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『同じ世界で、息をしていた。』
Ashen Rowanla0255)&ケヴィンla0192)&桜壱la0205)&化野 鳥太郎la0108

【DD】作戦――人とナイトメアの、尊厳を懸けた戦いが終わり。
 2060年12月。未だ戦後のゴタゴタは色濃いけれど、戦士の戦士としての務めは一先ず峠を越えた訳だ。
 やれやれ、一段落である。ようやっと羽を伸ばすことができるのである。

 そういうわけで。
 Ashen Rowan(la0255)は行きつけの銭湯に赴いていた。ひとっぷろ浴びて、サッパリして、今はマッサージチェアに深々と座っている。リクライニングを少し倒して、目元にはタオルをかけて、膝には男前なアヒルさん人形(名前はリチャード)を載せて、揉み玉と振動に疲れ切った体を委ねていた。
 嗚呼、ここでこうできるのもあと何回だろうか――SALFから去ることを決めていたローワンが、ヴヴヴヴヴヴヴと揺れる意識の中でしんみり思っていると。

「はーいい湯だった。コーヒー牛乳買うけど桜壱さんは何か要る?」
「では……では……Iはフルーツオレで!」

 聞こえてきたこの声は……化野 鳥太郎(la0108)と桜壱(la0205)のものだ。

「桜壱さんはカフェオレとカフェラテの違いって知ってる?」
「データベースにアクセス……どちらも『ミルク入りコーヒー』という意味ですが、カフェオレはフランス語、カフェラテはイタリア語で、前者はドリップコーヒーを、後者はエスプレッソを使用しています」
「なるほどー……じゃあフルーツオレはドリップされたフルーツが使われてるってこと……!?」
「濾す行為をドリップと定義するのなら、ミキサーにかけたフルーツ濾したフルーツオレはオレってるのでは……!」
「え〜すご〜い!」

 きゃっきゃうふふしている。相変わらず平和な様子だな……とローワンが思っていると、ここで新しい声がした。

「あれ? 化野君に桜壱君……それにローワン君も」

 この声はケヴィン(la0192)だ。名前を呼ばれたのでローワンは目元に載せていたタオルをどかして、知り合い達の方を見た。どうやらケヴィンは銭湯に来たばかりで、鳥太郎と桜壱は風呂から出たばかりのようだった。

「なんだか……こんなところで会うなんて、珍しいな」

 SALFですれ違うことは時々あるけど、とケヴィン。片腕を上げて会釈するローワン、「こんばんは!」と鳥太郎と桜壱は声を揃える。
 立ち話もなんだ。畳が敷かれた休憩スペースへ。鳥太郎が「俺のおごり」とケヴィンとローワンの前へ牛乳瓶を置いた。「Iがお開けします!」と桜壱が牛乳瓶の紙蓋を取ってくれた。ケヴィンは機械腕ゆえ力加減を誤りかねないから、ローワンは隻腕では開けにくいだろうから。
 まあ酒じゃないならなんでも。ケヴィンは「ありがと」と礼を言いつつ、冷たい牛乳瓶を手に取った。一口、冷たい心地。きっと風呂上りなら格別においしかったのだろうが、まあ、風呂前の水分補給も大事だからってことで。
 ローワンもまた、もらった好意をわざわざ無下にする必要もないので、冷たくて濃い牛乳に少し口をつけた。ありふれた味だ。だが悪くはなかった。

「なんだか皆さんとお話しするのって、久し振りですねっ」

 座布団の上で正座している桜壱が声を弾ませた。

「その――いろいろと、お疲れ様です。まだ結構ドタバタ忙しいかもですが」
「まあね。手続きが混雑しててさ」

 肩をすくめてケヴィンは『手続き』について続けた。

「この世界から旅立つ手続き。……まあ、いろんな放浪者がおんなじようなこと考えててさ。前例もないマニュアル化もされてない事態だから、もう受付窓口がてんやわんやで……三月中には済むと思うんだが。……俺には俺の戦場がある。俺は必ず、元の世界へ辿り着く」

