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『焔と共に心は燃ゆる』
不知火 仙火la2785)&不知火 楓la2790

 今思えばと振り返らずとも、悪夢に苛まれていた世界で起きた出来事の全てが一言で表すならば濃厚という表現にただ尽きる。それは放浪者と呼ばれていた者達の多くにとっても当て嵌まるであろうし不知火 楓(la2790)と不知火 仙火(la2785)の二人にしろ例外ではない。仙火の母がナイトメアに攫われて、父の世界を渡る力を用いて元はやってきた世界。無事に救出を果たしさて帰るかとなった矢先に失われた能力が所為で帰る事も叶わないと知って。そのとき勿論それなりには衝撃を受けたし、元の世界にいる親と弟妹が恋しい、と思ったのもまた本音だ。しかし、泣こうが喚こうが故郷に帰れるわけでもなしと考え楓は救出に協力をしてくれたライセンサーになるのだとあっさり決めた。家族を守る力を得るという目的は果たせる筈だから。一方で仙火はどうだっただろうか。己が手で母を救うことも叶わずにのめされた直後の彼に明確な意志があったとは言い難いような気もする。ただしそんな彼も時を経るにつれ変わっていく。過程にとある少女が在ったのも確かだ。また自身も彼と彼女が言うには大いなる影響を齎したわけだがと、感慨に沈みゆきそうになるのを遮るのはまさに思い描く相手。
「ここにいたんだな、楓」
 そう呟いた声が少し小さいのは静謐さが守られるべき図書館という場所柄のせい。楓は素直に声のした方に目を向け、その動きに、取ろうとして分厚い背表紙に引っ掛けた指も追従し若干斜めに傾いた。なんとなく目を逸らしたくなくて、掌で押す形で戻した後、彼の――仙火の方に向き直ったら名の由来である鳳仙花の花に似た、赤い瞳孔が細められる様が見えた。あちら側の世界に行くまで ずっと、誰にも向けられなかったその笑み。それは何も仙火が精神的な成長をしたからというだけではなく自分達の関係が確かに変化をしたその証であり。自身も微笑まずにいられない。
「私に何か用事でもあった?」
 そう返しつつ、自分の台詞ながらも引っ掛かるものを感じ、微笑が苦笑に変わってしまいそうになった。何とも言えない、面映さを感じるのは彼を見返した時と同じ。当然になった――いやした音を昔に戻して、それ自体に違和感は覚えていないのにふと意識した時にこんな感覚を抱いては先が思いやられると思って、それすらも幸せへと変わるから性質が悪い。
「用事、っつーか折角だから、一緒に帰るのも悪くねーかなって……」
 一度言葉を切った後ごにょごにょと彼は言い淀み講義の時間がどうこう、帰った後の用事がどうこう尤もらしい理由を連ねようとしたらしいが話をしているうちに仙火の頬は紅潮して、声音も段々と小さくなった。にやついていないか不安になって楓は唇に少しの力を込めて続く言葉を待ち詫びる。
「家に帰ると父さんも母さんもやたらにやにやして俺らを見てくるし、落ち着かねえだろ? だからあんま金はねえけど寄り道……デートくらいして帰ろうぜ」
 妙に歯切れ悪く初々しささえ感じるのは本当の意味で仙火が恋情を抱いたのはこれが初めてだから。前に恋人が何人かいたにも拘らず、誰一人として彼を射止める事が出来ず散っていった。その事実が互いを想うが故に、己が心を押し殺して、二十歳を過ぎ思わぬ形で故郷を離れた末に手にした恋人という関係の価値を日常の些細な出来事を通して、都度思い出させてくるから堪らず。幸せ過ぎてどうにかなりそう、だなんて台詞は現在の自分達にぴったりだろう。
「うん。デート、ね。デートをしよう」
 楓自身も顔どころか全身の体温が急上昇したような気がして言葉が途切れる。それを誤魔化したくって言い直してもますます羞恥心が込み上げた為、思わず視線を横に流した。そしてそのまま先程取りかけた一冊の背表紙に指を掛け、それを抜き出す。撃退士の先達の叡智を詰め込んだ久遠ヶ原学園の蔵書は楓が物心ついた頃から――いや、それ以前から既に身についていた陰陽にまつわるものだ。一度あの世界に行った際に失われ、こちらへと戻った瞬間にまるで何でもなかったかのように取り戻した、生来ある能力の感覚を掴み直すのにさしたる時間はかからなかったが、何ぶん予想外の休学、家に残った父らが上手くとりなしてくれたとはいえ周囲の者達と比べ遅れをとっている事実を噛み締めて転移の前より学業に励んでいる次第である。実戦で使用しているのは薙刀術と陰陽術の両方を併せ持つ技だが、父が興したそれをそのままなぞるのではなくて自身が女の体躯を持っている事、父と父を姫叔父と慕う現当主と楓と仙火の歩み方は違っている事を自覚し色々と何か勉強してみるのもありだと思えたのだ。しかしそれだけに恋人同士として物足りないのも事実だ。故に今日日中学生でもしなさそうな初々しさが出てしまうと、己に言い訳などして、落ち着き向き直った瞬間、抱きかかえるようにした本がするりと手を離れていった。あと言う間すらなく、鳳仙花の赤が前より間近に見えて。それが肌色へと塗り替えられたと思いきや唇に温かい感触が当たって、視覚と触覚で感じた情報を飲み込むよりも先に離れていってしまった。半歩だけ距離が離れ少し小さく映る鳳仙花に負けず劣らず――とは流石に言い過ぎとしても、色付く彼の頬を目にして楓も赤が移る。
「……ほら」
「……うん」
 ぎこちなくて言葉が足りないが言いたい事はよく分かる短かなやりとりを交わし、本を持っていない方の手で引かれるがままに楓は一歩を踏み出す。こちら側に横顔を向けていても父譲りの白い髪の間に覗く耳が赤らんでいると知れるも、しかし人の事は言えないとよくよく解っているので楓は指摘をするでもなく繋ぐ手の微妙な噛み合わなさ、けれど離すまいとするように幾らか痛いくらい強く握る感覚に今まで飲んだどの酒にも無い酔い痴れる感覚を深く味わった。恋人同士になるまでにこれだけ遠回りしたのだから慣れるまで時間が掛かるだなんて全てが織り込み済み。仙火よりは短い人生を少しでも長く共に歩めるよう願いながらさてどこへ出掛けるつもりか思い巡らせた。

