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『広い広い世界の中で』
cloverla0874


 眠りに就くことは決して悲しいことじゃない。
 もう会えなくなることは、もちろん寂しいけれど。
 『次』があるって信じているから。
 見つけ出すって決めているから。

 clover(la0874)は幸せを抱いて、まぶたを閉じた。




 地球がナイトメアの侵略を退けて、どれくらい時が流れただろう。
 被害が大きかった国々・土地の復興は進んでいるけれど、完全とは言い難い。
 激しい戦いを切り抜けた第一線のライセンサーたちは、今も現役だったり一線を引いたり命を使い果たしたり。
 完全な過去でも、完全な現在進行形でもない。
 そんな時代。


 見上げれば桜の花。
 足元には白詰草の花。よくよく見れば、幸運の四葉が隠れているかもしれない。
 母に手を引かれての入学式。そこから先は、自分の足で歩きだす。
(だいじょうぶ。私、おねえちゃんだもん)
 日向 四葉、小学一年生。五つ年下の弟がいる、お姉ちゃん。
 知らない顔がたくさんの教室へ入り、自分の名前が書いてある机にピカピカの鞄を乗せる。
「ひなた、よつばですっ。よろしくね」
 緊張で頬を紅潮させ、四葉は隣の席の子へ話しかけ――目をまん丸にする。

 ふわふわの赤い髪。
 宝石みたいな紫の瞳。
 周りに興味が無さそうな、退屈そうな顔。
 初めて会うはずなのに、なぜか四葉は胸が苦しくなる。

「友達になろっ!」
 胸が苦しい理由はわからないまま、握手を求める。
「あなたのお名前を、教えて?」
 赤い髪の男の子は、あやしい人を見るような目つきで沈黙したあと、『らいか』とだけ答えた。
 握手はしてくれない。
 ライカ(lz0090)――來叶。
 おみくじの大吉を詰め込んだような字なのだと、間をおいてから言った。
「私はね、四つ葉のクローバーだよ。いっしょだね」
 幸せを願って、お父さんとお母さんが付けてくれたんだよ。
 來叶は本当に嫌そうな顔をして、それから少しだけ笑った。




「見つけたーって、思ったんだよね。あの時」
「高校の入学式でも叫んでおったな、そう言えば」
「だって、來叶ってば何にも言わないで中学あがる前に引っ越しちゃったじゃん! それが高校で再会だよ!? 叫ぶよ!!」
 世間的に幼馴染と呼べるだけの期間を過ごしたのに、來叶は呆気なく引っ越してしまった。
 お父さんの仕事の都合だったと、風の噂で聞いた。
 高校へ進学して、もう一度見つけたんだ。この紅蓮の髪を。

 ただいま高校二年生、一学期の期末試験が終わって、夏休み前に行われる学校祭の準備期間。
 買い出し担当の四葉と來叶は、学校へ戻る途中に河川敷で小休憩をしていた。ふとしたことから思い出話に花が咲いていたところ。
 チェックのプリーツスカートが汚れないよう、四葉は気を付けて草の上に腰を下ろす。來叶は傍らに立ったままだ。 
「あっという間だったな。学祭が終わったら夏休みで、そのあとは修学旅行かー」
 真白の髪が、夕焼け色に染まり肩上で揺れる。深い金色の瞳を物憂げに細めて、四葉は呟いた。
 学校祭や修学旅行は楽しみだけど、いつまでもこの時間に浸っていたい気もした。
 秋に入ったら受験モードだろう。未来は楽しみなのに、どこか怖い。
「昔の方が、時間を長く感じたかもしれんの」
 両親が共働きの來叶は、同居しているおじいちゃんの口調が完全に伝染っている。
 小学生の頃から変わらないし変えようともしない。
「夏休みって言えば、私の家族と來叶とでキャンプに行ったでしょ。子供だけで森に入り込んで、迷子になって怒られたよね」
「四葉の家は、ゆるいイメージだったからのう。あの剣幕はさすがに忘れん。親とはそういうものか、と思ったな」
「來叶のご両親は怒らないタイプ?」
 小学生の頃は、弟も交えて三人で遊んでいた。ほとんどが近所の公園で、雨の日は四葉の家。
 二、三回くらい來叶のおじいちゃんと会ったことはあるけれど、両親については顔も知らなかった。
「わしが怒られるような下手を打つわけがなかろう」
「納得だけど、なんだろう腹が立つ」
 四葉が半眼で睨めば、來叶は喉の奥で笑った。
 笑いながら、『よっこらしょ』なんて言って四葉の隣へ座る。
 子供の頃より、低くなった声。
 四葉より高くなった身長。
 底意地の悪さは変わらないけれど、四葉の知らない中学生時代を含めて時の経過を感じてしまう。
 受験、という言葉もそう。
 大学、就職、道はどんどん分かれていく。
 また離れてしまうんだろうか。ずっと遠い存在になってしまうんだろうか。
「四葉の家族は、わしにとっても似たようなもんじゃった、という話だ」
「來叶。結婚しよっ!!」
「なんて?」
 それなりに真面目な話をしたつもりだった來叶は、数段とばした返答に真顔になる。
「突然いなくなるとか、もういやだよ。だから、お嫁さんになってあげよう♪」
 口をついた言葉は、音にすると四葉の胸にストンと落ちた。
 いつか、どこかで同じように言ったような。ずっとずっと、記憶の奥で燻っていたような。
「こーんな純情可憐な美少女幼馴染を逃す手なんて、ないでしょ?」
「自分でいうやつがあるか」
「今すぐじゃないよ? でも、いつか」
 『約束』が欲しい。
 未来を不安に感じない、約束が欲しい。
 四葉の求めへ、來叶はすぐに返事をしない。ポジティブに考えるなら、速攻の拒否は無い。
 急に周囲は静けさに包まれて、生ぬるい風が河川敷に吹く。
 長い沈黙の後、両者のスマホが鳴動した。
 帰りが遅いので、クラスメイトから心配の連絡だ。
「行くか。それにしても……どうにかならなかったのかのう」
 立ち上がり、買い込んだ布地や何やらを見下ろして來叶はため息をつく。
「だって、お約束だし? 同ネタ多数から権利をもぎ取ってきたうちの実行委員が有能なんだって」
 四葉たちの、クラスの出し物:男女入れ替えケモ耳カフェ
 平等に、クラスメイト全員が交代制で接客します。




