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『死すら二人を分かつことなく』
神取 アウィンla3388)&神取 冬呼la3621


 煩いくらいに蝉が鳴く日だった。
 消毒液の匂いが充満する病院内は、冷房が効いていたが、カーテンで遮ってもなお、殺人的な日差しのせいで気温が温く感じた。
 ただ座ってるだけでも、じっとり汗ばむ室温。
 そんな最中、神取 冬呼(la3621)は汗一つかかず、真っ青な顔色のまま、可憐に微笑んだ。

「……あっくん。またね」
「……ふゆ。いやだ……逝かないでくれ……」

 神取 アウィン(la3388)が泣いて引き留めるのを見て、しょうがないなぁ……と最後に呟いた気がした。冬呼は最後まで軽やかで愛らしい笑顔を浮かべて目を瞑る。
 永遠の眠りにつくと解っていても、必ず愛しい人と再会できると信じきって逝った。

「……ふゆ!」

 医者が死亡確認をしてもなお、アウィンは冬呼の身体にすがりついて泣いた。
 冬呼の虚弱な体質は知っていた。だから一日でも長く生きる方法を探すため、アウィンは医者になり、治療法を探していた。
 その甲斐あって、予想以上長生きできた。
 それでも限界はあったのだ。いつか冬呼の命が尽きる。そう解っていて、どれだけ覚悟していても、やはり大切な人を失う痛みには耐えきれない。
 アウィンは泣いて、泣いて、涙が枯れ果てて。なんとか日常に戻っても、命日が近づくと号泣を繰り返す。
 一周忌にアウィンがあまりに嘆くので心配になって、冬呼は気合いで夢枕に化けて出て励ましたほどだ。

(あっくん! あんまり泣いてると、子供が心配するよ。大丈夫。また会えるよ)

 陽だまりのように明るい笑顔の冬呼に、犬のようにアウィン飛びついた。夢の中でも二人の関係性は変わらないらしい。
 アウィンは起きてすぐ、夢の記憶を失わないように、詳細に日記に書き綴った。

「夢に、ふゆが……」

 朝からぶつぶつと呟く父を見て、子供達が大丈夫だろうか? と心配しているとは気づかずに。
 アウィンは時間をかけてゆっくりと、冬呼がいない世界を受け入れていった。



 2082年の春。なんてことないとある日。アウィンは久しぶりの休みだったが、朝早くにキチンと起きて、朝食とお弁当の用意をする。
 アウィンが休みでも、子供達の学校は休みではない。美味しいもの、栄養のあるものをしっかり食べさせてあげたい。そう想い調理するアウィンの表情は、とても穏やかだった。

 冬呼が死んでから三年の月日がたっていた。双子姉弟は高校二年生、次男は中学二年生と立派に成長し、けれどまだまだ親の支えが必要な微妙なお年頃。
 冬呼の実家の支援があるとはいえ苦労も多い。けれどアウィンは男手一つで立派に子供達を育てていた。
 片親の辛さを感じさせないよう、つとめて明るく子供達を送り出す。

「弁当を忘れないように。明日の朝は早いから先に家を出る。夕飯はカレーを作っておくから、ご飯を温めて皆で食べて。何かあったらおばあちゃんの所に連絡するんだぞ」

 そういいながら穏やかな笑顔で子供達を送りだした。
 アウィンも46歳。医師になって15年、中堅となり患者からの信頼も厚く、仕事は充実している。
 仕事に家事に、普段は忙しい日々を送っているが、今日は休みで予定もない。久しぶりにのんびりできる。
 洗い物をすませて、洗濯や掃除を終わらせて、一息ついて窓を開けた。
 温かな春の日ざしと、柔らかな風がどこからか良い香りを運んでくる。花が咲いたのか。あるいはパンを焼く匂いだろうか。
 冬呼ならどう答えるだろうか。ついついそう考えてしまう。
 なにを見ても、なにを聞いても、匂いに、手触りに、音の中に、日常のすべてに。ふとした瞬間、冬呼の残り香を探してしまう。
 それはもうアウィンの癖だった。

 すべての家事を終えてやっと自分だけの時間になった。
 お茶と豆大福を用意して、リビングテーブルに並べると、テーブルの中心には写真立てを置いた。とびきりの笑顔を浮かべた冬呼が、そこにいた。
 
