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『傘が手に馴染むのは』
柞原 典la3876

 ここに一つのEXISがある。





 ――『雨守の戒杖』

 全長0.9m程の傘。見た目は白と黒を基調にした傘ではあるが、杖として使用することが可能。傘を開いてみれば、傘生地の内側に魔法陣と思われる模様が一面に施されている。主に抵抗力を上昇させる働きがあり、攻撃を受ける際には雨から身を守る様に傘を開いて受けるといいだろう――……





 つまりは傘(杖)の形状をしたEXIS、である。
 製品の説明書きに“攻撃を受ける”と言う文言がある通り、ナイトメアとの戦闘時に用いられる品――EXISとしての分類・扱いは、紛う事無き“武器”である。

 その日、柞原典(la3876)がSALFのライセンサーとしての戦闘任務に就くに当たり、メインの武器として装備していた代物が、丁度“それ”だった。
 と言うかこの雨守の戒杖、典にしてみれば何だかんだで任務時によく使っている気はする。

 そう。雑談がてら任務の同行者から“それ”についてぽろっと訊かれる位には。

「……ん? 何やて?」
「いや、それな」

 雨守の戒杖。
 ……よく使ってるけど愛用?

 ただのその場の思いつき。そんな感じの他愛も無い疑問と言うか質問と言うか、そんな声がふと典の耳に届いた。愛用。んー、愛用言われてもなあ……何言いたいかはまぁわかるけど、なんやその言い回しやとどうもしっくり来ぃへんなぁ。

「愛用ちゅうか、傘やから手には馴染むなぁ」
「ほーん」

 俺から答えを聞いての反応もまぁ、相槌の様なそうでもない様な、そんなもんで終わりの話。
 だからなんや、っちゅう訳でもない。

 ……ないんやけどな。

 傘なぁ。



 そもそもあの日は雨降りやったっけ?

 いや、傘かたげとった――つまり持って来とったって事な――てなるとそうやったかな、って思うただけやけど。なんやあんまはっきりせえへんのよな。
 ああ、これは俺がSALFのライセンサーになる前の、会社員時代の話やね。

 徒党組んだなんやガラ悪そうな男共――ああ、俺に女寝取られたとかアヤつけて来よった連中な――に路地に連れ込まれてな、乱暴に突き飛ばされたりした事あったんよ。
 ……ん? そん時居たのって男共だけやったやろか。なんや別れた女も一緒に待ち伏せしとった様な……妙に品行方正そうなのもおった気ぃするな……ガラ悪そうなのはそれの取り巻きみたいな感じやったっけ?
 んー……何やろ。どれも同じ時やなくて別の時やったかもしれへんね。……なんや今思い出したの、どうも重ならん状況やった気ぃするわ。

 で、なんでこんな事回想しとったんやったっけ?
 ……そうそう、傘の事やったね。傘が手に馴染む、の話な。

 路地連れ込まれて突き飛ばされた時は……なんやまぁ、これだけ美人なら男でもとか下卑た薄笑い浮かべよって俺の事ぉ見とる奴もおってなぁ。
 ほんでまあ、先に向こうに手ぇ出させはしたし、ここらで充分“証拠”は取れたやろ? て思うた訳や。

「今ので手ぇ怪我したわ……ほんだら正当防衛ちゅーことで」

 大人しゅう黙っとくのはここらで終いや、てなぁ?



 多分何が何やらわかっとらんかったんやろうねぇ。
 ただのか弱い色事師や思うてた獲物が唐突に豹変した訳やから。
 余裕で迫って来ようとしてた野郎にまずは艶やかーな微笑みかましつつ手ぇ伸ばす。ほんで、伸ばした手ぇで相手掴んで雑な投げ技一発かまし地面に叩き落として終了。
 え? 投げ技って手の怪我はどうしたって? ああ、うん、さっき突き飛ばされた時、舗装に手ぇ突いてちぃと擦り剥いてしもたんよ。……それだけかって? 怪我は怪我やん。そやろ?

