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『半分の覚悟』
LUCKla3613)&アルマla3522

「きょうのいっぱいは、にがみのかわりにさんみがきいてて、これもまたおもむきがあるですねー」
 片眉を下げてブラックコーヒーをひとすすり、アルマ(la3522)は椅子の上からぶらぶらさせていた脚をにゅっと組んだ。
 全長80センチのもっちりボディはいろいろと人知を超えているのだが、足が床につかない程度でその秘めたる力を発現する気はないらしい。
「豆はいつものベロニカだが、煎りをフルシティー(中深煎り)まで持っていかず、ミディアムロースト(浅煎り)で止めてみた。予想以上に酸味は強いが、たまに飲むには悪くないな」
 応えたLUCK(la3613)は今一度カップを傾げ、褐色のコーヒーを口へ含む。
 煎りを留めることで、豆が持つ味わいをそのままに現わした一杯。強い酸味に舌を刺され、彼は思わず眉をひそめた。
 どうにも慣れないものだ。リミッターやフィルターを通さぬまま神経を伝う刺激には。

 この体は異世界の技術を用いて構築され、この世界の技術でチューンナップされた義体、すなわち造り物である。
 しかし今、詰め込まれた機械は生身の感覚を取り戻しつつあり、それにつれ、失われていたはずの記憶もまた蘇りつつある。
 生身の記憶を取り戻したければ生身へ戻ればいい。
 これは彼の義体の内に張り巡らされた神経糸の提供者であり、その神経を半ば生身へ変換――実際に変換したのではなく、感覚を生身のそれへ限りなく近づけたのだろうとLUCKは予測しているが――した主、イシュキミリ(lz0104)の言。
 だからこそLUCKはそれを受け容れ、望んでもきたのだが。
「おまえは俺が生身になることをどう思う?」
 ふと、アルマへ問う。これまでなんとなく問えずにきたことを、この期に及んでだ。
「わふー」
 LUCKの問いに強い決意を感じ取ったアルマはカップをそっとテーブルの上へ置き、椅子から飛び降りた。腹から床に落ちてぽいんと跳ね、したっと着地を決めて、
「ぼくはラクニィがさいわいなほうがいいです」
 つぶらな瞳に揺らがぬ意志を輝かせ、言い切った。
「そうか」
 LUCKはそんな彼を抱え上げて、自分の膝上へ座らせた。これから話す内容を考えれば席へつかせるべきなのだろうが、まあ、こちらのほうが落ち着くのでよしとしよう。
 ……甘やかしすぎかもしれんが、しかたない。駄犬ならぬ弟なんだからな。
 LUCKは取り戻した記憶の断片、そのひとつにアルマの姿を見ていた。いや、ひとつどころではなく無数にだ。
 故郷たる世界でLUCKに義体を用意し、その中枢神経系を移植したのはアルマなのだろう。だからこそ彼は、出遭った瞬間から迷いなく義体を修理し、その後のチューンを一手に担うことができた。
 だとすれば、LUCKが元の名、元の体、元の世界を棄ててLUCKとなった理由も知っているのか? ――知っているはずだ、確実に。
 そんな思いを声音の底へ押し詰め、LUCKはアルマへ語る。
「まず言っておきたい。俺の幸いを俺に選ばせてくれること、感謝する」
 すべてを知るアルマがこれまでなにも言わなかったのは、LUCK自身に選択させるためだ。アルマが思う幸いでなく、LUCKが望む幸いを。
 難しい思いをさせていることはわかっている。俺はすでにイシュキミリを追ってきただけの存在ではない。この世界で多くの縁を結び、LUCKとしての毎日を手にしてしまっているのだからな。
 生身の記憶を取り戻せば、俺はLUCKとして重ねてきた多くを代償に失うんだろう。記憶がどうなるかは知れんが、憶えていたとしても“LUCK”ならん俺がそれに対してなにを感じるものかは未知数だ。
 ひとつを得るためにはひとつを失わなければならない。それを思い知りながらもなお、LUCKは選ばなければならないのだ。失ってでも得るために――自分の先に在るべき自分の有り様を。
「実際、難しい話ではある。この世界で俺は多くの縁を結び、それは容易く棄てていけるものではありえない。かといってイシュキミリを追うことを止めるのかといえば……」
 実に贅沢な悩みというやつだな、これは。
 LUCKの苦い顔を見上げたアルマは「わふー」。
「ぜーたくじょーとーです。ぼくは、ずーっとラクニィにまもってもらってきました。だからラクニィがぼくのじゃない、ごじぶんのさいわいをみつけたことが、ものすごくうれしかったですよ」
 だからこそ、笑みをもって兄を故郷から送り出したのだ。そして今もなお、妻と子らに囲まれて賑やかな毎日を過ごし、時折兄のことを思い出して息をついているのだろう。もうひとりの……いや、もう半分のアルマは。
 ぷるぷるとかぶりを振って余計な思考を追い出し、アルマはLUCKの膝上に正座して向き合った。
「でもラクニィはもう、きめてるですよね? むかしのラクニィにもどってイシュキミリさんをおっかけるか、ラクニィとしてこのせかいのさきにいくか」
「俺は――」
 LUCKがどちらを選んでも、自分はそれに従う。肚はとうに据えているから、ばっちこい!

