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『紅の旅立ち』
芳野la2976)&フェーヤ・ニクスla3240


 エオニア王国首都エオスに止まり木というカフェバーがある。芳野(la2976)は止まり木の中をゆっくり見渡して微笑んだ。
「一度ここ使って見たかったんよね。ありがう雛姫はん」
「店長の知り合いだと、融通が利くみたいですよ」
 九条雛姫(lz0047)は無邪気に微笑む。芳野も良く知る店長を思い浮かべて「また忙しくしてるんやろか」と呟いた。
『でも……ここ、貸し切り? 店員、いない?』
 フェーヤ・ニクス(la3240)はこてりと首を傾げた。三人以外誰もいない店は静かだった。フェーヤがキッチンを見て、ちらちら気にしていたので、雛姫はフェーヤを冷蔵庫の前まで招いた。
「今日は定休日ですが、店員さんが、予め料理を作ってくれたみたいです」
 大きな業務用冷蔵庫を空けると、美味しそうな料理が並んでいた。自分達で自由に取り出して温めて食べていいらしい。
 フェーヤの隻眼の瞳が輝いた。フェーヤ的にはたくさんご飯があるなら、貸し切りでも問題ない。
「このエプロン、大切に使ってるんやね」
 芳野は店員用のエプロンを見て、優しく微笑んだ。フェーヤも横から覗き込み機械音声を流す。
『これ、芳野の子が、作った?……』
「あの子が直接作った物は、もう残ってないかもしれんね」
 エプロンの刺繍は芳野の息子がデザインしたものだ。この店ができてから五年の月日が経っている。その間に日常的に使い古されて、開店時に作ったものは流石にもう残っていないが、同じデザインで定期的に作られているらしい。
 息子がこの店の歴史を作り上げてきたのだと、改めて実感して芳野は微笑んだ。
 芳野はエプロンをつけ、着物をたすき掛けしながら笑う。
「ほな、始めましょか。終わりのはじまりを」
「芳野さん……」
 一瞬雛姫が悲しそうにする。今日、ここで三人が集まった目的を思い出したからだ。
「そんな顔せんと、今日は楽しく過ごそうな」
 芳野は異世界へ旅立つ。今日は親しい者達とのお別れ会だった。
 


 料理が用意されていても、どうしても作りたい物が芳野にはあった。
「やっぱり女子会なら、ハニトーやな」
 一斤の食パンを持ち込んで微笑む。食パンを消費する任務の時に作って、フェーヤに食べて貰ったことがある。
 カラオケ屋で雛姫も交えて三人で食べたこともあった。想い出深い料理だ。
「フェーヤはんは生クリーム泡立てて、雛姫はんは苺を手切らんように気つけてな」
 フェーヤはこくりと頷いて、泡立て器をしゃかしゃか混ぜる。難しいことはできないが、ただかき混ぜるだけならできる。
 雛姫も以前はまったく料理ができなかったが、ここ三年の間に、時々芳野と一緒に料理を作って練習してきた。苺を切るくらい問題なくできる……はずである。
 二人が一生懸命作業する様子を微笑ましく見守りつつ、芳野は食パンを切って、さいの目のように切り込みをいれていく。この切り込みに蜂蜜や溶けたクリームが染みて美味しくなるのだ。
 熱々に焼いたらバターと蜂蜜を塗って、生クリームと苺で飾って完成。
「一斤は凄いボリュームですね」
「フェーヤはんがいれば大丈夫やろ」
『美味しそう』
 フェーヤの隻眼の目が、じっとハニトーを見つめる。食べたくてうずうずしていた。
 三人で切り分けて、いただきますと食べ始める。フェーヤは無言でもぐもぐほおばり、ほっぺたをぷっくり膨らませる。まるで子リスのような愛らしさだ。
 その隣で芳野はにこにこ笑いながら食べ、雛姫は美味しさに頬を押さえて悶える。
「やっぱりハニトーはええな」
「甘酸っぱくて美味しいです」
 フェーヤもこくこく頷き、あっという間に食パンを平らげた。

