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『濁り清む』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785)&不知火 仙寿之介la3450

 君影。不知火 仙寿之介(la3450)が相棒と選んだ太刀だ。
 本来両手で構えるべきそれを、彼は右手ひとつで振り回す。拙いばかりに見える剣閃は、その実すべてが必殺の一条(ひとすじ)であり――奔放に舞う染井吉野の散り花がはらはらり、断たれて吹き落ちた。
「待ってくれる必要はないぞ」
 力を抜いて君影を下ろし、仙寿之介が背後へ声音を投げれば。
「父さんの剣筋を見てた。少しでも付け入れねえかってさ」
 歩み出るは仙寿之介の息子、不知火 仙火(la2785)。
 仙寿之介は、仙火が携えた剣が稽古用の木剣ならぬ守護刀「寥」であることに目を止め、薄笑んだ。
「あのときは、冬の終わりだったか」
「春の始めのほうが俺たちっぽいかな」
 淀みなく応えた仙火の声音に強ばりはない。天剣と呼ばれる父を前にして、完璧なまでの自然体を保っている。これだけでも、息子の重ねてきた鍛錬の程と、その中で成長した剣士としての心が知れたが。
「……さて、おまえはどうだ?」
 これまで気配を殺し、父子のやりとりを後ろから見ていたらしい仙火の剣の相方――日暮 さくら(la2809)は、緊張に尖った面を直ぐに仙寿之介へと向けて固い声音を返す。
「あなたに私の剣が届く様、一度たりとも見えませんでした」
 と。さくらの緊張が解けた。
「でも、心が奮えてならないのです。これほどに体は震え、あなたの剣の気に怯えていながら」
 固く重ね合わされた道着の襟は、さくらの性を映したもの。他者を護るがために己を律し、鍛え続ける峻厳。
 そのさくらがただひとつ、我儘を掲げている。天剣へ挑み、己が剣を試したいと。
 宿縁を題目に掲げることすら思いつかんか。結局のところ俺たちは剣士でしかなく、だからこそ刃に問い、刃で応え、答えるよりないものなんだろう。
 果たして。
「父さん、俺たちと立ち合ってくれ」
「仙寿之介、立ち合ってください」
 となり合わせに並んだ仙火とさくらがそれぞれ言った。
 まだ以心伝心には達していないようだが、どこまで清と濁とを併せられるものかを試そうか。おまえたちへ答を問うためにも。
「受けよう」
 そして仙寿之介はふたりへ告げる。
「いざ、尋常に勝負」
 自分たちが言うべき台詞を取られた形になったふたりだが、呆けることなく腰を据えた。
 ふたりとも、本当に成長したものだ。仙寿之介は薄笑み、剣先を上げる。


 右手に君影を提げたまま悠然と立つばかりの仙寿之介だが、仙火とさくらは未だ踏み込むことができずにいた。
 仙火は細く絞った息を吹き抜き、新たな息を体内へ落とし込んだ。
 仙寿之介の剣は天衣無縫となった今も変わらない。後の先――敵の初手を見切り、それが届くより迅く返し手で討つばかりである。
 ったく、なまじ剣の腕が上がったせいで身の程弁えちまって踏み込めねえんじゃ、本末転倒じゃねえか。
 ――ふと、さくらが口を開き。
「日暮護刃清流、日暮 さくら」
 かつて仙火との対峙に際して口にした、日暮護刃流。そこへ我流ならぬ清剣を映した名を、彼女は唱えて。
 それを聞いた仙火も、名乗りをあげる。
「不知火護刃濁流、不知火 仙火」
 もう無手勝流ではない。さくらと同じ誰かを守る刃を心に据えた濁剣、今こそ自らへ冠しよう。
 ええ、そうです。
 さくらの声音ならぬ思いが彼の心へ響き、
 ああ、こうでなくちゃな。
 仙火の声音ならぬ思いが彼女の心へ響く。
「「推して参る!」」
 かくてふたりは踏み出した。忘れ果ててしまった過去、不思議な出会いの中で空想の強敵へ向かったあのときのように。