 いつも通りの物言いをしているが、その瞳は本気の色を強く宿していた。ケヴィンは放浪者だ。ずっとずっと戦い続けてきた。兵士なのだ。日常に長くいると「気が狂いそう」になる。もうこの世界は平和になったから、ケヴィンのような兵士は必要ないだろう。餅は餅屋へ、兵士は戦場へ、自明の理だ。
 机に置いた腕、その指先は無意識的に、シャツの胸ポケットに入れた電子煙草に触れていた。

「そっか……こういうの類友って言うのかな。俺もSALFライセンサーじゃない道を進むつもりでさ」

 鳥太郎は視線を伏せ、小さく深呼吸をしてから仲間達を見た。

「俺は軍事に参加する。これまでの戦闘経験とか、まあ……自分で言うのもなんだけどライセンサーの実績とか、SALFの誰ぞの紹介とか、そういうので入隊手続きするつもり。――あ、言っておくけど兵隊として人間と戦うとか、そんなんじゃないから!」

 ナイトメア問題を解決したい。鳥太郎はそう語る。前線で悪夢と戦うあらゆる人を、あらゆる場所で支えたい。いつか誰しもが笑って、平和を当たり前として享受できるように。それが彼の望みだった。

「厳密にはまだ戦いは終わっていないしね。俺は俺にできることをやるつもりだ」

 休憩室に置かれたテレビではちょうどニュースが流れていた。最近はどの局も人類の勝利についての話題で持ちきりだ。今年いっぱいはこのおめでたいムードは続くのだろう。
 だけど鳥太郎は知っている。このニュースを素直に喜べない人がまだ世界中にいることを。だからこそ――届けたいのだ。届きにくいところにこそ、差し伸べる手を、奏でる音楽を、届けたい。
 目を閉じれはいつだって思い出せる。ピアノと向き合う『父』の背中。戦場でピアノを弾きながら、血の繋がらない彼を育てた『父』の気持ちが、今なら少しだけ分かる。

 次に「これから」の話をしたのは桜壱だった。

「ナイトメアがいなくなっても、困ってる人たくさんいるの知ってるので」

 桜壱は軍属にはならないが、SALFライセンサーとしての残留ナイトメア対応、ナイトメア被災地への復興支援を行っていくつもりだと語った。それから――

「ヴァルキュリアの人権確立も! Iのでっかい夢なのです!」

 ロボットである彼らが人間と平等かと言われれば、答えは否だ。結婚、養子を持つこと、参政権、エトセトラ……未だロボットが持たない権利は数多い。『鉄(ロボット)』の体は『肉(ニンゲン)』にはなれないけれど、ヴァルキュリアが人間のように生きられる世界を実現させることは、できちゃうかもしれないのだ。

「I、まだまだきっとお役に立てると思うのです。だから、もっともっといい世界にしたい。ここはWeが未来を勝ち取った、Weが生きていく世界だから」

 子供が夢を語るようにどこまでも無垢に、そして壮絶な最前線を駆け抜けた生還者としての責任感を以て。
 鳥太郎はそんな桜壱の横顔を見つめていた。それから仲間達を見渡して、しみじみ、天井を仰いだ。

「思えばさ……怒涛の数年だったね。こうしてライセンサーとして戦いに来れたのは良かったと思う。後悔はないよ」

 皆は、と言外に尋ねられているような気がして。「そうだなぁ」とケヴィンが言葉を継いだ。

「まあ……この世界への転移を否定することは、皆との思い出や勝利も全否定する訳で。……いろいろあったなぁ。桜壱君は?」
「Iも! いろいろ、たくさんあって……外付けHDDが欲しいほどです!」