 続いて冷蔵庫の中にあった料理を温め返してテーブルに並べる。ブイヤベース、ピザ、ラザニアと、地中海料理が豊富だ。
 海老のアヒージョのぷりぷり感を楽しみつつ、カリッと焼いたバゲッドを油に浸して齧りつく。フェーヤは料理が冷めないうちに黙々と食べていた。
『……ん、美味しい』
「フェーヤさんの食べっぷりは、いつ見ても気持ち良いですね」
「せやね。ほんと、美味しそうに食べるの見てるだけで、美味しそうやわ」
 ずらりと並んだ料理を全種類制覇したフェーヤに、オススメを聞きつつ、芳野や雛姫も料理に舌鼓をうつ。
「エオニアってイタリアの仲間やの? イタリアっぽい料理多いわ。美味しいから何でもええけど」
「このブイヤベース、お魚の味がすっごく染みてて、美味しいですよ。芳野さん」
 わいわい喋りながらたっぷり食事を楽しんで、その後はデザートタイム。
 一人分づつ用意された白いデザートプレートには、アイスやムースと一緒にコンポートやチョコソースが飾られ、見た目の美しさにもうっとり。
「これミーベルやね。エオニアにいつ来てもある気がするんやけど、旬はいつなん?」
「えっと……夏と聞いた気がしますけど、いつもありますね」
『缶詰とか? 何でも、美味しい』
 ミーベルアイスとコンポートまで味わって、食後の紅茶を雛姫が淹れた。料理はできないお嬢様だが、英国人の母に習って、お茶を淹れるのだけは上手いのである。
「あぁ……ええな。お別れ会いうても、しんみりより、楽しい方がええんよ」
「……そう、ですね。笑顔でお別れしないと……」
『雛姫。ティッシュ、いる?』
 涙ぐみそうになった雛姫へ、フェーヤがティッシュボックスを差し出すと、雛姫は慌てて首を横に振った。
「芳野さんにずっと前から聞いてて、この日がいつか来るって解ってたから、泣かないって決めてたんですけど」
 芳野にずいぶん懐いた甘えた雛姫なので、覚悟していても泣きそうだった。いつまでたってもひよっこぶりなのに、思わず笑みが零れつつ、芳野は改めて告げる。
「惜しんでくれるのはありがたいんやけど、大事な探し物があるから、どうしても離れないといけないんよ」
 そう言いながらフェーヤの口元についた食べ残しをそっと拭う。フェーヤはされるがままにちょこんと座っている。二人の様子はまるで子供の世話をする親のようだ。

 フェーヤは、隻眼の目で芳野をじっと見て告げた。
『前にも言ったけど……私は、この世界に残って、あっちこちを、旅する。美味しいもの、食べて、楽しく、過ごす』
 どこにどんな食べ物があるか、下調べのために、世界を巡っている最中だ。
 消えていった命達を弔うために、大切な人達と共に過ごす時間を大切に、めいっぱい笑って生きていくと決めた。
 芳野と離れるのは寂しいという気持ちはフェーヤにもあった。
 けれど芳野がどこへ行くか、それは芳野の自由だ。自分のエゴで止めるつもりはない。

 包帯で隠されたフェーヤの手をとって、芳野はそっと撫でる。
「機械の体もこの世界じゃそんな珍しくないやろう?」
『機械の体、珍しくないから、私も受け入れれた。この体でも、楽しんでいいんだって』
 戦闘用アンドロイドであることを隠し、過去を話そうとしなかったフェーヤが、心を開いて打ち明けた、数少ない人の一人が芳野だった。
 フェーヤの表情が微かに柔らかく微笑む。それは芳野を信頼する証なのだろう。
「儂はいないけど、これからも自由に生きなさい」
『……私は、自由にこの世界で、楽しく生きるよ』
 その返事を聞いて、芳野は目を細めて、微かに瞳を瞬かせた。
 懐く物を子供のように可愛がってみせる芳野だが、フェーヤはその中でも特別な存在だった。
 白い髪とどことなく面差しが実の娘に似て見えるのだ。
 実の娘とは別れを告げることなく、先に自分が死んでしまった。芳野の心の奥底に、それを悔いて申し訳ないと思う無意識の感情があった。
 フェーヤを可愛がり、きちんと別れをつげたかったのも、過去の罪悪感を拭いたい現れなのだろう。