「――どちらも選ぶ」

「わふ?」
 アルマの首がかくりと傾いだ。
 どちらも? それはあれか。生身で機械で……どういうことだ?
 混乱するアルマを落ち着かせるべくの腹をこねてやりつつ、LUCKは言葉を継ぐ。
「この世界にLUCKを残し、イシュキミリを追ってきたかつての俺を先へ送り出す。実現できるはずのない絵空事を言っているのは承知の上だが」
 アルマを直ぐに見つめ、
「おまえにとっても、絵空事か?」
 問うた。
 対してアルマはLUCKの膝上で「わぉん……わぅぅ」、つるつるした眉間にぐにゅりと皺を寄せながらもだもだ転がって悩み悩み悩み、ぴたりと止まって問うた。
「ラクニィはどーしてそんなことおもいついたです?」
「簡単な話だ。残していけんものと、見送ることのできんもの。どちらを選んでも俺の幸いは欠け、生涯悔い続けることになる」
 イシュキミリはLUCKがLUCKとしての生に幸いを見出すことを望んでいるのだろう。その望み、叶えてやる。ただし半分だけだ。
「ならばLUCKとかつての俺、互いが互いの幸いを追えばいい。魂を半分に断ち割り、生身と義体へそれぞれ分かれて。他人ではなく自分になら、問題なく託し合えるだろう」
 迷いのないLUCKの有り様に、アルマは観念した顔で両手をばんざい。降参を示す。
「きゅぅぅ。よくわかりましたですー」
 おどけたしぐさの奥底、アルマは噛み締める。
 なにも知らないはずのLUCKが奇しくも彼と同じ「半分」という結論へ辿り着いた。これは兄弟だからなのだろうか、それともイシュキミリが兄へ密かに吹き込んだ入れ知恵なのだろうか。
 神ならぬアルマにわかるはずはない。が、兄がそうと決めたなら、それに従うのが弟としての孝行で、彼自身の望み。
「わぅ。しょーじきなおはなし、かんぺきなせじゅつができるかあやしくてちょーきけんですけど――できなくはないです。といいますか、できるですよ。いまのラクニィはむかしといまのおふたりぶんが、いっこのおからだにつまってるじょーたいですので」
 対して兄は、表情を変えることなくうなずいた。
「そうか。元より完璧は求めんさ。そもそも半分になろうというんだ、失敗さえしてくれなければ御の字だ」
 LUCKの決意に揺らぎはない。
 問題は、希なる技を持つアルケミストですら逃れ得ない失敗のリスクなのだが……ああ、これはいよいよ、そのときがきたです?
「んきゅ。ぜんりょくとーにゅーしてさいぜんをつくすです。でも、そのときがくるまでまだもうちょっとじかんかかるですので」
 LUCKの膝上にあらためて丸まり、アルマは目を閉じた。LUCKという存在を身へ染ませたいように、この時間を心へ染ませたいように――


