▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『錦秋と夏暁、情熱の向かう先』
不知火 楓la2790)&不知火 仙火la2785

 幼き日。

 錦秋は己を夏暁と偽り賊への身代わりに。
 夏暁はひとりでそれを助けに来てくれた。

 ……来てくれただけで嬉しくて。
 命を捧げて守ると決めた。

 ……自分のせいで死に掛けた錦秋を。
 助けられない弱さを恥じた。

 同じ時。
 同じ場所。

 僕と夏暁の二人が思った事は、多分同じで――同時に、決定的に擦れ違っていたね。僕は嬉しかったけど、君は足りなかったと己を責めた。償う為にと、必死に修行を。……わかっていたけど。僕は君を守る為なら、命を捧げて構わなかった。構わなかったのに、助けようとしてくれたのが嬉しかった事こそ。僕の。
 でも君の方は、それこそが。
 過保護に扱われてるのもわかる。僕に負い目があるのもわかる。けれど負い目は。こちらもあるよ。それも結局。多分承知で。
 お互いに。

 夏暁の母の事。グロリアスベースのあるこの世界に来た理由。ナイトメアに攫われて。追うと決めた夫の天使に、僕と夏暁は付いて来た。“今度こそ”家族を救う。夏暁の意気は――けれどそこでも。
 幼き日の僕の時と同じ事になり。

 それで自分は、役立たず。
 折れた夏暁に、宿縁の桜舞い降り。

 今に至る道への岐路となる。
 見出されたのは、刃の絆。
 ……錦秋との間にあるのとは異なる、それ。

 力が無いなら付けるしかない。「誰かを救う刃であれ」。その誓約を貫き通す。
 そして夏暁は言葉通りに。
 傷があろうが、強くなり。
 前を向いて歩き出す。
“今度”の為に強く在ろうと。
 周りの誰も傷付けさせない為に。

 僕は君を守りたいと言った。
 君は僕を守りたいと言ってくれた。
 お互いで、お互いに。償いたいと思い合ってて。
 それは負い目があるからだけでなく、大切な存在だからこそ思う事。
 それがわかっているからやっぱり僕は、君の身代わりで在りたいと思う時があるんだけどね。
 思うだけで止めておく事にするよ。
 君は許してくれない様だから。

 だから。生きている限りはすぐ傍で。隣を歩き続けるよ。
 人間の僕はどうあっても先に逝くけど、それまでは、ずっと。
 守り続けるよ。
 君も家族も、友人も。

 僕は結構、束縛が強い方だったみたいだからね?
 離れないから。絶対に。



「……ねぇ、仙火」
 聞いてる?
「ん? ……ああ、悪ぃな。見蕩れてた」
 お前の事。
「本当?」
「嘘吐く理由あるか今?」
「理由があれば嘘も吐くんだ?」

 薄らと笑みを刷く。
 酒杯を片手に、緩く小首を傾げて、流し目。
 楓――不知火楓(la2790)は、そんな風情で仙火――不知火仙火(la2785)を眇め見る。

 夜桜が淡い風に戦ぐ中、縁側で。
 楓と仙火は寄り添う様にして座っている。互いの手には同じ杯。酌み交わしつつ、同じ紅の視線が絡む。不知火の血。それは濃さは遠くとも同じく。
 生まれた時から見ている瞳。

「それは……どうだろうな」
 嘘なんか吐くかよ、って反射的に言っちまいたい所だが。まぁ、場合によるだろうな。
「立場上必要になって来そうだろ」
 不知火の。
「んー、そういう話がしたい訳じゃないんだけどなあ」
「?」
「だって、折角こうやって二人で酌み交わしてるんだから」
「美味いよな」
 この酒。
「だからこそ楽しい話がしたいね」
 例えば僕のどの辺に見蕩れてたのかとか。
「……なんか母さんみたいな言い方して来たな」
「ああ、そっか。ここぐいぐい行っても仙火だと耐性あるんだね」
 母親で。
「おい。……楓?」
 何の話だ。
「じゃあどうしようかな。……そうだ。今日はあの時の紅、装って来てもいるからね?」
 前に貰った贈物。唇の温度や水分量で色が変わる――つまり僕次第で色が変わる、フラワーティントリップ。
「だと思った」
 その唇。
「気付いてくれてたんだ。嬉しいな」
「当たり前だろ。贈ったのは俺だ」
「ふふ。そういう所は流石、マメに気付くよね。似合ってる?」
「だから見蕩れてたんだって」
「そっか」
「おう。今日は赤みが強い感じ……だよな」
「……吸ってみたい?」
「っておま……ああ。そうだな」
 そこまで言わせて、逃げるのもな。