 さくらは踏み込むと同時、寥を抜き打った。当然、仙寿之介の剣に阻まれるが、彼女は止まらない。一閃ごとに重心をずらし、足を繰って次手へと繋いていく。
 薄氷を割らずに踏み渡るかのごとき超集中は、まさに彼女が自らを清ませていればこそのもの。
 清むことで逆なる濁りを為すか、さくら。
 常人では五合にひとつも見定められまい打ち合いの中、仙寿之介は薄笑みを傾げて突き込まれた仙火の寥をやり過ごす。常ならばお返しに蹴り飛ばしているところだが、さくらの濁りに阻まれたあげく、さらに仙火の突きを避けさせられることとなった。
 そして仙火は、濁りをさくらへ任せて清むを演じたわけだ
 仙寿之介の納得を噛み千切ろうとするかのごとく、仙火が加速する。
 加えてその逆巻きの内よりさくらの剣閃が伸び、仙寿之介を追い立てた。
 己が役割を知り、互いの役割を知ればこその連携、見事だ。
 しかし。
 情で討たせてやるわけにはいかん。俺もまた、さらなる高みを目ざす剣士だからな。
 仙火の連突きをひと薙ぎで払い飛ばし、さくらの一条を柄頭で突き落とした仙寿之介は君影を放す。
 落ち行く得物を追うことなく、彼は刃を急ぎ返しにかかったさくらの手を手刀で叩き、かくりと落ちた彼女の顎を支えてやるように掌を伸べ、弾いた。
「あ」
 意識をずらされたさくらが体を泳がせる中、地へ突き立った君影を取り戻した仙寿之介は仙火へと跳んだ。
「これは尋常の勝負だったな」
 真っ向から斬り下ろされる君影。
「ちっ!」
 咄嗟に受け止めた仙火だったが。その瞬間、自分がしでかした失態に気づいた。
 受けさせられたのだ。尋常を謳われ、かかり稽古の受け役さながら正しい型で剣をかざした結果、体は型通りに斬り返し――
 あっさりとくぐられた上、仙寿之介がただ斬り上げた刃に胸を裂かれ、仙火は大きくよろめいた。
 こいつは父さんの一条だ。ってか、なんでもねえ攻めまであっさり清ませるとか、どんなチートだよ!
 それだけではない。仙寿之介は先に仕掛けることで仙火を思うように動かし、後の先を取ってみせたのだ。そう。仙火にあえて正解を報せ、兵法の組み立てを理解させるための、先の後の先。
 未だ焦点の揺らぐ目をこらし、仙火のカバーへ入ったさくら。
「仙寿之介の濁りにまんまと巻かれました。たった二手で私たちが数十手を費やした濁りを易々と超えてくるのですから、天賦の不条理を嘆かずにいられませんね」
 仙寿之介を牽制しつつ、息を整える。
 仙寿之介に待たれている、いや、彼は待ってくれているのだ。ふたりが全力で仕掛けてこれるように。勝負にこれほどの手心を加えられねばならぬ自分がたまらなく情けない。
 でも、折れはしませんよ。
 心技体、私が一端に誇れるものなどなにひとつありはしませんが。この身と命を掛けて磨きあげたなけなしの技、そのすべてを――私のすべてを尽くすまで。
 さくらを守り、仙寿之介の突きを渾身の力で弾いた仙火は、結局一蹴されて地へ転がった。
 くそ! 俺たちは父さんに、立ち合いながら教えられてる。足元どころか足が見えるとこにも追いつけてねえからだ。
 でもよ。折れねえぞ。
 技は半人前で、心はガキのまんま。俺には丈夫に育った体しかねえんだろうよ。だったらそいつを尽くす!

