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『今日この晴れの日は、ランテルナにて。』
珠興 若葉la3805)&ルシエラ・ル・アヴィシニアla3427)&ラシェル・ル・アヴィシニアla3428)&日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785)&珠興 凪la3804)&不知火 楓la2790

 昼間うたた寝の一つもしたくなる麗かな陽気は初夏が迫っている事を人々に教えるようだ。季節の変わり目に崩れてしまう天気も今日は雲一つない晴天の青空が広がっていて、徐々に橙色が青色を塗り替えていく深いコントラストを描く。そんな、四月の日本と大きく変わっていない気候は二人の門出を心の底から祝福するようと、ここに訪れた僅かな招待客は全員が揃って思っただろう。まさしくその言葉を、今回サポートに当たってきた従業員から言われ、本日の主役となったところの珠興 若葉(la3805)及び、珠興 凪(la3804)は互いを見て、照れ臭そうに笑った。過ごした時間が長くなるにつれて、言葉にせずとも考えが解るようになったと同時に似てくるものがあると感じるが欠片も悪くない。
『ありがとうございます』
 と口を揃えて返しても嬉しい程だからこの先も飽きないだろう。
「色々と希望に応えていただいて本当にありがとうございました」
「本番もどうぞ宜しくお願いしますね」
 最初に若葉が言い凪も続けると一緒に頭を下げた。その姿に対して従業員もまた、事務的なものに見えない快活な笑みを浮かべて、はいと頷く。そうこうしている間に時間が差し迫ってきたようで控え室にノックする音が響いたかと思えば別の従業員が顔を覗かせ、招待客の全員が既に二人を待ち受けている事を告げた。顔を見合わせて黙って頷き合うと、先に立ち上がった凪が若葉に手を差し出す。汗こそ掻いてはいないが緊張している事は良く自覚していた。――と、己の手を取る若葉の手が少し震えている事実に気が付き凪は、顔を思わず覗き込む。
「なにも怖いことなんて、ないのにね」
「うん。でも今日という日を大事にしたい、とは思ってるよ」
「だね。俺もそうしたい」
 そんな風に言葉を交わし合うだけで、生涯にたった一度っきりの催しを台無しにしたくないという思いからくる緊張が徐々に和らいでいくのが解る。向かうのは全面ガラス張りのある建物。美しい外観を支える白い外枠も込みで空の色を、美しく切り取っているそこは、エオニア王国が誇る施設、ランテルナのチャペルだ。
 ――二千六十一年四月二十九日。今日は共に珠興の姓を名乗る若葉と凪が結婚式を行なう日だ。緊張と、それ以上の幸せに満たされながら、二人は扉の目前で立ち止まる。その先に待っている、自分達が招待した人達の背を見つめて、そして、繋いでいた手を解き――。

