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『花は散れども、唄は滅びず、愛は永遠にあり』
アルバ・フィオーレla0549)&クララ・グラディスla0188


 ──だいすきだよ。
 ──だいすきなのだわ。

 少女たちのささやきが聞こえる。
 これはカーネリアンの唄い手と花の魔女の終焉の物語。



 小鳥がさえずり、穏やかな風が吹く、うららかなとある春の日。
 花屋【一花一会〜fortuna〜】は臨時休業をとって、店内にいるのは二人だけ。
 アルバ・フィオーレ(la0549)は揺り椅子に深く腰かけて、クララ・グラディス(la0188)の話を聞いていた。
「さすがに冬のニューヨークはまだ寒いけど、照明と観客の熱で、ライブ中は暑いくらいだったよ」
「ぽかぽかより、あつあつかしら?」
 クララは世界を飛び回り唄い続ける旅を楽しそうに語り、アルバはふわり花のように微笑んで耳を傾ける。
 アルバは両手でそっとティーカップを持って口をつける。微香をくすぐるカモミールティーの香りが喉をするりと通り抜けていった。アルバが育てたカモミールはやはり優しい味わいがする。
 クララが買ってきたクレームブリュレは、季節の苺をつかった、甘酸っぱい味わいで、口の中でとろりとろける。
「美味しい。ハロウィンに大きなクレームブリュレを食べにいったことがあったよね」
「あれは美味しかったのだわ」
 想い出話に花を咲かせ、自然と二人の顔に笑顔があふれる。
 アルバが丁寧に育てた花が、少女たちのかたわらにたたずみ、ガラスごしに春の日ざしが降りそそぐ。
 やさしい、やさしい少女たちのひととき。
 アルバとクララが会えるのは年に数回ほどしかない。その限られた時間を惜しむようにしゃべる。

 ぼーん。
 音が鳴ってかけ時計をちらりと見たクララは、勢いよく立ち上がった。
「そろそろだね。じゃあ、さよ……」
「急がないと、飛行機の時間に遅れてしまうのだわ」
 アルバに急かされて、ギターケースを背負ったクララは、苦笑を浮かべながら玄関のノブに手をかける。
 くるりと振り返って、笑顔いっぱいで手をひらひらとふった。
「またね」
「くーちゃんの唄、楽しみにしてるのだわ」

 店を後にして、アルバの姿が見えなくなったころ、クララはきゅっと唇を噛みしめた。
 また、まただ。
 さよならを言わせてくれない。またねの言葉にも応じてくれない。
 あなたは、そう、覚悟してるのね。終わりの刻を。



 クララを見送ったアルバは、ふぅとひと息もらして、補助具を身につけ立ち上がった。
 ぎこちない足取りで温室に向かい、とある花の前に立ち止まった。

 ──Alba:夜明けの乙女。

 そう名付けられた芍薬の花。花の外から内に、薄桃から橙色へと変化し、中心が金色の夕暮れ色が特徴の花だ。
 そっと胸元に触れると大事な芍薬のブローチがあった。
 アルバが芍薬に拘るのには理由がある。アルバの母が芍薬に似た花の妖精で、このブローチを身につけていると、自分は両親に愛されていたのだと強く感じられる。

 魔法が使えなくても、花の魔女がここに居たこと、この世界を人間を愛したことを、人間の私だって生み出せるのだと証明したい。
 私の名の花を世界中に咲かせて、人々に喜びと感謝をそれから──

「伝えたいの。覚えていて欲しい人がいるの」

 花が散るように、アルバの命も朽ちてきた。まぶたを閉じて、想い出を形にしようとしても、儚く消えていく。
 日記を開いて、綴られた文字を見返すと、なんとか朧に思い出す。
 やさしく、あたたかな、大切な想い出。

 アルバはふわりと微笑んで、花の手入れを始めた。 
 夜明けの乙女の開花時期にはまだ早く、つぼみもついていないが、咲いたらクララに写真を送ろう。
 昨年採取した種を一部残してある。いつ自分が世界を旅立ったとしても、誰かに育ててもらえるように。
 一粒の雫のように真白の種を、世界へ撒く準備をしておこう。

「準備が終わるまで、まだ、命があると、良いのだわ」

 花の手入れを終えると、タブレットに触れてSNSをチェックする。
 クララの旅の記録が写真とともにアップされていた。これをチェックするのはアルバの日課だった。
 見ているだけで、まるでクララと共に旅をしているような気分になって、アルバはふふっと笑った。



