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『酒と肴と惚気話と』
不知火 仙火la2785)&神取 アウィンla3388

 年代モノの色褪せた暖簾と、引けばガラガラ音を立てる戸を潜って二人の客が店に一歩足を踏み入れる。場末の――と表現をするのは、流石に失礼極まりなかったとしてもいかにも庶民的な居酒屋と言う様なその風情の店には場違い的な感が否めない二人組だ。一人目は背に翼が生えてもおかしくない程に白い髪と赤い虹彩にそれと羽織るコートが目を惹く好青年で、二人目は対照的に濡羽色の髪と藍宝石の瞳にスーツを着た格好と眼鏡を掛けた眼差しがクールに見える男性である。しかし、背格好が良く似ている事と馴染みがある気易い空気で二人が親密な関係だというのは容易に窺え、入ってきた当初は他の客から視線を集めたもののすぐに人々の興味の範疇から外れていった。女性の店員も美形と気付き浮ついたが、人の目が気になるのか、仕事中と思い出したのか、溌剌な対応で空席に案内をすると注文も聞き取って、微笑みを絶やさず厨房へと消えていく。そんな背中を見送る不知火 仙火(la2785)と神取 アウィン(la3388)は打ち合わせでもしたかのように同時に深く息を吐き出した。それは安堵に由来するものである。
「無事、良い店が見つかって助かった」
「そうだな。折角久しぶりに出会えたっていうのに、酒も飲まずに解散じゃ味気ないし」
「ああ。違いないな」
 疲れてはいないが、喉は乾いていたのでまずは軽く挨拶代わりに注文したビールジョッキを手に取ると隣に座る者同士ハイタッチのような滑らかな動作で乾杯し合う。声が聞き取れない程煩くなく、だが乾杯の音は掻き消える程度の喧騒は常連のマナーが完璧に行き届いている証拠。これが、任務で出向いた先でなければまた来たいくらいだなと仙火はしみじみ思う。別に宅飲みも嫌いではないし、好きな酒やつまみを飲み食いする分気楽だとも思うが人間の営みなど眺めながら飲む酒の美味さはライセンサーであればこそのものだろうか。一気に半分煽った後、ビールと一緒に出たザーサイの和え物を摘んで、仙火は追憶に耽った。そして思う。
「――こうしてアウィンに会えたのも何て言うか運命なのかもしれないよなぁ」
「確かにそうかもしれん。俺も近頃は然程依頼を受けていないし……不思議な巡り合わせもあったものだ」
 他人の事は言えないかもしれないが外見のみでいうなら変わらずアウィンはこの手の庶民的な所は似合わないが。まだ知り合ったばかりの頃の表情の変化に乏しくて、ともすれば冷たい印象を抱かせていた彼と比べれば、随分雰囲気が柔らかめに変化したのがよく分かった。嬉しげに眼鏡の奥の瞳を和らげてアウィンは仙火に負けず劣らずの勢いで酒を煽る。といっても涼しげな表情は変わりない。ビール程度水のようなもの、と言っても特に間違いでもないだろう。
「まぁ今日のもだけどな。そうじゃなくて、こんな風に酒飲みながら話とか出来る事が凄くねーかって思って。……だって俺ら元は別々の世界にいて、この世界に来なきゃ、そもそも出会う事もなかったんだぜ?」
「なるほど。そういった意味だったか」
「そうそう」
 そんな他愛のない話をしている間に先程頼んだ地酒と冷奴、塩辛といった単品料理が届く。あっという間にテーブル上に所狭しと並んだ小鉢を好きに摘めるようにと相手寄りの位置に置き直しておいた。
「アウィンって確か、最初はバイトで生計を立ててたんだっけか」
「ああ。一年半程はSALFの世話にもならず、あれやこれやと掛け持ちしていた。最初はとにかく、こちらの常識に慣れるのが大変だった覚えがある」
「あー、地球で言うところの中世ヨーロッパみたいな世界なんだったよな」
「そうだな。ちなみに言えば酒自体も葡萄酒のようなものしかなかったぞ。この世界に来て、初めて違う種類の酒を飲んだときは驚いた。いっそ感動すら覚えたかもしれないな」
「へー。そりゃ俺にはない価値観だな」
 アウィンがSALFに入ったのはもうすっかりこちらの暮らしに馴染んだ後、額の文様も普段は前髪に隠れているから、正直なところかなり感覚の違う世界の出身である事実はおろかこの世界の住人と判別つかない程に見えていた。ビールを空けて早速、含む地酒は想像よりも美味い。