 芳野を少しでも安心させたくて、手を握り返して、フェーヤはぎこちなく微笑んで見せる。
『もう、一人じゃない、から。大丈夫だよ』
 そう言って視線を雛姫に移す。雛姫とは友人として、ちょくちょく連絡を取り合っている。時には二人で食べ歩いたり、芳野ほどではないにしろ、打ち解けてきていた。
「この前フェーヤさんが日本にいらした時には、一緒に東京の下町食べ歩きしたんです。たこ焼きとか、鉄板焼きとか。今度は地方に行ってみるのも良いかもしれませんね」
『世界を、旅して、美味しい物、あったら、雛姫に教える』
「女子会? っていうんかいな。そういうのええな」
 二人の様子を微笑ましく見守っているかのような風情で、芳野は雛姫に語りかける。
「雛姫はんとは色々あったなぁ。あの悪い男のあしらい方も、解ってきたんやろ」
「はい。やっと掴めてきました。もう一人でも大丈夫です」
 今年出所したばかりの頃は、まだ動揺していたようだが、最近は慣れてきたと聞いている。これからもっと成長していくだろう。ずっと雛姫の成長を見守ってきたが、もう一人で大丈夫そうだと安堵した。
「これからもっと素敵な出会いもあるやろうね」
「そうだと良いな……って思ってます。あの方より優しくて素敵な男性は、いっぱいいますからね」
 あの男と比較したら世界中の大抵の男は優しいに当てはまるんじゃないかと、芳野は笑いを堪える。
「あんさんの人生は貴女のもの。雛姫はんは自分で選んで、幸せな人生を送れるほどに大きくなってるわあ」
「ありがとうございます」
 はにかんで微笑みつつ雛姫は報告する。
「久遠ヶ原学園の史学科にもう一度入り直して、もっと勉強を続けようと思うんです。それで教員免許もとって、いつか久遠ヶ原学園の先生になりたいなって」
「あの男の同僚になるん?」
「はい。いつまで学園に居座る気だって、嫌な顔されても負けません」
 雛姫を泣かせると、おっかない人達がたくさんいるので、強くでれないらしいと聞き、芳野は堪えきれずに「あはは」と笑った。
「それはちょっと見物やね」
 お別れ会の始めは泣き出しそうだった雛姫だが、覚悟が座ったのか今は楽しげに微笑んでいる。
 最後にどんな顔をするのか、芳野の好奇心が湧いていたが、存外図太い所があるのが面白いと内心思った。



 三人で後片付けをして、止まり木を出る頃にはエオスの街にも夕暮れが近づいていた。
 赤い振袖、朱の唇。血も夕焼けも、赤い物は何もかも、芳野によく似合っていた。
 だから、芳野との別れは、夕焼け空の下が一番だ。名残惜しい気分を抱えつつも、フェーヤと雛姫は堪えて別れを告げる。
 芳野との別れの刻だが、同時にフェーヤは信じていた。これが最後の別れではないと。
『いつかまた、芳野に会えた時に自慢できるように、楽しい出来事を集めておくから』
「それもええな。儂はきっと長生きするから皆の事忘れへんで」
 フェーヤは芳野に出来れば覚えていてほしいなと思っていた。芳野が忘れないと言うなら、それだけで満足だ。こくりと頷いて小さく手を振った。
『元気でね』
「芳野さん。どうぞあちらの世界でもお幸せに」
「うんうん。ええこ達やな」
 最後にぽんぽんと、子供をあやすように、フェーヤと雛姫の頭を撫でて、芳野はにぃと笑みを浮かべた。
「ほな、さよならや」
 小さく手を振って芳野は二人に背を向ける。
 息子の晴れ舞台も見納め、子供のような子達と別れを告げ、もうこの世界に思い残すことはない。
 軽やかな足取りで旅立つ。

 フェーヤと雛姫はぎゅっと手を繋いで、芳野の後ろ姿を見送った。
「何年たっても、今日を思い出すのでしょうね。その時は、フェーヤさんも一緒です。だから……悲しくないですね」
『雛姫?』
 芳野を見送るまで我慢していたのに、見送ったところで我慢できなかったらしい。ぽろぽろ涙を零す雛姫の頬を、フェーヤは袖でぐしぐし拭った。
『悲しいときは、お腹いっぱい食べれば、良い。この国の、もっと、美味しい物、探しにいこ』
 ぐいと袖を引かれて、雛姫は涙を拭って笑った。
「はい。美味しい物、探しに行きましょう」
 二人は手を繋いで歩き出す。夕陽で赤く染まった二人の後ろ姿は、どこか芳野に似ていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【芳野(la2976)/ 女性 / 10歳 / 飛び立つ親鳥】
【フェーヤ・ニクス(la3240)/ 女性 / 12歳 / 世界を飛び回る放浪者】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

芳野さんとフェーヤさんの仲良い雰囲気が少しでも出せていると嬉しいです。
雛姫は芳野さんにだけは最後まで甘えん坊な所を見せた方が、らしい気がしてこうなりました。
最後泣いてしまいましたが、これから逞しく生きていくと思います。
これが雪芽のグロリアスドライヴ最後の納品です。最後までありがとうございました。
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2021年03月26日

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