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『春宵と夏暁、密やかに在りて』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

 些末事でしかなかったのだと失望し。
 そうでもなかったのだと、わかる日も来た。

 遠き日に父母から話を聞いただけの宿縁ある私などより、ずっと重要だった目の前の命の恩人――自分のせいで死に掛けさえしたひとが居て。
 そのひとを今度こそ守る為。強くなるべく必死に修行に没頭し、敢えて他を忘却する事で切り捨てていたのが――そしてこのグロリアスベースのある世界に来て、それでも届かないと――母で同じ事を繰り返してしまったと心折れていたのが、初めて出逢った頃の払暁――夏暁。

 直に会しての第一印象も失望でしかなく。
 憤りが先に来て。
 感じた心の共鳴もただの己だけの舞い上がり、幼稚な憧れや願望でしかなかったのだと諦め掛けた。
 それでも諦め切れず、死に瀕したその姿を、見捨てられはしなかった。
 手を差し伸べたは一縷の希望。ただの強がり――きっと、心の何処かで自覚はあった。私は母と同じ“英雄”では無いのに、この世界ではその“理”も無いのに、“誓約”を求めた。
 何の効力も無いただの口約束。
 それでもそれが、新たな始まり。

 些末事では無くする為の。
 私は本当にここに居るのだと、皆まで言わず知らせる為の。
 私の叫び。
 私の希み。

 辿り着いたのは並び立つ清さと濁り。一つの道を二人で分けて高め合う、私達だけの剣の道。一人で極みが成らないならば、二人合わせて極みに勝ろう。その為の道を見出した結果が、昏の清剣と暁の濁剣。
 数多の出会いや戦いを重ね。蹲っている間は無いと。“今度”こそはと強く在る。そう望み、自身を高め続けているのが今の夏暁。
 ならば私も、遅れは取れない。
 互いの覚悟が、極みを目指す。目指し続けて――距離も縮まり。相対するのは、剣を介する以外でも。重ねた時は、今はもう。

 他の誰にも遮る事は。



「……どうした? さくら」
「ああ、すみません。黙り込んでしまっていましたね」
 仙火の事を放り出していました。
「っておま、今この場面でかよ」
「はい。仙火の事を考えていました」

 こっくりと頷き、さくら――日暮さくら(la2809)は、じっと仙火――不知火仙火(la2785)の目を見ている。真っ直ぐに、躊躇う事も無く、強い目で。

「俺の、何を?」
「来し方を」
「だったら考えるより先に目の前の俺を放り出さないで欲しい所だが。何でまた」
 来し方思い返したりなんて。
「それは……ここまで来るのに色々な事があったと」
 つい、しみじみと思ってしまったまでです。

 望月に照らされ、縁側で。
 さくらと仙火は寄り添う様にして座っている。仙火は杯を片手に、さくらは仙火の肩に頭を預けて。こっくりと頷いた時は、少しだけ体を起こして離し、改めて気持ち程度仙火の前に回る様にして――逸らさぬ様に真正面から仙火の目を見ている。
 金の視線が紅と絡む。

「私を選ぶとは思いませんでしたから」
「選んでいい、とも思ってなかったしな」
 選んでよけりゃ、とっくに選んでた。
「――」
「つうかな。選ぶ選ぶって、俺に選択権がある様な言い方だが、そうじゃなかっただろうよ」
 選んだのはお前だろ。
「応えてくれたのは仙火です」
 誓約を求めた時も同じでした。

「「誰かを救う刃であれ」」

「……だな」
「……はい」

 誓約。そう告げただけで、自然と言葉に出る。呼吸すらも合う。重なる声で、互いに復唱。初めの絆であり縁。誰かから互いの話を聞いていた――それだけでは無くて、きちんと互いを直接見ての、初めての。

「さくらに選ばれて初めて、俺もさくらを選んでいいんだって、わかったんだ」
「……狡いですね」
「俺はそれだけ“濁って”る」
「“清く”正しく、は私が担当、ですか」

 思わずクスリと、どちらからともなく。
 苦笑混じりの戯れ混じり。
 杯持つ手のその逆の、空手が春宵を抱き寄せる。
 春宵もそれを拒まない。
 抱き寄せられるまま、再びその身にこてりと凭れる。
 浸るかの様に、瞼を閉じる。



