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『夢語りの風鈴 』
レイリア・ハモンド3132









 チリーン。チリーン―――…
 木の屋台に吊り下げられた沢山の風鈴。
「いらっしゃい。夢語りの風鈴はいかがかね?」
 首にかけた白いタオルと麦藁帽子。

 考えたことは有るだろうか。
 もしあの人と恋人同士だったら。
 もしあの人と兄弟姉妹だったら。
 もしあの人と親戚親子だったら。

「1ついかがかね? 夢が見たい時に窓辺につるすといいよ」
 夏風の音色が見せる夢。
 それはあなたにどんな夢を見せるのだろう。









 朧月夜の窓際に、レイリア・ハモンドはそっと風鈴をつるした。
 確か、風鈴売りの男は、夢が見たい時につるすといいと言っていた。
 音色を聞きながら、レイリアはそっと指を組み合わせる。
「楽しい、いい夢が見られますように…」
 短い祈りを風鈴に捧げ、レイリアはベッドに入った。



























 ミーン。ミーン。ミーン。
 ジリジリと照りつける太陽は、まるでこの地上に住まうもの全てを焼き尽くしそうなほど暑い。
 レイリアは自然と流れた汗を手でぬぐい、照りつける太陽を眼を細めて見遣る。
 まだ朝も早いというのにこの暑さでは折角まいた水も、程なくして乾いてしまうだろう。それでもレイリアはホースの先に着いたシャワーノズルの取っ手を握り、小さな虹を作りながら花壇の花に水をまく。
 フェンス越しの運動場では、野球部やサッカー部がウォーミングアップの真っ最中だ。
 それならば、レイリアが水をまいている花壇は、これから光合成をする準備の真っ最中?
 園芸部であるレイリアにとって、育てている花は何よりも大切だ。
 暑いことはレイリアも得意どころか苦手だが、こうして水をまくことで収穫時には美味しい野菜が、綺麗な花が咲くのなら頑張れる。
「でもこう晴れてばっかりだと、どれだけ水をあげても直ぐに乾いちゃう」
 たまには雨も降ってほしいと思う。
 太陽の光は確かに栄養になるけれど、強すぎる太陽は毒以外の何者でもない。
 ここ最近の日照りに、レイリアが毎日学校に来て水をあげているおかげか、辛うじて園芸部の花壇は枯れてはいない。もし花が言葉を話せたとしたら、きっと感謝の言葉を告げているだろう。
 回転式の延長ホースを片付け、レイリアは取っ手を持ち上げ倉庫へと歩き出す。
「あ……」
 校舎の中へ向かって走っていく男子生徒の後姿に、レイリアの視線がさらわれていく。
(…何してるんだろう)
 つい気になって、足を止めてその姿に見入る。
 校舎内に入っていくその顔は、何かを思いついた悪戯っ子のそれで、レイリアは首をかしげる。
「アッシュ先輩も今日は部活かな?」
 一学年上のアッシュは、ぶっきらぼうだが優しいところもあり、レイリアにとってはちょっと気になっている先輩でもある。
 レイリアの動きは完全に止まり、無意識に一歩、歩き出す。
 が、手には不自然な重さが。
「いけない! ホースホース」
 片付けようとしていた本来の目的を思い出し、レイリアは倉庫へとパタパタと駆けて行った。










 倉庫でホースを片付けていたレイリアは、うっかり(?)顧問の先生に見つかり、腐葉土が入った植木鉢をカートに乗せて、裏手の花壇へと歩き出す。

チュッドーン!!!

 どこぞのマンガのような爆発音が轟き、レイリアは恐る恐る振り返る。
 運動場で練習をしていた生徒達も、爆発音に何事かと集まり始め、辺りは一瞬にして喧騒に包まれた。
「わり、入れるの間違えたわ」
 煙の中からケホケホとせきをしながら、軽い謝罪の声が漏れ聞こえる。
「あそこまで完成させるのは骨がおれるんだ。次は間違えるなよ」
「分かってるって」
 運動場と校舎の間を区切るようなアスファルトの上には、残骸というか粒と化したガラスが転がり、窓枠の一部は黒く焦げへにょりと曲がり、爆発の衝撃を物語ってはいるのだが、中にいるらしい2人はいたって無事そうだ。
 レイリアはそろりとそろりと窓枠に近付き、中を覗き込む。
「大丈夫…ですか?」
 まだ微かに煙が残ったままの室内は、外の惨状と同じように中もとてもカッコいい状態になっていた。
 修理費は、あまり考えたくないなと思う。
「!!?」
「へーきへーき。こんな程度恐れてたら、科学部なんてやってらんねぇって」
 手をヒラヒラと振りながら、煙の間から窓枠に歩み寄ってきたアッシュに、レイリアは固まる。まさか中にアッシュがいるとは思わなかったのだ。頬に黒い煤をつけてヘラヘラと笑う彼に、レイリアの表情は複雑だ。
 空に上りきった煙の中で立っていた銀髪の男子生徒2人の姿が露になるや、他の生徒達はやる気をなくしたように雲の子を散らすように去っていく。
 奇しくも、その場所は科学室だった。
「やっと数ヶ月かけて取り寄せたんだ。失敗はもう許されないぞ」
「わかってるって!」
 中からかけられる声に振り向きざま返事をして、アッシュはレイリアに片手を上げて謝るポーズを取ると、機密性が完全に消失した科学室の奥へと戻っていった。
 何をするんだろう。
 とてつもない興味が沸いたが、科学は余り得意ではない。それに、レイリアにはまだ終わらせなければならないお使いが残っている。
 部活があるということは、お昼や夕方あたりにもしかしたらまた会えるかも……。
 レイリアは腐葉土を乗せたカートを押して、全速力で裏手の花壇に向かった。










