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『世界を超えた友』
桃簾la0911


 エオニア王国の首都エオスにあるカフェバー止まり木。そこで今日バレンタインチョコパーティーが行われていた。

 ふわりと香る紅茶の香りに、桃簾(la0911)は琥珀色の水面をじっと見つめ、頬を緩めた。

「華やかな良い香りです」
「スリランカの紅茶でディンブラだよ。『セイロン紅茶の女王』らしいね」

 桃簾のリクエストで紅茶を淹れたアイザック・ケイン(lz0007)は、インドの南東に位置する島国スリランカは紅茶の産地だと説明する。
 ひとしきり香りを堪能して、桃簾は一口啜る。香りは華やかだが、味はそこまで個性がとがっていない。

「味は癖がなくほっとする親しみがありますね。これがわたくしのイメージですか?」
「桃簾君って、見た目も仕草もとても華やかなお姫様だけど、内面は実は親しみやすさがあると思うんだよね」

 主にアイス教の布教で、初対面でもぐいぐい迫れる親しみやすさ? かもしれない。

「そのように言われるのは初めてです。アイザックだからではないですか?」
「そうだね。僕と桃簾君の付き合いも、長くなったしね」
「最初はスペインでしたね。任務の後の蜂蜜パンケーキとキャンブリックティーの味は、今も覚えています」

 懐かしい昔話に花を咲かせていると、アイザックがふと気がついた。

「そういえば名古屋で蜘蛛型爆弾の処理をした時、桃簾君はお茶請けにアイスを持ってきたよね。びっくりしたな。わざわざクーラーボックスに入れて持ち込むとは思わなかったよ」
「あの時はまだアイス教はありませんでした。そう考えると、アイザックはアイス教が生まれる前から、わたくしのアイスの教えを受けていた、初信者ではないでしょうか?」
「信者になったつもりはないんだけどな」

 アイザックが笑うと、桃簾はむっとした表情でずずいと詰め寄った。

「そろそろアイス教名誉顧問を承諾して欲しいのですが。旅立つわたくしへの餞だと思って、さあ! さあ!」

 今まで何度打診し、その度に話を逸らされた事か。今日こそはと意気込む。アイザックはくすりと笑って頷く。

「アイス教名誉顧問になっても良いよ」
「本当ですか!」
「でも桃簾君が帰ったらアイス教の指導者は誰になるのかな? 僕はあくまで顧問。後継者は別で指名してね」
「後継者……支部長や顧問は使命しましたが、アイス教全体の後継者になりうる人材ですか……」

 桃簾はアイス教の後継者という難問に、頭を悩ませた。

「桃簾君は、アイスの女神だから。奉られる側だよね?」
「私は生きた人間……ですが、いなくなると伝説になるのでしょうか?」
「開祖にして教祖であり、伝説の神様。アイス教の教祖の代わりは誰にもできないと思うよ」
「でもアイザックは後継者と言いました」
「うん。教祖でなくて良いんだ。アイス教の布教を続ける人の代表というか、窓口?」

 経典の管理をし、支部長、顧問とバラバラの役職に、伝達する。事務的役割。

「なるほど……事務仕事が得意なもの……」

 じーっとアイザックに期待の視線を送るが、きっぱりと首を横に振る。

「僕はやらないよ。顧問以外の仕事なら引き受けない」
「貴方以上の適任はいないのです」

 頬を膨らませ、ばんばんと机を叩く桃簾へ、アイザックがせつなく微笑む。

「桃簾君が旅立つ日まで、時間がないのだよね」
「はい。今から探していては間に合わないかもしれません」

 しょんぼりして、指先で机を撫でていじいじしている桃簾へ、アイザックは微笑みかける。

「じゃあ、いつか世界を行き来できるようになったら、桃簾君の世界から『この人こそ』って人を送ってくれる?」

 なるほど。その手があったかと、桃簾はぽんと手を叩く。

「教祖として相応しく育てあげて、こちらに送りましょう」
「それまでの間に経典を管理する事務処理くらい、顧問としてやるよ」
「……アイザック。やはりわたくしが名誉顧問として見込んだだけありますね。素晴らしい。アイスをもっとおかわりして良いのですよ」
「はは。もう十分頂いてるよ」