「私はずっと、強い縁や絆に憧れていたのだと思います」
 なので、強さを求め修行を続けて来ました。
「その憧れを、仙火が――仙火達が叶えてくれました」
 出会った初めの頃は、流石に無理かと諦め掛けてもいたんですが。
「……ああ。あの頃の俺はな……まぁ、さくらに見放されなくて良かった」
「その為の誓約でした」
 仙火に発奮して貰わねばならなかったので。
 仙火には強く在って貰わねば。
 私に出来る事は。
「母と同じ行いしか、思い浮かびませんでした」
「“英雄”との“誓約”か。確かに俺に取っちゃ、お前も“英雄”かもしれねぇな」
「私は“英雄”ではなく“アメイジングス”です。……ではなく。仙火の“英雄”は、私ではないでしょう?」
「って、ありゃそういうんじゃねぇよ。……いや、そういう事だったのかもしれないな。英雄になんてなって欲しくなかったのに、背負わせちまった」
 俺の身代わりに。俺を庇って。死に掛けて。俺こそが守りたかった。守るべき相手だったのに。
「……だから、仙火は強くなれたのでは無いですか」
 今度こそ守らなければと思い定めて。

 いや。
「それはさくらが居たからだ」
 お前があの時俺の前に現れていなければ、誓約が無ければ――俺は。
 幾ら修行しても結局同じ事になる、自分が役立たずだと腐ったままだっただろうよ。
「……そうでしたね」
「否定はしてくんねぇのな」
「長らくヘタレ男だったのは事実ですから」
「ち。……まぁそうだ」
「ですが今は違います。強くなりました。それに」
 それでも足りないならば――重い荷ならば私も共に背負います。背負えますので。
「……さくら」
「そうしたくて、私は仙火に己の心を告げました」
 剣の相方としてだけでは無く。
 それ以上の、それ以外の――それ以外も。
 委ね合いたい。預け合いたい。
 人生を。
「そうさせてくれるか。甘えてるとはわかってるんだが」
 おかしいな。どうも気の利いた事が言えない。
 ああ、相手がさくらだからか。
 ……心を決めたなら、容赦無くこちらの赤心に触れて来る。
「甘やかす気はありませんよ。それは甘えではありませんし」
 ですが、気になるのなら。
 いつか仙火の方から、私に心を告げて下さい。
「……だな。後で仕切り直させてくれ。このままじゃどうにも格好が付かない」
「はい。お待ちしています」
 それまでは。ここまでで。

 ちらりと開いた春宵の目が、幸せそうな笑みを含む。

「……仙火ならそう言うだろうと思っていました」
「だろうな。頼むから男にも格好付けさせてくれ」
「はい。格好付けて下さい。私の為に」
「その言われっぷりでもう既にこっちが負けてる気分になるんだが」
「? 今、何か勝ち負けの話をしていましたか?」
 何か、剣での立ち合い勝負の暗喩が何処かに混じっていたりしたのでしょうか。
「してねえよ。そうじゃなくてな」
「?」

 目を瞬かせ、夏暁の顔を見上げる春宵。
 互いの位置関係上、自然と上目遣いになりもし、夏暁は思わずごくりと唾を呑む。

「……どうかしましたか?」
「さくら。お前何処まで“その気”でやってる?」
「? 何処まで、とは……?」
「て事は無自覚か。俺の前以外でやるなよ?」
「何をです?」
「その目だよ」
「? 私はただ仙火の顔を見上げているだけですが。仙火以外の相手に対しては、言われなくとも出来ませんね」
 抱き寄せられなければこの距離で見上げるなんて出来ません。
 そして私をこんな風に抱き寄せる事は、仙火以外に許す予定は未来永劫ありませんので。
「……そうか。ならいい」
「よくわかりませんが。納得出来た様で何よりです」



「……子供と言うのは、凄いです」
「ん? 何かあったか?」
「以前道場で、苺の淡雪かんを子供達に振る舞った時の事を思い出しました」
「……あー、あれな。振る舞った、って言うより、せしめられたっつー方が正しかったと思うが」
「あの時私達は痴話喧嘩と囁かれて、違いますと必死で否定していましたが」

 今になって思えば、違っていなかったじゃないですか。
 私は自分と仙火の為にと苺の淡雪かんを作り置きました、それを指摘されても何も無いならただ認めれば良かっただけの事です。仙火に先回りされた言葉も同じく、ただ訂正すれば良かっただけの事です。それが、どちらも出来ませんでした。本心を隠し、何処か、強がっていました。それで、立ち合いになりました――立ち合いにしました。
 ですから、あの時は――既に私の中に想いはあっても、無自覚なだけだったのかもしれません。
 なのに、あの子達は、それを見抜いていた。

