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『プロローグの為のエピローグ』
フェーヤ・ニクスla3240

 戦いが終わった。
 細やかな戦いはまだあるけれど、大きな括りで言うのならば、人とナイトメアとの戦いには決着がついた。
 これから世界は平和になっていくのだろう。

 決戦の後処理も一通り終わり、時も流れ、SALFライセンサーとしての仕事も随分と減った。
 ――つまりはライセンサーに時間ができたというわけで。

 フェーヤ・ニクス(la3240)は今、日本の空港にいた。
 荷物はリュックサック一つだけ。地球人とは異なる身体構造の放浪者用ゲートで審査も済ませ(SALFライセンサーのIDを示せば一発クリアである)、飛行機へと乗り込む。行く先はロシアだ。スマホで友達に「飛行機に乗ります。いってきます」とメッセージを送って、いつものジャケットのポケットに押し込んだ。
 いつものお気に入りの、緑色をしたファー付きジャケット。長い間着ていたからところどころがボロっちくなってきている。特に袖口はほつれ始めていた。補修しないとなあ、と思ってまた今日も過ぎていく。

 チケットに記された席に着く。窓際の席だ。飛行機の白い翼が見えた。
 やがて飛行機は発進する。揺れの後、独特の浮遊感がして、飛行機はロシアを目指して飛び立った。
 さてここからは長いフライト時間。キャリアーであればあっという間だけれど、今回はナイトメアが出たからと急いで駆け付ける旅路ではない。こんなにのんびりするのも久し振りな気がした――上から見る雪原のような雲を見下ろして、フェーヤは片方だけの赤い目を細めた。

 ●

 空を眺めてボーッとしたり、置いてある雑誌を一文字一文字丁寧に読んだり、目を閉じていたり、暇潰しに持ってきた文庫本を読んだり。
 長い時間の後、飛行機はロシアに降り立った。いつもはSALFの依頼で降り立っていた地だが、今日は市民と同じように立つ。流石はロシア、空港にはノヴァ社の広告があっちこっちで見受けられた。
 さて、ここからまた長い旅路になる。フェーヤは空港のカフェでバゲットサンドを頬張りながら、端末で旅路の確認をした。

 飛行機で、電車で、バスで、フェーヤはロシアを移動する。
 そうして今は――だだっ広い雪原をたった一人で歩いていた。白い世界を歩くに少女の装備は心もとなく見えるが、彼女が寒そうにしている様子は欠片もなかった。雪を含んだ乾いた風が、フェーヤの銀の髪を嬲っていく。少女は髪をかき上げた。睫毛にひっかかった雪の結晶に、ぱちぱちと数度まばたきをする。
 右も左も銀世界だ。何もなく、降る雪に視界の彼方も白んでいる。雪が音を吸い込んで、そこはどこまでも静かだった――ざきゅ、ざきゅ、と少女が雪を踏む音だけが聞こえる。転々と小さな足跡が彼女の後ろに長く長くできていた。それはまるで、少女の数奇な運命の長い道のりを示しているかのようだった。

「……」

 フェーヤは立ち止まると、取り出した端末を確認する。
 座標――目的地は『ここ』で間違いなかった。端末をしまい、フェーヤは一度目を閉じ……しばしの後に、ゆっくりと開いた。

『墓参り、来たよ』

 端末の機械音声で、フェーヤはそう言った。
 ここに来たのはお墓参りだった。元の世界の仲間達、小隊『ヴォールク』の。
 とはいえ正しくは、仲間達はここには眠っていない。その代わりとして同じ座標に訪れることにしたのだ。雪の中、同じ座標、遠くの世界で永遠の眠りに就いた仲間達ひとりひとりを思い出す。名前を、顔を、ちょっとした癖を、言葉を、微笑みを、その最期を。
 寂しくないと言えば嘘になる。悲しくないと言っても嘘になる。やっぱり寂しい、悲しい、叶うことならばもう一度会いたい。……でも、それはできないのだ。それらの感情を今は、フェーヤは受け止めて整理することができている。
 沈黙の後、フェーヤは背負っていたリュックを下ろした。その中から銀色の十字架を取り出すと、雪の上に刺した。墓標の代わりだ。
 次いで造花を取り出した。本当は生花を持って来たかったが、この寒さにやられてしまうので断念した。だが造花ならば枯れない花だ。『枯れない』自分達には相応しいかもしれない。花は悩みに悩んで白いカスミソウをブーケのように。それを『墓標』の前に備える。
 それから、現地で買った甘い香りのアロマキャンドルに火を灯して、墓標のように雪に刺した。甘い香りが雪景色の中に広がる。最後に甘いキャンディを『人数分』供えた。カラフルな包装が可愛らしい。
 そうして――フェーヤは膝を抱えて座った。掌を合わせるべきか、十字を切るべきか。宗教らしい宗教を持たないので、そのいずれの行為もしなかった。
 キャンドルの火の揺らめき。ひらひら降る白い雪。十字架の煌めき。それらをじっと目に収め、フェーヤは携帯端末を操作しはじめた。ほどなく、電子音が彼女の声として再生される。

『ナイトメアとの決戦が終わった。私達、勝ったよ。まだ残党がいるから、当面はその対応があるけど……これから世界は平和になっていくと思う』

『いろんなことがあった……護れなかったり、助けられなかったり、敗走した戦いも、たくさんある。つらいこととか、悩んだこととかも、たくさんあった。楽な戦いじゃなかった……ずっと』

『だけど、私……戦い抜いたよ。がんばったよ。本当に、勝ったんだ。……たいへんだったけど、独りじゃなかったから。救えた命も、確かにあるから』

 ひとつひとつ。
 戦いの話を、日々の話を、フェーヤは墓標に語りかける。
 つらかったこと。大変だったこと。哀しかったこと。嬉しかったこと。驚いたこと。感動したこと。友達の話。おいしいごはんの話。

『こっちの世界の戦いは終わったけど……そっちの世界には、帰らないつもり。帰っても……きっと、戦い続ける日々だろうから。それに私は、この世界で生きていきたい。この世界でできた友達と、一緒にいたい。その方が、大切な人達との約束を守れるから』

『私――幸せに生きていくよ、この世界で。……いいよね?』

 びょう、と風が吹いた。舞う雪の中、フェーヤは仲間達の笑顔が見えた気がして――小さく笑った。
 フェーヤは多くの命を背負っている。散っていったかつての世界の仲間達、共に戦った名も知れぬライセンサーやSALF関係者達、ナイトメアに殺されてしまった罪なき人々。この勝利と平和の『今日』に辿り着けなかった全ての命を。

『だから……皆の命の分まで、私はめいっぱい笑って生きていく。おなかいっぱい美味しいものを食べて、忘れられないほど綺麗なものを見て、この世界をどこまでも旅して』

 その微笑みは希望に満ちていた。血にまみれた過去を越え、未来を生きる決意があった。
 フェーヤにはやりたいことがたくさんあった。こんなにも明日が待ち遠しいのは、初めてのことかもしれなかった。
 ――スカートを払って立ち上がる。髪をかき上げ、少女はニコリと笑いかけた。

『また来るね。今度も、土産話いっぱい、持ってくる。――楽しみにしてて』

 明日が待ってる。
 さあ、そろそろ行かなくちゃ。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました!
グロドラではたくさんお世話になりました……!
フェーヤちゃんの未来が幸せで輝いていますように……。
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2021年03月11日

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