 ヴァルキュリア流ジョークである。にこやかに、桜壱は自分の胸に掌を当てた。

「Iはヴァルキュリアですから。皆さんとの思い出、忘れません。絶対に忘れません。皆さんの顔を、声を、言葉を、一緒に戦えたことを……」

 桜壱の仕草は幼い、だけどその心には人間の大人にだって負けない輝きがある――ローワンは隻眼を細めた。
 こんな風に仲間達とやりとりをするのも久し振りだった。騒がしくて溜息が漏れるような日々……それがローワンにとってのSALFでの時間、過去だった。

 いろいろとあった――出会いも、別れも、屈辱も。
 幼女、園児服、コックピット銭湯……いささかおかしな経験もあったが。
 まあ、でも、悪くはない日々だった。まるで微睡む夢のような。
 そして――不快だった。
 戦場に出る一般人や子供が。一般人や子供が戦場に出なければならないこの世界が。それを是としない善人の切なる想いが報われぬ現実が。
 いくさは終わったのだ。ならば日の当たる場所で穏やかに生きればと、そう思うのに。

(……決めたのであれば何も言うまい)

 元より、口を出す権利などなく。
 燃え尽きた灰に、未来を照らす灯火の役など務められるはずもなく。
 灰は灰に。塵は塵に。風に流され、塵芥として消えていくだけ。

「そうか」

 だからローワンにできるのは、相槌だけだ。
 これから、のことを彼は唯一話さなかった。話すつもりはなかった。表情はいつもと変わらず、霧深い夜のような。その一つだけの眼差しから真意を慮ることもできなかった。そして仲間達は、その黒い色の中から真意を無理に掬い上げようとはしなかった。それはローワンという男への敬意と信頼がゆえだった。
 ――ローワンは内心で自嘲する。ほとほと、よくできた『友人』達だ。甘えさせてもらっている。自分は最年長であるというのに。そしてこういう者らと繋がりを持つことを、世間では「さいわい」と呼ぶのだろう。
 なれど、夢は覚める。もはや道が交わることもない。それでいい。停滞に意味はないのだから。

「……俺はそろそろ失礼する」

 これ以上同席していても、自分は言葉を濁し続けることしかできないから。
 席を立つローワンだが――ぽふり、と胴体に柔らかな心地があった。見下ろせば桜壱が、男の痩せ枯れた身体に抱き着いていた。

「お身体に気をつけて」

 ローワンは何も言わなかった。だけどこの場にいる誰もが、薄々感じていたし察していた――きっともう二度と、彼と会うことはできないのだろうことを。

「無茶しちゃだめですよ、疲れたら休むんですよ」
「……」

 肯定の言葉はなく、しかし、ローワンは夜色の目を細めると、片方だけの掌で桜壱の頭をひと撫でした。
 彼らという善人に、幸福のあらんことを。彼らの努力が報われんことを。
 ただそれだけを心に願った。

 ――立ち去る寸前、ケヴィンと目が合う。
 彼は何も言わなかった。だが眼差しが語っている。『同類』だから分かるのだ。己と似て、非なる道を往く者同士。ケヴィンの目はこう語っていた。

「精々死ぬまで足掻こうじゃないか。お互いに」

 ローワンは――
 最後までいつもの不機嫌そうな顔のまま、唇は一文字に引き結んだまま、それを自分にできる最大の返事として、踵を返した。

「……ま、悔いのない人生だといいね」

 見えなくなった背中を見送り、ケヴィンは誰とはなしに呟いた。これから世界を渡る彼は、この世界の未来を知ることはできない。だけど――皆が選んだ道に、後悔だけがないように。
 桜壱も同じように願っていた。皆の道の先に、彼らが求めるものと、少しでも幸せと安らぎがあるように。

