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『re:蒼天』
不知火 仙火la2785)&不知火 楓la2790


 独りでいることで得られる平穏がある。
 しかし、孤独でいるが故に寂寥を感じることがある。

 出会いは何時だって偶然で。
 出逢いは何時だって必然だ。

 はんなりと色づく紅葉のように、縁の結び目に時を重ねて――



「大丈夫。また、此処で会えるよ。……そうだよね?」



**



 風は何時も、ひと足早く新しい季節を知らせてくれた。
 
 色音を兆す沈丁花。
 雫を晴らす紫陽花。
 白露揺蕩う金木犀。
 移ろい眠る山茶花。

 巡り巡って、優しい風が吹く時分――花時の色は実に柔らかな装いを見せる。時には霞がふんわりとかかり、時にはのどかな日差しがふんわりと笑う。その様はまるで、人の表情のように周りを優しく彩っていた。

 ――西鎌倉。

 そう、言うなれば此処は第二の故郷。
 鎌倉の世から代々続く由緒ある旧家の構えは、見る者を圧倒するだろう。しかし、門をくぐれば様々な情景が想い起こされ、純然たる記憶をあたたかく包んでくれるのだ。

 左に母がいれば、早咲きの夏菊に弔意と謝意を馳せたことだろう。
 右に父がいれば、内庭の花桃に初心を懐かしんだことだろう。
 月と朧が足並みを揃え、手を繋ぎ、先を見据え、共に辿った道を進めば、其処は――

「うおっ――……マジか。すげぇな……」
「ふふ。この場所を誰かに見せるなら、先ずは君と一緒に……って、決めていたんだ」

 瑠璃のように美しい春の“海辺”。
 両親が歩み、絆を重ね、倖せを希った瑠璃唐草の花畑は、時を経て、月と朧の娘――不知火 楓(la2790)と、彼女の幼馴染みである不知火 仙火(la2785)が、想い同じく恋仲として訪れていた。

「……ん。いや、なんかよ……本当に綺麗なもんを見た時、気の利いた言葉ってすぐ出ないもんだな」
「へえ? 経験豊富な言い方じゃないか」
「まぁな」
「ふぅん……」
「お前が何時も俺の隣にいてくれるからよ」
「え?」
「だろ?」
「……馬鹿」

 指先で引き上げた深い青紅葉色のストールに、つん、と、尖らせた唇を隠すが、ほんのりと染まっていく目許はそれを露に、野百合のような可憐さを見せていた。

 想いに目を背けず、情に素直になり、本来の装いを楽しむようになって、気づけば幾分かの月日が流れていた。しかし、普段は着慣れている装い――父と同様の、Yシャツと狩衣で身を纏っている。だが、デートや“今日という日”などは、女性という意識を強くしたっていいだろう。
 
 紺と白の2トーンストライプのアシンメトリーワンピースに、然り気無いパンチングが可愛らしいショートブーツ。首からは、母から譲り受けたアンティークのネックレス――月の海が描かれた懐中時計を下げ、とんぼ玉の一本簪で、濡れ羽色の髪をハーフアップに結い上げていた。腕に巻き付けたストールは、勿論、襟巻きの名残だ。

「(そう言えば今朝、母様の若い頃に似てきたなって……父様に言われたっけ。ふふ、嬉しかったな)」

 紅緋もとい野苺色の唇を綻ばせる。

「(まあ、その所為で父様は母様に怒られる羽目になったんだけど)」

 思い出せば、月の一声。

『私の“若い頃”とはどういうこと!? 私は何時何時も若いわよ!!』

 正に言葉通り、何時何時も我が道(意思)をゆく母と、

『若い頃にも増して、俺の妻は更に美しくなっていくな』

 そんな母の全てを受け入れる父の日常のひとコマ。何時まで経っても恋人同士のようで、年齢を重ねても仲睦まじい両親の姿は、娘から見ても微笑ましく、楓が目指していきたい理想の夫婦像であった。

「仙火とは生涯、恋人の雰囲気を纏えるような……そんな関係を築いていけたらいいな」

 父と母が映した青に想いを馳せながら、同じく、澄んだ地上の空に視線を据えているであろう恋しい彼へ、楓は視線をやった。すると、予想に反して瞳を丸くした仙火が楓を見ていた。

「(……?)」

 まるで、不意打ちだ。
 いや、仙火の方がそうであったのかもしれない。なら――

 楓は、はっと口を噤んだ。
 先程、自分の唇は動いていなかっただろうか。吐息を漏らし、言葉を、音を、紡いでいなかっただろうか。まさか――

「(私、無意識に喋って……いた?)」

 羞恥に首筋が染まると同時に、悔しいような、けれど、どことなくほっとしたような感情が複雑に入り組んだ心境になる。しかし、仙火はそれを聞いてどう思ったかと改めて問うような真似は、とてもじゃないが出来ない。それこそ、尚更だ。

 風光る薫りが、楓達の沈黙を攫っていく。
 思いあぐねた楓が当てもなく口を開いた時、半瞬早く話題を振ったのは仙火の方であった。

「しっかし、一時はどうなることかと思ったぜ」

 楓が言葉の意味を把握するより前に、彼が次ぐ。

「初対面であろうがなかろうが、全くもって容赦ねぇのは噂通りだったな」

 ああ、なるほど――。
 楓の意識で意味を成した言の葉に、ふふ、と、口角が上がる。

「そうは言われているけれど、第一今回のことは毛色自体が違うんじゃないかな」

 微笑みに細めた眼差しが、家柄のそれへと色を変える。

「仙火が不知火家の次期当主であるように、私も又、“御家人”の四十五代目当主――次期当主候補の一人なんだよ」

 そう、候補の一人。だが、楓は候補の中では唯一の直系。家系としての血の繋がりは、最も濃い存在となる。
 楓は戦闘能力も高い。幼馴染みという間柄だけではなく、長年当主の――彼の補佐役として学んできていた。母の家柄としては、楓は嫁に迎えたい存在だろう。そう考えていた仙火は、啖呵という先手を取った。