「わんわん。ごはっちゅーしますー」
 いつもの喫茶店の一席。アルマが両手でずずいと押し出した封筒を受け取った映画鑑賞仕様のイシュキミリは、中身を確かめた直後に顔を上げ。
「アタマおかしいですね」
 LUCKの魂を半分に分ける計画への率直過ぎる意見にもめげず、アルマは言い返す。
「コピーじゃいみないので、それしかないです。わん! ラクニィのさいわいのためなので、ぼくもだきょーできないので!」
 ぷりっと胸を張る謎生物を横目で見下ろし、イシュキミリは訊く。
「魂はちょん切ればいいとしてですよ。器のほう、義体そのまま使うんじゃなくて、新しく生身作らないといけないんですよね? 0から1を生むとか、神様でもなきゃ不可能でしょうに」
 イシュキミリの体は彼女が自在に形成して繰る依代だが、それにせよ素となる鉱石が要る。それ以上の力を秘めてもいるのだろうが、相当な制限あるいは制約が課せられるということは想像に難くない。
 と。
「わふー。そざいはあるです」
 唐突に、アルマが本来の姿を取り戻した。流麗にシニカルな美青年の有り様をだ。
「僕のこの体の素がいったいなにか、お忘れですか?」
“これ”ならばLUCKの中枢神経系を問題なく受け容れられるだろう。義体のほうはイシュキミリのほうでカバーが可能だから、少なくとも目先の大問題は解決したことになる。なるのだが、しかし。
「あなたはどうするんです? 体がなくなったら存在できなくなりますよ?」
「わふふ」
 本来の姿を取り戻したときと同じ唐突さで謎生物へ変化したアルマは、不敵に笑ってぽん。胸を打ってどやぁ。
「ぼくもなぞせーぶつせーかつながいので、なまみじゃなくてもふつーにうごかせるです!」
 そしてがばと五体投地を決め、
「わんわん! ですのでぼくにあたらしいおからだください!」
 まさかの丸投げに戦くイシュキミリだったが、アルマを抱え上げて膝上へ乗せた。先のLUCKさながらに。
 対してイシュキミリは息をつき、
「――結びし縁をもて、汝(なれ)に贈ろう。ただし、式のみだ」
 黄金の有り様を取り戻してアルマへ語る。組成式はくれてやるから、あとは自分でなんとかしろと。アルマの本性と本質、さらにはアルケミストとしての腕を知る彼女なればこその手向けであった。
 かくて手の内に落とされたサンプルを見て、アルマはわふぅ、息をつく。
「けんじゃのいしですか。これならなまみにもなぞせーぶつにもおすきになれますね」
 賢者の石は錬金の秘宝であり、様々な奇跡を起こす想像上の触媒である。そしてその特徴として自在に折り曲げられるやわらかさがあり、卑金属を貴金属へ変えるなど、原子配列を自在に変える能力を備えているのだ。これを正しく精製できたなら、確かに生身へも謎生物へも成り仰せられるだろう。
「わふー。イシュキミリさんのおきづかいにかんしゃするです」
 イシュキミリがLUCKの体をこの賢者の石で造ると言い出さなかったのは、この場にLUCKが棄てて来た肉体が存在しているからだ。かつて取り出したものを戻すだけなのだから、施術におけるリスクのほとんどを潰すことができる。
 そして石をアルマへ与えた理由は、彼にもまた選択の機会を与えるがため。“半分”として存在し続けるのか、消滅せず存在し続けるにせよ、どのような有り様を我が身へ与えるのか。なによりLUCKと共に在るのか、LUCKならぬLUCKと共に行くのか。
「きゅう、なんにでもなれるというのも、むずかしーおはなしですね」
 ぷにぷにの顔を渋く決め、アルマはブラックコーヒーをすする。
 イシュキミリはなにも言わず、チャーチワーデンへ煙草を詰めて火を点した。
 ああ、そうですよね。あくまでぼくじしんがえらばなくちゃいけないことですので。
 イシュキミリの意図を察したアルマは、同時に自身の迷いを自覚する。
 ぼくはどっちをえらんで、どうなるべきです?
「それを悩むのが当座のあなたのお仕事ですよ。あんまり悩まれても困るんですけどね」
 再び映画鑑賞仕様の姿となったイシュキミリがうそぶく。彼女はもうじきにこの世界を離れ、次の世界へ渡るのだ。カウントダウンはもう始まっている。
「くう。ラクニィはんぶんけーかくのじゅんびはすすめとくです」
 もうじきに来る“当日”。
 イシュキミリはそれを透かし見るように目をすがめ、うなずいた。
「その選択があなたを幸いに導いてくれるよう、祈ります」


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2021年03月08日

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