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『麗しのエース』
水島琴乃la4339


 水島琴乃(la4339)は薄暗い通路を疾駆していた。膝までの編み上げブーツが、コンクリートの床を蹴って彼女の体を前に運んでいる。短いプリーツスカートは、動きに合わせて常に広がっており、その裾が下を向くことはない。
 地下道でナイトメアの移動を企てていたレヴェルの集団が、彼女に銃口を向けるが、暗くて当たらない。とは言え、仮に明るかったとしても、彼女の体にかすり傷一つ付けることは叶わなかっただろう。彼女は流れ弾も容易に回避しているのだから。空気の動きで感じ取った弾道から、跳弾も予期して回避行動を取る。苦無で相手の肩を突き刺すと、足払いを掛けて転がした。


「ナイトメアの輸送計画、ですか」
 数時間前、琴乃は特殊部隊の上官から呼び出しを受けて説明を受けていた。上官は憂いを帯びた表情で頷き、可能ならナイトメアは殲滅の指示を出した。彼女は一も二もなく引き受ける。
 敵についても、わかっている限りの情報が渡された。これまでにも、ナイトメアが人里に入るための手引きをしていた、悪名高いレヴェル集団。彼らが直接人類に手を下すこともあったと言う。
「まあ、それは──」
 琴乃は蠱惑的な唇に薄らと笑みを浮かべた。
「叩き潰し甲斐があると言うものですね」
 それは「了解」と同じ意味だった。

 任務を請け負った琴乃は、戦闘服に着替えた。
 特殊部隊の隊員。この肢体から、彼女のその職業を推し量ることは、余人には難しいところだろう。肉感的な、腿から臀部、腰のライン。その上を、スパッツの生地が舐めるようにぴったりと覆っていく。ミニ丈のプリーツスカートを穿く。上は、短い袖の和服を帯で留めた、くの一スタイルだ。

 体に沿う戦闘服は、彼女の妖艶なボディラインを余すところなく見せつける。けれど、敵対した者は、それを他人に語る機会を逸することだろう。


 レヴェルはコンバットナイフに持ち替えた。この暗さで発砲することの愚かしさを悟ったのだろう。持ち替えている間にも、琴乃は止まらない。一人、また一人と、苦無と体術で攻撃を加え、倒して行く。ようやくナイフを取り出した彼にも、琴乃は苦無を繰り出した。それをナイフで弾き返そうとする。金属同士がぶつかった。近接戦闘なら渡り合えるかもしれない。そんな考えがレヴェルの脳裏に浮かんだ。間近で見ると、布を押し上げる肉の密度を思って、別の興奮が浮かび上がる。
「ご興味があるのですか?」
 甘く挑発する、小悪魔の声。けれど、すぐに彼は自分の置かれた状況を思い知らされた。強烈な足払いを掛けられ、転倒する。右脛を強かに蹴り飛ばされた。痛みが引く前に、重ねるように激痛が走る。勢い良く踏みつけられたのだ。骨の裂ける音を聞いた。彼は悲鳴を上げる。琴乃はそれを聞きながら、薄らと笑みを浮かべた。

 レヴェルを無力化すると、琴乃は運び込まれる筈だったナイトメアを探した。箱に入れて、動物の輸送に見せかけると聞いている。すぐに見つかった。血の匂いを嗅ぎつけたのか、既に入っていた檻を壊すマンティスたち。それらは、琴乃の姿を見つけると、格好の獲物とばかりに檻の隙間をこじ開けて外に出る。雄叫びを上げると、全速力で琴乃に向かって来た。琴乃は目を細める。マンティスが跳躍し、鎌を振り下ろした。それは、琴乃の服を切り裂き、生地と密着した、ふっくらとした肉を裂く……筈だった。
 けれど、マンティスが突き刺したのは、コンクリートの床だった。切っ先が埋まり、破片が飛んでいる。先ほどまでここにいた獲物はどこに行った?
 マンティスが敵の不在に困惑していると、その頭に苦無が突き刺さった。ほぼ同時に、下から顎を蹴り上げられ、刃物がマンティスの頭を貫通する。琴乃は武器をこときれたマンティスの頭に残すと、続々と飛びだしてきたナイトメアたちの足音に振り返った。今足元で死んでいるのと同じ種類が数体、とその後ろから比較的大型のロックがのそのそと姿を見せる。それらは今、たった一人動いている琴乃を獲物と見定めた様で、彼女を囲む。琴乃は見下すような目でそれらを見返した。
 一体の雄叫びを合図に、ナイトメアたちは一斉に飛びかかった。

 マンティスたちの鎌は、彼女の肌を掠めることすら許されなかった。長い髪一本切り落とすことすらできない。マンティスたちが琴乃に飛びかかる間、ロックが接近して打撃を与えようとするが、彼女は苦無を突き刺したマンティスをロックに向かって放り投げた。正面からぶつかられて、一瞬の隙を作ったロック。琴乃は別のナイトメアを踏み台にすると、跳躍して上から相手の脳天に一撃を食らわせた。

 そんな戦闘も長くは続かなかった。琴乃は圧倒的な戦闘力を持って、ナイトメアたちを叩きのめした。多勢に無勢とも言える数の差を、実力でひっくり返す。その様は「蹂躙」と呼んで差し支えがない。

「……ふう」
 動き回ったせいで、その張りのある肌に汗が滲んでいた。上着が、スパッツが汗を吸い込んで、じっとりと肌に張り付いていて気持ち悪い。早く着替えられるならそれに越したことはない。

 けれど、気持ち悪いだけではない。敵の殲滅を……任務を達成して、彼女は高揚感を覚えている。上官に連絡を入れて任務完了を知らせ、周囲を見回した。高揚感はあるが、満足はしていない。あまりにも弱すぎた。琴乃は傷一つ負わず、また服も一切汚してはいない。
 溜息を吐く。
(いつか、現れるでしょうか)
 自分を満足させるような強敵。この肌に触れることのできる──否、傷を付けることまで可能な敵が。
 それほどまでに強大な敵と戦うことを考えると、琴乃の心は躍るのだった。まだ見ぬ敵に思いを馳せて、彼女は地下道の元来た道を戻って行く。


 華麗にして美しい容貌。その内側に圧倒的な実力を秘めた琴乃。誰が、彼女の敗北を想像できるだろうか? いいや、誰もできやしない。それは彼女自身にも。今しがた披露した戦闘力と、聡明さ、そして美貌。それらに琴乃は絶対的な自信を持っている。傲慢と呼べるほどに。そのために、苦戦や敗北は毛の先ほども予期していない。

 けれど──慢心から敗北を喫する人間は歴史の物語で多く語られてきた。彼女が有史より連綿と続く、有象無象の敗者に名を連ねない保証は一切無い。

 水島琴乃。もしも、彼女が慢心をその身の内に飼い続けるならば。プライドと自信をへし折られ、死よりも凄惨な末路を辿る未来を、世界は息を潜めて待つべきかも知れない。

 ブーツの足音が空洞に鳴る。
 それは凱歌か、不穏な未来の鳴き声か。

 やがて、地下道には静寂が降りた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
圧倒的な実力をお持ちの琴乃さん、と言う事で、大体3人から6人くらいで相手する敵をおひとりで叩きのめすシーンを書かせて頂きました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月05日

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