▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『望まぬフィナーレ(2)』
水島琴乃la4339

 訓練室に向かう水島琴乃(la4339)の事を、若い声が呼び止める。
 振り返ると、組織に入ってきたばかりの新人達が、何故か心配そうな顔をして彼女の事を見つめてきていた。
 人に見られる事には慣れているが、こんな風に気遣うような視線を貰うのは久しぶりだ。新人達はどうやら、つい先日危険な任務を単身でこなした琴乃の体調を心配しているようだった。
 体調管理は徹底しているし、戦場で傷を負った事すら一度もない琴乃に、そんな心配など必要ない。この組織に所属している者なら誰でも自然と学習していくであろうその事実をまだ知らないという事は、彼らは本当につい最近入ってきたばかりの者達なのだろう。
 新人達の雰囲気からは純粋な心配だけではなく、琴乃のような美しい先輩に声をかける機会を逃さない下心のようなものも僅かに感じる。もっとも、琴乃はそういった邪な感情を持って話しかけられる事には慣れているし、自分ほどの美貌と強さを持つ者なら仕方のない事だと受け入れているのだが。
「先日の危険な任務と言いますと……。ああ、あの忍びの事ですか」
 ここ数日だけでも大量の任務を引き受け、そしてその全てを完璧にこなした琴乃は、新人達の言っている『危険な任務』とやらが最初はどれの事なのか分からなかった。
 ようやく、無駄な情報だと記憶の隅に追いやっていた忍びの事を思い出し、彼女は艷やかな唇を嘲笑の形に歪める。
「大丈夫ですよ。皆さんが思っているほどの相手ではありませんでしたから」
 忍びとしての実力は確かだったが、それでも琴乃の足元には到底及ばない相手だった。手練れだと聞いて期待していた分、あの時はがっかりしたものだ。
 琴乃の方を憎悪のこもった瞳で睨んだくせに、反撃すらしてこずボロボロの身体を引きずって逃げていった哀れな忍びの後ろ姿を琴乃は思い出す。
 敵を容赦なく蹂躙する事を喜びとしている琴乃であっても、そのあまりにも惨めな姿に興を削がれ、トドメをささずに見逃してしまったくらいだ。
 どの道、あの怪我では長くはもたないだろう。万が一生き残っていたとしても、また悪事を働いていたら琴乃が徹底的に痛めつけてやれば良いだけの話だ。
「それどころか、ここ最近戦った中では一番戦いがいのない相手でした。相当の手練れだという情報は、誤りだったようですね」
 どれだけ強い者であろうと、上には上がいるものだ。あの忍びは、琴乃のおかげで自分の見ていた世界がいかに狭かったかを思い知る事が出来たに違いない。
 あの忍びのように自らを強者だと勘違いしている悪が、この世界にはまだ潜んでいる。本当の強者である琴乃が、今後も徹底的に叩きのめして真実を教えてやる必要があった。
「それでは、わたくしは訓練の時間ですので失礼いたしますね。皆さんも、わたくしと同じレベルに至るのは不可能でしょうが、せめて組織の一員として恥ずかしくないように励んでください」
 くすくす、と琴乃は悪戯っぽく笑う。人を下に見ているかのような言動だが、琴乃に敵う者がいないというのは紛れもない事実だ。それに、微笑む琴乃の顔は、新人達が思わず見とれてしまうほどに可憐であった。
 傲慢な振る舞いは、確かな実力がある者が行えば、かえって魅力的に映る事もあるのだ。琴乃の実力に裏打ちされた自信に満ちた言動は、人々の心をますます魅了して離さないのである。
 ――良い意味でも、悪い意味でも。

