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『雲の郷、常緑に願う』
柞原 典la3876


 2060年、冬。
 岐阜県飛騨市へ赴いた柞原 典(la3876)は、民間では対処不能かつ災害発生の危険性を孕む地区で夜通しの作業に当たった。
 重機の入れない場所で、スキルを使用しつつ振動による雪崩を誘発しない緻密な除雪・融雪作業。
 一歩間違えれば大停電を引き起こしかねない緊張感。
 その日は気を失うように眠り、目覚めて入る温泉の格別なことといったら。


「朝湯が沁みるわぁ……」
 ここ、温泉やど『京極』はライセンサーの保養所で、24時間源泉かけ流しの温泉も自慢だ。
「昨日までの天候が冗談みたいやな。なんや、可愛らしい雪で……」
 晴れた空から、ちらちらと花びらのように雪が降る。典の髪に触れると、その色と同化するように音なく溶けた。
 えげつない降雪から転じて、この美しさはなんだ。そして穏やかな晴天も、簡単に手の平を返すのだろう。
「束の間の休息や、有意義に過ごさんとね」
 充分に体がほぐれると、長湯は無用と上がる。パリッとした冬の空気が、火照った肌を引き締めて心地よい。
 仕事を終えた今日は、既に約束が入っている。




「おはようございまーす、お迎えにあがりました!」
「重労働のあとで酷かもしれないが、腹は空かせておいてくれたか?」
 身支度を整えるのを待ち構えていたかのように、宿へ三木 トオヤ(lz0068)・三木 ミコト(lz0056)の兄妹が顔を出した。
 2人は飛騨に拠点を置いていて、秋の植林依頼で顔を合わせている。
 今回の任務を終えたら一緒に観光でもどうかと誘われ、典は二つ返事で応じた。
「時間使わせてもうて悪いねぇ」
「お一人でゆっくりしたいとか、予定が入ってたらとも思ったんですが」
「せっかく来るんなら、詳しい人に聞きたいと思て」
 ミコトが観光案内資料を詰めた鞄を提げていると気づき、典はやんわりと笑む。
「年の近い同性同士の方が気楽だろうとも思ったが、妹に止められて」
「……それは残念やぁ」
「柞原さん、清々しいまでの営業スマイルですね?」
 放浪者であるトオヤの、素の味覚が地球の規格外であることは植林後の慰労会で伝え聞いている。
 放浪者視点の観光案内も楽しそうだが、命の危険と背中合わせはできれば避けたい。


 冬山でスーツはさすがに動きにくい。ダウンジャケットにシンプルなシャツという、典にしては珍しくラフなスタイル。
 身も心も軽く、休日を楽しみに行きましょか。




 一行が朝食目当てで向かったのは、とあるカフェ。
 オーダーはベーグルサンドとドリンクのセット。
「奈良育ちやから、岐阜は隣の隣やけど……観光とかしたことなかったわ」
「飛騨は最奥ですし、特に機会は少ないかも」
「僕たちも、任務で縁を持つまでは来たことがなかったな」
 供されたコーヒーの香りが、普段と違うことに典は気づく。
「黒文字っていう香木が、飛騨の森にあるんですけど。それをブレンドしたコーヒーなんですよ」
 得意げにミコトが解説を始めた。
 クロモジの香りは、高級な楊枝として用いられるものが馴染み深いだろうか。
 花のような繊細な香りから入り、スッとした清涼感が抜けてゆく。
 コーヒー自体深みも相まって、これはなかなか。
「……はー、確かにえぇ香りやねぇ」
 食べ応えのあるベーグルサンドに、デザートは地元牧場の牛乳をたっぷり使ったカヌレ。
 バニラの香るもっちり生地と、カリッとした表面。それがコーヒーと絶妙にマッチする。
 疲れが抜けて、気力の湧いてくる朝食だ。




