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『明け方の夢 浮かぶ月が見えた空』
クララ・グラディスla0188)&アルバ・フィオーレla0549


 唄って欲しい。
 そう依頼を受ければクララ・グラディス(la0188)に断る理由は無かった。
 とても辺鄙な田舎町で、廃校となった校舎や体育館をリフォームしてイベント会場としたというそこに案内されたクララはゆっくりとその小さな元校内を見て回った。
「こんなに小さかったっけ!?」
 1年生用の椅子と机の小ささに驚いてみたり、黒板にチョークで描かれたアートを見て感心したり。
 今日の会場となる体育館へも足を向けた。
 いくつか花輪が贈られてきてる。
 こうやって方々を彷徨うように歌っているというのに、SNSの情報拡散力とは凄いもので、「どこどこのイベントに出ます」とコメントを打てば、熱心なファンがこうやって贈ってきてくれるようになった。
 その一つの前でクララは足を止め、目を細めた。
「……今日も届くように頑張るね」
 送り主はアルバ・フィオーレ(la0549)。いつだって彼女手ずから育てた花で作られた花輪は一際美しく芳しい。
 『夜明けの乙女』と名付けられた花は今や大手のフラワーショップなら必ず置くと言われるほどの人気種になっていたが、それでも本家本元のアルバの育てた花が1番美しいとクララは思う。
 きっと、アルバに愛されて愛されて育つからだろう。
 彼女との思い出に浸っていたところを、イベントスタッフから声を掛けられ、クララは現実に戻った。
「はーい、今行きまーす!」

 今日のイベントはラジオで生放送だ。
 地方局だが今はネットを介せば全国にも飛ばせるようになっている。
『本日、18時〜 みんなラジオをチェックだぞ! #クララ #6月の音楽祭』
 告知を打って、本番までの暇つぶしを探す。
 体育館は設営でバタバタしているのでプールの方へと向かった。
 まだプールの時期ではないからもしかしたら落ち葉などで凄い事になっているのではと思ったのだが、きちんと掃除されたプールには綺麗な水が張られていた。
 (後に知った事だが、万が一火事などが起こった時に水が使えるよう一定期間でプールを掃除しているのだという)
 アルバはプールサイドに腰掛けると水面を爪先で蹴った。
「冷たっ!」
 6月もまだ中旬。冷たくて当たり前だがそれが心地よかった。
 クララは水を弾きながら鼻歌を歌い始める。
 歌詞を乗せるわけでも無く、ハミングでの即興。
 それは冷たい水と美しい田舎風景とアルバの花の芳香からインスピレーションを受けたもの。
「……あ、これいいかも」
 浮かんだ音をそのまま口ずさみ、仕上げていく。
「ギター持ってくれば良かった」
 控え室に置いてきてしまったことを少し後悔しつつ、浮かぶ音はメロディとなり、一つの曲へと完成した。
 パシャン、と水を強く蹴った。
 午後の日差しを受けた水滴はキラキラと光りながらパラパラと水面へと落ちていった。


 新着メッセージを知らせる音にアルバは杖を使ってダブレットの前に向かう。
「メッセージを読み上げて欲しいのだわ」
 アルバがタブレットに話しかければ、タブレットから了承音が鳴り、機械的にメッセージが読み上げられた。
「あらあら? 今日だったかしら!? お花は贈り終わってたからうっかりしてしまったのだわ!」
 目を白黒させながらアルバは慌ててタブレットに声を掛け、18時にラジオを流すよう設定を依頼する。
 了承音の後、『本日18時、FMxxxx。すでに予約登録されています』という返答にアルバは、再び目を瞬かせる。
「あらあらあら??? 最初に連絡貰った時に登録したのだったかしら?」
 こういった些細な事での記憶の欠落は今に始まったことではない。
 むしろ今なお店を維持出来ていることが奇跡と言えるほどアルバの記憶の欠落は年々酷くなっていた。
 最近では心配した近所の人が夕飯の差し入れを持って来てくれたり、繁忙時間が終わった定食屋の女将さんが昼食を誘ってくれるお陰で餓死せずに済んでいる状態だ。
 それでも、アルバが恋したカーネリアンの少女の唄だけは取り上げられまいと必死に抵抗していた。
 そのお陰か、こうしてイベントの告知が来る度に花を贈り、聴ける手段があるのなら彼女の唄を今も聞き続けられていた。
「18時ってことは……大変! 閉店の準備をはやくしなくっちゃなのだわ」
 時間を尋ねれば、タブレットからは15時を告げる声が聞こえた。
 アルバが慌てて依頼されている配送用の花束製作に取りかかると、あっと言う間に2時間が過ぎた。
 いつか身体が動かなくなると分かった時から少しずつオートメーション化をしていた店内は、アルバの声一つでカーテンが閉まり、扉が閉まり、鍵が掛かり、シャッターが降りる。
 大好きな紅茶を淹れて、ゆっくりとソファに腰掛ける。
 18時を告げる時計の音と共にタブレットに電源が入り、ラジオの音声が飛び込んでくる。
 「皆様こんばんは。本日は〜」 司会者と思われる男性の声で場所の説明と参加者が読み上げられる。
 クララ・グラディスの名が呼ばれたとき、アルバは小さな歓声を上げて拍手を贈る。
 最初に歌うのはアルバの知らない歌い手だった。
 ……いや、もしかしたらどこかで聞いたのかも知れない。アルバが忘れてしまっているだけで。
 アルバはとっておきのクッキーを摘まみながらクララの出番を待った。