 青髪のウィッグを着けて、四葉はイケメンうさぎへ変身。
「どう、來叶! 惚れた?」
 黒スーツでビシッと決めて、ウィンクを飛ばしてみる。
「……妙な既視感が」
「私も思った。似合いすぎて怖い」
 ちなみに、男装のために押しつぶした胸が思いのほかに苦しい。
 こう見えてちゃんと成長していて、高校入学した時はCだったけれどこの春Dになりました。
「女子の着替えは終わったから、男子の番だよ! 気合を入れて衣装を作ったんだから、ちゃんと着てね!」
 女子が衣装制作。男子が店の内装担当。飲食類は協力し合って。
 初衣装合わせの日は、あちこちで悲鳴と奇声が飛び交っている。
 女子の男装で問題が発生することは、まず無い。
 たまにイケメン過ぎてテンション振り切れるくらい。
 男子の女装は期待を裏切ることなく、美しすぎると怪物すぎるがブレンドされていた。
「推しが尊い……死ぬ……召される……ありがとう、全ての神さま」
「正気か」
 ミニスカメイド×わんこ耳&しっぽ装着の來叶、破壊力が酷かった。
 胸はあえて詰め物をせず、そのペタンコも愛でポイントです。
「私ですけどね!! 衣装も動物セレクトも私がしたんですけど! 來叶くん、学校祭当日は店に出ないでずっと裏方しててくれるかなっ」
「願ったり叶ったりじゃが、それは許されんじゃろ」
「欲望へマジレスとか來叶ブレない」
 誰の目にも触れさせたくないと言いながら、四葉は來叶のヘアアレンジを進めている。星のついたヘアピンで、ふわふわくせっ毛を可愛く彩る。
「一年は飲食店を開けないからのう。展示系は楽じゃが、こういうのも醍醐味じゃろうて」
「時々思うんだけど、來叶って人生何周目……?」
 どこか達観したような言葉を、ポンと出してくる。
 おじいちゃんの影響だというのはわかっているけど。
「けど、良かった。嫌がって着てくれないかとも思ってたから。こういうとこ、ほんと真面目だよね。ふふふ、ムダ毛処理までえしてくるとかえらいっ」
「? 特にそっちは何もしておらんが」
「女子の敵か」
 それで、その脚なの。美脚なの。どういうことなの。お肌もツルツルだし、唇だって簡単な色付きリップで良くない?
「え。來叶、女子の敵?」
「繰り返すほど、大事なことか……?」




 大盛況のクラス出店。
 一緒に回って、きゃあきゃあしたお化け屋敷。
 学祭の焼きそばやたこ焼きって、なんであんなに美味しいんだろうね。
 後夜祭のファイアーストーム、打ち上げ花火。
 楽しい時間はあっという間で、あっという間に夏休みに入って、

