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『初再』
朝日薙 春都la3079)&不知火 あけびla3449

「今年も無事、満開してくださいましたー!」
 小さな体をいっぱいに伸ばして拡げて、くるくるり。朝日薙 春都(la3079)は薄紅の桜花で満ち満ちた公園の内でターンを決めた。
 軸足にしている右脚は膝下から造りものだが、それを感じさせない軽さをもって彼女を躍動させる。
 右肩へとまらせた蒼鳥のぬいぐるみがいっしょに浮き立っているように見えるのは錯覚だとしても……それほどに彼女は“生きて”いるのだった。
 と。
 視界を染め上げる薄紅の端に、一条の紫がはしる。
 見覚えのない、紫。
 なのに目を惹き寄せられずにいられなくて、春都は視線ごと自分を紫へと振り向けてしまった。

 紫は、風に流れる髪の色。
 すらりとした肢体を包む和装は、端々に桜の花弁を散らした、普段使いと礼装の間に位置する“付下げ”だ。
 そして。若く見えるのに臈長けた風情を併せ持つ不思議な麗貌。

 記憶と照合し終えた春都は結論づける。あれは知らないお姉さん(?)だ。
 それなのに無意識の内、口が勝手に動いていた。
「サムライガール」
 たまらないなつかしさ、得も言われぬあたたかさ、仄やかな切なさ。すべてを込めた音が耳に届いた瞬間、“サムライガール”は目を丸くして、
「ガールは卒業したからレディでひとつ!」
 ――これは出遭い。ここならぬ世界に在る春都の同位体が友誼を結んだ不知火 あけび(la3449)との、奇しき邂逅だったのだ。


 たったひとつのキーワードが、春都の内に知らぬはずの記憶を蘇らせていく。それらを語って自分が“春都”であることを認識し、さらにあけびへ証明しようと奮迅して。
「そんなわけで、わたしじゃないわたしが向こうでお世話になってました! ……ですよね?」
 花と、花見に訪れた人々とをながめやり、あけびは笑みを左右に振った。
「お世話になってたのは私のほうだよ。主に私の兄貴分がだけど。それにしても別世界にもうひとりの自分が居るって、意外によくあることなんだよねー」
 会ったことないけど、私ももうひとりいるし。付け加えた後、携えてきた風呂敷を解いて小さな重箱を露わし、蓋を開く。
 中に詰められていたものは、関東風と関西風の桜餅――長命寺と道明寺だ。
「いつもどっちにするかって悩むから、今年はどっちも作っちゃえってね。せっかくのお花見だから」
 次いで茎茶を摘めた水筒を取り出し、さらには日本酒の四合瓶を1、2、3本。
「あけびさん、いつの間にそんな!? 昔はお酒なんて絶対飲まないいい子だったのに……」
「いやいやもう成人してるから! むしろ成人してからのほうが成人してなかったころより長くなってるからね! 大事な大事な息子だってもう成人済みで」
「お子さんも!? 昔はあんなに元気でかわいくて凜々しいサムライガールだったのに……」
「だーかーら! 吸いも甘いも噛み分けたお年頃なんだってば! そもそもこっちの春都は私のガール時代知らないでしょ!」

 と、まあ、ひと騒ぎ済ませておいて。
 春都は長命寺を味わって、ほう。
 白玉粉と薄力粉で拵えられた皮のもちもち感と、口触りのいい漉し餡の相性ときたらもう! しかもそこへ桜の葉の塩気と風味が加わって……芯太く、しかししとやかな品を匂い立たせるその薄紅、言うなれば武家の令嬢といったところか。
 その上で、茎茶だ。
 葉ばかりを使う普通の茶より甘味と旨味が強く、香り高いのが特徴だが、中でもこの白折(しらおれ)は、元が玉露であるためすべてのレベルが段違いで。
「世界のみなさんに振る舞いたい! でもわたしだけで独占したい! 要約したらおいしいです!」
 一方、道明寺を味わうあけび。
 餡は長命寺と同じ漉し餡だが、道明寺粉の大粒の内へ握り込んだそれはどこか握り飯の風情を漂わせる。限りなく素朴ながら、それだけでは終わらない奥深さを併せ持つこの味わい、錦絵に描かれる茶屋の看板娘を想起させるではないか。
「お酒にも合うしね」
 濃醇辛口を傾け、あけびはしみじみと言った。
 味の強い甘味には、それに負けない強い酒がふさわしい。まあ、どんな酒でも人並以上に楽しめるのがあけびなのだが、それでもだ。

