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『サクラサク』
都築 聖史la2730


 ドイツのとある工房にて。
 メンテナンスした万年筆の最終チェックをしながら都築 聖史(la2730)はアイザック・ケイン(lz0007)に問いかける。
「この近くでSALFが出動する事件があったのですか?」
「人的被害は0だし軽いものだよ。SALFの仕事もずいぶん減ったね」
「それだけ平和になったんですね」
 近場で任務を引き受けたついでに、ドイツの聖史の修行場へ、アイザックは愛用の万年筆を見せに来た。聖史はこの万年筆の主治医だから。定期的にメンテナンスをして貰ってるのだ。
 時々会っては近況報告を語り合う。過去から今に続く友情。
「修行は順調に進んでて、このまま行けば予定通り帰国できる……んですけど」
「葵君のこと? もう一年だね」
「……はい」
 澪河 葵(lz0067)が異世界に旅立って一年がたった。こちらの世界に帰還する技術まで開発したはずだが、一向に連絡が無い。何か事情が変わったのかとやきもきもする。
「今生で会えないなら、次の待ち合わせ場所が三途の川の畔とか、ありかな?」
 葵の実家の紋である、澪標紋には三途の川を彷徨った者を、自らも死地へ飛び込み救った言い伝えが込められているらしい。
 そんなブラックジョークが出てくるほどに、聖史はやきもきしていた。
 親から結婚についてあれこれ言われ始めているが、覚悟は定まっている。葵を待ち続けると。
 実家の後継者問題は、もう少し時間があるし、まだ葵を待つ猶予がある。それでも会えない時間が長くなるほど、焦燥は募るばかりだ。
「世界を超える愛。言葉だけならロマンティックだけどね」
「祖父母の血なんでしょうかね」
 異世界の女性を好きになったことに国際結婚した祖父母の血を感じる。時代を考えれば国際結婚もかなり覚悟が必要だったはずだ。
 軽くため息をついて、気持ちを切り替えて真剣に万年筆を確認し直す。問題ないと確信して手渡した。
「お待たせしました。ケイン。書き味を試して……」
 言いかけた所でスマホが鳴る。実家からだ。
 気軽な気持ちで出た聖史の表情が一転した。焦りと笑顔が入り交じった顔で、慌てて道具を片付ける。
「すみません。もし問題があったら後日連絡を。早く日本への飛行機のチケット手配しないと」
「日本で何かあったの?」
「澪河が!」
 余所の店から実家に連絡があったらしい。都築の店の万年筆を持った若い女性客が来たから店の場所を教えたと。
 葵に渡した万年筆のクリップはメーカーごとに形状が特徴的で、見ればどこの万年筆かひと目で分かる目印だ。葵を自分の元へ連れてきてくれる架け橋になること願って渡した。
 聖史の両親にはキャップのクリップにある天冠に隠したタンザナイトの目印を伝えてある。万年筆の確認ができたら、聖史に連絡する。そう親に言われたが、いてもたってもいられない。
「良かったらキャリアーで乗せていこうか? 飛行機のチケットを手配するより早いと思うよ」
「お願いします」



