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『それは忘れられることなき物語。』
マーガレットla2896


 それはそよ風が生む葉擦れのような笑い声に目を開いた。
 白い光りが視界を眩ませる。
 驚きに声を上げると、笑い声は風に乗って小さな温もりと共にそれの周りを駆けた。
 頬を掠め、膝を撫で、脇腹を突かれた時、驚きよりもくすぐったさが勝ってそれは笑い声を上げた。
 『わらった』『わらったね』『かわいいね』『いいこだね』『しゅくふくを』『しゅくふくを』優しい花の香り、様々な音と光りがそれの周りを包む。
 『花から生まれた愛し子』『朝露の子』『真珠色の髪』『名はマーガレット』いくつかの落ち着いた声がそれを示す。
 『まーがれっと?』『マーガレット』『マーガレット!』『マーガレット!!』小さな声はさざ波のようにそれの耳にその名を刻む。
 こうして、それはマーガレットという名を与えられた。
 マーガレットは小さな手を伸ばし、ぼんやりとした視界の中、からかうように周囲を舞う妖精達を追った。
 徐々に視界は開け、俯せになると、四つん這いとなり、すぐに二本の足で歩けるようになった。
 霧を集めた飴を頬張り、渡り鳥の歌に言葉を教わり、妖精達から愛を注がれ、マーガレットはすくすくと成長を遂げる。
 森の中央には四賢者と呼ばれる四本の巨木があり、彼らが森を守っていた。
 マーガレットは夜眠るときには四賢者の誰かに寄りかかり寝るのがいつからかの習慣となった。
 四賢者はマーガレットに言葉を返すことは殆ど無かったが、彼らがマーガレットの名付け親であり、誰よりもマーガレットを可愛がっていることをこの森の精霊ならば皆知っていた。

 ある日、別の森に住むというマーガレットと同じ姿をした男が現れた。
 初めて見た自分と同じ姿にマーガレットはすぐに懐いた。
 男は自分達がエルフと呼ばれる種族である事、外の世界をマーガレットに教え、困ったことがあったら助けに行くと約束をしてくれた。
 この出逢いをきっかけとしてマーガレットは幼生の姿から成体の姿へと変化を遂げる。
 それを見た精霊達は驚きつつも祝福し、妖精達は遊び相手が減ったと残念がった。
 成体となったマーガレットには白巫女と呼ばれる、神に仕える者としてのお役目と薬師としての仕事が与えられることとなった。
 四賢者よりも上の存在がいることに最初は驚いたマーガレットだったが、エルフよりもずっと長命とはいえ、四賢者も定命の者であることに変わりはないということを知り、更に驚いた。
 穏やかな日々。変わらぬ毎日。マーガレットはこの時初めて概念としての死を知る。
「私が一生懸命お役目を果たせば、皆さんとずっと一緒にいられますか?」
 マーガレットの問いに四賢者は答えなかったが、それを肯定と受け取ったマーガレットは真面目にお役目を果たしていった。
 四季は移ろう。
 種が落ち、芽生え、花を咲かせ、散ってまた種が落ちる。
 森に迷い込んできた小鳥が地に落ちて朽ちて土へと還る。
 一緒に遊んでいた妖精が気付けば違う子に変わっている。
 マーガレットは自分がいた世界が永遠では無い事を徐々に学んでいった。
 同時に薬師として動物達を助け、別の森に住むエルフ達を助け、その生命が全うされるようその術を磨いていく。

 多くのエルフがそうであるように、マーガレットも本を読むようになった。
 薬師の仕事で他の森へ行くようになり、慈雨を吸う大地のようにマーガレットは知識を吸収していった。
 そんな中で1つの冒険譚と出逢う。
 娯楽小説と呼ばれる、“役に立たない本”と言われたその物語にマーガレットは心惹かれた。
 またこの頃、吟遊詩人を生業とするエルフとも初めて出逢った。
 彼らが歌う物語は、楽器の奏でる音と共に膨らみマーガレットの心を満たした。
 指先で文字をたどり、誰かの夢に触れる。
 幾千、幾万幾億の旋律で詠われる物語に耳を澄ませる。
 1つ1つの小さな出来事を零れないように手のひらで掬い、血肉としてマーガレットは成長していった。