「しっかし、初めて宅飲みしたときなんか、ストイックな感じのワンルームで一人暮らしだったってのに今や家に帰れば愛する妻が待ってる――のか、アウィンのほうが出迎えるのかは分かんねえけどさ、毎日だって側にいて、少しも飽きない相手が傍にいるっていうのはすげーよな。驚いたって言うと違うか、いい相手が見つかるのは納得だし……漠然とイメージしてたよりも幸せそうで、最初はなんか不思議な感じがしたんだよな」
 今はこれ以上ないくらいしっくりくるけどと付け足して、今度はつまみへと箸を伸ばした。彼の最愛の妻である大学教授とは仙火も依頼で何度か行動を共にした仲間としても、元々は友の友としてもある程度は関わりがあり、また不知火家一同を代表して結婚式に行き二人の仲睦まじい姿も目にしていた。きっといつまででも新婚時代と同じように、甘くて幸せな日々を生きていくだろう。絶対そうに違いない。人生何があるか、わからないと二人共が口を揃えて言った記憶が思い出された。まるで、仙火に負けじと張り合うが如くグラス一杯に酒を注いだアウィンが不意に、ふっと短く声を零し、見れば、最近は人前でも見る機会が増えた微笑が唇にはっきりと刻まれているのが判る。眼鏡の奥の瞳に悪戯っぽい輝きが宿るのを見て仙火は彼が何を言うのかが容易に想像がつき、そして内心、狼狽えるのであった。

 ◆◇◆

「仲睦まじいといえば仙火殿もそうなのでは?」
 仙火の言う事は何も間違っておらず、最愛の妻の話をするのも吝かではない。というかむしろ、大歓迎と言っていい。勿論誰も彼も構わずにするわけでなく、相手を選ぶくらいの分別は持っているつもりである。その点仙火はアウィンにとっても親友と呼ぶのがしっくりと来るくらいの間柄。だからこそ不合格で失意を経験した末に現在医学部生になり学業に力を注いでいる、という背景がある上での久しぶりの任務で偶然に一緒になってそのまま酒盛に興じる為に店を探して至る現在、己自身が惚気話をするよりも、仙火の近況に触れたい気持ちの方が強くあった。話を振られた仙火のひょいひょいとポテトを摘んでいた箸が止まったが、すぐ何事もなかったようにまた摘んだ。全て咀嚼しきった後平然とした風を装って言う。
「多分、アウィンが思ってる程はラブラブじゃないとは思う。……つーか、ずっとお互い幼馴染の距離を保ってきたからな。好きなのも好かれてるのも確かだがじゃあ、すぐデートしようとかいちゃつこうとかって感じにはならないんだよなぁ」
 名前を出すのも照れるらしい話題の人物は仙火の幼馴染であると同時に、アウィンにとっては呑み友の一人でもある。元々仲がいいとは思っていたが特別な仲を築いたのはほんの数ヶ月前の出来事。大凡を聞く限り仙火は奥手というか彼女との時間を大切にしたい為にむしろ仲が遅々として進まない、というのが今らしい。
「ふむ、そういうものなのか。俺は仙火殿にぐいぐいこられるほうが彼女も喜ぶのではと思うが」
「いや、俺も何にもしてない、ってわけじゃないんだぜ。絶対不安にさせたくないから、思った事はちゃんと伝えてる」
 恥ずかしそうに見えるのは親友だから分かる事なのか、それとも単純に勘違いなのか。何れにせよ所在なさげに外す視線を向ける先は立てかけられたメニューの端で、徐に追加の注文を側を通る店員にした仙火の口元がふにゃりと緩んだ。その頬は若干ながら朱に染まったように見える。
「好きとか可愛いって言ったときの表情なんか見てるだけで幸せになれるしな」
「俺には全く以て想像出来ないが、二人の仲が睦まじい事は分かった」
 相手の事をそれなりに知っているつもりでもやはり恋人と友とでは話が違うのだろうと思いながらアウィンは頷いた。隣を歩き相手を守り合おうとする二人は最初に知り合ったときからそれが自然で唯一無二のものに見えた。今、恋人同士という関係性になっても、印象は殆ど変わらないが。そうした事を考え始めて、思い浮かぶものがあった。
「――俺の部屋で飲んだ時の話が、今となっては嘘のようだな。お互いに」
 そう零す言葉に一瞬仙火は少し目を丸くして、先程本人も言っただけにすぐさま思い至り笑う。
「本当にな。前は二人とも恋愛には興味がない、って断言もしてたくせに、アウィンは結婚して俺もあいつと恋人になって、まあ何年か後には結婚もするしな……」
