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『母と娘』
若菜la2688)&la3188

 久々に帰省した娘――若菜(la2688)の荷物に都(la3188)は目を丸くする。
「一泊だけなのに?!」
「ほとんどお土産だよ。夫と子供が皆にって沢山持たせてくれたの」
 これは夫から、こっちは息子から、と娘が食卓に並べていく。
 上の子供たちが独立し、下の双子と夫婦の四人家族では少し持て余し気味だった広い食卓が瞬く間に賑やかになる。
 折り紙で作った花で彩られた家族の似顔絵――これは寝室に飾ろうかなどと考えていると……
「お母さんに報告があります」
 一通り土産を並べ終え娘が姿勢を正した。向かい合う都もそれに倣う。
「二人目を……授かりました」
 ちょっと恥ずかしそうにお腹を押さえる。
 畏まった言葉は照れている証拠だ。
「……!!」
 なんとなく予想はしていたものの改めて告げられれば喜びも一入、都は息を飲むと娘の手を両手で包む。
「おめでとう、若菜」
 医師である娘に対して今更言うまでもないことだだと分かってはいるのだが、つい「体を大事になさい」と親としての言葉が続いてしまう。
 うん、と少しはにかんだ笑顔で若菜が頷く。
 射し込む昼下がりの陽射しのように胸の奥が温かい。
 ツンと鼻の奥が痛んだ。
 娘に気付かれぬようそっと鼻を鳴らす。

 若菜は林檎を炒めながら湯煎にかけているクリームの温度を確認した。
 母はもりもり栗を剥いている。
 母娘とお菓子作りなんてどれくらいぶりだろう。
 最初は息子も連れてくるつもりだった。夫も若菜と同じく医師で日々忙しい。
 でも僕が子供をみておくから偶には羽を伸ばしておいで、という夫の言葉に甘えさせてもらうことにした。
 そして父も父で正月や盆以外での娘の帰省に何か思うところもあったのかもしれない。
 母娘水入らずもいいだろう、と下の双子たちと母の実家へ遊びに行ったそうだ。
「ちょっと作りすぎかな?」
 手際よく生地を型へと流し込んでいく都が首を傾げる。
 作っているのはアップルパイと栗のパウンドケーキ、そしてそれに添えるクロテッドクリーム。地球で覚えたレシピだ。
 夕食後のお茶会のお供たち。
「その分夕飯を軽めにすれば大丈夫、大丈夫」
 若菜が請け負うと「たまには悪いことしてもいいよね」って母が片目を瞑る。
 もう孫がいる年齢だと言うのに母はとてもチャーミングだ。
 きっと若い頃はモテただろう、と母に「ね、お母さんの恋の話が聞きたいな」などと強請った。
 そういえば母とそういう話しをしたことがない。
 自分の将来についてなどは沢山相談したのだが。
「恋の話?」
「10代の頃とか。お手紙、沢山貰った? デートとか行った? あ、ずっと幼馴染のお父さん一筋?」
 好奇心を隠さず聞けば、暫く考え込んでから母は「そうね……」と窓の外に広がる空へと視線を向けた。
「医者になるための勉強をしていたかな」
「え? お父さんとは? ……お父さん、子供の頃にお母さんから貰ったブレスレットとても大切にしていたよ」
 古くなり糸が切れてしまった時に父が、普段見せないようなとても困った様子で糸がないかと聞きにきたのを覚えている。
 その時父が教えてくれた。子供の頃に母が御守りだとくれたものだ、と。
「そのブレスレットをあげた後、お父さんは故郷を出て連絡もとれなくなってしまったの。そして安否もわからないまま、再会したのは20歳を越えてからだよ」
 木べらを持つ手が止まる。
「だからその間は只管修行の日々。手紙を書いたとか、一緒に遊びに行ったとか楽しそうに恋をしている女の子たちが羨ましかったな」
 私なんて目の下に隈作って勉強してるのに、キラキラしてるんだもの、と母は自分の目を指さす。
 そんな話は初めて聞いた。互いに仕事や勉学のために故郷を旅立ち、一人前になり結婚したのだとばかり思っていた。
 母が医学の道に入ったのは9歳の頃。若菜が医者になりたいと言った時に話してくれたことがある。
 ということは少なくとも10年以上……母は行方も知らぬ父をずっと想っていたのだろうか。
 医学の道を志しながら。再び会えるかもわからぬ人を。
 私だったらどうだろう――……。想像するのも難しい。
 なんて……一途な想いなのだろう。
 そしてなんて強い人だろう、と思う。
 寂しくないなんてはずはないのに、何てことないなんてはずはないのに。
 そんな素振りをみせず思い出の一つとして話してくれる。
 あ……でも、と一つ思い当たることがあった。
 仕事へ向かう父の背を見送る母の顔だ。
 寂しさはわかる。自分も弟も父が数日不在にするのは寂しかったから。
 でも母の顔に浮かんでいたのは不安そうな表情だ。
 「どうして?」と幼心に思っていた。
 これがその理由だろうか。突然会えなくり、連絡すらとれなかったことが……。
 黙り込んでいたら「でもね」と母が言葉を続けた。
「お父さんの事忘れたことはなかった……よ」
 ほら、手元がお留守だよと母に指摘される。

