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『君の世界を朝日は照らすよ』
桃簾la0911


 かつて深窓の姫は閉じられた窓からガラス越しに外を見たあの日を思い出していた。
 町中を笑いながら走る子ども達の未来には、この領地への納税が待っている。
 姫として産まれた桃簾(la0911)には、この領地を守り、他領へ嫁ぐ義務がある。
 それらに不満も疑問も無かった。
 姫でしかなかった桃簾にとってあの領地、あの城、あの部屋が全てだった。

 空を自由に飛ぶ鳥は優雅に見えるが、休む枝が無ければ苦しい。
 空を漂う白い雲は穏やかに見えるが、風と太陽の加減によっては嵐を呼ぶ。
 常春の世界は花に溢れ、生命の息吹が次々と芽吹いてはそっと枯れていく。
 あの頃の桃簾にはそれらに触れる機会が無かった。
 転移という機会(アクシデント)を経て、様々な出逢いを得た今、桃簾は改めて自分の義務を果たそうと決めて立っていた。
 もうすぐ、その時がやってくる。
 帰る。
 懐かしい故郷に。
 その前に、と桃簾は桃色の便せんと光沢のある藍色のインクを詰めた万年筆を取り出し、少しの緊張を孕んだ小さな吐息一つ。
 シャッ、とペン先が紙の上を走り、文字が刻まれていく。



 拝啓
 桜舞う候。おかわりなくお過ごしでしょうか。
 こうしてお手紙を差し上げるのは初めてですね。そしてこの手紙を読んでいると言うことはわたくしはもうこの世界にはいないのでしょう。
 少し思うところありまして、思い出話兼ねて文に認める事としました。
 少々お付き合い下さいませね。

 「素敵な事はこれから起こるよ」と何も知らないわたくしを保護してくれて『桃簾』と名付けてくれた彼がそう言って笑ったのを今も覚えています。
 今思えば、最初に出逢ったのが彼で本当に良かったです。
 地球の日本という地の最低限の文化と常識を教えてくれましたし、何より帰る場所を用意してくれたのが有り難かったですね。
 それにしても知れば知るほどカロスとは全く違う世界でした。
 知らない事を知ること。見た事も無い物を見ること。触れる事、体験すること、その全てがわたくしを驚かせ、そして面白かったです。
 一度開花した好奇心という花は水を求めるように知識と経験を求めるものなのだと言う事を知りました。

 それでもわたくしはカロスの事を忘れたことはありません。
 いつか帰ると分かっておりました。
 だからこそ、この煌めくような日々を一秒たりとも無駄にしたくないと走り続けました。
 そしてわたくしに新たな経験をさせてくれた地球を守ろうと、ライセンサーとなり戦いに赴くことになりました。
 最初の戦いは子ども達をナイトメアから守る戦いでした。
 あの時の子ども達は元気でしょうか? もしかしたら今頃立派なライセンサーになっているかもしれませんね。
 もちろん辛い戦いも、悔しくて唇を噛んだ事もありました。
 けれど、力が足りなかったのなら力を付ければ良いのです。
 知恵が足りなかったのなら、自ら調べ、誰かの助言に耳を傾ければ良いのです。
 力を望み、得たのだから、逃げず、常に自分自身と戦う事こそが重要なのです。
 そうしているうちにライセンサー仲間が増えました。
 笑い合える友と呼べる存在が出来ました。
 そうしたら、もっともっとこの世界が楽しくなりました。

 わたくしがこの世界に来て、出逢った最大にして至高の逸品と言えば、そう、アイスです。
 アイスという神秘を初めて口に入れた時の衝撃は、恐らく一生、死ぬその時まで忘れないと思います。
 味に至っては千差万別、見た目楽しいカラフルな色、そしてその芳香……どれを取っても素晴らしく。
 暑い夏の日に頬張ると、口の中、喉、胃へと落ちるその温度変化さえ楽しい。
 一方で寒い日に暖かな部屋の中で食べる幸福感も素晴らしい物です。

 (以下今まで出逢ったアイス各種の感想が書き連ねられている)