 ガリガリとシャーペンを走らせる音が、誰も居ない教室に響く。
 園芸部の野菜や花の今日の様子を日誌に記録して、レイリアは黒板の上にかけられている時計に視線を向ける。
 時計の針は両方とも真上を指そうとしている。
 レイリアは日誌を鞄にしまうと、教室から廊下へと出た。
 教室の戸を閉めて、ふぅっと息を吐きながら廊下の先へ視線を向ける。
「あ…」
 上げた視線がそのまま固まる。
 視線の先の彼は、よ。と、手を上げて、レイリアの元へ歩いてきた。
「今帰り?」
「あ、はい。アッシュ先輩も…ですか?」
 うっかりすると裏返ってしまいそうになるのを必死に抑える。
 まさか、向こうから話しかけてきてくれるなんて思わなかったから。
「まぁな。あーゆーのは根詰めたっていい結果なんてでねぇしな。続きは明日だ」
 それに、くそ暑いのにやってられるかよ。と、にっと笑ったアッシュに、レイリアもついつい頷く。
 アッシュはちょっとごつめな腕時計に視線落とし、
「今からだと、何処も混むよなぁ。ま、しゃーねぇか。行くぞ」
 どこへ?
 レイリアの眼が点になる。
 行き成り行くぞと言われても、どうしてそうなるのかも、どうしていいのかも分からない。
「昼、食べるんだろ?」
 数歩先に進んで、ついてこないレイリアに、苦笑気味に振り返ったアッシュが告げた言葉。
 ぱちくりと眼を瞬かせ、一瞬の逡巡の後、誘われているのだと気が着き、驚きに眼が大きくなる。
「置いてくぞ〜」
 固まるレイリアに肩を竦めるように笑って、アッシュは背を向けると仕方ないでも言う態で、手を振って歩き出した。
「ま、待ってください! 行きますっ」
 こんな機会はきっともう無いかもしれない。
 レイリアは小走りにその背を追いかけた。
「とりあえず、サーティワン急がねぇと」
「え? まだ、お昼食べてないのにもうデザートですか?」
「は? 何言ってんの? 昼飯に決まってるだろ」
「ええ!?」
 それはちょっと! というレイリアの抗議の声なんてどこ吹く風、はははと笑うアッシュの足は迷いがない。
 確かに暑いけれど、昼ごはんでアイスクリームなんて……
「まぁ、いっか」





























 窓から差し込む日差しが眼の位置にかかり、眩しさに薄らと眼を開く。
 小さな鳥の鳴き声と、まだ半分暗い景色が、レイリアに朝になったことを告げていた。
「うーん」
 レイリアはベッドの上で両手を伸ばして身体を伸ばす。
 寝起きもさっぱり、なんだか爽やかな気持ちだ。
 夢の内容をふと思い出し、ふふっと含み笑い。
 そのまま夢を見ていたら、あの後自分はお腹を壊していたかもしれない。そう思うとまた少し笑えてきた。
「さ、今日も一日頑張ろう」
 面白い夢も見れたことだし。
 レイリアの宣言と共に、夢語りの風鈴は光となって消えていった。




























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3132】
レイリア・ハモンド(12歳・女性)
魔石錬師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夢語りの風鈴にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 終わりがけのなつきたっ!でしたが、滑り込み重ねてありがとうございました。
 ノミを受理する段階でかなり形が固まっていたので、結構早くお届けできました。
 尻切れトンボ気味の夢ですが、楽しんでいただければ幸いです。
 それではまた、レイリア様に出会えることを祈って……

なつきたっ・サマードリームノベル -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2009年09月16日

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