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『カムパネルラ』
桃李la3954


 ――小さな鐘の音が鳴る。

 夢を夢だと自覚して見る夢のことを明晰夢という。
 桃李(la3954)もまた、これは夢だとすぐに気付いた。

 無音の暗闇の中、幼い双子が足音の代わりに波紋を広げながら目の前を走り去る。
 その先には仲睦まじそうな夫婦が笑って子ども達を受け止めて、立ち尽くす桃李から遠ざかっていく。
 双子が残した波紋の中心にはリンドウの花が咲き、静かに揺れていた。

 幸せそうな親子の後ろを幽鬼のように付いて行くと、有る建物の中へと入った。
 荘厳なパイプオルガンの音がどこからともなく流れてくる、そこはまるで美術館だった。
 見れば立派な額に納まった絵には全て両親と姉が描かれている。
 彫像が曲に合わせて踊り、忘れたい、忘れられない、忘れたくない愛しい記憶を呼び覚ます。
 家族写真のように、3人が身を寄せ合い笑い合う絵に桃李が触れようとしたその瞬間。
 ――突如としてパイプオルガンの曲が変わった。
 穏やかで優雅だったハ長調の曲から激しく不穏なニ短調の曲へ。
 同時に絵画は――思い出は炎に包まれていく。
 いや、炎ではない。赤。一面の揺れる血の色。
 足元へ迫る血溜まりに気付いた桃李は思わず、後ずさる。
 剣戟の音に振り返り、見回したその先で父親の身体は凶刃の前に倒れた。
 美しい金色の星が散りばめられたような父親の瞳はエルゴマンサーに抉られた。
 強く美しく優しかった母親は、事切れるその瞬間まで戦い抗い続けた。
 助けに向かおうとした桃李だが、その手には武器が何もなく、曲の重みがそのまま圧となり近づけない。
 実際に目にした訳では無い両親の死を前に、桃李は何もできないまま立ち尽くしていた。

 ――小さな鐘が鳴る。

 『いこう』小さな姉が桃李の手を引いた。
「うん」
 頷いた桃李は子どもの姿になっていた。
 争いを好まない穏やかな姉は、一面花の咲き乱れる小さな庭に目を輝かせ、桃李の手をすり抜けて走っていく。
 その後を追おうとした桃李の背後には気の弱そうな男が立っており、肩に置かれた大きな手のひらがぞっとするほど重く冷たくのし掛かって、桃李は姉に元へ行けない。
 周囲の風景がまるで紙芝居のように変わっていく。
 のどかな田園風景は民家がマンションになり、商店がビルへと変わっていく。
 小さな箱庭で遊ぶ姉だけを残して行く。
 とても笑顔の愛らしい姉だった。
 同じ顔の筈なのに、姉の笑顔は特別だった。
 紫紺色の瞳に浮かぶ金色が夜明けの空のようにキラキラと輝いていた。
 だが、桃李が瞬く度に姉の姿は鏡像のようにひび割れ、砕けて行く。
 桃李の肩を掴んでいた筈の男はいつの間にか姉の後ろに立っている。
 『……て』姉の小さな唇から言葉が零れる。
 逃げて、なのか。生きて、なのか。桃李の耳には届かなかった。
「――」
 懐かしい名を音に乗せ、桃李は叫ぶ。
 姉は最後まで微笑って、砕けて消えた。

 ――小さな鐘が鳴る。
 ――――何度も、何度も。

「俺の手は汚れていくだろう。
 いつになったって癒えない傷があるだろう。
 優しい父が言ったように。
 愛情深い母が言ったように。
 それでも生きていく。笑いながら」
 独り、静寂の中に取り残された桃李は、暗闇の中両手を見つめ、握り締めた。
 顔を上げる。
 少年から現在の姿に戻った桃李はその先に、金色に輝く出口を見つける。
 その光りを受け止めて輝く桃李の瞳は、金色を散りばめたような瑠璃色。
 振り返ればそこには黄昏が広がり、過去が桃李を待つ。
 それでも追い風に翻り、桃李は生きる道を選ぶ。
 終わる日まで、全てを憶えたまま。


 ――鐘が鳴り響いた。


 桃李は頭上の目覚ましを止めると、ベッドの上で大きく唸った。
 夢を見た。
 家族の夢。
 今まで何度も何度も何度も何度も繰り返し見て、その度に己の罪と過ちを、後悔と無力感を思い知らせられてきた。
 ここ数年は見なくなってきたと言うのに、それもこれも、先日ふざけたうさぎの【悪夢】の中で、姉と“再会”したからだろう。
 身体を起こし、ベッドに腰掛ける。
 現実には見る事が叶わなかった成長した姉の姿。
 蝶が舞うように、鉄扇が蜂のように敵を穿ち、そして蝶は力尽きて倒れ伏した。
 『……さようなら、私の愛しい瑠璃色。……怪我、しないでね』最期の言葉。事切れて重たくなった身体。
 もう随分と昔に過ぎてしまった、変えられない過去を上塗りするような【悪夢】。
 今更、感傷に浸ったりなんてしないと思っていたが、こうして夢に見るということは、まんまとあのうさぎの思惑に乗ってしまっているいうことなのだろう。
 小さく悪態を吐くとベッドから立ち上がり、パジャマ代わりのシャツを洗濯機へと放り込んだ。
 素足で洗面台に立ち、歯を磨き、冷水で顔を洗う。
 長い前髪が濡れ、束になって水滴を落とす。
 鏡に映った顔は、桃李の物だ。
 瑠璃色の瞳が証明する。
 瞳を閉じて鏡へと額を付けた。
「ありがとう、さよなら、愛しい紫紺色。……またね」
 寄り添うようにそう告げると、濡れた髪を掻き上げて洗面台を後にする。
 今日の予定は特になかった。
 暫くは依頼を受ける気力もないし、あのうさぎが見つかったら駆けつけられるよう身軽にしておく必要もある。
 とりあえずは愛用している鉄扇を強化し、有事に備えるのが先決かと桃李は着替えて着物を羽織る。
 そういえば、悪い夢を見た時は、人に話すといいと誰かが言っていたのを思い出した。
 大人しく桃李の話しを聞いてくれそうな人物……かつ、どうせなら夕飯も一緒に出来て、酒が飲める方が良い。となると、適任はひとりしか思い浮かばなかった。
「とりあえず連絡入れてみようか」
 善は急げ。意外に忙しい身である彼の事だから、ぼやぼやしていると先約が入ってしまうかも知れない。
 メールを入れて、家を出ようと靴を履いたところで連絡が返ってきた。
 了承を示す文面に、桃李は思わず破顔してドアノブに手を掛け、押し開く。

 ――今日も陽は昇り、街は喧噪に包まれ、桃李はこの世界で生きていく。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la3954/桃李/ザネリの贖罪】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 依頼を読み返し、OMCを読み込み、頂いたテーマ曲と結びつけた結果、やはり過去に触れないわけにはいかない気がして書かせて頂きました。
 桃李さんの抱えた感情の全てを飲み込んで、飄々と笑って生きていくそのスタイルが素敵だなと思っております。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。


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葉槻 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月18日

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