「いや、あれそういう問題じゃねぇだろ」

 子供が凄い、と言うだけなら同意出来る面も無くは無いかもしれないが、今挙げたその根拠は違うだろう。あれは、こちらの関係や想いが本当はどうかとか関係無く、基本的にはただからかいがてら、囃し甲斐のある相手を囃し立てたかっただけの話。せしめた苺の淡雪かんは抜け目の無さの発露で単なる余禄。それっぽく見えれば――そして同時に気安い相手であるならば、春宵と夏暁以外に対しても、多分誰に対してもやる。
 それだけの事だったと思うんだが。

「かもしれません。ですが――あの頃から、私達はそう見られる要素もあったのだと言う事にはなります」
「そこはな――」

 お前か、あいつか。どっちを選ぶかと外野から大概騒がれていた自覚はある。だが夏暁の気持ちとしては当時全くそこまで行っていなかった――つもりだった。そも、自分の恋愛沙汰は避けて通る物だと思っていた訳で。

 だが、本当にそうなら、何を言われようと放っておけば、囃す側が飽きるのも一番早かった訳で?
 誤解かどうかなんて気にする必要も無く。
 何もさくらと一緒になって、わざわざ追い掛けて子供達を止める必要など、無かった筈なのだ。
 なのに、そうしていた。

 いや、つまり――さくらの言い分通りだったって事になるのか?
 全く。ここまで来てもまだ、自分の想いを自覚する覚悟が足りてねぇって事なのか、俺は?
 度し難い。
 これはもう、自分に呆れるしかない話。

「仙火」
「ん?」
「私達の子供は、どうなるでしょうね」
「って。……気が早ぇなおい」
「気になっただけです。嫌な話題でしたか?」
「そんな訳ねぇだろ」



「思い出すと言えば。ここで、今の様に望月の下で、二人で居た事もありましたね」
 仙火はドライイチゴを肴に杯を傾けていて、私はそれがどうにも気になって。
「気になって、持ってっちまったんだよなドライイチゴ。菓子――っつうか、変わりいちご大福作る為に」
 こっちは酒飲んでたのに。
「あれは仙火も納得の上だった筈ですが」
 だから出してあった分は残さず全部使いました。
「あー、まぁそれもそうなんだが」
 にしたってな。こっちは酒飲んでる所だったんだ、肴全部持ってかれちまったら困るだろ。
「イチゴのポテンシャルを引き出す方が重要です」
 それに、仙火は菓子作りの手伝いに来てくれたじゃないですか。
「そうせざるを得なかっただけだ」
 肴無くなっちまってたんだから。
「……お酒を飲むのに、そこまで肴が重要なのですか?」
「重要っつーか、付きもんだよな。あった方が美味い」
 途中から無くなっちまったりしたら、余計に口寂しくなる。
「……今は何の肴も抓んでいませんが」
「さくらと月で充分過ぎるだけだ」
「あの時も同じ月はありました」
「お前は何処にも消えてない」
 ここに居る。俺の傍に。
「月だって消えてはいません」

 ゆるゆると春宵が夏暁から身を離す。
 それから、こんな場合でもあるのにそれでも、一分の隙も無い所作で、立ち上がる。

「さくら?」
「月も私も、ここに在ります」

 それだけ残して、春宵は縁側からつっかけで庭に下りる。夜の闇の中へと移動――これはそのまま、“あの時”の。
 夏暁が思った通りに春宵が戻って来た時には、その手にあったのは、木刀二振り。

「しませんか?」
「……ああ。悪くないな」

 月に照らされ。
 ほろ酔い気分で。
“あの時”同様。
 今も、また。

「……交えるのが刃になるのは、久し振りの気がします」
「考えてみりゃ、そうかもしれねぇな」

 答えながらも杯を干す。干した杯は傍らに置いて。
 夏暁も庭へと下りる。
 木刀を片方受け取り。
 ゆるりゆるりと、間合いを広げ。
 互いの構えを。
 いつもの如く。
 清きと濁りを。




 では、一献。





「「刃に問おうか!」」





 それでもまだ“口寂しい”なら、その後で。


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2021年03月29日

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