 ◆◇◆

 ルシエラ・ル・アヴィシニア(la3427)はずっと落ち着かずにいた。正確には今年に入ってすぐに、招待状を受け取ったその日からか。何度もカレンダーを眺めて指折り数えつつ待つ、一つの大きな催しに違いなかった。待ち侘びた日が来たのだから、気持ちが浮ついてしまうのも、仕方がない事だろう。
「ラシェル、早く早く!」
「そう慌てなくとも結婚式は逃げないぞ?」
 こちらからすれば何故兄のラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)がいつも通り落ち着き払っているのか皆目見当もつかないくらいだ。釘を刺されてもニコニコと笑みを浮かべたまま振り返り顔を覗けばわざとらしい咳払いをして気持ち早足になりながら彼はルシエラを越えていく。後を追ってすぐ真っ白な人影が見えて「あ」と短く声が出た。きっと、今は二人共同じ格好だけれど、赤い髪を見れば誰か判る。
「若葉だの」
「ルシエラ、ラシェルも。今ここで会うと思わなかった」
「それはこちらの台詞だ。しかし、凪はいないのか」
「うん。今は俺だけだよ。打合わせ前にどんな感じかを確認したくってさ」
「確認、だの?」
 これ、と若葉が指し示したのは、今日のこの結婚式に参列する人々を迎える受付、そこに飾られたウェルカムボード。すぐ様興味を惹かれてルシエラもそちらに近付いていって眺める。その名前の通り参列者を歓迎するメッセージが金色の額縁の中に書かれているだけではなく、事実仄かに光っているランタンに国の特産品の、ミーベルを模した花弁があしらわれていたりだとか、色も形も様々な物が、バランスよく配置されていて、豪奢なイメージを醸しているブーケで彩られている。二人顔を突き合わせてデザインを考えたのだろうと、想像させた。
「とても素敵だの!」
「メッセージが手書きと言うのも二人らしいな」
「ありがと。凪にも後で言ってあげて」
 知人友人がとても多い彼らであれば会場を埋め尽くすくらいの参列者が祝福をしてくれるだろうがアットホームな結婚式にしたいという本人の希望でごく少人数でのものとなって招待されたのはルシエラとラシェル以外にも――。

 ◆◇◆

 若葉がラシェルとルシエラの兄妹と思わぬ形で顔を合わせた頃、控え室を出た凪も参列者と鉢合わせていた。
「凪!」
 そう真っ先に声をあげたのは左隣を歩いていた不知火 仙火(la2785)。彼を挟み更に左にいる不知火 楓(la2790)が、さり気なくも仙火の袖を引いたらしく、音は立たずとも絨毯を踏み躙る足が落ち着いた。
(すぐに手綱を握るのは流石と言ったところですね、楓)
 と最早嫉妬をする気にすらもなれない恋人同士の距離に日暮 さくら(la2809)は一人そんな風に思った。会場入口に行こうとしていたらしい凪はすぐこちらに気付き、振り向くと彼のほうからも徐々に歩み寄る。
「やっぱかっけぇな」
「仙火さんこそ。隣に並ぶの、気が引けちゃう」
「最初っから凪の隣に立つのは若葉だけだろ?」
「仙火さんにとっての楓さんがそうであるようにね」
「間違いないな」
 仙火がまず不躾にはならない程度に凪の格好をしげしげと眺め言い、その言葉に彼の苦笑が返ってくる。ちょっと引き気味に本気でなっている姿が面白かったらしく楓は笑いを堪え切れずくつくつと笑った。仙火の内面に惚れ込んだ自身も全く文句なしと認める伊達男っぷりも今日は誰が主役か弁えているだけに、黒のスーツにグレーのベストを組合わせた落ち着いた装いへとなっている。髪を上げた容姿と合わせ大人っぽく見えるから不思議だ。と、そんな彼のポケットの中のチーフが気になったみたいでそれを楓が直して、唯一若干ながら目を惹く柔らかい雰囲気のネクタイの赤に目を向けると頬を緩めた。赤色は仙火の印象が強いと同時に楓が身に纏う色でもあって。言葉に出さずとも惚気られた気分になった。
「仙火と楓の二人はいちゃつくのも程々に。この式の主役は凪と若葉なのですから」
「そんなつもりじゃないけど……さくらも、せっかく可愛い服を着たんだから笑って?」
「世辞なんて言われても――」
「ああ、よく似合ってるよな」
「うんうん」
 楓も今は意地悪しないと分かっていてもつい、ムキになって反論しかけたものの、畳みかけるように仙火と凪に褒められてさくらは薄く開く唇から先程の続きを言わずに黙って口を閉じた。
「私の見立て通りでしょ」
 そう得意げなのは楓だ。彼女が候補に挙げてくれた中から一着選んだパーティードレスは髪色と同じ淡さながら水色で気候に合う七分袖に裾も脹脛が隠れる程度に長い上レースもないシンプルさは大人びた印象を与えている。定番の真珠ネックレスも品良く華やかな雰囲気を引き出していた。――と妙に全員から注目を浴びていると気付き、段々と羞恥心が顔色に映し出されるのを感じる。
「それよりも! 凪の格好についても称賛するべきでしょう。何やら、アクセントカラーのイメージが違っていて驚きましたが――」
「あっ、あっちにいるのって若葉じゃないか?」
 話を変えたかったとはいえ感想は心からのものだったので、遮られてさくらは仙火を睨みかけたが、彼の言葉に思わず目で示すほうを見た。確かに凪と同じ白いシルエットと、幼馴染の二人の姿があり――。