 夕食の片づけを終えたあと、クッションと膝掛、温かい紅茶と昼間に作ったお菓子を縁側に持ち込む。
 折角の満月、楽しまないと勿体ないと部屋の灯りは消して、グラスの中で浮く蝋燭に火をつけた。
 柔らかい灯りがゆらゆらと並ぶ母娘の影を映す。
 蝋燭をみた若菜は「あ」と驚きの声をあげた。
「……もう、お母さん、使って言ったのに」
 グラスの中の蝋燭はかつて若菜が贈ったお手製の品。もっと幼い頃に贈ったお手伝い券と同じように使われずにとっておかれたらしい。
「とっておきのときに使おうと思って」
 お手伝い券も有効期限なかったよね、と。
 何をお願いしよう、楽しみだなと母が声を弾ませる。
「お手柔らかに、頼みます」
「今の、お父さんに似てた」
「お父さんだったら――」
 コホン、と一度咳払いしてから「お手柔らかに頼むよ、だよ」と物真似を披露。
「そういえばお父さん、最近近くの道場で剣術を教えているんだって?」
「うん、時間があるときだけど。子供たちの相手は大変だ、とか言いながら楽しそうだよ」
「そっか……。このまま道場の先生になってくれたらお母さんも心配しなくていいのにね」
 お菓子作りの時に思ったこともあり、つい口にした言葉に、隣で母が息を飲む。
「お父さんが出掛ける時に寂しいって思っていたの気付いていたんだ」
 恥ずかしいな、と母が頬を抑えた。
 伊達に親子を長い事やっているのではない。触れて欲しくないところだと察した若菜は「そういえば……」と話題を変えた。
「ねえ、大人になったらねって言っていた流れ星のお話教えて」
 星型の蝋燭へと顔を向ける。
「……覚えていたの?」
「勿論、だってずっと知りたかったのだもの」
 家族で流れ星を見に行った時、ちらっと話してくれたことがある。
「揶揄ったり、笑ったりするの禁止だからね」
 予め釘をさしてくる母にコクコクと素直に頷いた。

 うまく誤魔化せた――かな?
 頷く娘を前に都は胸を撫でおろす。
 しかし驚いたものだ。子供は親を見ているとはいったものだが……。
 仕事へと向かう夫の背に感じていた不安を気付かれていたなんて――。
 子供たちは知らないのだ。父の業を。
 都も夫が話すまで言うつもりはない。
 彼はその道を選んだことに後悔はないと言うだろう。
 でもだからといってその業を積極的に望んで得たのかといえばそうではない。
 家族を得てからは更にその業に対する苦悩は増えたはずだ。
 彼を癒したい、そんな気持ちから都は医師を志した。
 ただ体の傷を癒せても心の傷は……わからない。
 仕事のたびに彼に刻まれるであろう傷が悲しくて、そしてそれがいつか彼自身を自分の手の届かない所へ連れて行ってしまうのではないか、と不安で堪らなかった。
 行かないで、という言葉を何度飲み込んだ事か。
 彼が彼の意志で継いだ業だからそこに口を出すことは決してしてはならないとずっと自分を戒めてきた。

