▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『守りたい当たり前の日常』
都築 聖史la2730


 春の温かな日差しが差し込む爽やかな朝。アーティスティックな街の片隅に古い民家があった。
 築年数の古い建物だが、改築を重ねながら、住む人々によって大切に手入れされていたのが一目でわかる。
 古い木の温もりがする家の中に、朝食の香りが漂い始めた。
 今日もいつもと変わらぬ朝が始まる。

 しゃく、しゃく。包丁で小気味よく茗荷を刻んでいく都築 聖史( la2730)の表情は真剣そのものだ。
 合間に火にかけた片手鍋を確認すると、蕪は出汁の中で十分に煮えていた。
 いったん火を止めて、仕上げに茗荷を入れ、味噌を溶けば蕪と茗荷の味噌汁ができあがり。
 くん。炊飯器から漂ってくる炊きたての米の香りを嗅いで、タイマーを確認する。あと数分で炊き上がるようだ。
 グリルをあけると鮭が良い具合に香ばしい焼き目をつけている。ひっくり返してもう少し焼けばちょうど良いだろう。

 一つ一つは難しくない料理でも、マルチタスクで同時に調理を進め、全てを食べ頃で提供しようとすると中々に難易度が高い。
 慌てずミスの無いように、慎重に手際よく聖史は調理を続けていた。
「そういえば、昨日の残り物が冷蔵庫にあった気が……」
 冷蔵庫を空けて、先に作っておいた大根おろしと、昨晩の残り物の里芋の煮っ転がしを取り出した。
 その時冷蔵庫の中身を見て、一瞬聖史の目元が緩む。
「ばあば。喜んでくれるかな」
 今日は聖史の祖母の命日だ。冷蔵庫の中には夕飯で作るフランスの田舎料理の材料と、デザートの焼菓子が詰まっていた。焼き菓子は昨日弟と一緒に作ったフランスの伝統菓子だ。
 弟も両親も今日は朝早くから出かけていて、今家にいるのは聖史一人だが、夕方には皆が帰宅する予定だ。
 聖史も店を早じまいして、夕方から弟と一緒に夕食を作る約束をしている。聖史も料理は得意な方だが、弟の腕は段違い。きっと豪華な夕食になるだろう。
 祖母の命日に家族皆で穏やかな夕食をとる。それは都築家にとって毎年の恒例行事だった。

 里芋の煮っ転がしをレンジで温めつつ、リビングをチラリと見る。テーブル上に置かれた祖母の写真は優しい笑顔で満ちていた。その前には花が飾られている。
 淡い紫色のグラジオラスがすっと立ち並び、その合間の少し高い位置に鮮やかな赤い色のグロリオサが一本だけある。下の方にそっとベージュピンクのカーネーションで彩られ、花瓶と合わせて優しい色彩は祖母らしい。
 フランス人だった祖母が残してくれた物はたくさんある。聖史の日本人には珍しい髪や瞳の色も祖母譲りだ。
 祖母との想い出は楽しく穏やかな日々ばかりで、想い出すだけで心が温まる。
 
 大切な祖母の想い出を振り返りながら、ささっと大根おろしを小鉢に盛り付けて、しらすをかける。おろししらすだ。少しだけ焼き魚とだし巻き卵用に大根おろしを取っておく。
 ボウルに卵と白だしを加えて手早くかき混ぜたら、卵焼き器を温めて油を敷き、卵液を流し込んだ。
 じゅぅ……という音がかすかに響く。焦がさないように、手早くくるくる巻いていく。
 ふっくら綺麗な黄色のだし巻き卵を、ひょいとまな板において、一口大に切った。
 鮭も綺麗に焼きあがったのを確認し、きゅっと唇を引き締める。

 後は盛り付けだけだが、ここからが聖史の本領発揮だ。
 自分のためだけの朝食。誰に見せるのでもなく、手抜きをしても困らない。そういう時こそ、気を抜かずに、どこまで美しい朝食を作れるか、職人として拘ってみたかった。
 紅鮭の赤を引き立てるように、山椒の葉をしく。大根おろしとくし切りレモンも添えて、色彩のバランスをとった。
 だし巻き卵の脇に大根おろしを添えて、ほんの一滴醤油を垂らす。
 茶碗によそった白米には、実山椒の佃煮をちりばめ、黄色いたくあんも添える。
 リビングテーブルに全ての料理を並べると、プロの料理のように美しい見栄えで完成した。
 やりきって満足した聖史は、記念に写真を何枚かとり、冷めないうちに座って手を合わせた。

「いただきます」

 最初に味噌汁を啜ると、茗荷の香りがふわりと漂い、蕪の優しい甘みを感じた。
 紅鮭の皮をぺりぺりとって齧りつくと、鮭皮はパリッと香ばしく脂が乗っている。
 白米にちりばめた実山椒の佃煮は、プチプチした食感と共に、ピリリとした辛さと爽やかな香りが口の中に広がる。鮮烈な香りと辛みが鮭の脂っこさを洗い流してくれるようだ。
「里芋の煮っ転がしは、昨日より味が染みてるかも。一晩寝かせたからかな」
 甘さ控えめで出汁を効かせた煮物は、ほくほくしている。
 冷めないうちにだし巻き卵をぱくりと食べると、さっぱり大根おろしの合間から、出汁がじゅわっと染みた。
 脂の乗った鮭の身に、大根おろしを乗せて口に放り込み、白米をかきこむ。噛みしめる度に美味さが口の中で広がった。
「ああ……美味しい」
 祖母の影響でフランス料理も馴染みがあるが、やっぱり自分は心底日本人なのかもしれない。和食を食べるとほっと落ち着く。そう聖史は思った。
 ぽりぽりとたくあんを囓りながら向かいの席をぼんやりと眺める。

 ──美しく、美味しくできた朝食を、いつか一緒に食べれられたら……。

 リビングの壁に貼られたカレンダーを見て、頭の中で予定を思い出す。来週ツーリング計画を立てようと約束している。
 桜前線は北上中で、桜を追いかけて北へ行く事になるだろう。北といえば北海道を思い浮かべる。彼の地で彼女と一緒に受けた任務もあった。
 彼女のことを思い出すと、聖史の表情が自然と柔らかく、甘く微笑む。

 もっとのんびりしていたいが、今日も仕事がある、あまりのんびりもしていられない。
 最後におろししらすを食べきって、口の中をさっぱりさせて、聖史は両手を合わせて頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
 食後に香ばしい焙じ茶をすすって、ほぅ……とひと息つく。美味しい物を食べて満ち足りた気分でいたとき、ちらりと時計が視界に入った。
「まずい!」
 ついつい凝って作り過ぎたせいか、予定より時間がかかっていた。
 家から店まで五分程度と近いが、開店準備の時間も考えるとあまり余裕がない。慌ただしく立ち上がって、ぱぱっと手際よく食器を洗う。
 身支度を調えて、玄関を出る前に、祖母の写真の前で立ち止まって微笑んだ。
「ばあば。行ってきます」
 優しい言葉を一つ残して、慌ただしく店に向かった。

 ごく普通の平穏な一日の始まり。
 けれどそんな当たり前の日常こそ、聖史が守りたい宝だった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【都築 聖史( la2730)/ 男性 / 22歳 / 平穏を尊ぶ者】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
この度はノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

「飯テロ希望」とご指名いただきましたので、調理と食事描写に極振りしつつ、少しでも優しく穏やかな時間を描かせていただきました。
時期としては「未来へ歩む旅立ちの花見」の後くらいの頃です。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
シングルノベル この商品を注文する
雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.