▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『あなたと一緒に肝試し! 』
深沢・美香6855
--------------------

 夏、である。


 青い空、白い雲。
 コンクリートから立ち上る茹るような熱気。
 
 夏、といえば。
 海水浴、夏祭り、旅行、バーベキュー。
 そして、肝試し。

 夏、である。
 夏、といえば。
 そう、肝試し!!


------------

 誰が主催したのか知れぬ、肝試し会場。

「絶対泣かしたる。あの飄々とした顔、涙で濡らしたる!」
「情けない顔写真に取るよ〜♪」
「何時もコキ使われてますからね。雇い主に正面から挑めなくても、こんな形でなら。脅える姿でも見て溜飲を下げるとします」

 思い思いのお化けの格好で、不穏な感情をちらつかせながらスタンバイする者。

「……肝試し、ねぇ……。これ、行って帰って来れたら賞金出るって本当?」
「いやだいやだ、お化け怖い。怖い。ほんと、勘弁して下さい。――偽物? いや、そういう事じゃないんで!!」
「怖かったら、俺にしがみついてええねんで?」「……はい(照)」

 夏の風物詩を楽しむ為、深夜の会場に集まった者。

 あなたも一緒に、肝試し!



--------------------
A side
--------------------
「美紀ちゃん、これあげる」
 美香が笑顔を貼り付けて、仕事に精を出していた時の事である。帰り際思い出したようにお客様に手渡されたペアチケット。
 廃れた遊園地の有効活用、と、誰かが主催したらしい「肝試し」の招待チケットだ。
「肝試し、かぁ……」
 お客様の去った後、チケットを無意味に裏返したり戻したりしながら呟いた。
 妖怪や幽霊は、慣れたものである。妖怪の友達も居るし、幽霊とデートをした経験もある。
 行けば行ったでそれなりに楽しめる気はするが、別段乗り気になれないのは目新しさを感じなかった事と、行く相手に困ったからでもあった。昔の友人とは久しく連絡を取っていない。まして仕事仲間とはあまり上手くいっていない身の上――仕事柄深い付き合いを避けているきらいのある自分を自覚している美香は、数少ない友人を思い浮かべて顔を顰めた。
 けれど、なのである。
 旧家の令嬢から借金生活への転落を経て、すっかり貧乏性が身に染みて
「勿体無いし……」
チケットを、捨てる事が出来ないのである。

 仕事を終えて最近知り合いになった女性にお誘いのメールを送ってから数時間、返答は電話で告げられた。
 のんびりとした調子の、そのにこにこ笑顔が電話越しにも想像出来る声音で
「実はあたしも、チケットを貰って」
と、逆月蒼は言う。
「恐いものそんなに得意じゃないんですけど、慣れたいと思ってますし。何時もお世話になっているソウさんのお誘いだったので」
 苦手な筈の幽霊・怪奇の近くで生活している逆月の環境を思い出して、美香は苦笑した。そうして話に上ったのは時雨・ソウという名の彼女の仲間――偶然別の依頼で知人になった相手だった。
「せっかくだし一緒に行きましょうよ」
 赤髪の関西弁の顔を脳裏に浮かべたその時、逆月は明るくそう誘ってくれたのだけれど。
 時雨が何時かの依頼で話していた事を思い出して、断ってしまった。ちっとも自分の恋心に気付いてくれないとぼやいていた時雨。彼の片思いの相手、逆月。時雨の思惑としてはどう見ても、2人でデートというやつで。
 仕方が無いので他の友人に当る事にするが、生憎と都合が合わなかった。
 最後の最後で話を振ったのは、三下・忠雄。
 彼も逆月同様不得手な筈の怪奇現象に近い所で生活をしている。
 ところが彼はまだ都合を聞いただけ、用件を伝えていない段階で「行きます!」と即答してくれた。
 男女のデートというつもりは勿論美香には無い。けれど三下はこれまた電話越しにも分かる昂揚振りで
「僕、女性からのお誘いは初めてで嬉しいです! 本当にありがとうござます!」
もしかして泣いているのでは、と不安になる震え声でそう言って、待ち合わせの場所と時間だけを確認して電話を切ってしまったのである。
 大丈夫かしら、と思いつつも、それはそれ。
 美香は敢えて事実を伝え直す事を避けた。


 そうして迎えた当日。
 今の今まで羽根でも生えて飛んでいきそうな程軽やかだった三下は、長い列に並んだ瞬間に消え去った。
 廃れた遊園地、などという気配は見る影も無く、その日の現場はまるで全盛期のように活気溢れている。小学生ぐらいの子供の集団や、カップル、老夫婦、何だか怪しげな黒ローブの一団などなどがずらりと列をなしている。
 その始まりはどんどんとイルミネーションで彩られた崩れかけの入場口へと吸い込まれていた。
「……」
「さあ、行きましょうか」
 係員にチケットを渡し、黙り込んでしまった三下を笑顔で振り返ると、彼は可愛そうなくらい蒼白な顔。
 その表情の訴えるところは――果たして。恐怖に慄いているのか、それとも、これがデートか!? という、非難なのか――そんな事は美香にとってはどうでも良い事だった。



