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『Hello Hello』
神取 アウィンla3388)&神取 冬呼la3621


 病院の片隅で、神取 アウィン(la3388)はぼろぼろと泣き崩れた。膝をつき、声を絞り出すように叫ぶ。

「……あ、ありが、とぅ……ひっくありが……」

 感情が上手く言葉にならない。大切な人を失うかもしれない不安を抱え、永遠に思える辛い時間を乗り越え、喜びと感謝と感動と、溢れすぎた感情を整理できずに、ただただ泣いていた。
 神取 冬呼(la3621)は言葉を絞り出す力もなく、ただうっすら微笑んでアウィンの泣き顔を見つめる。

(……ありがとう)

 心の中で愛しい旦那様へ、感謝を告げながら目を瞑って眠りにつく。
 その隣には二人の赤子が、元気よく産声をあげていた。
 ナイトメアとの戦いを終えて数年。2065年の春。新たな生命がこの世界に誕生した。



 麗らかな春の日差しが降り注ぐ、のどかな休日。
 緒音 遥(lz0075)は祝いの品を手に、マンションのインターフォンを押す。扉を開けて出迎えてくれたのは冬呼だった。
 ぴょこんと背を伸ばし、冬呼が満点笑顔で挨拶する。

「緒音さんいらっしゃいませー」
「冬呼さん、久しぶり」

 緒音を玄関先からリビングへ案内し、冬呼はキッチンに行こうとした。

「今お茶を……」
「ふゆはゆっくり座っていろ。俺がやる。無理をするな」
「もー、そのくらい大丈夫だよぉ?」

 アウィンが冬呼を止めて、さっさとお茶を淹れに行ってしまう。
 冬呼は苦笑いを浮かべつつ、嬉しそうだった。相変わらずの過保護ぶりに緒音は思わずくすりと笑みを零した。

「元気そうで良かったわ」
「えへへ。旦那様のおかげさまで、ゆっくり休めてます」

 冬呼はこの春、子供を産んだ。元々身体が弱い冬呼が、出産という大事に挑んだのだ、過保護になるのも無理はないと緒音も思う。
 産後に体調を崩す女性も多いが、冬呼の顔色は悪くなかった。
 冬呼に案内されてリビングへ入る。南向きの部屋は春らしい暖かな日差しが降り注ぐ。元は綺麗に整頓されていただろう室内には、赤ちゃんグッズが乱雑に置かれ、子育ての苦労ぶりが見て取れた。
 緒音がベビーベッドを覗き込むと、黒髪の赤ん坊が二人並んで眠っていた。
 見知らぬ人の気配に気づいたのか、二人揃って目を開ける。その瞳は両親の色を分け合ったように、翡翠と藍色のオッドアイだった。
 一人を抱き上げて、冬呼は頬を寄せる。もちもちほっぺがくっついて、ふわりと微笑んだ。

「お父さんの血が強いかなって思ったんですけど、目の色みてびっくりしました。器用なものだなぁなんて」
「可愛らしい双子ちゃんね」
「男の子と女の子です!」

 新しい命の誕生。その眩しさに緒音は思わず目を細めた。顔のパーツを見比べては、父親似だ、母親似だと言い合って、冬呼と緒音は和やかに話す。
 交互に赤ん坊を抱き上げて、緒音に見せているが、子供達は泣くことなく大人しい。

「知らない人を見ても泣き出さないなんて、やっぱりメンタルが強いのかしら」
「マイペースで、ぼーっとしてるのかも」

 くすくすと微笑み合って、話をしている間に、アウィンが紅茶とお茶請けを持ってやってきた。

「緒音殿。ゆっくりしていってほしい」
「ありがとう。忘れないうちに。はい、出産祝い。双子だって聞いてたから、二人分ね」
「スタイだ! これいくつあっても助かります」

 赤ちゃんのよだれかけは、一日に何度も交換する育児の必需品だ。ふかふか肌触りのよいコットン生地で、瞳の色に合わせて色は緑と青の二種だった。
 三人揃ってお茶を飲みつつ、自然と話題は出産時の話になった。
 出産には立ち会いたいと、事前に学校を休む相談をしていたアウィンは、出産時病院で冬呼に付き添った。必死に子を産む冬呼を心配し、何もできない自分に歯がみし、ただただ手をとって無事に生まれてくれと願うしかできずに。
 そうして長い、長い時間をかけて、母子ともに無事に生まれた瞬間、ほっとして思わず泣いてしまったのだ。