 で、そうなると今度は――相手さんも流石にこっちを警戒して構えてるんよね。口汚いちゅうか下品な罵りも聞こえるけどわざわざ反芻する趣味あらへんからその辺も割愛しとくわ。
 で、ここらでお待ちかね、リーチのある傘の出番が来る訳や。
 殆ど考える前の話やったかもしれへんね。当たり前みたいに傘の持ち手持ってたとこから先端に持ち替えつつ一歩前に出てるのな。んで、丁度都合いい位置におった相手の頭狙って、インパクト部分に全力乗る様に振り抜いてる自分がおるんよ。

「骨曲がるでなぁ、殴る時は先掴んで持ち手で殴った方がええんよ」

 傘の使い方教えたるわ――言うたのと殴ったのとどっちが先やったやろ。
 傘の持ち手で殴ってよろけさせた所で、すかさず足払いかけて転ばす。転んだそのまま踏み潰すみたいに何度か蹴りぶち込むんがワンセットやね。ここまでそん位簡単に入る。
 踵まできっちり力籠めて、起きる気ぃがなくなる位までやるのがポイントな。一度しばいてこの体勢に持ち込めたなら、もう傘傷める心配しつつわざわざこいつに使う必要はないねん。
 で、次な。
 今の二連で周りの連中もちぃとは動き止まるけど、あんまり時間は稼げへんのよね。びびってるんはびびってるんやけど、多分メンツとかその辺の理由で、もっかい躍りかかってくるんは結局止めへん。
 ……ちゅうてもまぁ、その動きは結構読めるんよ。
 せやから、躱して避けるのも簡単な。ほんでなるべくぎりぎり、こっちの手ぇが届く位の位置に居残ってはおくんや。ただ避け倒してるだけやとおとろしい――面倒なんはいつまで経っても終わらへんから。
 でな?
 ここらで腕の代わりに傘使う。

「首絞めるのも腕やと怪我させられるさかい、こう…傘で喉元絞めるとええ感じでなぁ?」

 避けたそこから相手捕えて首絞めて、取り敢えず次の足止め兼でな。ここで直に腕やなく傘使うと安全やし力もええ具合に籠め易い。
 っと、そろそろオチたみたいやね。重うなって来たから放そか。……んー、なんやまだやる気ある奴おるみたいやねぇ。
 て。
 なんや腰引けて来とらへん? さっきの勢いどうしたん? ちょい待ちぃや。……なあ?

「……話位もうちょい聞いていきや。ほら、こうやってまた持ち替えてな……傘先は目ぇ突く時に使うんや」

 と。今相手さんにぎりぎり躱されて壁に傘先突いてもうた時、がつっとちょいマズい音したんよ。……骨曲がってへんとええけど。あと、ひいっ、って裏返っとるみたいな声にならん悲鳴も上げとった様な気ぃするな。んで、壁に背中預けたままずるずる崩れ落ちちゃってるんよなぁ。ひょっとすると失禁もしとるかも。嫌やわあ。
 で。
 次……はそろそろ来なさそうやね。

「ほんだらそろそろ終いかな。この位で堪忍したるわ」

 やり過ぎたら正当防衛利かなくなりかねへんし。
 そこまで嘯いてから傘を振るうのも蹴りも録音も――これ見よがしに止めておく。

「今の遣り取りぜーんぶ録音しとるからな。覚えとき」

 何ぞあったら表に出すからな?
 特に淒むでもなくそれだけ伝えたら、相手さんらはなんやこくこく壊れた首振り人形みたいに連続して頷いて真っ青になっとったんやけど。

 ……とまぁそんな感じでな。
 そん時は傘かたげとって良かったわあ、てしみじみ実感したもんや。

 いや、何かの折に一回こういう事あってから、なるべく傘常備する様にしとったんやったっけ。
 雨の用心ちゅうより、護身用にな?



 ……ちゅう訳で、俺としちゃ雨守の戒杖使てるよりずーっと前から傘を武器として振るうんは、慣れとる方になるんよね。
 そのつもりで今、馴染むて言い回し使てみたんやけど……。

 何やろな。人間関係上手く行かせる秘訣は――平和な誤解させるて事やったりするのかもしれへんねぇ。うん。


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2021年03月29日

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