 ……かくてふたりはそれぞれ桜と餅とを楽しみつつ、他愛ない話に興じる。
「そういえば旦那さんってどんな方です?」
 ふと春都に問われたあけびは酒精のせいならぬ朱を頬へ灯し、
「あー、うん。春都も知ってるんじゃないかな。うちの門客(もんかく)だった――」
 語られかけた夫の名が、悲鳴にかき消された。
 同じ花を愛でていた人々が、こけつまろびつ公園の外へ逃げていく。このうららかなる春の日を侵す悪夢、ナイトメアに追い立てられて。
 殿へつき、家族を先に逃がした父親が、振り向いて変異型マンティスへ向き合った。自分の命をもってあと1秒を稼ぐがために。
「もう大丈夫です! ここから先の安全は確保しましたので、ゆっくりでいいですから避難してください!」
 父親をかばったのは小さな少女の背。しかし揺るぎない意志を滾らせる、強い背だった――と、同じほど小さな顔が振り向いて、笑み。
「ご家族がお父さんを待ってますよ」
 すくんで固まっていた足が、少女の言葉で魔法のように解けて動き出す。あとはもう、必死で走るだけだ。
「斥候終了。ほかの場所にナイトメアはいないよ」
 中空より染み出すように現われた和装の麗人が少女のとなりへ立ち、変異型へすがめた視線を突きつけた。
「時と場所を弁えない悪夢、さっさと消えてもらおっか」
 背から抜き出した得物の長さはおよそ三尺四寸。桜花爛漫の銘を与えられたその太刀は、“サムライレディ”たる彼女の相棒である。
「いつでもどうぞ!」
 少女もまた、飾り気のない長杖を構え、腰を落とした。この雷帝の王笏“グロズヌイ”こそは、彼女の守護の心を術として顕現させる触媒なのだ。
「ふっ」
 吹いた呼気を追い越し、サムライレディが駆ける。上体を倒し込むことで落下力を足へと乗せ、一気に加速、加速、加速。
 その3歩めへ、少女は咲き乱れる因果を重ね打った。ここに発現した20メートルの攻撃力上昇効果範囲こそが、自分とレディの戦場となる。ナイトメアがその外へ逃れ出ぬ限りは、だが。
 絶対、逃がしませんけど!
 果たしてあけびと春都の即席コンビは、現(うつつ)へ這い出た悪夢を祓いにかかる。


