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『Peaceful life』
常陸 祭莉la0023)&アグラーヤla0287


「……よし、こんなとこ、かな」
 常陸 祭莉(la0023)は作業の手を止め、一度伸びをする。
 目の前の作業机の上には、オーダーメイドのシルバーアクセ。祭莉が手先の器用さを生かして始めた『ライセンサー以外の仕事』――服飾に係る仕事の一環で、発注者からのオーダーを元にデザインと製作を行っていたものだ。
 まだ細かい仕上げはあるけれども、納品日まではまだ余裕がある。
 今日の作業は切り上げようと思い、祭莉は席を立った。

 マンションにある自宅の一室。それが現在の、祭莉の『仕事場』の一つだ。
 ナイトメアとの戦争が終わり数年が経った今でも必要に応じてライセンサーの仕事はしているけれども、彼の生活は随分と変わった。
 成人してやや伸びた髪を後ろでゴムで括った彼の様相は戦争の頃より幾らか大人っぽくなったように見えるけれど、祭莉自身は月日の流れに『やりたいこと』と『大切なもの』をより身近に感じられるようになったという変化の方をより強く感じていた。
 やりたいことは、仕事。かねてからの貯金やライセンサーとしての収入もあり、服飾に係る個人事業でありながらも安定した生活を送ることが出来ている。

 そして大切なものは――。

 リビングに向かった祭莉は、ある光景を目にして一度頭を抱えた。
 持病の頭痛ではない。別の意味で頭が痛くなっただけだ。
「……アグ、座ってていいよ。ボクが取るから……」
 彼の目の前では、アグラーヤ(la0287)がリビングの先にあるベランダから身を乗り出していた。
 どうやら洗濯物が風に飛ばされ、マンションの敷地内にある木に引っかかってしまったらしい。
 普段のアグラーヤなら軽やかに身を躍らせたろうけれども、流石に今はやめて欲しい。
 大きくなったそのお腹に眠っている新しい命に、何かあってはたまらない。
「やだー、ちょっと動くだけー……」
「いいから、座ってて」
 ごねる妻を嗜めるように少し強い口調で言って、祭莉は外へ向かうべく踵を返した。
 ライセンサーとしての祭莉は肉体労働派ではない。木登り程度なら出来るけれど、自室からひとっ跳びとなると目測に自信がなかった。


 素直に下から登って飛んでいった服を回収した祭莉が部屋に戻った時、アグラーヤはソファーの上でシュンとしていた。
「アグがいくら頑丈でも……お腹に響くか分からないから、無理に動かないで……」
「……動けないし戦えないじゃ私本当に役立たずだよ、マツリ」
 俯いたまま上目遣いで祭莉を見上げるアグラーヤ。
 もとより、アグラーヤは女性としての自分に自信がなかった。
 そんな自分でも受け入れて結婚した上に、献身的に支えてくれる夫に対しての申し訳なさもあり、つい無茶をしてしまいがちになる。
 その申し訳なさの根底には、『唯一の取り柄』である戦闘が出来ないことに対する強い焦りと不安があるのだけれども、その二つの点の結びつきをなかなか自覚できずにいた。
 何せ、ライセンサーとして怪我を負ったとしても、その療養期間は現在の妊娠による休養期間に比べると遥かに短い。
 身体を動かせない退屈さというフラストレーションも含め、今の状況は彼女にとって初めてだらけなのだ。
 すぐに自覚しろ、と言われて出来るものなのであれば、無茶をして叱られるなんてことを繰り返したりはしない。


 祭莉とて、アグラーヤが無茶をすることを読めないわけがない。
 ちゃんと産めるかどうかも心配だけれども、それ以前に危険な野生動物を見ている気分にすらなる。
 だからこそ、自分がちゃんとしなければ、と思う。
 ライセンサーの友人や知人の手を借りながらも、生活能力が壊滅的なアグラーヤの為に家事を全て取り仕切っているのもその一環だ。
 欠点含めて愛しているのだから、何ら問題はないし仲もいい。

「気分、悪くなったら言ってね……」
 そんなわけで夕食も祭莉が作った。妊娠中は味覚が変わるらしいことも考慮しつつ、出来るだけそういう負担をかけないものを作ったつもりだ。
 テーブルを囲み食べ始めようとしたとき、スマートフォンが鳴動した。
 SALFからのメッセージだ。
 どうやら住んでいる街の近辺に残存ナイトメアが出没し、住民の一部に被害が出ているらしい。近隣に居るライセンサーに対処の依頼を送っているのだ。
 となると当然アグラーヤの端末にもメッセージは入ったのだけれども……。
「アグは、家にいて」
 端末に視線を落としていたアグラーヤに、祭莉はそう声をかける。
 顔を上げ自分を見つめてきた妻は、どこか悲しそうな顔をしていた。
「私も行く」
 言うと思った。
 でも、これだけは譲れない。
「ダメ。……今は、此処にいることが……子供を守ること、なんだから……」
 そう告げると、アグラーヤがハッとしたような表情を浮かべた。