 ◆◇◆

 ファーストミートという演出がある事は、若葉も凪も漠然とながらも知っていた。とはいえ二人共、男であるし、それに奇を衒った服装をする気もなかった為に純白のタキシードの下に着るベストやネクタイに、それとチーフの色や形だけだ。だからあくまでも本当に衣装の事よりも心の準備等を一人でしたくて、別々の控え室で着替えた後で、受付など見に行きたくなって挙式の前に出てきたが――。
 そうして予想外の形で、一生に一度のファーストミートの体験をした二人は様子をラシェルによって写真にぱしゃり収められた後、二人で一緒に控え室まで再び引っ込み、スタッフに謝意を述べてから挙式の時間になったのでまた戻ってきた。ガラスで出来ている故に皆が起立し式が始まる瞬間を待っている背中が見え、そしてここにやってくるまで握っていた手を解いた。ふうっと息をついて若葉に凪が腕を差し出しふわりと微笑む。見返した若葉の目の端に牧師が式を始めると言うのが見えた。
「行こうか」
 遂にこの時が巡ってきた幸福が緊張を穏やかな感情に塗り替えていった。若葉も微笑み返して、
「うん、行こう」
 と言い凪と腕を組んだ。そうして式に臨む心積もりが出来た二人を見て、すぐ近くで待機していたスタッフがブーケを差し出した。ふわりと花開いた薔薇の花を縁取るように小ぶりな紫陽花が取り入れられ、リボンも含めて純白のそれに紫陽花の緑がかった色味が混じっていて、植物らしい瑞々しさを感じさせる。二人で一緒にブーケを持ち観音開きの扉が開かれるのに合わせて足を踏み出す。最初は若干のずれがあった歩みは一歩二歩と進み出すにつれ、ゆったりした速度も歩幅も次第に息が合っていった。凪は腕に触れる、愛しい人の存在を今日というこの日は殊更特別に感じて、胸が一杯になる。若葉もまた同じ気持ちだった。
 今回招待した人が少ないからとざっと軽く数えても百くらいは収容出来るだろう席の通路に近い側にばらばらに起立している皆の隣を歩く際に若葉と凪は一人一人の顔を見つめ返しつつ満面の笑みを浮かべ、笑い返された事に彼らが自分達を祝福している事実がこれ以上もなく伝わってきてますます嬉しい気持ちで満たされる。ラシェルは、静かに見守ってくれていて目が合えば軽く手を振り微笑み返してくれたし、ルシエラなどは反対側に立った兄から彼女に向き直るより前から、愛おしいものを見る眼差しで微笑ましく頬を緩めていた。教派に縛られていない青のバージンロードを進んでいき、祭壇に辿り着く。その後牧師が神に祈りが捧げた後、いよいよ誓約する為の問い掛けがまずは凪に向けられる。名を呼ばれても既に背筋はまっすぐに伸びていてそして、それは視線と共に対象としての名を口にされた若葉も同じだった。
 健やかなる時も病める時も――と牧師の一言一句を噛み締めるようにその口上を聞き、誓いますか、と問われた凪は、
「誓います」
 胸に去来する感動にも似た、一言では言い表せない感情を込めて毅然と皆の前で誓う。これからも支え合っていく事、生涯若葉を愛し抜く事の両方をその五つの音に乗せ。そしてそのまま凪は若葉の左手を取り、薬指に嵌められた指環に唇を寄せ――決して細身だとは言えない、それのみならず指にもそっと唇で触れた。一連の流れを見守っていた牧師は満足げに、或いは実に嬉しそうに頷いて、今度は若葉へと凪を対象とした同一の問いを掛けた。誓った凪を見つめつつ幸せそうに微笑んでいた若葉も正面を見る。
「誓います」
 と次いで感慨に耽られる程度の間を挟み答えた若葉はこれからも共に歩んでいく事と、生涯凪を愛し抜く事を五音の言葉に込めた。先程に凪がしたように若葉もまた彼の左手を取り指環と指に甘く優しく唇を触れされる。何も形に囚われる必要はないのだと共に考えた自分達の誓いの証。
 次第に陽が落ちチャペル各所に配置されたランタンの明かりが人々を照らす。純白のタキシードに、グレー寄りの青を纏った若葉とピンク色に近めの赤を纏った凪は勿論二人を祝福する全員が皆等しく――。