 アーティスティックな街の裏路地を聖史は走っていた。通い慣れた道のりがもどかしく感じる程に、気持ちはせいていた。
 角を曲がって店が見える所まで来て、店の前にいた葵を見たとたん、思わず叫んでいた。
「澪河!」
「聖史、くん」
 待ち焦がれていた存在と再会し、聖史は思わず葵をぎゅっと抱きしめた。
「これ、夢じゃない……ですよね」
「本物だよ。待たせてごめんね。親の説得に時間がかかって……」
 葵が申し訳なさそうな顔をしたので、抱きしめた腕を緩めて、聖史は肩に手を置いた。
「止められても仕方がないです」
 異世界を行き来して、また実家に帰ることはできるが、それでも気軽に会えない距離に住むのはつらく、簡単に納得して貰えるはずもない。
「試練だ、修行だって、色々やらされて……やっとね。反対を押し切るより、ちゃんと認めて貰いたかったんだ。聖史君とのこと」
 親と喧嘩別れして帰ってきても、聖史は喜ばないと思ったから。誠意を尽くして堂々と真っ向勝負したらしい。
「私が挨拶もしていないのに、認めて貰ったんですか?」
「聖史くんの写真を見せて、人柄を話して、最後は叔母さん達も応援してくれたんだ。私が認めた人ならって」
 葵は背筋を伸ばして真っ直ぐな眼差しで聖史を見つめ、聖史も視線を真っ向から受け止めて告げた。
「約束通り。名前を……葵」
「……聖史」 
 聖史が照れながら名を呼ぶと、葵も口ごもりながら呼び捨てにする。甘酸っぱい空気が二人を包んで、沈黙が訪れた。
 お互い話したい事は山ほどありすぎて、何から話せば良いのか解らなくなっていた。
 葵が「あ……」と小さく声を上げて、聖史の後ろを指さす。
「桜が咲きそうだね」
 庭木に植えられた桜の枝に蕾が膨らんでいた。聖史もそれを見て思い出す。二人で誓いあった花見の席を。あの時二人でこれから何度桜を見られるか話をした。もしかしたら永遠の別れもあるかもしれないとあの日覚悟した。
 けれどこれから二人は、共に生きられる。安心して二人で笑い合えた。
「桜を探しに行こう。何度でも」
「うん。また桜を追いかけてツーリングしよう」
 あの花見の後、二人でツーリングしたのを思い浮かべ、葵も優しく微笑んだ。異世界に旅立つ前に、二人は想い出を作ってきた。
 これからも二人で想い出を積み重ねて行くのだろう。
「葵。店に行きましょう。両親に紹介させてください」
「え……ご両親に? い、いいのかな。手土産とか買ってないし、服も……」
 身だしなみを気にして慌てててんぱり、葵は右手で万年筆をぎゅっと握りしめた。まるで命綱を掴むような必死さだ。
 聖史が送った万年筆を御守りにしてくれている。それが嬉しくてそっと葵の手を包み込んだ。
「この万年筆に仕掛けがしてあるんです。それを葵に見せたい」
「……仕掛け?」
 かつてアフリカの地で夢を語ったタンザナイト。1ctもない小さな石だが、確かに二人の絆としてずっと側にあったのだと伝えたい。
「葵が、この店を訪ねてくれたら、必ず連絡して貰えるように、家族に説明してあります。だから気にしなくても大丈夫です」
 葵が家族を説得したように、聖史も家族へ言葉を尽くした。今さら焦る必要は無いのだと、不安を吹き飛ばすように微笑む。
 それから聖史は葵の左手をとって一歩歩き出す。
「店の後は、家も案内します。この近くなんですよ。祖父の代から住んでるので古いですが」
「聖史の家……見てみたいな。お祖父さんからなら、子供の頃の聖史も住んでいたんだよね?」
 表情を和らげて微笑む葵を見て、聖史も目を細めた。そっと左手薬指を撫でて考える。この指にどんなデザインの指輪が似合うか。もちろん葵の好みも尊重するが、最高の一品をこの手で作ってみたい職人魂もうずく。
「これからいくらでも言いますが、改めて最初の一言を『Je pense toi malgr la distance.』」
「『Moi aussi,』……であってるかな? フランス語」
「はい」

 ──あなたのことをずっと思っていました。

 そう告げたいつかの愛の言葉へ『私も』と言葉を返す。
 長い冬を耐え忍び、努力を重ねた二人の桜が今咲き始めた。これから二人で愛の物語を綴るのだろう。
 今日はその最初の一ページ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【都築 聖史(la2730)/ 男性 / 22歳 / 約束のタンザナイト】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
この度はノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

異世界への転移技術が開発された時期は明確にできないので、これが何年後かは決めていません。ご想像にお任せします。
家族を大切にし、真面目で努力家な二人ならこんな結末になるかなと想像しました。
影絵MSから引き継いだ葵さんに、このような幸せなラストをお届けできて雪芽も嬉しいです。
どうぞ葵さんと末永くお幸せに。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月26日

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