“意味”を知らない頃にとは言え、“簪”に“紅”の二つはもう贈っている。後は“着物”だけ。
 江戸時代。男が女に贈る物には意味があったと言う話。
“簪”は『綺麗な髪を乱してみたい』。
“紅”は『唇を吸うてみたい』。
“着物”は『その着物を着たぬしを脱がせたい』。
 ……また、これら全てを女に贈る事は『ぬしの全てが欲しい』との。
 情熱的な求婚とされたのだと。
 後から錦秋に聞かされて、知らされて。

 外堀を埋められる。
 そろそろ年貢の納め時。

“三つ目”を、贈る準備も出来ている。



 離した互いの唇を見て。
 紅が相手に色移りをしないのが何だか残念な気がしてしまうのは、ちょっとどうかなと自分でも思う。

「“これ以上”は今日は無し?」
「ちょ、待てって……こんな場所でか?」

 夜桜の戦ぐ下。
 ついでに言えば縁側で――つまり殆ど屋外で。
 酒杯を傾けていた所だった訳である。
 このまま理性を飛ばすには、少々後に響きそうな場所。

「そっか。僕は別にいいんだけどな」
 相手が仙火なら、何でも。
「風邪引かせちまいでもしたら大変だろ」
「お酒があれば大体大丈夫じゃないかな?」
「や、それはねーだろ」

 流石に呆れ顔の夏暁。
 うん。ちょっとブレイク、って感じかな。
 あんまりぐいぐい行き過ぎても、夏暁は全部応えてくれるから。
 でもそういう場合、応えてくれるだけで、求めてはくれなかったりもする。
 僕に応える方に注力して、自分がどうしたいかの方は疎かになってしまうから。
 ……僕が望むのは応えてくれる事もだけど。夏暁から求めてくれる事の方が、より嬉しいから。

 錦秋が杯を再び手に取る。
 桜の花弁が一枚中に落ちている。
 少し考え、徳利を手に取り。杯の中へと静かに注ぐ。

「“無し”なんだったら、もっと飲ろうよ」

 注ぎ終えたら口を付け。
 くいと干したら、上機嫌。

「お前は“無し”だろうがそうじゃなかろうが、酒飲むのは変わらないだろ」

 苦笑混じりに杯片手。見守る様に錦秋を見る。
 気付いて錦秋、徳利を手に取り。

 ささ、一献と、夏暁へお酌。



 杯の、花弁ひとひら眺めつつ。
 錦秋はまた徳利を手に――取ろうとした所で。
 つと夏暁の手が先に伸びる。
 そして錦秋の手元の杯へ。
 お返しの酌を、また一献。

 ふわりと笑う暁月の顔――かんばせ。
 好きだよなあとしみじみ思う。
 ……それは酒の事だったか、暁月についての事だったか。

「有難う」
「どう致しまして」
「あ。そういえばさ」
「ん?」
「手合わせしてくれるって言ってたのに、まだしてなかったよね」
 次にやるなら無様は見せねえって、約束してくれた、あれさ。

 ……。

「……それも、今か?」

 既に結構酒が入っている。

 ……それは夏暁も錦秋も、酒に弱い訳では無いが。
 錦秋が夏暁ををひたと見る。
 その眼差しに、酒のけぶりは微塵も無くて。
 ついでに思い出したかの様な話し方、そうであっても――口に出した以上は、その時点で、本気だと。
 見ているだけで、すぐにわかった。

 だから。
 夏暁の方も、覚悟を決める。



 錦秋は薙刀の木刀、夏暁は普通の木刀。
 二人酒杯を縁側に残し、下りた庭先で対峙する。

 ゆるりゆるりと間合いを広げ。
 長さの異なる得物で互いに構え。
 持ち得た練度、拮抗するなら長いが有利と。知った上での本気の勝負。
 今度ばかりは夏暁も。
 約束通りに構えを確と。

 強き“濁り”を閃かせ。
 搦め手の暁月は――惑わし切れたかそうでもないか。

 数合合わせて互いを感じ。
 猛る膂力にその技に、紛う事無き暁の濁剣を見て。

 次の刹那に。
 錦秋の側頭皮一枚、髪一筋の手前でぴたりと“刃”が止まる。
 避ける場の無い。
 致命の一撃。
 ……寸前での見事な制止は、傷付けぬとの意志の表われ。
 時も止まる。
 動き出すまで。
 少し、掛かった。