 マーガレットが生まれて10年の月日が経とうとしていた。
 四賢者からすれば瞬きするほどの間。
 だが、その間に途絶えた命の数の多さを四賢者はよく知っていた。
 だからこそ、マーガレットの成長は何よりも尊く喜ばしい。
 しかし、その日、1つの凶星が堕ちた。
 森が揺らぎ、大地が波打つ。
 木々は突風に幹をしならせ、枝葉は雨雪のように宙を舞った。
「四賢者様!!」
 マーガレットは四賢者がこの森を、マーガレットを守ろうとしてくれていることに気付き、声を張り上げた。
「神よ! どうか、どうかこの森をお守り下さい」
 マーガレットは必死に祈った。
「その為なら、私の身も心も捧げます」
 『ダメだ』『それはならない』『やめるんだ』『マーガレット!!』四賢者の制止を振り切ってマーガレットは祈り続けた。
「どうか、どうかこの森をお守り下さい!」
 嵐の中、1柱の光りが森へと振り注ぎ、そして全ての精霊と妖精達の目を眩ませた。
 爆発するような閃光が消えた森には静寂が戻り――そしてマーガレットの姿は消えていた。



「……なんだか気恥ずかしいですねぇ」
 “精霊の住む森”と記された本を静かに閉じて、マーガレット(la2896)は頬に朱を注ぎつつも微笑んだ。
 これはライセンサーとして知り合った知人が、『まるで精霊の住む森のような場所に行って写真を撮れたから、ちょっとした物語を挟んで送るよ』と贈ってくれた、世界にただ一つの写真集だった。
 その写真は確かに懐かしい故郷に似た雰囲気を持っていた。
 大きな樹、日差しの振り注ぐ野原、水辺に浮かぶ蛍は懐かしい妖精のダンスを思い出させる。
 にゃぁ、という声にマーガレットは手を伸ばし、愛猫を膝に抱いた。
 それにしても、自分の出自の話しなどほとんどしたことがないというのに、ここまで想像で物語を作れるというのは驚嘆に値する。
 本を読み、曲を聴くことや歌うことは好きでも、自ら作る事には挑戦したことがないマーガレットにとってある意味どうやったら一作品が仕上がるのか不思議で仕方が無く。
 同時にこのおとぎ話は他人から見た自分を表現した物なのだろうと思うとやはり面映ゆく落ち着かない。
「お写真だけでも素敵でしたのに、こう、自分と同じ名前の……しゅ、主人公がいると思うと……ねぇ?」
 ぎゅぅっと抱きしめた結果、愛猫はその苦しさにぬるりとマーガレットの腕から逃げ出し、少し離れたところで毛繕いを始めた。
 その様子を見て、マーガレットは少し寂しく思いつつも席を立つ。
 窓を開け、夜風に熱を持った頬晒す。
 空は雲1つない満点の空――そういえば今日は新月だった。
「あぁ、星が綺麗ですねぇ」
 見える星、見えない星。この宙のどこかに自分の故郷はあるだろうか。
 それとも、マーガレットには想像も付かないような全く違う所にあるのだろうか。
「……どうか、皆さんが元気でありますように」
 突然の別れ、思いがけない再会、新たな出逢い……この世界に来て沢山の経験をした。
 これからもきっと色々あるのだろう。
 その一つ一つを覚えていたいとマーガレットは心から思う。
 そして、自分が出逢った全ての人が幸せであるようにとマーガレットは強く強く祈り、星空を見つめたのだった。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la2896/マーガレット/忘れじの言の葉】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 頂いたテーマ曲を聴けば聴くほど、マーガレットさんの故郷を捏造したくなりましてこのような物語となりました。
 チキンなので、「という物語」というノベルとなりましたが……ご受納頂けましたら幸いです。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢い出来た時には宜しくお願いします。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。


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グロリアスドライヴ
2021年03月19日

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