 ◆

 とある組織の隠れ家に、男の怒号が響いていた。怒りの対象は、今この場には居ない女……水島琴乃。
 彼女への怨嗟を口にしている男は、全身に包帯を巻いていた。その包帯の下には、ただ命を奪う事を目的としたものではない、男のプライドを踏みにじり嬲って楽しんだような醜い傷跡がある。
 この男こそ、琴乃に『弱いから』という理由でトドメさえさされなかった、忍びであった。
 あの時琴乃に味わわされた屈辱と敗北の味は、男の舌から未だに消えず、今でも歯噛みしてしまうほど記憶に強く残っている。
 やがて、覚悟を決めたような顔つきになった男は、隠れ家の奥へと足を進めていった。その足取りは怪我のせいかふらふらとしており、おぼつかない。
 しかし、その瞳だけは、ギラギラと輝いていた。
 華麗に駆け、クナイを振るっていた魅惑的な体つきの女の姿が、男の目に焼き付いて離れない。
 心を殺し、ただ忍びとして生きてきた男。彼は、人に恨まれる事にも、人の命を奪う事に対しても何かを思う事なく、ひたすらに悪行を繰り返してきた。
 そんな忍の心が、今、初めて震えている。感情に突き動かされ、男は歩く。
 彼の身体を動かしているのは、琴乃への憎悪だった。
 必ず力をつけ、自分が感じた屈辱を……否、それ以上の地獄を琴乃に味わわせてやる。あの日自分を見逃した事を、後悔させてやる。
 そのためなら、手段を選ぶ気など男にはなかった。
 辿り着いた部屋には、厳重に封印されている一冊の書物がある。この書物には男の家系に代々伝わってきた秘技が記されているが、代償が大きいため使用するどころか本を開く事すら禁じられていた。
 しかし、そんな事は男に関係ない。
 琴乃のプライドをへし折り、苦痛と絶望であの美しい笑みを歪める事が出来るのなら、自分の命すら安いものだった。
 血の花の咲く夜は、まだ終わらない。終わらせない。
 むしろ、これから始まるのだ。

 ◆

「緊急の任務ですか? 当然、お引き受けいたします。今すぐそちらに向かうので、ターゲットに関する情報をまとめておいてください」
 任務の連絡を受け上機嫌な様子で上官の元へ向かう琴乃は、悪夢が徐々に自分へと近づいてきている事をまだ知らない。

 いつか男が力をつけ、琴乃の前に再び現れた時、彼女は自分の愚かさを思い知るであろう。
 最初こそ華麗な技で、敵を翻弄する事が出来るかもしれない。しかし、いつものように、圧倒的な力で敵を倒す寸前、忍びが自らの命を削って力を解放した時……形勢は恐らく逆転する。
 勝利の味しか知らない琴乃は、予想を遥かに超える力を持つ忍びに戸惑う事だろう。そのスピードも、格闘技術も、かつて戦った時のものとは段違いだ。
 自分が負けるかもしれない。そんな信じられない現実と直面し狼狽した琴乃が、一瞬でも隙を見せれば、忍びは間違いなくそこを狙ってくる。
 それは、まるであの日の悪夢の再上映。けれど、今度悪夢を見るのは忍びではなく、琴乃の方だ。
 琴乃とは違い男には見逃す気が一切ないという点が、悪夢をよりいっそう残酷に仕立て上げる。
 忍びは無様な姿に成り果てた最強のくノ一を嘲笑い、連れ去るであろう。彼の復讐は、それで終わりではないのだから。

 ……琴乃は、まだ知らない。
 そんな未来が自分の歩く道の先に待っている可能性など、考えた事すらない。
「今回の相手は、いったいどのような方でしょう? 今度こそ、わたくしを満足させる事が出来る強敵であってほしいですね」
 だから彼女は、いつものように美しい笑みを浮かべながら、次の任務へと思いを馳せるのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございます。ライターのしまだです。
過去の作品に対してお褒めのお言葉までいただけて、恐縮です……!
同時発注数の事など、最後の最後までお気遣いをさせてしまい申し訳ございません。執筆出来なかった3、4話目の内容も、少しだけ今回のお話に取り入れさせていただきました。
お気に召すお話になっていましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
美しくて強い琴乃さん達のご活躍や日常を描くお手伝いが出来たこと、大変嬉しく存じます。
またいつかどこかでご縁があった際は、何卒よろしくお願いいたします。今まで本当に、ありがとうございました!
シングルノベル この商品を注文する
しまだ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.