 ゆるゆると“刃”が――夏暁の木刀が退かれる。
 それで錦秋は、諦めと満足の呼気。

「……あーあ、やっぱり負けちゃったか」
「……本気で行ったぜ」

 木刀だけどな。

「うん」

 木刀だって、人は殺められる。剣士が本気であるならそれだけの威力は優に籠められる。
 武装の違いは理由にならない。
 夏暁は本気をぶつけてくれた。

 私に。

「やっぱりこうなるよね」
「まぁ、本気でやれんなら……わかってたよな」
「その本気が嬉しいよ」
 これまで、夏暁は出来なかった事だから。

「もうこれで最初で最後にしてくれ」
 頼む。
「うん、いいよ」
 後は。
 刃じゃなくて。

 ――刃に問うのは、私と仙火の絆じゃ、ないから。



 吹っ切れたら、やっぱりキス以上もしたくなる。

 縁側に戻って酒を飲むのを再開しつつ、錦秋はそんな事をつらつらと考えて。
 こてりと夏暁の胸元に頭を預けてみる。
 汗臭くないかとぽつりと言われ。
 気にならないとぽつりと返す。
 それより、僕は。
 傍に居たいだけ。
 汗なら、どうせかくし。
 一緒に居られるだけ、一緒に居たいから。
 夏暁は天使の血が半分混じってるから、人間よりもずっと長生き。
 人間である錦秋と居られる時間はどうしたって、限られるから。

 淡い風に戦ぐ夜桜を見上げる。

「……さよならだけが人生だ。なんて、嫌だからね?」
「そっくりそのまま返してやるよ。ってな訳でな」
「?」

 言い切るなり、夏暁はその場に立ち上がりかけて。その途中から錦秋の身が、おもむろに抱き上げられる。
 横抱きに。
 ……少し、びっくりした。

「え、仙火?」
「“続ける”ならまず風呂入ってからな」
 流石に立ち合いの後そのままはお前に悪い。
「……別に構わないけど」
「俺が構う」
 それに、ここじゃ場所も良くねえからな。冷えちまう。風呂でも入って部屋に戻ってから、って方が丁度いいだろ。
「……その方が人目も憚らないで済むしね」
「そういうこった」
「このままお風呂、連れてってくれるの?」
「そうして欲しいか?」
「うん」
「わかった」
「……え、本当にいいの?」
 戯れで甘えてみただけのつもりだったんだけど。
「嘘吐く理由あるか?」
「……ないね」

 さっきと同じ言い方で。
 夏暁は僕を甘やかしてくれる。
 何か、夏暁の方も吹っ切れたのかもしれないね。

「お風呂も一緒に入る?」
 何なら体も洗って欲しいな。
「――いやあのな、流石に」
「嫌なんだ?」
「嫌だっつーんじゃなくてだな」
「あ、お風呂でお酒の続きしてもいいんじゃないかな」
 僕をお風呂に送ったら、その後ここのお酒片付けに来る気だったんだよね。
「ああ。……ん? そういう事なら、それでもいい……のか?」
 酒を酌み交わす続きと言うのなら。
 一緒に風呂と言うのも。

 ……。

 ……いやいや、そうじゃないだろう。何を考えているんだ。

「……誤魔化されなかったか」
「誤魔化してたのかよ!」
 全然そんな感じじゃねえ。いつものお前に比べて拙過ぎる。
「そりゃあそうだよ。僕だってこんなの慣れてない」
 でも今仙火、途中までは誤魔化されかけてたよね?
「うるせえ」
「図星だよね」
「だからうるせえって」
「だったら口塞いで黙らせてよ」
 その口で。

 また同じく、戯れの甘え。
 言った途端に、本当に塞がれた。

 錦秋は思わず、目をぱちくり。
 まさか即座に、こちらの言った通りにしてくれるなんて思わない。
 ……つまりその位黙らせたかっただけって事かもしれないけど。
 何だか、こそばゆい心持ちになる。

 離れるまでに、結構かかって。
 離れてからも、暫しの沈黙。

 ……。

「……風呂、一緒に入るか」
「え。いいの?」
「なるべく離れたくないもんな」
 一緒に居られる内位は。
「そりゃあ……まぁ、何やってんだって自分で思うっつーか……色々どうかとは思うがな」
「気にする事ないんじゃないかな。散らかさなければ」
「っておま、何考えてんだ!」
「僕が考えてるのは仙火の事だよ。仙火なら僕と一緒のお風呂場でどうするかなぁ、ってね?」

 錦秋が言った途端に、夏暁はちょっとむくれて。
 さっきの言質とばかりに囁き、うるせえ黙れとちょっと乱暴に“同じ事”。
 それから今度こそ、歩き出す。向かうのは多分お風呂場。何だか歩き方も乱暴。遣り過ぎたかなとちょっと後悔。でも同じ位嬉しくもあり。僕が貰える時間は少ない。でもだからこそ。ちゃんと。たくさん。





 僕が居たんだと刻み込む。

 願わくは、僕が旅立つその後も。
 心を共連れて貰える様に。


パーティノベル この商品を注文する
深海残月 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年03月29日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.