現も可能かもしれません」
「あ、こっちにあるよ。ちょっと見てみる?」
 冬呼が二人を呼ぶ。一角に数台並べられた、小さなピアノ。色も様々だ。桃簾が一台の、品の良いピアノの鍵盤を軽く押し込む。ピン、と小さく高い音が鳴った。
「では、これも買っていきます」
「はい」
 アウィンが冬呼と目を見交わして、レジに持っていく。桃簾が財布を出そうとするのを、冬呼が押しとどめた。
「一つくらい、プレゼントさせてくれるよね?」
「餞別とさせてください」
 冬呼がクレジットカードを店員に渡した。レジ担当は頷いて、決済を始める。桃簾は表情を緩めた。
「ありがとう。嬉しいです」
 心からの笑顔だった。

 こうして、異世界の姫が故郷に帰るための買い物はつつがなく終わった。


 そして、当日。
 桃簾は転移時に纏っていた婚礼衣装に身を包んで集合場所にやって来ていた。暮らしているマンションでは、地球での保護者の青年、家政婦、住人たちに見送られて来た。そこからは神取夫婦が付き添う。
「その指輪、似合ってるね」
 冬呼が右手の指輪に目を留めた。桃簾は微笑み、
「ええ、親友たちと揃いなのです」

 到着すると、搭乗の時間まで少し待つことになった。その間に冬呼は書籍を翻訳したものと、それとは別で、秘蔵レシピをカロスの言葉に訳したノートを手渡す。
「自分で料理を作る立場ではないと思うけど楽しんでくれたら嬉しいな」
「ありがとう冬呼」
 桃簾は両手でそれらを受け取った。ぱらぱらとめくり、頷いた。
「お気を付けて」
 アウィンが神妙な表情で告げる。
「勿論です。二人とも息災で」

 やがて搭乗が始まった。桃簾の番もすぐに回ってくる。スーツケースに、猫二匹を入れたキャリーバッグ、それにEXIS装置を外した教典杖を一緒に持って扉へ向かう。
 その背中に、アウィンは呼びかけた。
「義姉上」
 初めて聞くその呼び方に、桃簾は立ち止まった。振り返りはしない。アウィンは姿勢を正して、
「どうかお元気で、義姉上! ノルデンの家族を宜しくお願いします」
 深々と頭を下げる。
「言われるまでもありません。任せなさい、義弟」
「兄へ嫁ぐ姫があなたで良かった」
 微笑むように裾が翻る。彼女は機内に入った。
「元気で……!」
 冬呼は夫の手を握り、それを見送った。扉の向こうから、教典杖の音だろうか。鈴のような音色が置き土産の様に響いた。

 やがて、桃簾を乗せた機体は出発した。アウィンと冬呼は手を取り合って、その場が静まり返るまで留まっていた。


 そして、桃簾はカロスに辿り着いた。
 一度目の転移で。彼女らしい幸運……否、もはや豪運と言える。

 嫁入り後、アウィンを悪し様に罵る家臣に平手を喰らわし、
「わたくしの義弟を侮辱することは許しません」
 と一喝することもあるのだが、それはまた別の話である。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
発注文を拝見して、素敵な関係のお三方だなぁ、と思いながら書かせて頂きました。三者三様で、思い出はたくさんあるのだとは思いますが、この日のことは共通の思い出になると良いな、と思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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2021年03月02日

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