 腹ごなしに、一行は古い町家が並ぶ白壁土蔵の川沿いを歩き始める。
「秋までは鯉が泳いでいるんだが、冬は除雪した雪を流すんで鯉は引っ越しするんだ」
「引っ越し風景、見てみたかったわ」
 雪を川に流す。なるほど、それも自然の知恵。
 雪へ鯉を巻き込まないために引っ越しさせる。恒例行事と聞いて、典は興味を示した。
「白と黒しかないのに、気持ちが柔くなるんは不思議やねぇ」
 雪の白。蔵の白壁、腰巻の黒。短い川に架かる橋。流れる川は腰巻を映して暗い。
 視界を逆に転じれば、屋根にたっぷり雪を乗せた古式ゆかしい佇まいの民家。そして雄大な北アルプスの山々。
 色数が少ないからこそ、それらの美しさは引き立つようにすら感じる。
 スマートフォンで、どれだけ綺麗に撮影できるだろうか。


「この先に、酒造があるんだ。店先で試飲もできる」
「日の高いうちから酒かー。罰当たりやなぁ、トオヤさん」
 言葉に反し、典の声は嬉々としている。
「夏向けの銘柄だけど、これ辺りは飲みやすいと思う」
 小さなグラスに3種の酒を頼める飲み比べセットを頼み、その1つ目をトオヤが紹介した。
「香りだけでえぇ気持ちになりそう」
 純米吟醸で、この店でメインに使用している酒米とは別品種で造ったもの。
 香り高い辛口で、ゆっくり飲みたい印象。
「こっちは、にごり酒? あまい。けど、スッと後味は消えるんやね」
 とろり、と音が聴こえそうなほど濃厚な液体は、旨味がギュッと詰まっている。
「なんやろう……。米? 米の味?」
 美味しいお酒は、美味しい酒米と水から生まれる。という見本のような味。
「3つ目は、これをサイダーで割ったものだ」
「サイダー」
 炭酸ではなく。
 氷が入ることでサラリとなって、食べ物との相性がグッと上がるようだ。
「さっき食べたばっかりなんに、もう肴が欲しぃなってあかんわ」
 飲みすぎ注意。
 一人呑み用に、小瓶をいくつか選ぶに留める。




 その後、工芸品を始めとする土産屋をいくつか巡って、帰る時間が来た。
 あっという間の半日だった。
「今日はおおきに。また任務あったら宜しゅうに」
「春期限定酒解禁か、鮎漁か……。山菜の天ぷらと冷酒も良い」
「兄貴、それ任務じゃない。純然たる飲み会だよね」
 兄妹のやり取りに肩を揺らしながら、典はふと、駅から臨む雪山へ視線を移す。
 離れる前に、もう一度、目にしておきたかった。
「植えた苗木は、ちゃんと育っとるやろか」
 秋の植林依頼は飛騨防衛の戦闘が原因だと、報告書で読んだ。
(ライカ、やったっけ……)
 紅蓮の猟犬と題された報告書には、ライカ(lz0090)というエルゴマンサーの名があった。
 『ライカ』の姿は――擬態した、捕食された人物は。トオヤの義弟であり、消息を絶ったミコトの叔父だった。
 面識のないミコトはともかく、転移前の世界で彼の姿を弟として受け入れていたトオヤには、どう接してもきついものがあったろうと思う。
 だから、2人には聞こえないよう呟く。

「……どんな気持ちで戦うたんやろな」

 ライカへ想いを寄せていた、ヴァルキュリアの友人は。
 彼は自分より先に『決着』をつけていた。
(あの時)
 典が、縁を持ったエルゴマンサーに別れを告げた時を思い起こす。
 典は自身の感情に自覚がなかった。けれど、友人は歩み寄って頭を撫でてくれた。
 その感触が、今になって深い意味を持って蘇る。

「育つよ。ここで起きた、色んなものを吸収して……僕たちより長く生きていく」
 典の呟きに気づかないまま、トオヤは苗木の未来を語った。
「……あそこにも、なんや植えたらよかったかな」
 ジャケットの内ポケットに入れているライターへ愛おしそうに触れて、典は自分の届かない未来を想った。



 言葉に出来なかったことも。行動できなかった悔しさも。
 大地が蓄え、木々が吸い上げて葉を伸ばす。
 陽光を浴びて、高く高く。




【雲の郷、常緑に願う 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました。
のんびり飛騨観光をお届けいたします。
伝統と実用が共存していて、観光に結び付いている飛騨へようこそ。
鯉の引っ越しエピソードは、調べていてほっこりするひとつでした。
あのキッツイ植林も、冬を越えた暁には苗がすくすく育っていくだろうと思います。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月08日

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