 転がり起きた仙火がさくらと仙寿之介の間へ跳び込み、構えた。……両手どころか右手ひとつで、しかも逆手に。
 小刀ならばいざ知らず、刃渡り二尺三寸の寥を逆手に握り、いったいなにを為せるというのか。
 濁りは、虚実を併せた圧倒的な手数で敵を押し流す兵法だ。本来であれば自ら仕掛けて先の先を為すべきものなのだ。
 意味を知りたければ仕掛けて来いというわけか。
「いいだろう」
 かくて仙寿之介は、息子同様右手ひとつで構えた君影を突き込み。
 仙火はそれを下から弾く。刃でも柄頭でもない、籠手「日晴」で鎧った左拳で。
 弾かれた刃を手首の返しで切り返し、仙寿之介はさらに仙火を打つが、それは柄頭に突き落とされた。さらに返した刃は籠手の甲で受け止められ、次の刃はまた柄頭で、続く剣は籠手で、柄頭で、籠手で、柄頭で……。
 仙寿之介の無尽の攻めを、仙火は受け続けた。脇を締め、己の体のすぐ前で捌くことで手の移動距離を最小に留めると同時、支点力点作用点のすべてをコンパクトにまとめることで最少の力を最大の効果へと換えて。
 と。百へ届く攻めを弾かれた仙寿之介が、一歩下がった。
 腕を伸ばすほど剣先は支点である肩から離れ、仙火の捌きに大きく弾かれることとなるが、しかし。
 弾かれた剣が再び舞い戻り、柄頭を叩く。
 また弾かれた剣が空を裂いて籠手を打つ。
 その度に仙火は揺らぎ、ついには姿勢を崩した。
 ――仙火に弾かせることで弾みをつけ、一打ごとにより強く、より鋭く清ませた一閃を繰る。これほどの攻防の内で、仙寿之介は息子の受けの濁りを超えてみせたのだ。
「さくらもそろそろ清んだか」
 仙火をミドルキックで地へ転がした仙寿之介がさくらへ向かい。
 対するさくらもまた息を止めて踏み出し、迎え討つ。
 思考は、心の内から失せていた。
 とはいえ無心ではない。底知れぬ恐怖が奥底にたぎり、彼女を強ばらせている。
 それでも、足は剣の間合を求めて先へと進まずにいられなかった。
 私は喜んでいる。天剣と真っ向から対する奇跡に。
「はっ!」
 正眼構えから面打ちを打ち込むさくら。
「おう」
 仙寿之介が斬り返したときにはすでに、その姿は失せていた。
 彼女は剣閃に身を隠し、横合いへ抜けていたからだ。頑健ならぬ代わり超級の体捌きを為すさくらの体は、彼女がなにを見極めるよりも迅く舞い、駆ける。
 八方から飛び来る仙寿之介の刃をくぐり、跳び越え、置き去り、さくらは寥を仙寿之介へ向かわせるが――完璧に決まったはずの一条は空を切り続けるのだ。
 これは先の、仙火の濁り!?
 仙寿之介が為しているものはまさに、先に仙火が見せた最小と最少によって最大の効果を生む防御だ。ただし、彼が為すものは仙火のように受けず、空振りさせ続けるという神業で。
 空振りは刃の重さを押し止め、引き戻す労を強いられるため、体力を奪われる。さくらは体のほうを移動させることで体力の減りを抑えてきたが、それにしてもすでに限界は近かった。
 それでも!
 さくらは自らを踏み留めた瞬間、“芯”を据える。すでに準備は整っていた。そう、スキルとして修めた清剣を打つためのすべてが。
 果たして清ませた一閃は空をはしり、仙寿之介へ伸びゆく――
「無心ならず、有心にもあらずではな」
 ――守らせることなく敵を討つはずの清剣が、越えられていた。刃をもって刃を巻き取られ、鎬を鎬で押し退けられて、今、仙寿之介は彼女の眼前にまで踏み込み、刃を斬り下ろそうと、
「さくら!」
 跳び込んだ仙火が仙寿之介を突き飛ばす。技などではありえない、我武者羅なタックルだ。
 仙火を突き放して自ら横へ跳んだ仙寿之介は、充分な間合を空けて地へ降り立った。
「私は! 確かに清剣を!」
「最初っから読まれてた。それで先に動かれたってだけだ」
 仙火の言葉で我に返り、さくらは噛み締める。 
 スキルとはすなわち最適解だ。望む効果を得るがため型はひとつに定まり、剣筋もまたひとつに定まる。打つより先にそれを読まれて仕掛けられれば当然、先を取られよう。
 どうすればいい? すでに清剣を打つことはかなわないというのに、いったい……
 仙火はさくらを背にかばう形で立ち、仙寿之介へ向かう。
「俺は濁る。おまえは清む。それだけ思え」
 考えるではなく、思う?
 いや、それこそ考えることではないように思えて、さくらは仙火へ応えた。
「ええ。あなたが濁って私は清む。それだけを思います」
 仙火が言うなら、信じよう。
 剣の相方というばかりではない、愛する男の言葉だから。
 天剣を相手取った絶望の中、そんなことすら忘れ果てていた自分の薄情に恥じ入るばかりだが、もう忘れはしない。
 私はあなたという濁剣があってこその清剣。