 「次は今、人気急上昇中のシンガー、クララ・グラディスさんです!」 そう紹介を受けて、クララは会場からの拍手と共にステージへと上がり、スタンディングマイクの高さを確認する。
 「クララさんにはファンの方からのメッセージが届いています。『いつも貴女の曲を聴いています。きっと貴女の夢は叶うわ』と、花の魔女さんからです」 その名前にクララは司会者の顔を見て、微笑んだ。
「ありがとう。あなたの夢も叶い始めてる事を私は知っていて……。私も負けない様に唄い続けるよ」
 マイクを通し、電波を遠し、回線を通してクララはアルバへと返事を返す。
 私室でソファに腰掛けながら嬉しそうに笑うアルバの顔が瞼の裏に浮かんだ。
「最初の曲は、『暁の花』」
 クララの声と共に照明が落とされ、スポットライトにクララは照らされる。
 すぅっと息を吸い込むと、クララは歌を唄い始める。

 ♪夜明け前のような暗さ。
  息苦しいね。
  そうボクが言えばキミも頷いたね。
  それなのに。
  どうしてだろう、キミの頷きが嫌だった。
  諦めた方が楽だって知ってるのに、それでもキミの肯定は否定したい。
  マイナス思考のボク。
  マイナス思考のキミ。
  どうでもいいって言いたいのに、それでも見栄とハッタリで否定したい。
  嘘みたいな奇跡。否定から始めた否定。
  キミが笑ってくれた。
  その時、ボクの夜は明けた。
  キミこそが暁の花。
  ウジウジと行動に移せなかったボクをキミが変えてくれた。
  キミこそが暁の花。
  夜を終わらせた奇跡の人。


 ライブならではの一体感。
 力強くも伸びやかに歌い上げるクララの姿がアルバの中ではしっかりと再生されていた。
 何より、自分が寄せた(らしい)メッセージに返してくれたのが本当に嬉しい。
 そもそも、ある日、SNSでクララが『この花、大好き #珍しい花 #夜明けの乙女』とアルバが贈った花束で紹介をしてくれてから少しずつ需要が伸びたのだ。
 種を買いたいと言ってくれる人も増えた。
 本来なら法律によって種子は保護されてるのだが、この花を世界に咲かせたいという希望のあるアルバとしてはきちんとした環境下で育ててくれるのならば広めたかった。
 また、ちゃんと愛情をかけて育てなければ育たず、自然交配は非常に難しい花でもあるため、ついに国を超えることが出来るようになった。
 それもこれも、クララをはじめとするこの『夜明けの乙女』という花に見せられた人々の働きかけがあったお陰だった。
 花を育て、品種改良をすることは花の魔女であるアルバの得意とするところではあったが、そもそも放浪者であるアルバに法律は難し過ぎた。
 色々な人々の助けがあって国内外へと『夜明けの乙女』は広がっている。
「ありがとうなのだわ♪ クララさん」
 曲が終わって拍手をしていたアルバは次にラジオから聞こえた言葉に耳を疑った。