 ◆◇◆

 挙式を終えた後皆はランテルナの敷地内にあるローズガーデンへと足を運ぶ。夜は披露宴を行なう予定になっていた。今現在はランタンによる照明が薔薇を光らせ昼と違った雰囲気だ。
 着席した仙火は式の際とは違い解り易くも相手のイメージに沿った色のタキシードにお色直しをした二人を見守った。ブーケを小さくした風なトーチを手にゲストテーブル二卓に分かれて座っているこちらに段々歩み寄ってきている。互いに彼の色を身につけたかったのだろうと、式が終わった後にそうしたり顔で解説してくれたのはルシエラだったが全く気が付かず、言われてもしっくり来なかったのは自分達は普段も同色を纏うからだろうか。
「おめでとう! とっても素敵な式だったの!」
 そんな声が聞こえ見ればルシエラが自身の傍に置かれたランタンに明かりを灯しにきた凪と若葉を笑顔で迎えて祝福をしているところだった。それは向かいの席のラシェルも同じであって、
「いい式だったよ、おめでとう」
 そう二人に笑って声を掛けている。クールかつ真面目な兄に天真爛漫を体現したような妹と普段は血の繋がりを感じる事がないくらいに二人は逆のタイプに見えるが、笑顔が良く似ているとそう思った。
「今日は来てくれてありがとう」
 ルシエラとラシェルそれぞれの席のランタンへと火を灯し、そして仙火達が座るテーブルへと向かう途中で五人全員を労わるようにぐると皆を見回した後で凪が言う。若葉も微笑みを浮かべつつ仙火の隣へと立ち。目の前のキャンドルに灯ったのを見つめ仙火は彼のほうに向き直った。
「結婚おめでとう。何時までも幸せにな」
 祝福に凪と若葉もありがとう、と返す。
「二人共おめでとうございます」
「本当におめでとう。さっきルシエラとも話してたんだけど、もうどこからどう見ても夫婦だよ」
「一応、籍は入れてあったけどね――っていうのはさておき、やっぱりやるのとやらないのとじゃ違うね」
 なるほどそういうものらしい、と仙火は密かに感心をした。