 寥を正眼に構え直した仙火が仙寿之介へ打ちかかり、容易く弾かれた。
 下から上へ押し上げる仙寿之介の受けは、仙火の体勢を崩すためのもの。
 思惑通りに崩れるかと思いきや……仙火は籠手で固めた手刀を繰り、仙寿之介の追撃を払った。そのまま剣を放した右手で突き、中空を落ち行く剣を掴んで振り上げ、膝蹴りを交えて剣閃を隠し、また剣を放して掌打を放つ。
 徹底して貼りつき、仙寿之介に充分な間合を与えぬ意図であることは明白だ。先にさくらを打った父のやりようを、彼なりに取り込んでの濁り。十、五十、百、止まらぬ連打に仙寿之介は思わず感嘆した。
 息を止めたままこれだけの数を打ち続けるとは、自分の長所をよく生かしている。
 だが。
「どこからどれほど打ち込んでこようと意味はない」
 濁りの端から打ち込まれたさくらの刃をするりとやり過ごし、仙寿之介は斬り返す……が、仙火の籠手に止められ、踏み抜けたさくらを見送ることとなる。
 それでも、意味がないのは同じことだが。
 仙火とさくらの最大の強みは、互いに濁と清とに特化し、ふたりがかりで敵へ対せることだ。しかし、互いの間合を空けなければならぬことから清濁の切り替えにタイムラグが生まれ、隙を生む弱みを併せ持っている。
「ただの連携では届かんぞ」
 清と濁のコンビでは、ひとりにして全き清濁を為す天剣には、けして。
 果たして仙火を袈裟斬った仙寿之介だったが。
 ただ清と濁を合わせたって父さんに届かねえのは思い知ってんだよ。でもな。
 仙火が両手で君影にしがみついていた。自分の体を斬ることで迅さを鈍らせた刃へ、全力で。
 君影もろとも、まっすぐ崩れ落ちる仙火。いや、確かにもう立ってはいられなかったのだろうが、この不自然な崩れかたはいったい――
 仙火の肩に跳び乗り、しかと身を据えたさくらが、剣を八相に構えたまま下へ。
 未だあなたの説いてくれた有心を見いだせてはいない私ですが。今、仙火を信じただけの私が見せられる唯一の技を、あなたに。
 それはさくらが仙火そのものを支えの“足”とし、ただ己を清ませて打ち込んだ剣。
「……互いを重ね併せた清濁の剣、確かに見届けた」
 白羽取りで抑えたさくらの寥を捻り落とし、仙寿之介は静かに息を吐く。
 仙火は技、さくらは体。相方へ預けて繰り出した一条には、拙いながら互いを一途に信じた心が映し出されていた。


「おまえたちと不知火、どちらにとっても辛い先となるだろうが。悔いることなく、恥じることなく進め」
 仙寿之介は言い置き、ふたりを残して歩き出す。
 仙火とさくらが剣の道ばかりでなく、人生においても添うことを決めたことは知っていたし、その絆の強さをこの立ち合いで確かめた。
 ならば、自分がこれより為すべきことは言葉を重ねることではない。
 ああ、そうだ。剣を振るより得意のない俺だが、ふたりの先を守ってやるためせいぜい尽くそう。

 そして仙寿之介の背を見送った仙火とさくらは、互いを見る。
「行くか」
「行きましょう」
 先にあるものは苦難。それを知りながら、ふたりは踏み出していく。
 花を散らした後も青々と茂る八重の桜のごとく堂々と、暗がりの先に昇る日を指してひたむきに。


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2021年03月15日

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