 アウィンが写真立ての前に座って微笑みかけたとき、窓から風が舞い込んで、ふわりと茶の匂いをたたせる。風とともに軽やかな足取りで冬呼が部屋にさまよいこんだ。
 きらきら輝く春の日ざしに透けた冬呼は、こてりと首を傾げる。
(あれ、旦那さんが泣いてるわけでもないのに……ま、いっか)
 この世を去ってだいぶ時間がたってから、冬呼は不意にぼんやりとこの世に意識が結ばれた。以来時々こうしてぼんやり現れるようになった。
 最初は驚いたが、今では時々愛しい旦那様に会えるのが、楽しみになっている。

 ご機嫌笑顔の冬呼がとなりにいるとも知らずに、アウィンは温かなお茶をすすって、ほうっと息をつく。穏やかに微笑むと、目尻に笑いジワが見える。アウィンもそういう年になったのだ。

「少し前に良いお茶を貰ったから淹れてみたよ。ふゆ程ではないが、なかなか美味く淹れられたと思う」

 今日も気づかれてないと承知の上で、冬呼は背後からアウィンをぎゅっと抱きしめる。
(お茶入れ、すっかり板についたねぇ)
 耳元でささやく。聞こえないかもしれないけれど、想いよ届けと願って、優しく、優しく。
 冬呼が背後にいると知らず、アウィンは写真に向かって語りかける。

「茶請けはふゆが好きだったあの店の豆大福。売り切れる前に買えてよかった」

 冬呼の好きな食べものを覚えていてくれた。そんなささいなことさえ愛おしい。
(ふふ、嬉しいなぁ)
 愛した人の声をもっと聞きたくて。冬呼は頬と頬をぴとっとくっつける距離でアウィンの話しに耳を傾ける。
 その足は床を離れふよふよとただよう。身長の高い旦那様にこれだけくっつけるのは、死者の特権だ。

「三人とも来年は受験だが、俺は心配してないぞ。あの子達はしっかり頑張っているし、何といってもふゆと俺の子だからな、大丈夫」

 にこにこと笑いながら、アウィンは大福をもぐもぐする。膨らんだほっぺが愛らしくて、思わず冬呼はほっぺをツンツン。
 アウィンはふっと穏やかに微笑んで、目を細めた。

「きっとふゆは俺達を見守ってて、知ってるかもしれないが……」

 そういいながらアウィンは子供達の日常を、楽しげに語る。冬呼は話を聞いては、いちいち驚いたり、笑ったり、大きなリアクションをとり続けるのだが、アウィンは気づかない。
 子供達の話を楽しく聞きながら、冬呼はアウィンの顔を覗き込んだ。
(もちろん、子供たちのことも見てるけど……やっぱり、あっくんだよね)
 三人の子供たちも、もちろん母を失った悲しみを背負った。しかし目の前で号泣する父を見ているうちに、母の代わりに支えないと父はダメなんじゃないかと諦めがはいり、結果としてたくましく生きている。
 このあたりは母親譲りだったのかもしれない。
 だから冬呼も安心して、アウィンだけを見て過ごすことができた。

「どんな未来を進むのだろうな……楽しみだ」

 遠い未来を見通すように、アウィンはふと空の向こうへ視線を移した。
 過去の自分には思いもしなかった未来を迎えて、アウィンは今までをしみじみ振り返る。
 異世界から事故でこの世界に迷い込んだ。いつかは帰るつもりで日々鍛錬を続けていた。
 けれどこの年になっても、この世界に居座り、この地で死ぬ覚悟をするようになったのは冬呼がいたからだ。
 冬呼と過ごした時間は、すべてきらきらと輝き、昨日のことのように思い出せる。

「俺がふゆと出会って世界が変わったように、あの子たちにも良い出会いがあるといいな」

 となりで冬呼が腕を組んで、うんうん頷いた。
(そうだねぇ……娘ちゃんが彼氏つれてきても平常心でね……?)
 親馬鹿を発揮して、怒るか、泣き出すか、真顔になるか。ちょっと心配して苦笑いがこぼれる。
 でも、きっと、大丈夫。子供の幸せを祝福できる人だと信じてる。