 ◆◇◆

 骨身に染みるような寒さが冷たい風となって袂から忍び寄るようだ。今年の冬はどうも寒冬のようで一族の間中に体調を崩した者らが現れた程――とはいえ子供は風の子とは言ったもので、仙火が楓との間に儲けた息子は大病を患わず日々を健やかに過ごしている。と、その息子が急に駆け出そうとして、その事に気付いた楓が即座に止めた。己も朧げだが覚えがあるように子供の心中は実に移り気で、我もかつてはそうで在ったにも拘らず感情を察するどころか扱いが難しいとさえ感じるのだから父というものも簡単ではないと昔の父へと勝手な共感を抱きつつ、彼女の聡さにはつくづく感じ入った。
 とそんな事をつらつら考えている間に楓は屈み込むと息子の肩に手を添えて、動き回らないようさりげなく抑えながら不知火の敷地から出る前に身なりを整える為上は楓の父親譲りの青髪の乱れ、下は草履をきちんと履けているかまで入念なチェックを行なう。そんな様子を目にして仙火も、下駄を引っ掛け姿見を見た。子持ちになったとはいえまだ三十手前の為、学生の時分と比較して遜色なく見えるのは楓も一緒。寿命の差を受け容れ得たおもしろおかしい日々に全く不安がないのかと問われたならば頷く事はしないが、愛する者と歩み進む幸せを知れた気がしている。
「何ぼうっとしてるの?」
 そんな妻の言葉に現実へと引き戻される。向き直ればそこには心配そうな表情の息子と怪訝げな顔つきの妻がいて己を見返していて仙火はいや、と曖昧に否定をした。今毎日云々と考えていたばかりで、目の前の彼らに対して気もそぞろになっていた事が情けなくもあったし楓の橙色にも少し寄った紅い瞳がすうと細められる様がまるで全てお見通しだと物語るようで嬉しいやら、恥ずかしいやらの思いもある。
「新年早々一家の大黒柱がこんな調子じゃ、先が思いやられるね。――はお父さんよりいい男になるんだよ」
「あのなあ……」
 お父さんより、というさり気のない惚気に唇の端が軽く上がりかけるも、ツッコミを入れようとして仙火が言葉を続ける前に明るく元気もよく息子がうんっと頷くものだから気勢を削がれた。その様子を見て楓は口元を押さえながら小さく声を出して笑い、その楓と息子の顔を見て仙火も笑う。
「さあ、もうそろそろ行くぞ」
 不知火家を束ねている、新米ではあるが当主としてやらなければならない事は多い。そんな中この初詣は親子水入らずで過ごせる、数少ない時間だ。楓が息子と手を繋ぎ仙火も前は楓と繋いでいた左手を、息子の右手と繋ぐ。ぷにぷにとした小さい手は温かく、生命の形を描き出すかのようだった。彼の歩幅に合わせて玄関を通り、外に向かう。