 楓は俺のものだ――と。

「まあ、端的に言えばそんな感じだったね。実際はきちんと言葉を選んでいたけど。……じゃなきゃ今頃、君の首は茶の間に転がっているよ?」
「何だよ、断定するような言い方しやがって」
「……」
「……」
「……」
「……冗談だろ?」
「仙火もさっき言っていたじゃないか、容赦がないって」
「……」
「でもね、情が深い人なんだよ」
「……ん」
「聡い人なんだ」

 物心がつくと、ふと、不安になることがあって。遊びに来た時も一人、鬼のいないかくれんぼをしては感情に隠れることがあった。そんな時、何時も――

『やや。楓ちゃん、見ーつけた』

 彼は頼んでもいない鬼になって、楓を見つけに来た。そっぽを向いても微笑みかけ、語らずとも寄り添ってくれた。子供らしくない“僕”を、“はじめから”理解しているようだった。

「母様がね、前に一度だけ教えてくれたんだ。『彼は自分の人生を犠牲にして、私の人生を護ってくれたの』ってね」
「犠牲?」
「うん。犠牲」
「それは……ふぅん……」
「ん?」
「いや、なんつーか……犠牲っていうのは違う気がするんだよな」
「へえ?」
「いやまあ、わかんねぇよ? 只、俺の経験――……じゃねぇな、感覚、か。こういうのって理屈じゃねぇだろ」

 ふ、と、重なる視線。

「そうだね。私も仙火と同じ意見だよ」

 目に映る世界が全てではない。
 そう教えてくれたのは、経験と感覚だ。しかし、

『この世界にはね、血よりも濃いものがあるんだ』

 そう糺してくれたのは、犠牲ではなく――

『だから、血の繋がりよりも大切な絆が在ることは、何等不思議なことではないんだよ』

 変化だ。

『君は俺の可愛い“姪っ子”なんだ。だから、大丈夫――大丈夫だよ、楓ちゃん』

 変わらざるを得なかった彼だからこそ、知っている重みもある。その重さに楓が潰れないよう、彼は今も可愛い“姪っ子”を護っているのだ。かつて、楓の母を護ったように。

「……それは、怒るよね」

 楓は茶の間での出来事を思い出し、緩く溜め息を零しながら双眸を細くした。そのまま瞬きとともに、眼差しを彼へ移す。仙火の横顔は爽やかで美しい青の花畑を遠く眺めていた。

「青いな」

 こちらの気はいざ知らず、呑気にそう独り言ちる彼の面差しは、次期当主のそれというよりも幼馴染みのままで。堪らなく可笑しくなった。

「? 何だよ」

 吹き出した楓に気づいて、仙火は首を傾げるように彼女を見る。

 緋と紅。
 あかと、あか。
 変わらない、互いの色。

「いや? 私達はやっぱり、昔のままだなぁと思って」
「昔?」
「んん、気にしないで。ねえ、そろそろ小腹が空かない?」
「あ? あー」
「伯父さんの奥さんが作る桜餅は絶品なんだよ。夜には母様達も合流するから、御勝手を借りて色々と用意しておきたいんだ。たい焼きや南瓜の茶巾絞り――仙火は何が食べたい?」
「苺大福」
「ふふ、わかった」
「なあ、楓」
「ん?」
「お前の“故郷”に連れてきてくれて、ありがとな」
「……どういたしまして」
「この花、瑠璃唐草っていうんだよな」
「そうだよ」
「瑠璃、か」
「ん?」
「いや――」

 その時、後ろの方から賑やかな声が聞こえた。青い海でぴょんこぴょんこと羽ばたいているのは、どうやら“青い鳥”のようだ。

「ふふ、遅いから迎えに来てくれたみたいだね。……ねえ、仙火。この花がどうかした?」
「いや? 只、いい名前だなって思ってよ。ほら、行こうぜ」

 仙火が晴れやかな微笑みを浮かべて、楓の手を引いた。





 大切な者達との時間が、清々しい青に反射する。
 瑠璃唐草の花畑で迎えた今日という日、また何時か、言葉の中で、記憶の中で、思い出を遡ろう。





「大丈夫、また会えるって。そうだろう?」

 この、青の下――。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お世話になっております、ライターの愁水です。
蒼の空、青の下、はじまりおわり、又はじまるノベル――お届け致します。

親が歩んだ地を、子が訪れる。
数年前に執筆させて頂いたご依頼を想い出すと大変感慨深く、実にライター泣かせ(勿論称賛の意味しかありません)のご依頼でした!!
又、「re」ということで、懐かしい人物や文面を感じて頂けますと嬉しいです。

関わらせて頂いた時間は多くはありませんでしたが、楓ちゃんは“月”にとって我が子です。
どうか何時までも、何時の世も、愛する人とお幸せに。心から願っております。
今までのご縁、誠にありがとうございました。何時の日か又、お会い出来ることを祈ってあとがきとさせて頂きます。
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グロリアスドライヴ
2021年03月18日

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