「アウィンさん、ぼろ泣きだったんですよ」
「嬉しくて感謝でいっぱいだったのだから、仕方あるまい」

 真顔でそう答えた後、冬呼と赤ん坊達を交互に見て、表情を緩ませた。
 出産前は心配で仕方がなかったが、無事生まれてきてくれた今となっては、愛おしくて仕方がない。
 アウィンの優しい眼差しを見て、冬呼もふふっと微笑んだ。

「あんまり泣くからアウィンさんの目が溶けちゃうかと思ったよ」
「ふゆは体も強くないし、双子なので帝王切開を勧められたのだが、自分で産みたいと頑張ってくれて……そして生まれてきてくれた子達なのだから、それは泣いてしまうだろう」

 通常の出産でも生死に関わる。まして虚弱な体質と双子ともなれば、アウィンの心配はいかほどだったか。
 それでも自然分娩で産みたいという冬呼の希望を、アウィンは尊重しぐっと堪えて見守った。

「わがままとは思ったけど……頑張らせてくれた旦那様と、何よりあの子達のおかげだよ」
「とても小さくて驚いたが、すくすく育ってくれている。命とは凄いものだな」
「二人とも、本当におめでとう。無事で良かったわ」
「ありがとう。緒音殿」
「ありがとうございます。緒音さん」

 アウィンは愛おしげに、我が子の頬を撫でた。その隣で冬呼がのんびり微笑む。
 出産時の心配で凹み、感激で声を震わせ、我が子を見ては穏やかに微笑む。アウィンの表情はくるくる変わる。一連の様子を見て、緒音は楽しげに笑った。

「アウィン君、変わったわね」
「そうか?」

 緒音はアウィンがこの世界に来て、ライセンサーになったばかりの頃を思い出した。
 無表情で淡々とした、クールビューティーといった佇まいのアウィンだった。感情表現が大分豊かになったのは、冬呼のおかげなのだろう。
 子供が生まれてから、生活は一変した。大変なことも多いが、その苦労さえも愛おしい。
 子供の可愛さや、日々のあれこれをしばらく話し、ようやく話題は近況報告に移る。

「緒音殿は今もオペレーターの仕事を?」
「ええ。変わらないわ。SALFの仕事は今も続いているのよ。アウィン君は医大どう?」
「5年生になった。そろそろ臨床実習に入る」
「忙しくなる時期ね」
「ああ。だが育児もしっかり行いたい」
「私も頑張るよ、無理しないでね。旦那様」
「俺とふゆの子供なのだから、当然のことだ」

 そう語るアウィンは優しい目をしていた。
 冬呼を唯一としてきたアウィンだったが、守るべき対象が増えて、とても幸せそうに見える。

「冬呼さんの仕事はどう?」
「研究職の方は、一番弟子の教え子とその後輩たちも、確り育ってきたので。今度は自分も親として成長できるように育児に力を入れたいです」
「そう。後輩育成は大変なお仕事よね。育児も大変だと思うけど、アウィン君と一緒なら大丈夫よね」
「もちろん。ふゆは俺が守る」
「……あっくん」

 二人の目が一瞬あって、甘く微笑み合って、目を逸らす。二人きりではなく、緒音がいるのだからと、ぐっと堪えて。
 しかし緒音は茶を飲みつつ、内心思う。

(そこは、ちゅーしろよ)

 緒音の心の声など、冬呼とアウィンが知るよしもない。

「このマンションは私が買ってたんですけど」

 甘い空気を取り払い、話題を変えるように、冬呼は部屋を見渡した。2LDKのマンションは丁寧に使われてきたのか、とても綺麗で過ごしやすい。

「賃貸じゃなく分譲だったのね。広くてずいぶん立派ね」
「ええ。築年数も浅くて良い部屋ですが……」
「子供達が大きくなったら部屋が足りないな」
「たしかに。子供が二人ってなると、もう少し部屋数が欲しくなるわね」

 緒音は頷きつつ、二人の話題の聞き役に徹するべく、耳を傾けた。

「一軒家に引っ越して、ペットを飼うのも良いな」
「引っ越したらわんこさんお迎えしたいねぇ。黒ラブとか」

 緒音は冬呼と目を合わせ、ちらりとアウィンを見て頷く。二人の心の声は一致した。

((わかる))