 夜の帳が降りれば、昼間の賑やかさがまるで夢だったようにただ静かな時間が来る。ほっと吐き出した息に喉を焼くような酒の匂いが混じった。入婿である仙火の父を含め不知火の者は酒に強く、それに皆まだ年が若い、周囲の支えありきの新米当主を手荒く激励しようとの心積もりから宴の席で乾杯に次ぐ乾杯だったものの、醜態を見せるまいと気を張った為味を堪能しきれなかったのだ。それに比べると、楓と二人で飲む清酒の何と旨い事か。夏秋は虫の声がする筈だが冬の現在は荒ぶ風が窓を震わせる程度だ。外に傾ける耳に衣擦れする音が響き、左肩に音もなく軽い重みが加わる。視線を向ければ光に輝く黒髪が近過ぎる故に薄ら映った。もたれるのはいうまでもなく隣に座った楓。子猫が甘えるように肩に頬を擦り付けられ、楓に口説き落とすと宣言されてから意識し始め、可愛いと思う回数が増えていった事を思い返した。酒はとうに口内から完全に消えているのに生唾を飲めばその音を聞き彼女が頭を上げたが為に顔が見えた。
 机の前に体を向けたまま腰を捻ってじっと見つめ合う。傷付き治る事を繰り返す手を伸ばした。
 するりと撫でた女らしい肩が纏うのは前に仙火が贈った一着だ。最初に青楓と紅葉の訪問着を贈ってからというもの、年に一着ずつ楓の誕生日に贈るようになった。
 一度下げた腕を今度は黒髪に伸ばす。子供の頃贈った楓の簪はワイシャツに狩衣、襟巻きで首元を隠すなど彼女が女らしい格好を避けていた際、ずっと仕舞われていたせいか、単純に大切にしてきたからか、未だに綺麗なまま楓の艶めく髪を、折を見ては彩り――何も言わずに仙火はそれを抜き去って彼女の顔を見返したまま、机の上に置いておく。次は手のひらで、包み込むように彼女の片頬を撫で、その美しい肌を辿った後、唇の縁を緩やかになぞる。使用期限的に付き合う前に贈ったあの、フラワーティントリップではないものの唇を淡く染めるのは自らが前に贈ったもの。
 着物はその着物を着たぬしを脱がせたい、簪は綺麗な髪を乱してみたい、紅は唇を吸うてみたい――江戸時代男が女へと贈る物に意味があると、楓に教えてもらったのはそれを知らないまま簪と紅を贈った後の事だ。そしてその全てを女に贈る事が情熱的な求婚だと知った上で着物を贈って――現在も贈り続けているのは、そのときの想いが褪せていないと言葉や態度では飽き足らず彼女に知らしめたいと、そう思っているからかもしれない。
 吸い寄せられるようにして唇を合わせて、暫くその柔い感触を堪能したのち、舌を差し入れた。するとすぐさま楓も応えるように、ほんの少しだけ初々しさを残しつつも絡め合おうとしてくれるので互いの唾液が混じり合い、どちらのものか判らなくなる程に舌先を吸ったりと睦み合う。そして、背に手を添えて、畳に横たえようとした仙火の胸に楓の細い腕が絡み、
「ここじゃ、嫌。寝室に連れていってくれたら、私の全部あげるから……ねえ、お願い仙火」
 当主の妻として身内以外の前では名前を呼ぶ機会が減っていたのでその言葉はあまりにも魅力的だった。愛息子の前ではお父さんとも呼ぶから裏を返せば名で呼ぶときは、ただの夫婦でいるという事で。仙火は躊躇わずに楓の背と膝裏に腕を回し、彼女を抱き上げて応えた。
「今日の夜は長くなりそうだから、覚悟はしておいてくれよ」
 直球に言うのはどうにも気恥ずかしくてそう言えば楓は体を預けたまま頷き、二人障子が開かれたままの戸を共に潜った。夫として彼女と歩む日が長く続くと信じ今を生きていく。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
これまで通り教えていただいた話や書きたくなった
ネタの全部を詰め込んでいくスタイルゆえにやはり
ぎゅうぎゅうした感じは否めませんが、あれこれと
考えつつ書くのが楽しかったです……!
字数も超過し、大幅に削ることになって無念でした。
夫婦としても、両親としても幸せな姿を描けて
よかったです。いちゃいちゃ度数は低めですが
不惑の年齢まで〜というので子供が出来た後も
ラブラブなところを意気揚々と書けました。
毎度ワンパターンなのは重々承知していますが
一応意図的にやっているつもりではあります。
全然違うシーンを期待されていたら申し訳なく。
今回も本当にありがとうございました!
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2021年03月22日

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