 子供を守りたい。
 守るためには、戦わなきゃ。
 メッセージを受け取った時、アグラーヤは即座にそんなことを考えていた。
 もっとも、夫には当然見透かされていたわけだけれども。
「アグが、その身体で戦いに出て……上手く動けないで襲われたら、子供はどうなるの……?」
「……ごめん」
 祭莉の言う通りだ。既に身重である自分が普段と同じ様に戦える保証はどこにもないし、むしろ祭莉たち依頼に向かうライセンサーたちに余計な負担を強いる可能性だってある。
 改めて今の状態を悲観したアグラーヤだったけれども、
「あと、守らせてよ……」
 祭莉のその言葉に、再び顔を上げる。
「こんな時でないと……ボクがアグの前に立つ、ってこと、なさそうだし……」
 男として、というよりは、夫として、妻を守りたい。
 たどたどしいながらそう口にする祭莉を見て、アグラーヤは少しだけ考えを改める。
 ――今の自分は、『守られる側』だ。
 本来は忸怩たる思いをするはずだけれども、不思議とそう感じなくなったのは、最も信頼する人に託せるなら悪くはないと思ったからだろう。
 ついでに、今出られないなら産んだあとで倍倒せばいい、とも。
 だから――アグラーヤはお腹の子を一度撫でてから、柔らかく笑む。
「ありがとうね、マツリ。待ってるから……ちゃんと帰ってきて」
「……うん、なるべく早く帰ってくるからね」
 ややあって祭莉は一つ肯いてから、スマートフォンを片手に自宅を飛び出した。
 ふう、と息をついてその姿を見送ったアグラーヤは、どこか安心した気分になって祭莉が作った夕食に手をつけた。
「……おいしい」
 こんな美味しいものを、早くこの子にも楽しませてあげたいな。
 それだけじゃない、もっともっと色んなものを。
 ――そんなことを考えたアグラーヤが浮かべる表情は、いずれ生まれくる我が子を待ち望む『母親』のそれだった。


 アグラーヤが自分を送り出す一言を放った時、祭莉は思わず息を呑んだ。
 あの時のお腹の子を撫でる仕草と、笑顔……それは、今までに祭莉が見たこともない類のアグラーヤの姿だった。

 赤ん坊の頃から親に育てられた覚えがない祭莉にとっても、自分の子が産まれるという経験は不安もある。
 楽しみもある。
 ……と同時に、命を繋げられる人間になったことに奇妙さも感じている。
 楽しみはどうかおいておくにしても、残り二つはアグラーヤも同様なのだろうと思っていた。最近の無茶は不安の顕れだろう、とも。
 ただ、あの時の表情は――自分が知らない『母親』のものだと何となく思った。
 自分の言葉が切っ掛けになったかどうかまではわからないけれど、母親としての自覚が出てきたのかな……などと考えながら、祭莉はナイトメアが出没したという現場へと向かった。

 無事ナイトメアは討伐され――数日後。
 近所の病院で、彼等は家族として、新しい命を迎え入れた。

「アグ……よく、頑張ったね……」
 産後の退院を間近に控えた一室。
 ベッドにはアグラーヤと、生まれて数日経った子供が横になっていた。
 祭莉が声をかけたアグラーヤはといえば、実際に生まれた子供を見た影響か、更に表情に柔らかさが増していて……これが『母性』か、と祭莉は何となく思った。
「マツリ、抱いてみて」
「……うん」
 そう促され、祭莉もまた自らの子供を抱き上げる。
 小さな命。
 最愛の人と、この小さな命――戦争を乗り越え、平和を手に入れたからこそあるこの穏やかな日常。
 守っていきたい、と、祭莉は強く思った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
津山佑弥です。
大変お待たせしました。お二人のその後を描いたノベルをお届けします。

マスターとしても含めて妊娠から出産までの流れを描くのは初めてでしたので、私としても貴重な経験をさせて頂きました。
お二人のご様子から大分アドリブをきかせましたが、ご満足いただけたでしょうか。
これが私自身OMCライターとしての最後の執筆となりましたが、楽しんでいただければ幸いです。

この度はご発注いただきありがとうございました。
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グロリアスドライヴ
2021年03月23日

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