 すでに大型犬を飼っている気分だ。二人にそう思われているとはアウィンは気づかず、真面目な顔で覚悟を語る。

「一軒家に引っ越すとなると費用もかかる。ふゆにばかり負担はかけられない。夫として父として頑張るつもりだ」
「二人で頑張るんだよ」
「二人なら、どんなことがあっても乗り越えて行くのでしょうね」

 緒音は心からの想いを口にした。
 過保護に見えるアウィンだが、それを受け止め包みこむ冬呼がいてこそで。
 二人はともに手を携え、ともに幸せも苦労も分かち合って歩んでいく。互いに支え合っていくカップルなのだ。
 思い合って支え合う、その輝きを緒音は眩しそうに見つめ、小さくぽつりと呟く。

「……末永くお幸せに、なんて言うまでもないわね」
「緒音殿。何か言ったか?」
「何でもないわ。冬呼さん。今は元気だっていっても、あまり無理しないでね。これは医者としての忠告よ」
「はい。……無理はしてないつもりなんですけど……」
「じゃあ、今日はお暇するわ」
「もう少しのんびりしていってくださいよぅ」
「あんまり長居したら冬呼さんが疲れちゃうわ。ほら、ゆっくりしないとね」

 ちらりとアウィンを見ると、真顔で首を縦に振った。
 アウィンとて久しぶりに会った緒音ともっと話したいのだが、冬呼の体調を心配する気持ちが優った。だから緒音の気遣いに感謝する。

「そのうちアウィン君が心配で倒れちゃうわよ」
「そうならないように、適度に休みます」

 冬呼をリビングに残し、アウィンはマンションの入口まで、緒音を送っていくことにした。
 別れ際、妻の前では見せない、不安げな表情を見せる。

「出産は生死に関わると覚悟していた。予想以上にふゆが元気なのは良いことなのだが……」
「急変する可能性もあるし、心配よね」
「ああ……」

 まだ医大生で医者になれていない。愛する妻の病気を直接見られない歯がゆさを抱えている。
 暗い表情のアウィンの肩を、緒音はぽんと叩いて笑みを浮かべた。

「心配なことがあったら、いつでも連絡して。専門じゃないからあまり頼りにならないかもしれないけど、愚痴くらい聞くわよ」
「ありがとう。緒音殿」

 ひらひらと手を振って、去って行く緒音の頼もしさは、出会った頃から変わらないとアウィンは苦笑した。
 アウィンが部屋に戻ると、ぽてぽて歩いてきた冬呼の声が弾んでいた。

「あっくん。出産祝いの袋に一緒に入ってた!」

 紙袋の中を見せると緒音手作りの酒粕入りクッキーがある。
 一緒についていたメッセージカードにアウィンはさっと目を通す。

『授乳中はお酒を飲めないから。気分だけでも』

 酒飲み二人のことがよく解っている選び方だ。試しに一口食べてみると、チーズも入った甘塩っぱい味付けが、後引く美味しさ。

「これ、酒のつまみに良さそう……」
「手作りだから日持ちしないぞ」

 冬呼が酒を飲めるようになるまで、アウィンも禁酒している。酒飲み二人には苦行だが、愛しい我が子のためとぐっと堪えていた。

「だよね。じゃあ、お茶と一緒にいただいちゃおうか」
「カフェインの取り過ぎも良くないだろう。ほうじ茶を淹れてくる。ふゆは待っててくれ」
「……それくらいって……言っても、あっくんは聞かないか」

 仕方がないなぁ……と冬呼は微笑む。
 飲兵衛二人は、昼酒したい所をぐっと堪えて、のんびりお茶と共にクッキーを口にする。
 甘い、甘い、お菓子のように、甘い二人のティータイムに、赤子の楽しげな笑い声が響いた。
 きっと笑い声にはこんな意味があるのだろう。

 ──こんにちわ。

 子から、親へ。親から、子へ。
 生まれてきてくれてありがとう。出会えた奇跡に感謝して。Hello Hello,

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【神取 アウィン(la3388)/ 男性 / 24歳 / 過保護な旦那様】
【神取 冬呼(la3621)/ 女性 / 16歳 / 見守る奥様】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

お二人の幸せな夫婦生活を楽しく書かせていただきました。
冬呼さんの健康不安という爆弾を抱えつつ、それでも明るく前向きな家庭を築いていらっしゃるだろう神取夫婦の、明るさが上手く描けているといいなと思います。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月03日

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