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『業火の復讐者 ――愛を奪われし鬼神は悪夢を灼き尽くす』
伊吹 マヤla0180

●はるけき故郷へ

 2061年、初春。
 伊吹 マヤ(la0180)は地球へ転移された際に辿り着いた地――ある地方都市の街角に到着すると、かつて自分達の故郷と繋がっていた空間に向けて花束を供えた。
 大ぶりの白百合には『威厳』、紫のトルコ桔梗には『希望』という意味があるという。彼女はその言葉に相応しい、誇り高き同胞達に向けて静かに合掌した。
(すまんな、まだきみ達の世界には戻れそうにない。今すぐにでも帰還できるのなら、我が命に代えてでも奴らの禍々しい腕を、穢れた脚を、傲慢な胸を、虚ろな頭蓋を、全て粉砕し……きみ達への報いとしようものを)
 ――彼女はいまだ手の届かぬ故郷へと想いを馳せる。
 マヤが生まれた世界では彼女を第一皇女とする鬼神族が隆盛を誇っていた。
 鬼神族はこの世界の地球人よりも遥かに長命で高い戦闘能力を持つが、同時に理性的な種族でもある。政に長けた一族が皇族として彼らを統べるようになってからは他民族との争いはあれど、領内は二千年を超える平和を保っていた。
 だが、それはある日を境に崩壊の兆しをみせる。
 ナイトメアがあの世界に転移し、暴虐の限りを尽くし始めたのだ。
 苦難の日々を思い出したマヤは赤い瞳をサングラスで隠すと、妖艶な美貌に険しさを宿す。
(あの日……私の軍は奴らの猛攻を受け壊滅し、私も重傷を負って海に沈んだ。そこで妹に救出された後……彼女と共に此処へ跳ばされたんだ)
 初めて地球に跳ばされた瞬間のことは今も忘れられずにいる。血と海水にまみれた自分と妹を、非武装の『力なき人間達』が驚いた顔で見下ろし――ふたりを案じて手を差し伸べてくれたことを。
 だが親切な彼らの声を聞いた時に『此処は私達の世界ではない』と当時のマヤは失望した。彼女達の世界では民間人が悠長に事を構えられる余裕などなかったのだから。
 ……マヤは噴水を囲む石段の上に腰を下ろすと、黙して煙草に火を点けた。
 流石に小さな街といえど道端で香は焚けない。それならばと、艶やかな唇から香りのよい煙を宙に向けてふうっと吐き出す。白煙は緩やかに天へ昇り、消えていった。
(……私の故郷の民は異能力に長けた者が多く、無論私もその一人だった。我らの力はイマジナリードライブよりずっと強力だが、不安定で術者への負担が大きく長期戦には不向きだ。対するナイトメアは自分が死ぬまで狩りを諦めない狂犬揃い故に分が悪く……ゆえに僅か数年で故郷は陥落した)
 今思えば一種の天敵、だったのだろう。鬼神族の術は瞬間的に発される力が強く、平均的なナイトメア単体ならこともなく倒せた。
 しかしたった数年で無数の雑兵を送り込んできたナイトメア勢が相手となっては……術を重ねて精神力が尽きた兵達はナイトメアの格好の獲物となった。
 そんな厳しい戦況の中で皇女かつ軍人のマヤは夫や兄弟とともに前線に立つも、夫は高位ナイトメアと刺し違えて戦死。
 そして彼と育んだ愛娘も避難先でナイトメアに襲われたと耳にした際には……マヤ自身も重傷を負っていたにも関わらず、痛みを超える怒りで戦場へと走り出していた。
「……転移さえしなければ奴らの指揮官を割り出し、この身体が砕けようとも全ての異能力をもって討伐したのだがな」
 返す返すも口惜しい。
 鬼神族は勇敢な民族だ。彼らはきっと同胞を護るため、力尽きるまで戦い続けるだろう。
 彼らが生き急ぎ倒れてしまう前に自分は帰還できるのだろうか……膝の上で組んだ手に力が入り、形の良い爪が手の甲の薄皮を傷つけていく。
 ――と、その時。ゴム製のボールが彼女の爪先にぽん、とぶつかった。無意識に顔を上げると、目の前に広がる小さな公園で小さな子供達が彼女に手を振っている。
「あの子達の遊び道具か……」
 マヤは咄嗟に煙草を携帯灰皿に押し込むと、ボールを掴んだ。彼女が投げたそれは子供が上げた腕にまっすぐに――すとんと収まる。
 たちまち広がる子供達の無邪気な喝采。そこでマヤは思わず頬を緩めていた。
 ああ、そういえばあの子もあんな鈴を転がすような声をしていたな、と。


