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『続・世界を超えて続くもの』
神取 アウィンla3388)& 桃簾la0911


 2066年。
 神取 アウィン(la3388)が家で課題を片付けていると、突然玄関のチャイムが鳴った。誰だろう。来客の予定はなかったし、配達は自分も妻も頼んでいないはずだ。小型モニターの応答ボタンを押して、
「は……い?」
 来客をよーく見て絶句した。

 故郷の異世界・カロスにいるはずの、アウィンの両親だったのだ。

「どうして……」


 桃簾(la0911)が地球からカロスへ帰還したことは、地球に残る彼女の近しい人間を大いに寂しがらせた。桃簾の望んだことであるし、帰らなくてはならないことはわかっているが、感情を止めることは難しい。彼女を保護した投資家でオタクの青年も、その一人だった。彼はあるとき、桃簾の部屋の前を通り掛かり、彼女のことを思い出す。無人の筈のその部屋を、本当に何気なく開けると……。

 そこは知らない異世界なのであった……。
 桃簾の部屋と、カロスが繋がったのだと言う。迷い込んだ彼はばったり桃簾と遭遇。それを聞いて、両親は息子に会うためにやって来たのだそうだ。

「なんというご都合主義」
 アウィンは頭を抱える。しかし、折角来てくれたのだから、と妻と昨年生まれた双子の子供たちを紹介した。両親は妻とも打ち解け、孫も可愛い可愛いと言って喜んだ。元気そうで良かった、と言われ、ちょっと泣きそうになるアウィンだ。

 半年以上会えなかったから、と言う両親。いや、半年どころじゃないだろう、とアウィンは首を傾げた。よくよく聞いてみると、カロスとこの地球は時間の流れが違うそうで、なんと地球ではカロスの十二倍のスピードで時間が進んでいるらしい。つまり、自分がいなくなってから、カロスではまだ一年も経っていないのだ。尤も、息子が失踪してしまった親にとっては一日千秋であっただろう。無事な上に、家庭まで築いていて、両親は大いに安心し、また喜んだ。

 両親はひとしきりはしゃいで帰って行った。そろそろ兄に領主を任せる、と父は言った。アウィンはその時、「もう義姉上も嫁いだことだし、順当か……」と思っていたのだが、それはすなわち父の「引退」を指す。地球で言えば定年退職。孫がいる人の定年退職がどう言うことか。もちろん個人差はあるが……ノルデンの両親について言えば、孫の顔を見に来ることも含まれていた。

 以来、神取家のモニターには、ちょくちょく二人の姿が映ることになったのだった。


 アウィンは領主家次男であり、次期領主である兄の補佐をしていた。地位は上から数えた方が早い。故に側近がいる。その、かつての側近もまた神取家を訪ねてきた。この度、近くに住むことになったので、と言って手土産を持ってこられた時はアウィンも絶句した。側近が地球とカロスを行き来して伝達をすることになったらしい。
 その手土産と一緒に、見慣れた故郷の文字を見る。書状だ。差出人は「ロゼリン・ノルデン」。兄に嫁いだ桃簾だ。その名前を見ると、彼女が無事故郷に着いて生活を送っているという実感が湧く。
「義姉上……」
 離れていても気に掛けて手紙をくれるのか。あの人らしい、と表情を緩めながらそれを開くと、時候の挨拶もそこそこに、アイスの材料調達の依頼が記されていてずっこけた。ぶれない。それと同時に、ノルデン領主家と彼女の野望が衝突していないことにも胸を撫で下ろした。心配はしていなかったが。

 数週間後、アウィンは材料と一緒に送り返す書状を認めた。妻も一筆添えてくれる。桃簾の為に秘蔵レシピや本を翻訳した経験が生きていて、手紙には二種類の筆跡でカロス語が書かれた。夫婦揃って元気でやっていること、昨年双子が生まれたこと、その他近況などを書き連ねる。それをアウィンの元側近に托したのだった。