 こうして様々なアイスと出逢う中で、私はアイス教徒となり、一つの決意をしました。
 それは、故郷カロスでもアイスを作り、人々に広めること!
 わたくしは、その為にアイスの作り方も学び、今まで食べたアイスをカロスでも再現出来るようその手段を模索してきました。
 アイスを作り保存する上で最も必要な冷凍庫……電気製品との相性の悪さが致命的ではありますが、そこさえクリア出来たなら、わたくしの手でもアイスは作れると言う事が分かりました。
 ですが、カロスには冷凍庫がありません。
 まずは、どうやったら冷凍庫に変わるアイテムを製造できるか、そこにかかっていると思います。
 これに関してはクローマであるお兄様に相談しご協力を得られるよう働きかけが必要不可欠でしょうね。
 冷凍庫が完成したなら、まずはかき氷を作りましょう。
 氷との出逢いにもきっと驚いてくれるでしょうが、氷にヤギの乳から作った練乳をかけて、甘党の心を掴みましょう。
 次に、ヤギの乳に砂糖、卵を混ぜてとろみがつくまで弱火で熱し、粗熱が取れたら冷凍庫に入れて冷やし固めた、お手製のミルクアイスで皆を虜にする作戦です。
 ノルデン領の皆様もきっとこれには感動されること間違いありません。

 仲間と過ごした戦いの日々、友と語らった未来、アイスとの出逢い……
 夢は誰にも奪えず、誰もが……わたくしにだって描ける掛け替えのないものだと知りました。
 そして一度抱いた夢は逃げないものだと、逃げてしまうのは自分自身なのだということも知りました。
 夢を叶えるためには、戦い続けなければなりません。
 今度の戦いは、自分自身との戦いとなるのかも知れませんね。

 わたくしはこの世界に来た時、正直不安でしたし、これからどうなってしまうのか、描いていた未来が全て見えなくなってしまって途方に暮れたことも有りました。
 思えばあれは夜明け前の空と同じだったのでしょう。
 そして、沢山の経験を得てわたくしの夜は明けたのです。
 今のわたくしは、ここに来た時とは違います。
 夢は頭上に輝く色褪せない星と同じ。
 再び転移し、故郷カロスに戻った暁には、自分の務めを果たした上で、アイスを布教するという夢も叶えてみせます。

 わたくしと違い、この世界で生きていくことを選んだあなたにはきっとわたくしとは違う悩みや壁にぶつかることもあるのでしょう。
 そんなときにはどうか、わたくしのことを思い出し、奮起して頂けたらと思います。
 そしてこの世界で次々と生み出される新作アイスをわたくしの分まで堪能して頂けたらと思います。

 つらつらと思うままに筆を進めてしまいました。
 乱筆乱文となりましたことお詫びいたします。
 あなたとあなたの愛する人がいつまでも幸せでありますよう願っておりますね。
 それでは、失礼いたします。

    敬具  桃簾拝



 住所を書いた封筒に封をして、切手を貼る。
 当日着る予定の服以外はほとんど処分し終わってガランとした部屋を出る。
 見上げた空は快晴。
「これは、よいアイス日和ですね」
 桃簾は微笑むと、コンビニへ向かって歩き始める。
 道中にあった郵便ポストに手紙を投函した。
 梅の残り香を楽しみ、メジロがついばみ落とした花で薄紅色に染まった道を歩く。
 春一番が吹き、桜吹雪が桃簾を包んだ。
 それは故郷でも見た景色の筈で、愛おしくもあるのに、もうすぐ別離だと思うからか、どこか哀愁も感じる。
 閉じた瞼をゆっくりと開いて、桃簾は再び歩き出した。

 ――今日のアイスは何味にしようかと心弾ませながら。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【la0911/桃簾/今日は残りの人生最初の日】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 決意新たに己の責務と夢を抱いて故郷へと戻るという桃簾さんの姿に気高さを感じつつ、さてどのように振り返ろうかと考えて、『誰か宛のお手紙』にすることにしました。
 ……え? カロス語で書かれているのでは? いや、きっとその辺は翻訳こんにゃくが(ないです)。
 旅立つ貴女に、どうぞ幸あれ!

 またどこかでお逢い出来た時には宜しくお願いします。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。


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グロリアスドライヴ
2021年03月08日

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