●獄炎は我が胸中に

 マヤが母親になったのは然程昔の話ではない。
 鬼神族は長命だが、成人を迎えるまでの間は地球人と変わらぬ20年程度。
 つまりマヤの娘は生きていれば先ほどの子供達と同じ程度の姿に成長しているはずだった。
 マヤは子供達がキャッチボールをする姿をぼんやりと眺めながら、娘とふれあった日々を思い出す。
 マヤは多忙な毎日の中でも時間を作り、遊び歌や散歩を通して娘との愛情を深めていた。
 ナイトメアさえ現れなければ娘は今頃学業と遊びで日々忙しかったことだろう。
 母である自分は娘が毎日新しい発見をしてくることに驚き、笑い、時には一緒に泣いて。幸せだったに違いない。
(あの戦争が無ければ、私の娘も今頃友達と一緒に元気に遊んでいたものを。……娘の最期すら見届けることも叶わなかった。門地が門地だけに因果なものだ)
 マヤはそこで再度煙草に火を点けるとフィルターを強く噛んだ。ああ、やはり口惜しい、この理不尽な時空の隔てが。
「臥薪嘗胆……か。いつまで続くのだろうな?」
 白い息を吐きながら再び彼女は天を仰ぐ。
 SALF本部で現在ドック入りしている宇宙船二隻は目標が確定していた。
 一隻は座標が確定済の惑星ピングイノへペンギン達を帰還させるためのもの。
 もう一隻は――あるナイトメアが進化の答えをオリジナルナイトメアへ伝えるためのもの。
 まったく、これも理不尽なものだ。『あれ』の帰還は必要とはいえ、無知性なナイトメアはオリジナルの意思と無関係に暴れ続けるだろうに。
 ――そこでマヤは焦りを感じつつ、深く息を吐いた。
(しかし……奴はランダム転移で帰還すると発言していたな。もし奴の転移先に私達の世界があれば、次なる宇宙船の修復が終わり次第帰還できる可能性もあるか)
 そう気づいた彼女は赤々と埋火の如く燃え続ける煙草を指先で弄んだ。帰還への道はそう遠くはないかもしれないと。
(……私は信じている。いずれ仇敵をこの手で滅ぼす日が来るのを。例え刺し違えてでも、奴らの首魁を血祭りに上げてやる。もはや私に、戦場以外の居場所は無い)
 マヤと愛を紡いだ夫は死に、愛娘も姿を消した。それから数年を経たあの世界に後は何が残されているだろう? 自分がこれから掴めるものは残されているのか?
 ……いつの間にか、公園からは子供達の声が消えていた。ただ、夕刻を知らせるチャイムと車の走行音だけが耳に響く。
 そうだ、娘がいなくなったと知ったのも退避先の静寂の中だった。あの時の感情が脳を、揺さぶる。
 マヤはすぐさまSALFの情報端末でナイトメアの出現情報を確認した。ああ、まだいる。こんなにも駆逐するべき存在が。
(娘よ、母は戦い続けるぞ。きみを奪った奴らを一体たりとて赦しはしない。時が来たら必ず鬼神族の生き残りとともにすぐに帰還し、あの愚鈍な侵略者どもを打ち倒す。……仇討ちしかできないのが無念だがな)
 そこで彼女は燻る煙草をアスファルトに圧しつけ、血のように赤く燃える太陽を前に歩き出した。
(いつかあの世界に巣食った奴らは全て……あの業火に等しき熱を宿した我らの憤怒で灼き尽くしてやる。それが私にできる唯一の贖罪だ)
 ――それは悲痛と怒りの狭間で生まれた闘志。マヤの胸中から絶望という虚無は既に消え去っていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
いつも大変お世話になっております、ことね桃です。

この度はマヤさんの想いを綴るノベルということで、
プロフィールも併せて拝読しつつ鬼神族の悲劇をマヤさんの視点で書かせていただきました。
本編ではいつも気高く厳しく、時には優しいマヤさんでしたが
胸の奥底ではたったひとりで抱えるには大きすぎるものを背負い頑張られていたのですね。
未来ではナイトメア殲滅後にお嬢様と再会されたとのこと、
どうか末永くお幸せであってほしいと願うばかりです。

また、誤りがございましたらいつでもOMC経由でご連絡くださいませ。
急ぎ修正させていただきます。

今回はノベルのご発注、まことにありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2021年03月10日

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