 あっという間に、來叶のおじいちゃんが亡くなった。

「わしよりおぬしが泣いてどうする」
「だって……だって……」
 夏なのに、冬服のブレザーで。
 誰よりもおじいちゃんを慕っていた來叶は泣けなくて、その隣で四葉はしゃくり上げて泣いていた。
 高校進学の際、來叶は実家を出て下宿暮らしをしていた。
 引っ越した先の家は、遠い場所のまま。
 この街で來叶は中学生時代を過ごしたのか、という思いと。
 この街で過ごしていた頃も、ずっと支えになっていただろう人の逝去を思うと、四葉は悲しくて仕方がない。
「よつば」
「はいっ」
「両親が付けた名前だと言っとったな」
 出会った時の自己紹介を、來叶は覚えていた。
「待ち人来たる。願いは叶う。わしの名は、じいさんが付けた」
 おみくじの大吉を詰め込んだような。
 あの時に來叶が複雑な表情をしたのは、親との距離があったからなのかもしれない。
「親にとって、わしはどうでもいいのかとも思ったんじゃが……、……上手く言えぬな」
 今は。祖父が遺してくれたものが、この名前で良かったと思う。
「……うん、……うん」
 四葉は背伸びをして、來叶の頭を抱きしめた。
 思いっきり泣いていいよ、とぽんぽん撫でる。
「…………当たっとる」
「包み込んでるの!」
 胸元で、ふふっと小さな笑い声がした。
 泣けない幼馴染をギューッとしていると、少ない弔問客とじっくり話していた來叶の両親と目が合った。
(あ)
 何か言わなきゃ。
 來叶にも伝えなきゃ。
 そう思ったけれど、動けなかった。來叶と同じ赤い髪をした母が、深く頭を下げる。その背を、來叶と同じ紫の瞳をした父がさすり、揃って頭を下げた。
(來叶。來叶。ひとりじゃないよ、どうでもよくなんてないよ)
 お父さんも、お母さんも、來叶を大事に想ってくれているよ。
 名づけがおじいちゃんなのは、ご両親が誰より信頼している人だからじゃないのかな。
 高校から下宿暮らしをさせてくれたのは、私たちの街から引き離してしまったことへの罪悪感とか、あったのかもしれない。
 しっかり者の來叶への、信頼からかも。
 それでも、ひとり息子だもん。大事だよ。心配だよ。
 短い視線のやり取りで、四葉は感じ取った。
「息子さんをー! 私にくださいー! ぜったい幸せにしてもらうんで!!」
「!?」
 來叶の涙は引っ込み、振り向くと唖然とした両親の姿があった。
 二人のあんな顔は見たことがないと、來叶が後で話してくれた。




「……いつか」
 秋。
 修学旅行から戻った校門で、來叶が呟いた。
「人工的に保全されておる自然環境を、あるべき姿に戻したい。という、夢がある」
「外遊び、好きだったもんね」
 子供の頃のキャンプで、珍しい動植物に惹かれてズンズン進んでいった來叶を、四葉は懐かしく思い出す。
「簡単な道ではないと思う。四葉にも、四葉の世界が待っとるじゃろ」
 來叶が言わんとしていることは、四葉にもなんとなく伝わった。
 夏のあの日、四葉が『約束が欲しい』と願った時。うやむやになった提案へ、來叶なりの答えが出たのだろう。
 四葉は息を呑んで、続く言葉を待つ。
「お互いに色んな世界を経験して、たくさんの選択肢をもって、……それでも、四葉が選んでくれるなら」

 結婚しようか。

 消え入りそうな声で、視線を外して、落とされた言葉。
 髪と同じ真っ赤になってる耳を引っ張っては、四葉は嬉しくてはしゃいだ。
「私だって、待ってるだけじゃないよ。磨きを掛けて成長するからっ」
 未来を、楽しみにしていて?


 進路が怖いと思った。でも、針路があるなら平気。
 広い広い世界の中で、私はあなたを見つけ出したんだから。


「ところで來叶さん。今、お付き合いするという選択は?」
「……うん?」
 二人が『告白』という重大イベントをすっ飛ばしていたと気づくのは、別々の行き先へ向かう電車へ乗り込む直前のこと。




【広い広い世界の中で 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
■盛り込めなかった制服描写
ネイビーのブレザーは4つボタンで、キチッとした感じ
ネクタイと同じエンジをアクセントにしたチェックのプリーツスカートに、黒のハイソックス
夏服は白のポロシャツ

■没ネタ集
・チャリ通、2人乗り編 ※道交法違反
・通学電車内で発見編
・セーラー服
・セーラーカラーのブレザー
・ライカの姓ボツ案:三木、夏目、京極 業が深すぎました
 なんのしがらみもない存在として、姓なしで描写しました
・検索ワード:河川敷 青春


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『生まれ変わったら』未来のお話をお届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。未来に幸あれ!
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2021年03月29日

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