 潮騒の音がする。塩気を含んだ浜風に、金色の髪が揺れた。
 澄んだ赤い瞳がきらめく海を見つめる。梅雨入り前の初夏の日差しは心地よい。

「良いところだね」

 今日のクララは海が見える広場でゲリラライブをする予定だ。まだ準備中だから人は疎らだが、クララが歌い出せば、自然と人が集まるだろう。
 ライセンサーを辞め、世界に唄を届ける旅を初めて5年。
 いつも世界のどこかで唄が響いている。少女の唄声は噂にのって広がり、遠く友人達にまで伝わる。
 そうしてクララは名の通ったミュージシャンになった。
 クララは唄い続ける。心に夜明けの花を抱えて、手に五線譜をもって、背中にギターケースや荷物を背負って、どこまでも、どこまでも続く、唄の旅路。
 この命尽き果てる日まで、クララは唄うことを辞めない。
 今日も相棒のギターと共に、海辺の街にやってきた。
 背中に背負ったギターケースをおろし、準備をしながらふと思いつき、スマホを開く。
 そこには一枚の夕暮れ色の花の写真とメッセージがあった。

『綺麗に咲いたのだわ』

 夜明けの乙女の花が咲いたと、昨日アルバから送られてきたのだ。まるでステージに差し入れされた花のように。
 たった1つのメッセージが、彼女との細く強い絆を感じさせ、クララは上機嫌でスマホをしまい、ギターを試し弾く。
 ぽろんと響いた音色は温かく、弦を弾くだけで、クララの心も弾んだ。

「うん。今日も良い調子だね。じゃあ、行こうか」

 ギターをかき鳴らすと、人々が立ち止まってクララを見た。中には有名な唄い手だと気づいて、スマホのカメラを向ける者もいる。

「土を含んだ金の糸、赤よりなお紅の瞳、語り部の娘、弾き手の子、掴めぬ天を引き留める歌を紡ぐ女、クララよ。よろしくね」

 クララは観客を前に堂々と名乗って歌を紡ぎ始める。
 初めは代表曲となった『暁の花』。そして密かなファンの多い『Alba:夜明けの乙女』を唄う。
 唄声を風に乗せて、音を紡ぐ。初夏のきらめきを、切り取った、涼やかな美声が響き渡る。
 一曲歌う度に、人が増え、拍手も増えていく。

「次は、昨日作ったばかりの新曲を」

 アルバが送ってくれた写真を見て、彼女がくれた『言葉』を思いだし、それが詩になった。慌ててメロディをつけ、今日誰かに聞かせたくなってゲリラライブを決めたのだ。
 観客が固唾を呑んで見守る中、すぅっと息を吸って、ギターの波に乗ってクララは唄を紡ぐ。

 ──星が空から消えないように。
 ──花が咲いて枯れても、世界から消えないように。
 ──唄がひとからひとへ、時を超えてうたわれていくように。

 アルバの笑顔を思い浮かべると、すぐそばにいるかのように感じられて、見えない彼女へ向かって、手を伸ばすように唄う。
 あふれるような愛情を、与えるだけ与えて、消えてしまいそうなあの人を、この世界に留めてと願って。

 ──尽きることなき、愛の言の葉に、想いを返して。

 それはクララなりのアンサーソング。 

 ──明けない夜がないように。
 ──涙がこぼれて涸れても、貴方が消えないように。
 ──唄がひとからひとへ、永遠の刻をうたいつがれるように。

 朗々と歌い上げて、ギターをかき鳴らし、最後にビブラートを効かせて、ささやくように、そっと歌い上げる。

 ──ずっと貴方を、愛してる。

 最後の一音が空気に溶ける。唄の余韻が消えるころ、クララは頭を下げた。
 ほんの少しの拍手と、一際大きい拍手が聞こえて、下げていた頭を上げた。

 観客達の向こうに、見覚えのある人影が見えた。
 白いブラウスに、空色のショールと、胸元には夜明け色のブローチ。ふんわりと花がこぼれるような笑顔。元気だった頃のアルバと変わらない姿で、そこにいた。
 一生懸命、大きい拍手を叩いて、誰よりも熱心にクララを称える。
 その姿を見てクララは思わず目を見開いた。

 ――そんなことがあるはずないのにね。

 そう思いつつ、精一杯手を振り返す。
 クララがぱちりと瞬きをする。その合間にアルバの姿は消えていた。
 ああ、やっぱり夢だった。そう気づいた瞬間、目元がにじんでぐっと堪える。

 彼女に最後に会ったのは三か月前だ。
 会う度に衰えるアルバの姿に胸の奥が締め付けられ、さよならさえ言わせてくれない別れに、胸の奥がうずいて。
 もう長くないってわかっていたのに、あえて会わずにいたのだ。