 桃簾とこの世界とは時間の流れが違い、桃簾が人材を送り込めたとしても、途方もない先の未来だとは、この時の桃簾とアイザックは知るよしもなかった。



 タップダンスとの共演を終えた桃簾はちらりとアイザックを見る。桃簾の自宅で一緒にピアノの練習をしたとき、連弾が羨ましいと言っていた。きっと今もうずうずしているのだろうと。
 微笑を浮かべ、アイザックを手招きする。

「きらきら星、一緒に弾きませんか?」
「連弾だね。もちろん。嬉しいよ。あれから練習してたんだ」

 アイザックがぱーっと笑顔を浮かべると、いそいそとピアノの前に立つ。

「以前と同じく、アイザックが左で、自由に演奏しなさい」
「ありがとう。皆の前で披露するの初めてだから緊張するな」

 いつも余裕の笑顔を絶やさないアイザックが、珍しく緊張した表情で椅子に座る。手が震えているのを見て、桃簾は優しく微笑した。

「難しく考える必要はありません。音楽というのは音を楽しむと書くのですよね? アイザックも楽しみなさい」
「ありがとう。うん、楽しませてもらうね」

 やっとアイザックも微笑んで、打ち合わせが始まった。アイザックはまだまだ練習中だから、桃簾が合わせる形できらきら星を弾く。


 アイザックの好きな曲だと聞いて、皆が演奏を楽しみに待つ。
 ぽろん。アイザックが大きな手で丁寧に鍵盤を叩くと、零れ落ちた優しい音が室内に響いた。
 それは誰もが聞いた事がある、親しみのあるメロディで、そこに寄り添うように桃簾が伴奏を重ねる。
 夜空に煌めく星のように、優しい音色に皆が耳を澄ました。ちょうど空は日が落ちて、星が見え始める頃合いだ。

 シンプルな曲調から複雑な音色に変化していく。何せこれはただのきらきら星ではない。モーツァルトの編曲バージョンだ。
 以前、一緒に練習したときは序盤だけだった。通しで連弾は初めてだ。
 練習をしていたとはいえ、ピアノ初心者のアイザックには荷が重く、途中でつっかえそうになる。その度に桃簾がさりげなく代わりに引いて、失敗してると思わせないようフォローした。
 桃簾が援護してくれる。その頼もしさにアイザックも気負わず思いっきり演奏を楽しむ。
 最後の一音を弾き終えた所で、一瞬しんと静まりかえった。皆が演奏の余韻に浸りたかったのだろう。
 それからわっと拍手が鳴って、アイザックは明るい笑顔を浮かべた。

「ありがとう。この店で、皆の前でピアノが弾けて嬉しかったよ」
「これから励んで、また演奏しなさい」
「うん。でも、桃簾君と連弾できるのは、これが最後の機会かもしれない」

 そう言われて、やっと桃簾はアイザックが緊張していた理由に気がついた。

「最後だからこそ、成功させたかったんだ」
「……アイザック」

 故郷に帰る意志は変わらない。けれど一抹の寂しさに、桃簾は思わず涙ぐみそうになって、慌てて立ち上がった。
 背筋をぴんと伸ばして、アイザックを見下ろす。

「アイス教名誉顧問の名に恥じぬ働きをすると、わたくしは信じています。アイザック、幸せになりなさい」
「女神様の祝福、かな? 世界が違っても、お互い頑張ろうね」

 アイザックも立ち上がり、手を差し出した。桃簾は手に手を重ねて握手する。
 連弾を成功させた祝い、そしてこれからも切れない絆を星に誓って。
 夜空に輝く星のような友情は、世界を超えて、いつまでもあり続けるのだろう。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【桃簾(la0911)/ 女性 / 22歳 / 伝説のアイス神】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
この度はノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

「旅人が羽を休める止まり木」のリプレイで書き切れなかった所をというリクエスト、大変ありがたかったです。
字数に余裕のあるノベルで、たっぷり書かせていただきました。
この後、顔を合わせる機会はありますが、桃簾さんとアイザックのエンドマークを形に残せて嬉しいです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月08日

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