 地球で桃簾と名乗っていた彼女は、ランダム転移と言う名の豪運一発帰郷を果たした。三年も故郷を離れていたので、その間にあったことをどう説明するかはすでに考えてある。家に戻り、三年の不在を詫びた所、全員が頭に大量の疑問符を浮かべていた。三年? 三ヶ月しか経っていませんよ。心配には変わりありませんけど……。
 桃簾は悟った。地球とカロスでは、時間の流れが違うのだ。彼女はまず地球に転移したことを説明した。アウィンのことも。これが地球からの土産です、と言って、戦友と選んだ器財類を並べる。植物の種や、明らかにカロスのものではない文字で書かれた書物。桃簾が三年分成長していることも証拠となった。アイス教広報から貰ったアルバムを開き、アイスを食べる自分を見せる。実写で紙に何かを描くと言う技術にも驚かれたが、これもまた異世界での生活を裏付けた。こっちで三ヶ月しか経っていないのに、向こうで三年も……よく無事に戻って来てくれた、と。
 桃簾は婚礼衣装のまま、姿勢良く告げた。
「必ずや戻って嫁ぎ、領民の生活を安寧をもたらそうと誓っていました」
 失踪は不問とされ、ノルデン家は彼女を長男の妻として迎え入れた。その日から、彼女の名前はロゼリン・ノルデンとなった。

 さて、桃簾……ロゼリンが嫁入り後にやったことと言えば、アイスについてのプレゼンである。彼女はアイスがどのようなものか、と言うことを、ノルデン領主家の人間に懇々と聞かせた。ノルデン家びっくり。嫁がすごいプレゼンターになってる。しかも持ち帰ってきた杖の先端に付いている筒には、アイスがいかに素晴らしい食べ物であるかが書かれている。
 そんなに美味しいんだ、アイス。
 ノルデン家の人間は感服した。ロゼリンの心を尽くした丁寧な説明が受け入れられたのである。これを布教という。地球という慣れない世界で、頑張って生き抜いて戻って来た彼女がやってみたいんだったら、やらせてあげたら? そんなに美味しいものならノルデン領の為にもなるかもしれないし、と言う空気が領主家全体に広がり、ロゼリンのアイス作りは受け入れられた。氷は、氷龍の山から持ってくれば良い、などとお茶の時間に相談している。アウィンが見たら目を剥きそうな光景である。

 次期領主の妻としての務めを果たす傍ら、アイス作りの準備も着々と進めている。そんなことをしている間に、時間は瞬く間に過ぎ去った。五ヶ月ほど経とうかとしたある日、使用人から、知らない男が庭に立っていると言う知らせを受けた。EXISが使えなくなったとは言え、戦闘技術がなくなったわけではない。ロゼリンは部屋を飛び出し、不審者をとっ捕まえようとしたが……それは地球で彼女を保護した青年だった。
「何故ここに?」
 驚いて尋ねるが、それは彼も同じだった。彼が言うには、彼女が暮らしていたマンションの部屋を何気なく開けたらここに辿り付いてしまったと。地球とカロスが繋がってしまったと言うのだ。ロゼリンは思った。
「これは……地球のアイス材料を輸入するチャンスではないですか」

 と言うことで、アウィンの元側近に書状を持たせ、配達を依頼したロゼリンであった。


 桃簾からの書状は、両親と同じかそれ以上の頻度で届いた。直接来ないのが彼女らしい。悪い意味でなく、引くべき境界を越えないところが。
『何かいい感じの果樹の苗木を頼みます』
 ある日、そんな無茶ぶり……もとい高度なミッションが課せられた。それはアウィンを信頼してこそだろうが、
「いい感じって具体的にどういう内容ですか義姉上! 俺も忙しいのですが!?」
 ふられた方は天を仰いでしまう。本人を前にしなくても、桃簾への敬語が抜けないアウィン。次の休みに入れる予定が決まった瞬間だった。カロスは常春なので、その気候で栽培でき、なおかつアイスにできそうなもの……。彼は考えを巡らせた。