 変異体マンティスは、通常より刺々しいばかりでなく、分厚い外殻を備えているようだ。
 撃ち込んだ刀子があっけなく弾かれることにかまわず、一気に眼前にまで踏み込んだあけび。着物の裾を割って伸ばした足で変異体の胸元を蹴り、後方宙返りしようとして――空振って。そのまま地へ落とした蹴り足を軸に体を横回転させ、鎌の一閃をくぐり抜けざま刃を薙いだ。
 ギヂ! 外殻が鋼を弾く濁音が爆ぜ、あけびの体が弾かれる。
 その隙を見逃さず、追い打ちに出た変異体だったが……がざと多脚を蠢かせ、瞬時に下がった。あけびの逆から跳び込んできた春都のフルスイングを避けるためだ。硬さばかりか目と身ごなしまでも、規格外である。
「っと!」
 泳いだ体へ襲いかかる変異体の鎌。咄嗟に体を捻って間合を外した彼女だが、「わ!」、あわてて地面へ倒れ込み、転がった。
 その頭上を抜けていく衝撃波は、変異体の鎌から放たれたもの。飛び道具までありですか!? しかし春都は転がる間に気持ちを切り替え、ネガティブを置き去って立つ。
「隠し武器いっこ使わせましたよー!」
「ありがとう!」
 すぐさま前へ踏み出し攻勢へ転じた変異体へ、あけびは迎え討つよう踏み込んだ。
 春都のおかげで間合を取る危険性が知れた。そして変異体が、自らの迅さを戦術の軸としていることも。
 迅さ勝負、乗ったよ。
 純粋な迅さだけなら息子の“相方”に劣れど、経験を含めた総合力は大きく勝る。たかが悪夢の切れ端程度に後れを取るわけにいかない。
 迫る右の鎌を柄頭で外へ押し出し、続く左の鎌を鎬に滑らせ、内へ送り出す。
 結果、変異体は大きく右へ傾いで、その間にあけびは左へ抜けた。そう、必要以上に悠々と、変異体が目で追える程度の速度と足捌きをもって。
 一方の春都だが、あけびの意図は鎌を突き押した瞬間に察していた。
 傾いだ変異体と真っ向から向き合った彼女は、左構えで振りかぶった杖を思いきり横薙ぐ。
 のめって硬直している変異体は、先ほどのように回避することができない。顎をしたたかに叩きつけられ、のけぞったが――
 うん、これくらいじゃ、ぜんぜん足りませんよね。
 ――春都の思ったとおり、なにくわぬ様子で体勢を立て直し、鎌を振り上げた。
 その一撃を縮めた体で受け止めて、彼女は奥歯を噛み締めたまま口の端を上げる。
「ぜんぜん痛くないですけどっ!?」
 回避にも防御にも優れぬ彼女がこの間合を保つ理由は、衝撃波を撃たせぬためだけのものではない。それがあけびに伝わっていることを、彼女は不思議なほど疑わなかった。
 かくてあけびはその信頼に応えるのだ。
「行くよ!」
 春都の後を引き継いだ彼女は、太刀の峰で変異体の鎌を受け、弾き、いなし、虚を突いて顎を打った。峰で敵の攻めを受けることで刃を潰さず保っていることは間違いない。が、攻めに際して刃へ返さぬことになんの意味があるものか?
 ステップワークで右へ左へ。変異体を惑わせながら、あけびは不敵に笑んでみせた。
「もうちょっと急がないと逃げちゃうよー?」
 挑発を感知する知能があるものかは不明だが、変異体があけびへ向き直る。
「たあー!」
 ここで審判の雨雫で敵を打ち、あけびと自身を癒やした春都が再度スイッチして前へ。変異体の顎へ杖を叩き込んだ。
 見える。変異体の無機質な顔に映る苛立ちが。
 振り込まれた鎌を肩で難なくブロック、春都は笑んだ。
「こんな簡単に止められた理由、わかりますか?」
 応える代わり、かくり。変異体の顎が開く。
 硬い外殻を断ち割れぬ打撃は、重ねられることで変異体の顎へ衝撃を与え続け、疲労させ続けてきた。それは当然のごとく変異体の体力を削り、判断力と正確さをも鈍らせる。その結果がこの有様というわけだ。
 春都に押し返され、よろめく変異体。しかし、このまま終わるわけにはいかない。鎌を振って衝撃波を飛ばすが――あけびと春都の姿はかき消えていて。
「こっちだよ」
 あけびに呼ばれ、ふと振り向いた変異体が見たものは、光。
「はるとちゃんビームっ!!」
 あけびの飛脚天狗で共に変異体の後方へ抜けた春都は、すかさず異聞「オーパーツ・レンズ」を装備していた。そのレンズが彼女の意志に応えて光を点し、ビームと化して撃ち出したのだ。
 大きく開かれた顎の奥へ突き抜けたビームは外殻の内を跳ね回り、内をかき回す。
「心の刃を霞に構え、一刀両断悪を討つ。サムライレディ、推して参る」
 ビームの後を引き継ぐように踏み込んだあけびが、霞に構えた太刀を突き込んだ。端から見たなら、直ぐの軌道を描いたようにしか見えなかったはずだ。しかし、変異体の顎へ切っ先を食らわせるまでの寸毫に、彼女はあらゆるフェイントを重ねて変異体を縫い止め、固定していて。
 かくて後頭部まで突き抜けた切っ先がさらに閃き。
「超剣技・不知火……息子に見せてあげられなかったのが残念無念」
 幼児だった頃の息子が戦いごっこの中で編み出した技、それをかなりの時間と工夫、母の愛とで完成させた言葉通りの超剣技なのだが……当の息子が見たら恥ずかしさの余り絶叫しながらのたうち回るだろう。という話はともあれだ。
 頭部を断ち割られた変異体は砕け落ち、芥と化して風に吹き散った。


「すっごくがんばったねー、えらいえらい!」
 あけびに頭を撫でられ、高い高いされた春都は、わたしもう12歳です! と怒るどころかご満悦な顔できゃっきゃと喜んだ。
「がんばりましたー!」
 向こうの世界の春都はきっと、あけびとすごく仲が良かったんだろう。そうでなければこちらの春都が以心伝心のコンビネーションを決められるはずがないし、おしゃべりしたり愛でられたりすることが、こんなにうれしいはずもない。
「お花見の続きしたいです! 旦那さんのお話もまだ聞いてないですし!」
「ふふふ。それはもうドラマチックでスペクタクルな大河ロマンだよ」
 仲良く並んで座り、ふたりはまた桜餅と肴に話し始めた。
 初めての再会をもう少しだけ楽しむために。


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2021年03月11日

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