 ◆◇◆

 全てのランタンに灯りがついて、主役の二人も自分の席に座る。ローズガーデンもチャペルと同様、大人数を収容する事も可能なのだろうが一角のみ使い用意されたスペースはその代わり若葉や凪との距離も近く、まさに身内のアットホームな披露宴といった温かみある印象を抱かせていた。テーブル上に並んだスイーツと淹れたての紅茶――今、この場所を満たすものと同じ香りがするので、ローズティーだと判った――が振る舞われ楓は目の前のティーカップを取る。
「凪と二人の自信作、楽しんでもらえたら嬉しいな」
 皆が動くまではと、待つ彼らに応じ口を付ければ感嘆が漏れた。
「美味しい」
「とてもいい香りだな」
 そうだねと同意を乗せつつ楓は静かにティーカップを置く。香りがいい時点で分かっていた事だが、えぐみをまるで感じない甘やかな味と春とはいえ夜が近付くにつれて、下がる気温に温もりが心地良く感じた。楓と同様にまずはローズティーを飲むラシェルやさくらに対して、その一足先にスイーツ――スライスされたミーベルが乗ったパンケーキを切り分けて一口頬張ったルシエラが落ちそうな頬を手で押さえるようにした。
「スイーツのほうもとっても美味しいの」
「幸せの味だね」
 エオニア王国の特産品でもある、ミーベルの実を使った物だけでなく、兎角苺に目のない仙火とさくらの為、それをふんだんに取り入れた物も用意されていてプロ級に菓子作りが上手い二人を唸らせる出来栄えだ。そして、楓の前にはパフェが置かれる。ミーベルを中心に数種類ある果物と自らは主張せずそれらの甘みを引き出すクリームとアイスが噛み合ってスプーンを動かす手が止まらない程であった。単純に技量が優れているからというだけではなく凪と若葉が幸せなのと食べる者の幸せも考えたが故の味。
「自分でも、こんなに美味しいパフェが作れたらいいけど、そんな簡単にはいかないよね」
「まあ、ミーベルの代わりに桃を使うと味は変わるだろうけどレシピだったら、後でメモに――」
 あっ、と言う声が聞こえたのと仙火が急に立ち上がったのはほぼ同時でそのままこちらに近寄ってくる彼を何事かと見返した楓の顎は彼にぐいと軽く持ち上げられ、思わず、目を閉じたら唇に硬い感触。震える瞼をゆっくり上げれば、仙火が指の腹で拭ったクリームを舐め取るところで顔に火がつきそうになった。視線を外したら外したで、先輩の顔をしてニコニコとする珠興夫婦、見てはいけないものを見てしまった風に気まずげな微笑みを返すラシェルと目を輝かせるルシエラの兄妹、それに恐らく仙火に対して呆れ顔のさくらが映る。おまけに当の仙火は楓の肩にスーツジャケットをかけてくる始末。それもきっちりと胸元を隠すようにだ。挙式中羽織っていた白のストールは確かに外していて、ワインレッドのドレスは肩や鎖骨が露わになっているけれども。
「独占欲に溺れて楓に愛想を尽かされないで下さいね」
 ぴしゃと言った剣の相方を見返して仙火も一言。
「俺の面倒臭い性分は楓が一番解ってくれてるよ」
 その言葉にさくらは肩を竦めて、これまで見た事がないくらい柔らかく笑う。

「二人が式を挙げる時はぜひ呼んでね」
 無事に披露宴がつつがなく終わりを告げ、最後の仕上げへと向かう前にそう言い、若葉がブーケを手渡してきた。勿論謂れは知っているし、二人が次は楓と仙火の番と幸せを願い贈ってくれた事も良く解る。受け取ったブーケからは甘やかな香りが漂った。
「――ブーケとても嬉しいよ。ありがとう」
 微笑んでお礼の言葉を口にする。仙火も予想外だったようで驚いていたがすぐに、
「俺と楓の結婚式か。不知火本家で格式張ったやつになるだろうな。そもそも異世界だしな……」
 そう呟く仙火は未来に思い馳せているようだった。心から喜び隣に寄り添いブーケを眺めつつ、絶対に招待する、と二人に約束をする。それを聞き、楓は結婚式の話題を彼がした事に驚けども考えてくれている事に己の胸が温かくなったのを感じた。
「その時は二人でお祝いしに行くよ」
 凪のその返事に仙火は応と笑って頷いて、
「後は元の世界に帰る前に食事会をやりたいと思ってる。その時は是非皆を招待させてくれ」
 と全員に向けてそう続けた。今この時が、終わってしまっても、過ごせる時間はまだある。別々の道程を行く感傷に浸るよりも前向きに考える事にした。