「じゃあ、俺もそろそろお風呂入ってくる。牛乳ごちそうさま」

 ケヴィンは気さくに片手を上げた。すると桜壱が、今度はケヴィンにハグをした。

「……桜壱君、そんな寂しそうにしなさんな」
「してないですっ」
「そっかぁ」
「嘘……ほんとはI、ちょっぴり寂しいです……」

 大きな戦いが終わって。
 ローワンのように、SALFを離れる者がいる。
 ケヴィンのように、世界を旅立つ者がいる。
 いなくなるわけじゃない。それぞれの道を進むだけ。
 分かってる。そうやってありとあらゆることが変わっていく。
 分かってる――それは新しい時代の始まりで、喜ばしいことのはずなのに……。

「ずっとずっと、お元気でいてくださいね」
「もちろんだよ、ありがとう」

 ケヴィンは桜壱の頭をぽんぽんと撫でると顔を上げた。鳥太郎と目が合う。なんとなく、なんとも言えない笑みを交わし合った。お互いに深く追求し合わないけれど、それは太い信頼があるがゆえだった。

「楽しかったよ、ほんとにさ。……ケヴィンさん、三月に発つんだっけ? まだ時間あるからさ、うちに遊びにおいでよ。今度引っ越すから新居にさ」
「へー、いいじゃん」
「おかげで今は準備でバタバタしてて大変だけど! 特にシェルターがな……。まあしばらくは残しておこうかと思うけど」
「そっか。……まあ、引っ越しが終わったら教えてよ。引っ越しそば持ってくわ」
「うん。約束。……ほら桜壱さん、ケヴィンさんお風呂いくって。そろそろ離してあげな」

 鳥太郎が優しくそう言うと、「ふぁい……」と桜壱はゆっくりとケヴィンから離れた。
 それじゃーまた。いつものように、なんてことない風に、それぞれが踵を返す。

 ●

 ケヴィンは小さく微笑んだ。彼らについて心配はない。特に鳥太郎も桜壱もこれ以上なく善人で、そして強い。きっと大丈夫だ。ローワンも、先程視線を交わした通り。そこに光がなくったって、それが彼の進む道なら、見送ることが最大の敬意だ。

「さーて、風呂風呂っと」

 ぐっと伸びをする。これから待つのが果てしない戦いでも、ケヴィンの心はどこか晴れやかだった。

 ●

 銭湯から出れば、十二月の冷たい空気がさあっと鳥太郎と桜壱を包んだ。
 鳥太郎は手の甲にちょんと小さな手が触れるのを感じた。桜壱の手だった。

「……だめですか?」

 どうやら手を繋ぎたいようだ。「いいよ」と鳥太郎は微笑んで、小さな機械の手を包み込んだ。血が通わない手、だけど柔らかいし温かい。そしてこの手は、誰よりも一途で優しいことを鳥太郎は知っている。

「俺達がさ」

 繋いだ手を振って、歩調を合わせて並んで歩いて、その中で鳥太郎はポツリと言う。

「誰かの幸せを願ってるように、俺達も……誰かから、幸せを願われてるんだなって」

 だからこそ。男は隣の桜壱の方を見た。視線に気付いたロボットの目を見つめて、こう告げた。

「幸せになろうね、俺達」
「はいっ、もちろんです!」

 ●

 吐いた息は白く解け、オリオン座の空に消えていく。
 街灯も疎らな夜道を、ローワンは独り歩いていく。
 そこに悲哀はなく、後悔はなく、同情は不要で、幸福とは言い難いが、不幸の烙印もまたふさわしくなかった。
 それから彼はどうなったのか? それは誰も知らない話で。
 ただひっそりと暗がりへと消える。拍手喝采も何もなく。音もないまま、幕は下りる。
 それでも男は、かつての友の行く先がこうであるように願った。夜空を見上げながら、祈りのようにつぶやいた。

 ――めでたし、めでたし。


『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました!
奇しくもこちらが私のGでの最後の作品となりました。
グロリアスドライヴを遊んでいただき、たくさんのドラマを見せていただき、本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2021年03月24日

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