 でも……でも……

 一回だけその不安が心配が爆発してしまったことがある。
 それが流れ星の夜だ。
「お父さんと互いの想いを確かめ合ってから……初めての喧嘩の……」
 いやたった一回と言い換えたほうがいいかもしれない。
 酷い怪我を負い帰ってきた夫に「どうして自ら傷つく道を選ぶの?」と言葉が口を吐いた。
 彼を困らせてしまうだけなのに。
 彼の業も知ったうえでなお寄り添おうと決意したというのに。
 案の定夫は苦しそうに、でもはっきりとこの業を捨てることはできないと目を伏せた。
 そんなこととっくに理解していた、自分の我儘だとわかっている。
 だけど感情を抑えることができず「もっと自分を大切にしてほしい」と荒げてしまった声。
 更に涙まで零れそうになりその場から逃げ出す始末。
「それでどうなったの?」
「お父さんが探しに来てくれて……」
 川原で膝を抱えていた都の隣に座り夫は自分の事を想いを話してくれた。
 それから二人で抱え込んでいたものを互いに言い合った。
 今まで踏み込んでいいものか躊躇ったところまでも。
 想いを伝えあってもな互いに感じていた隔たりを少しずつ崩していくように。
 そして、それでも一緒にいて欲しいと強く抱きしめられた。
 夫の肩越しにみえた流れるいくつもの星。それが次第に滲んでいく。川原に走って来た時とは別の理由で。
 流れ星をみるたびに、あの時の腕の強さ、温もりが都の中で蘇る。
 空を見上げた都はそっと目を細めた。

 それは喧嘩というのだろうか――と若菜は思う。
 いやでも両親にとって感情のままに言葉を交わし、互いの想いをぶつけあうことは理性的な話し合いではなく喧嘩に近い行為なのかもしれない。
「同じ日に二度も泣きそうになって……少し恥ずかしいね」
 と笑う母はとても幸せそうだ。
 だからやはり昼間、思い出した父を見送る母の姿を思い出してしまう。
 どうして――と。
 父と母の絆を考えれば、単純に長期間父が家を空ける寂しさと不安だけではないように思える。
 多分、両親には子供たちに話していないことがあるのだろう。
 何せ自分たちは父の仕事を知らないのだ。
 ライセンサーのようなことをしているのだろう、と予想はしているのだがそれなら言わない理由がわからない。
 物語に影響をうけた子供の頃、「悪の組織の幹部だ」「いや正義の味方だ」などと面白おかしく弟たちと話したことはあるのだが。
 結局のところ悪の組織でも正義の味方でもお父さんのことは大好き、という結論で終わった。
 これから先、そのことについて話してくれ、それがどんな内容であっても、その想いが変わることはない。
 目標であり、尊敬すべき先人であり、そして大好きな――。
 一緒に過ごして来た二人が、自分にとっての真実なのだから。
「……私ね、お父さんとお母さんみたいにずっと仲の良い夫婦でいたいなって思ってる。そして二人がしてくれたように沢山、沢山子供たちも愛するの」
「若菜は素敵な家庭をつくれるよ。だって私たちの自慢の娘なんだもの」
 母が若菜の肩を抱き寄せる。
「でも時々は私たちを頼ってね。じゃないとお父さんなんて寂しくて落ち着かなくなっちゃうから」
 そわそわしている父を母娘で想像してフフっと肩を震わせた。

 先に寝かせた娘の部屋を都はそっと覗く。
「……大きくなったなあ」
 寝顔に思わず声が漏れた。
 手を繋いで公園に遊びに行っていたのがつい先日のように感じるのに。
「私はいつまでも若菜のお母さんだからね……」
 この先何があってもそれは変わることはない。
 そっと頭を撫でる。
 たとえ子供たちが自分たちの元から離れて行ったとしても――……。
「……」
 いずれ子供たちは自身の父が背負った業を知る日が来るかもしれない。
 夫の業は万人に受け入れられるものではないことは承知している。
 まして人を救うために医者となった者ならば……。

 それでも……。

 望まぬ道を、だが自分が選んだ道だと傷つきながらも必死に歩んできた父を責めないでほしい――夫はそれを受け入れるだろうから、代わりに自分が思う。
「おやすみなさい。いい夢を――」
 毛布を肩までかけてやる。

 星が一筋、窓を横切っていく。
「……」
 大切な人たちが穏やかな日々を送れますように――と都は願った。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【若菜 / la2688】
【都 / la3188】

この度はご依頼いただきありがとうございます。

母娘水入らずの穏やかな時間のお話、いかがだったでしょうか?
入れたいエピソードは沢山あったのですが文字数の関係でほぼ流れ星のお話になってしまいました。
そして流れ星のエピソードは大丈夫か心配です。

私事になってしまいますが、こちらのお話がOMC最後のノベルとなりました。
ここまでご一緒いただき感謝しております。
皆様の幸せを祈っております。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。

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2021年03月15日

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