 ◆◇◆

 式の最後にミーベル型のランタンを飛ばすというのは以前から考えていた事だったらしい。
「そういうお祭りがあるんだって。確かラシェルとルシエラは参加していたんだよね?」
「うむ。女神様に届くように様々な趣向を凝らしたランタンを飛ばして楽しかったの!」
「俺達は柑橘系のランタンを作ったな。何百というランタンが夜の空に舞っているのは、壮観だった」
 印象深い景色とラシェルは当時の事を思い出した。
「へぇ……綺麗だね」
 ランタンを手にした楓が顔を寄せて言う。その頬に先程の名残があるのかランタンに点いた火の色が映っているのか判然としないが。
「それじゃ最後のイベントだから、名残惜しいけど……」
「皆帰りの時間に寝過ごしちゃったら、申し訳ないしね」
 いつもとは逆に後ろ髪を引かれる思いを覚えるらしい若葉を凪が促して、ローズガーデン近くに点々と置かれたランタンを拾い上げると二人一緒に一つのそれを取り、空へ飛ばす。ラシェルとルシエラ、それに仙火と楓も共に続き澄み渡った夜の空に紙で出来たランタンをそっと放した。
 一斉に空へ飛ばしたランタンを見上げながら、ラシェルは、これから先も二人の周りに笑顔が溢れ、幸せに満ちたものであるようにと強く願う。心づくしで以て参列者を楽しませようと頑張った二人の為に。
(これから先もずっとずーっと二人が笑顔で幸せでありますように)
 夜空を見上げ祈るように手を合わせたルシエラも願いをかける。きっかけは叔父達によく似た、恐らくは同じ魂を持った人だと親近感を覚えたから。しかし同じ小隊に所属し様々な経験を共に重ねるにつれ、今、目の前にいる彼らだからこその絆が生まれ、ここにいるのだった。
 若葉はこの幸せがずっと続くように、皆も幸せであるようにと願いを込めて凪もまた皆の幸せを願いながら上っていく灯りを見送っていた。はじめ恋心を抱いたのは凪の方で、絶対に叶わない、と思っていたし、気持ちを伝えるべきでないとさえも何度も思い、足を止めた。それが、恋人になって、籍も入れて、今式も挙げて――。
(僕にとってこの光景は奇跡だ)
 そんな風にさえ思えてしまう。これは勿論新たなスタートだが。そうして二人で飛ばしたランタンが小さく遠ざかった頃に夜空の下、凪は若葉を抱き寄せた。
(一生大切にする)
 その誓いを腕に優しく込めて。空を見上げていた若葉は彼の方を向いて、幸せそうに微笑むと自らも寄り添った。髪の毛が二人、混ざり合うかのように頭を寄せるその姿は確かに夫婦のそれに相違なくて。ラシェルは少しだけ躊躇って、けれど撮影をする為シャッターを切った。
 仙火は浮かぶランタンを目を細めて見やり、皆が幸せであるように、と願う。楓も同じ事を考えながら同時にこの先に待ち受ける未来を想って期待へと胸を膨らませ――隣に立つ恋人の顔を覗けばすぐに仙火も気付きジャケットを羽織らせたままその体を引き寄せた。
「幸せというのは、見ている方にもうつるのだの」
「あぁ、そうだな」
 ふふと笑みを零して、嬉しそうに楽しそうにこちらを見て言う妹に、ラシェルも嬉しそうに微笑み、頷き応えた。式の最中、披露宴の時も彼女が時折泣きそうになりかけるのをラシェルは見た。嬉しさで泣きそうだけど泣かないなんて始まる前に話していた事を思い出す。「いっぱいお祝いするの!」と笑顔を作った姿には大人になった、と感慨を抱いた。
 ――とそこまで見て、また音なく自分の仕事を済ませて、ふとさくらへと目を向ける。遅れてランタンを飛ばし、主役の二人が、幸せそうな表情を浮かべているのを見て嬉しさで一杯の顔に変わり、そして、ラシェル達と同じく故郷での彼らを思い出しその縁を想う。アヴィシニア兄妹と幼馴染として出会い、凪と若葉の二人とはライセンサーとして出会った。宿縁のある仙火と出会った事は何より己からすると大きな出来事である。自らの未熟を知り剣の相方となった事で一人では決して届かない頂きに上りつつあって、これからもそれを目指す為共に行く道を選ぶ。楓と親友に、恋の敵方になれた事も長い人生における財だ。