「前からこの花が好きだっていう話しはしていたと思うんだけど、ようやくそれを曲にまとめることが出来て……聞いて下さい。『Alba:夜明けの乙女』」
 先ほど出来たばかりの曲。
 バックバンドには無理を言って、アドリブでやって欲しいと懇願して、公開に漕ぎ着けた。
 初公開も初公開。出来たてほやほやで未公開。
 司会者や運営は予定外のクララの行動にわたわたしているのが見える。
 生放送でこう言った行動に出るのはNGだということは、歌唄いの世界に身を投じたクララには身に染みて分かっている。
 それでも、これだけは、どうしても完成した今日、彼女に届けたかった。

 ♪暗い足元
  気付けないまま転んで倒れて
  糸なんてどこにも無くて、容赦無く打ちのめされて
  「さらば」と別れを告げられたなら……
  形のない歌
  描いたままのコード
  宙に浮いたまま
  ねぇ、貴女はいまどうしている?
  淡い月は微笑む
  冷たくない貴女の手のひら
  夢を見たボクらを笑えばいい


 アルバには切なく歌い上げるクララが見えた。
 はらはらと頬を伝う涙に気付かないまま、タブレットから響く音を一つ残らず聞き取ろうと耳を澄ませる。


 ♪春は過ぎ去り
  夏なんてこなければいいと呪って
  逢いたいなんて言える訳無くて、容赦無く痛めつけられて
  世界の広さに気付いたなんて……
  時間がない
  白紙のままのノート
  机に広げたまま
  ねぇ、ボクはいまどこにいる?
  秋の風は嗤う
  冷たくない貴女の手のひら
  あの夜咲いた花 覚えている?

 もう、あの日のことは忘れてしまっただろうか。
 忘れないように日記を付けていたことは知っていた。
 問いかけに、誤魔化すように笑う癖も知っていた。
 忘れたの? という問いかけに困惑したように頷いた日を覚えている。
 それでも、お互いに死んでも叶えたい夢を抱いた者同士、互いの夢を叶えようと誓い合った。
 その夢は叶いつつある。
 でも、貴女には時間が足りないと知っていたのに。
 そばにいたら、貴女を手伝えば貴女の夢を叶えられたかも知れない。
 でも、私も私の夢を譲れなかった。

 ♪「ごめんね」
  ワガママを通した
  水に霞む月 千切れちぎれても
  水に映る花 揺れて揺れても
  今、蕾が開こうとしている
  夏がこないままの町を行く
  手を伸ばすその先に
  貴女の手のひらがあると信じて


 視界が歪んで、ついにしゃくり上げるようになってようやくアルバは自分が泣いていることに気付いた。
 優しいクララ。
 助けを望んだこともないけれど、手を差し出せなかった事を悔やむクララの気持ちが痛いほどわかった。
 それでも歌を唄いたいというクララの気持ちが、自分が叶えたいと思う夢と同じくらい大きい事も。
「大好きよ、私のカーネリアン」
 熟れた果実のような明るい瞳を思い出し、アルバは花開くように微笑んだ。


 クララは裏でこってりと怒られた。
 進行に問題がなかったから良かったものの、生放送で事故が起これば補償問題にも発展しかねない。
 しかし、クララの新曲が番宣無く披露されたとSNSで話題になると、振り返り放送は驚くほどの聴取率を上げた為、おとがめ無しで済んだ。
 が、プロデューサー界隈に「独断専行する危険人物」とマークされたのは正直痛い。
「……まぁ、仕方ないか」
 バックパックとギターを背負ってクララは笑う。
 無人駅に滑り込んできた一車両しかない電車へと乗り込む。
 また次はある音楽祭のオープニング依頼が来ていた。
 唄って欲しいと請われるならば何処にでも行こう。
 請われなくとも唄い続けよう。
 この喉が潰れるまで。
 この命潰えるまで。


 死が己と世界を分かつまで。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la0188/クララ・グラディス/遠い遠い夏の向こうへ】
【la0549/アルバ・フィオーレ/淡い空 明けの蛍】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 紹介頂いた曲を聴きつつ、それっぽい歌詞をでっち上げてみました。
 違う場所に居ても、音を通して通じ合える二人でいて欲しいなという願いを込めて。

 またどこかでお逢い出来た時には宜しくお願いします。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。



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2021年03月08日

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