 そういえばあのとき仙火は今まで交際してきた相手に、幼馴染に気持ちがあるのだと疑われて別れたと言っていたのだったと思い出す。果たしてそれが、根拠のない嫉妬だったのか仙火自身が自覚していないというだけの話で実はその真意を見抜いていたのか、或いは誰かしらによる印象の裏工作があったかもしれないが――まあ真実はどうであれ当時の恋人に言われていた通りの形に収まったわけだ。アウィンはアウィンであわよくば領主に近い立場に収まろうと画策をしていた連中に付け狙われ、なまじ、近寄ってくる女性自身は政略結婚を望んでいないケースもあっただけに複雑な心境になっていた。自分や、仙火と今後知り合う者は、二人共が恋愛に対しトラウマめいたものがあっただなんてとても信じられないかもしれない。乗り越えられる相手が無事に見つかってよかったと思う。極めつけに運ばれてきた泡盛を開けてアウィンは呟いた。
「つくづく人の縁とは分からないものだ。それぞれ人を好きになれたのは勿論、元々は異なる世界で生きていた仙火殿との縁も、含めて」
 先程も少し言及した話だが。この世界で放浪者と呼ばれる存在になって、しかしそれでも、放浪者が皆、ライセンサー全員と交流出来ているわけではない。元は彼に剣術を学んで、それで終わりにはならず以降も数々の戦いや行楽を経て相手を親友と紹介出来るような仲になっていって。是非と結婚式にも呼び妻共々に仲良くしている。ついでに言うならばこうして酒を酌み交わす酒友でもあった。アウィンは仙火のグラスに泡盛を注ぎ、仙火もまたアウィンのグラスに並々と注ぎ返して乾杯をする。酒に弱い人間であれば目をひん剥くレベルの度数の高さも何のそのと申し訳程度にだけ割って飲むと、喉が焼け付く刺激と一緒に舌に甘みが、鼻に泡盛特有の香りが漂った。
「本当に人は変わるものだな。最初はただ剣術を教えてただけで後はちょっと天然な友達だなーくらいの感じだったのに気が付けば、腹を割って身の上話をしたり惚気たりして。今では大事な親友だもんなぁ。ついでにこうして外で飲んでも酔い潰れるかの心配もしなくていいくらい、強くなって」
「……ああ。その節は大変な苦労をかけた」
「別に全然、いいけどな」
 初めて彼を家に招き宅飲みしたときは愚痴ってすっきりした後、飲み明かそうと盛り上がったはいいが、一定の酒量を超えると唐突に寝落ちする性質のせいで仙火に布団に運ばれグラスや皿を洗い元に戻してくれたりと世話を焼いてもらった。その後結婚前の妻と酒絡みの任務に入る事が増え酒処の飛騨にも飲み友達が出来て、酒を飲む機会が増えた結果現在は全く酔わない。
「別々の道を歩む事になっても、仙火殿の事は忘れない」
「何湿っぽい事を言ってんだよ。あっちに帰っても別にそれが最後ってわけじゃないんだぜ。いざとなったら、父さんにでも頼んでまた会いに来るさ」
「……そう、か。そうだったな」
 大きな屋敷に小隊仲間達も暮らす彼の家は住人全員がどうするのかを決めるまでその居場所として残り続けているが、こちらの世界で生きていこうと決めたアウィンとは違い、いつか必ず帰る身だ。それを思い、口にした感傷は他ならぬ彼の言葉に風に吹かれる花びらのようにあっさり吹き飛んでいった。
「ほらほら、景気付けにもう一杯! もし万が一酔い潰れても心配すんな、背負って連れて帰ってやるよ」
 歯を見せて笑う仙火を見てアウィンも笑うと、勝手に注ぎ足されたグラスをすぐさま手に取る。
「では、頼もしい言葉に甘えようか」
「おう」
 言質は取れたので、今度は自分もまた別の酒を頼もうと考えながら彼とグラスを合わせる。その小気味いい音色は変わらず縁が続くと教えているかのようだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
宅飲みの話を書いたときは、確かに二人共にこんな
未来が訪れるとはあまり想像出来ていなかったです。
それがそれぞれ恋愛的な意味でも幸せになれたのは
とても喜ばしいことですし、こうして飲み会続きを
書かせていただけたこともまた、嬉しかったですね。
前回とは逆に不知火邸で飲むのも少し考えたものの、
普通の人達が突如現れた美形コンビにざわざわする
のをちょっと書いてみたかった、という理由だけで
このシチュエーションになりました。他にはまるで
活かせていませんがっ……お相手さん二人も互いに
惚気る様子が目に浮かぶようでした。
今回も本当にありがとうございました!
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2021年03月24日

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