(全てが繋がり今の私となっていて、未来へと続いていくのだと思います)
 そうと思えるさくらは心の内こそ、ラシェルには分からないとはいえ前よりも更に頼もしくて、何より幸せそうに見えた。
「最後に皆で集合写真を撮らないか」
 ランタンの光が星々のように小さくなって、式の終わりが迫った頃ラシェルはカメラを手にそう提案した。結婚式に多く携わっている従業員に任せた方がいい画が撮れるのだろうが、皆と共に式を楽しみながら二人の笑顔だけでなく皆の笑顔、幸せな式の様子等を写真に収めたいと思って二人から許可を貰いずっと折を見て撮影し続けていたのであった。後日ルシエラと一緒にアルバムを作って二人に贈るつもりだがまだ本人達には話していない。十年二十年と時間が経ち、いつかこれを見て振り返った時にも笑顔になれるようにと願う。
 自身も一員に違いないからとタイマーをセットして全員の輪に混じった後でフラッシュが焚かれる。そして何枚か撮影し、思い立ったのでまた提案をした。
「折角の機会だ、三人でも撮るか」
 三人というのは勿論幼馴染の事。カメラがさくらに向けられているのに気付いた楓は肩を押しやり、アヴィシニア兄妹の近くに連れていく。
「それは良いの。これと一緒に撮ってはどうだ?」
 とルシエラが指し示したのは披露宴会場のローズガーデンに運ばれていたウェルカムボードだった。彼女はぴょこぴょこ歩き取ってくると、さくらに手渡す。一方楓はラシェルの手元を指して、
「カメラ借りてもいいかな? 私が代わりに撮るよ」
「あぁ、任せた」
「さぁ、並んで」
「さくらちゃんは真ん中に立つの」
 あれやこれやと返す間もなくさくらは幼馴染に挟まれ、いつもとは違いたじたじになりながらもその顔には優しい微笑みが浮かんで見えた。何枚か撮影し終わったかと思えば、カメラをラシェルに返した楓が次は仙火とさくらの二人を傍に引っ張り込んで、返されたラシェルもすぐに意図を察すると不知火と日暮両家の三人を撮る。真ん中に立つのは勿論仙火だ。
 ラシェルが母親から写真を撮る楽しさを、教わったように。時が流れ変わってしまうものがあってもその先にも幸せはあるのだと他ならぬ凪と若葉の二人が教えてくれたから。ランタンが夜空に消え去った後名実共に夫婦となった知友を見ながらラシェルは一人微笑みを零した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
間違いなしの自分史上最大となる五千字超過があり、
でも発注文に書かれていたことやシーン自体は余り
削りたくないなとわがままを言った結果全体的には
あっさりめな感じになってしまったかもしれません。
なるべくは各視点の文章量も均等にしたいのですが
お願い事は全部書きたいので他の人の視点に描写を
持って行ったりと相当しっちゃかめっちゃかでした。
久々の人数ですし緊張しましたが、ただそれ以上に
とても楽しく書かせていただきました!
主役の二人の人生における重要な場面を預からせて
いただけて嬉しいですし、温かい空気が大好きです。
今回も本当にありがとうございました!
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2021年03月25日

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