 アイス作りは順調のようだった。幾度か材料を送り返した後に、アイスの試作品を持った側近が神取家を訪れる。書状には、『食べて感想レポートを』と言うこれまた無茶……責任重大な指令が。大学の課題でレポートは書くものの、それは医学分野のことであって、食レポはまったくの素人だ。それでも真面目なアウィン、紙を前に腕を組んで唸ること数分……ペンを取り、
「美味いと五十回くらい書いておけばいいか」
 背筋を伸ばしてガリガリと「美味い」と書き付ける。ゲシュタルト崩壊を起こしそうになりながら、どうにか書き上げて元側近に返送を頼んだ。

(それにしても……)
 カロスと地球で時間の流れがここまで違うとは。と言うことは、自分はいずれ故郷の両親の年齢を追い越すのだろう。元々年下の桃簾も、遥か彼方に置き去りにする。
 そう思えばこそ、彼女から見れば残り少ない自分の時間で、できる限り願いを叶えたいとは思うが……。
「……それにしても人使いが荒いですよ義姉上」
 遠い目をしてから瞼を閉じ、目頭を軽く揉んだ。

 その唇には微笑みが浮かんでいた。


「これでアイスの材料がまた増えますね」
 何かいい感じの果樹の苗木をアウィンに依頼したロゼリンは、領地の地図を広げた。栽培の段取りを立てなくてはならない。アウィンが手紙をスルーするだとか、何も見つけられないとか言うことはまったく考えていない。強いて言うなら子供や妻、あるいは本人の不調やトラブルだろうが、それは致し方あるまい。解決した後で送ってくれるか、その旨の連絡が来るだろう。
 けれど、彼女が思ったより早く苗木は届いた。地球から持ち帰った書物を庭師と確認しながら相談し、それを植える場所は決まった。

 まったくトラブルがなかったわけではないが、アイス作りは順調だった。幾度か材料を送ってもらった後、ようやく試作第一号ができあがる。ロゼリン自身は上出来だと思ったが、これには客観的な意見も必要だ。アウィンの元側近に試作品と、レポート依頼の書状を托す。こちらも、想像した以上の早さで返事が来た。
「ふふ、わたくしに小言を言ってはいたものの、やはりアイスの前では言葉が溢れ出るものなのですね。どれ感想は……」
 封筒から便箋を取り出す。どうやら、びっしり書き付けてあるらしい。改行する隙間もないほどとは、アウィンはどれほど感激したのだろうか。わくわくしながら紙を開くと……。

『美味い(五十回繰り返し)』

 呪いの様に同じ単語がびっしり書かれている。段々言葉の意味がわからなくなって来るほどだ。

「……愚弟」

 グシャァとそれを握りつぶした。笑顔ではあるが、柳眉は逆立っているし、額から目元にかけての影が濃い。使用人がそれを見たならば、思わず息を呑んだだろう。
「ですが美味なら良しとしましょう」
 ロゼリンの野望もわかっていて、買い出しに協力してくれた彼のことだ。実家の繁栄も祈っているだろう。そのアウィンが、不味いものを美味いということはない。ならば彼の口には合ったのだ。他にも試食品を送って、感想を聞き出すとしよう。
「とは言え……あまりもたもたもしていられませんね」
 地球とカロスでは、時間の流れが違う。いつか彼が先に逝くことは確実。元々数年の差があった年齢はどんどん開いて、いずれ数十年になるだろう。
 けれど、何だかんだで気楽な関係を保っている。それまで楽しく過ごそうと、今日もせっせと書状を認めている。
 その唇には微笑みが浮かんでいた。

 互いに世界は越えずに生きる。それが、それぞれの道を選んだ自分たちの在り方なのだから。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
アウィンさんのご両親、事情を聞いて頻繁にお見えになるなら結構ほんわかしたご夫婦なのかな……? と思ったので、ノルデン領主家全体が天然みたいになったんですが、これは桃簾さんのプレゼンの賜物であるとも思います。
世界が繋がっても、超えずにお手紙だけでやり取りしているのが、このお二人らしくて良いな、と思いました。
たくさんありがとうございました! どうぞお元気で。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月08日

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