 真横で冬呼が心配してることに気づかずに、アウィンは写真をじっと見つめた。
 冬呼が死んだ直後は、毎日泣いて過ごした。冬呼を長生きさせられなかった、自分の力が足りなかったからだと責めて。
 それでも生きることができたのは、冬呼が残してくれた子供たちがいるからだ。
 あの子たちのために自分がしっかりしないと。そう言い聞かせ、少しづつ、前へ、前へ、歩み続けた。
 そうして三年経った今、穏やかな日々を過ごしている。
 目元に愛おしさをこめて、言葉に甘さを含ませて、何度だって愛を囁く。

「あの子達を残してくれてありがとう、ふゆ。永遠に貴女を愛しているよ」

 写真立てを両手で包みこんで、写真の中で微笑む冬呼へ口づけする。
 それをとなりで聞いていた冬呼は、頬を赤らめてふにゃりと微笑む。
(ありがとう……私も愛してるよ、あっくん)
 ふわふわ飛んで、リビングテーブルの上に座り、アウィンの顔を両手で包み混んで、額に口づけを落とす。
 アウィンの故郷で永遠を誓う、特別な仕草。
 死してなお側にいる。永遠にともにいる。そう誓って。

 アウィンには冬呼が見えてないはずなのに、何故か心が温かくなった気がした。
 春の風に、日ざしに、空気に、どこかに、いつも、冬呼を探してしまう。探し終えて微笑み、ゆっくり首を横に振る。
 冬呼はこの世にいない。けれど、きっと冬呼との想い出が、愛する子供たちがいるから、心が温かく感じるのだと、前向きにとらえる。
 冬呼は「またね」と言ったから、きっと天国で会えるのだろう。己の天寿を全うして、再会したときに胸を張って「子供達を立派に育てた」と言えるように、父としてしっかり生きよう。
 そうアウィンは心に誓いなおす。

「長い休みがとれるようになったら、子供達を連れてエオニアに行ってみるのも良いかも知らないな。ふゆとの想い出の地を、あの子達にも見せてあげたい」
(うんうん。それは良いよね。きっと薔薇が綺麗だよ)
「ふゆが薔薇の種類を色々教えてくれたな。今も覚えている」
(子供達に教えてあげてね。あっくん)
「あの日もふゆは美しかった」
(あっくんもかっこよかったよ)
 冬呼が見える存在がもしこの場にいたら、いちゃいちゃバカップルでは? と思えるほどに、二人は仲睦まじい。
 笑みを浮かべて、ぴとっとくっついたり、互いに愛を囁き合ったり。
 二人の時間を十分堪能しているうちに、冬呼はふと気づいた。
(そろそろ時間かも)
 こうして一緒にいられる時間は限られる。最近はなんとなく終わる時間が解るようになってきた。
 冬呼はアウィンの頭に顔を埋めて、思う存分吸ってから、床に足を降ろした。
(幽霊じゃなかったら、起きてるあっくんの頭は吸えないよね)
 ふふっと笑いながら、足取り軽く風のように窓へ向かう。
(また会いにくるね。ずっと見てるよ。あっくん)
 窓から空へ、ぽんと飛び出して空を駆ける。

 冬呼が飛び立つのと同時に、風が花びらを乗せて部屋に舞い込んできた。
 はらり。何の花かは知らない、けれど紫色のひとひらの花びら。
 そこに冬呼を見いだして、アウィンはそっと手のひらに包み混み微笑んだ。

「ふゆ。お帰り」

 見えないけれど信じてる。冬呼はきっと見守ってくれていると。
 ずっと側にいると感じてる。
 だからいつでも、君を探してる。二人で歩む永遠はまだ終わらない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【神取 アウィン(la3388)/ 男性 / 24歳 / ほわほわアウィンさん】
【神取 冬呼(la3621)/ 女性 / 16歳 / ふわふわ冬呼さん】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

大切な人を失った世界。アウィンさんは覚悟していても絶望して、けれどそれを乗り越え、穏やかな日々を送っている。
冬呼さんは死して幽霊になっても、その愛らしさは変わらない。
できるだけ二人の仲の良さ、優しく幸せな雰囲気がでるように描かせていただきました。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
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2021年03月08日

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