 ――その事を、少しだけ後悔した。 



 ベットの上に寝そべるアルバのサイドテーブルに、植木鉢が置かれ、夜明けの乙女が咲き誇っていた。

「あぁ……良かった。咲いた、のだわ」

 己の命が燃え尽きる寸前だと悟っていた。間に合ってよかったと心の底から思う。
 最後の力を振り絞って写真を撮って、クララに送った。そこで力尽きて昨日は眠ってしまったのだった。

「くーちゃんも、きっと、喜んで、くれたのだわ」

 アルバがタブレットに声を掛けるとクララの唄が再生される。
 それを聞きながら、最後の力を振り絞って、片手をあげる。天井の向こう。空の果て。この世界の何処かにいる、クララに届けと手を伸ばす。

 幻のクララが、手を握ってくれた。そんな気がして、目を閉じた。
 アルバは魂だけの存在になって、自由に空を飛び、クララの元へ向かう。一番のファンとして特等席から、大きな拍手と笑顔を贈るために。


 クララが海辺の街で唄った日、アルバは永遠の眠りについた。
 アルバの訃報を、クララが知ったのは、ライブの後だった。

 ぽたり。雫がこぼれ、あふれる。いつまでも、乾かない涙の雨。
 唄い手の少女の心の底に、ひっかき傷を残して、花の魔女は儚く散った。



 泣き疲れて眠りについた後、ぱっと、クララの視界が開けた。
 最初に目にしたのは芍薬の花。夕暮れ色の花びらを見ただけで気づいた。

 ──夜明けの乙女だ。

 見上げれば蒼穹の空、見渡せば夜明けの乙女が咲き乱れる花園。
 花園の合間に川が流れ、川の水色は空の蒼よりなお深い哀色。
 流れる水面は静かで、鏡のように澄み、静謐が支配する地。

 ぽちゃん。水面に波紋がおこる。その先を辿って、クララは川の上を歩くアルバの姿を見つけた。
 真っ白なワンピースに、素足で水面の上を滑らかに歩くアルバの姿は幻想的で。
 クララはすぐに悟ってしまった。

 ここは三途の川だ。

 アルバを追いかけるように、クララは慌てて川に足を踏み入れる。
 ぼちゃん。大きな音がして、足が川の中に沈み込み足を取られる。
 生者は川の上を歩けない。
 その水音にアルバは振り返ってクララを見つめた。

「くーちゃん。まだこちらに来るのは早いのだわ」

 補助具もなく、軽やかに、踊るような足取りで、アルバはクララの元へ駆けた。

「……っ!」

 クララは声を出そうとして、言葉に詰まった。
 アルバが死んだと知って、泣いて、泣いて、心の中で何度も後悔した。伝えたかった言葉はたくさんあったはずなのに、伝えきれなかったと。
 アルバにまた会えたのが嬉しくて、想いが溢れすぎて、言葉にできない。

 アルバがふんわりクララを抱きしめて、耳元に囁く。

「くーちゃんが、大好きなのだわ」
「……馬鹿。私の方が多分、絶対に、好きだよ」

 クララはぎゅっとアルバの身体を抱きしめ返す。陽だまりの匂いと、かすかな温もり。それは感じた瞬間消え去るほどに儚く、引きちぎれるような想いで身を離した。
 見上げると優しく微笑むアルバと目が合って、思わずクララも微笑んだ。

「星が空から消えないように」
「花が咲いて枯れても、世界から消えないように」

 クララが唄を口ずさむと、アルバも共に唄う。二人のハーモニーが花園に広がっていった。
 これがきっと、最後の唄だ。クララは必死に耳を澄ませて、アルバの声を魂に刻み込む。
 名残を惜しむように唄いあい、束の間の逢瀬を重ねた二人は、両手を繋ぎ合って笑みを浮かべる。

「さよならなのだわ」
「さよなら」

 ありったけの愛をかき集めた言の葉。
 それを最後に微睡みの夢からクララは目覚めた。
 夢の欠片を惜し抱き、ぼそりと呟く。

 ──最後まで、ずるいよ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【アルバ・フィオーレ(la0549)/ 女性 / 24歳 / 花と唄に愛をこめて】
【クララ・グラディス(la0188)/ 女性 / 13歳 / 花と唄に愛をこめて】


●ライター通信
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。雪芽泉琉です。

お二人の大切な最後の刻を任せていただきありがとうございます。
少しでも美しく、優しく、せつなく描ければと思い、書かせて頂きました。
お二人が交流した依頼やノベルの数が少なく、関係性が正しく描けているか不安もありますが、気に入って頂ければ幸いです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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2021年03月19日

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