--------------------
B side
--------------------
 どこからか邪魔者が現われるのでは無いか、と邪推してしまうのは仕方の無い事だった。こんな幸福の折に、何時だって自分の上司は現われるのだ。
 けれどこの夜に限っては、自分の不安も虚しく至って平和に時が過ぎていた。
 時雨・ソウは自分の腕にしがみつく小兎のような愛らしい娘を、にんまりと見下ろして幸せを噛み締めていた。
 入場口では良くもこれだけ集まったものだと感心したものだったが、入ってみれば広い敷地内に散会した人々と合間見える事も少ない。
 妖しく彩られた不気味な園内、逆月・蒼と時雨の2人はメリーゴーランドに辿り着いた所だ。
 ギィギィと鳴りながら、無機質な馬がのろのろと旋回している。塗装がはがれ掛けているのに何故か奇妙な程鮮やかな目玉が灯りを受けて輝いていて、それがおどろおどろしい。
 何が楽しいのか分からないアトラクション、けれど時々悲鳴が聞こえてくる。
 その度に隣で逆月が小さく息を飲む。
「……乗ってみる?」
と声を掛ければふるり、と頭が振られる。その表情が、瞬間かわった。
「あれ」
 目を大きく見開いた彼女の視線を、追う。
「――おんや、まあ」
 馬車らしき四角い箱の中に見知った人物を見つけて、思わず時雨も声を上げた。その馬車の上には、「悪い子はいねがー!」でお馴染みのなまはげのような怪物が乗っていて、馬車をぐらぐらと揺らしている。
 悲鳴の主はその中に居る、三下だった。
 隣には時雨の印象では大和撫子、といった感じの美人、深沢・美香の姿がある。
 不釣合いな2人組が、まさか居るとは思っていなかった。
 逆月から美香が居るかもしれない、という事は聞いていたものの三下の存在は予想していなかったものである。
「声、掛けましょう?」
 ぱっと顔を綻ばせる逆月を、内心の焦りをひた隠して時雨は言う。真面目な顔を作るのも忘れない。
「あかん」
「え?」
「デートの邪魔したらあかんで、蒼」
「お2人って、そういう関係なんですか!?」
「……そうや」
 ありえんやろ!! と内心で突っ込みつつ、神妙な顔で頷く時雨を逆月は一分も疑わない。そうなんですかぁ、と驚き顔で、馬車に乗り込もうとしているなまはげを凝視している。
「……せや。さ、別の場所行こか」
 闇夜を切り裂くような甲高い三下の悲鳴を背後に、2人は踵を返した。



--------------------
A side
--------------------
「っぎゃあぁああ!!」
 鼓膜が破れそうな程耳元で、三下が叫んだ。
 がたがたと激しく揺れるメリーゴーランドの馬車の中で、何故か背中に三下が張り付いていて。
 なまはげに似た巨躯が馬車の上にしがみついて、顔だけ馬車の方へ突き入れているその入り口へ、ぐいぐいと美香の身体を押している。
 入り口で渡された指令書を頼りに進み、次から次へと見つける指令書からゴールへ辿り着き、そこで【ある物】を手にして出口へ向かうというのが主旨のようであった。要所要所で恐らくお化けやらと対峙するだろうとは思っていたけれど。
 なまはげに扮したお化け役は、お馴染みの「悪い子はいねがー!」ではなく「カップル撲滅!」と低い声で唸りながら馬車を襲ってきた。
 完全に主旨が逸脱しているのでは無いかと思う。
 そのなまはげが片手に持っているのは何故か大根だ。
「……」
 反対の手には、握り締められた恐らくは指令書。
「……」
 背後には「悪霊退散」と全く関係ない事を繰り返す三下。
「……」
 美香のテンションが下降するのを、誰も責められない筈だ。半身を馬車に捩じ込んできたなまはげから、無表情に指令書を奪い取る。
 あまりに美香が冷静なせいか、なまはげは一瞬動きをとめて馬車から出て行った。
 それを無視して指令書に目を落としていた所、
「――ひいぃいいっ!!!」
 甲高い叫びに、思考を邪魔されて美香は振り返った。
「……三下、さん……?」
 蹲った三下。涙をぼろぼろ流している三下。頭を抱えて震えている三下。
「せ、背中に冷たいものがー!!」
「…………」
 そう訴える彼がくるりと反転したそこには、飾り気の無いティーシャツの背中に突き入れられた、ただの大根があった。

 腰を抜かした三下を何とか宥めて、その手を引っ張りながら美香はクスリと笑った。
 小動物のように物音がするたびにびくりと背を震わす、脅えきった三下は、呆れを通り越したら何だか可愛い。
「ほら、三下さん頑張って」
 出来ればこういう時、自分は恐くはないとはいっても、やっぱり率先して自分を守ってくれるような男性と一緒に居たいものだが、これが母性本能なのか――三下に対しては自分が守ってあげなければという気がする。
 尊敬の眼差しを向けてくる三下は、身体を縮こまらせながら、
「……深沢さんは、怖く、ないですか…?」
「そう、ですね……」
 三下には悪いが、そこは素直に頷いておく。
 ひたひた、と誰も居ないのに追って来る足音や、建物の影から顔を出していたろくろ首――それは目をこらせば黒子の存在があった。
 昔は憩いの場だったのだろう噴水の辺りで、瓦礫と化したとは言え突然水が吹き上げたのは勿論機械などの操作の故だろう。
 何故か突然現われた墓地では、ありがちな墓から死体が出てきて追って来るという展開があり。
 ジェットコースターのレールの上から、こんにゃくが落ちてきて三下の顔に見事に着地したり。
 大きなお化け屋敷といった感じの、遊園地ならではのアトラクションだったのだ。
 怖くないか、と聞かれれば怖くない。
 事あるごとに叫び惑う三下が不思議なくらいなのだ。
 まあお陰で退屈はしなかったが。
「お疲れ様、三下さん。どうやら次が最後みたいですよ?」
 もう一度笑みを漏らし、美香は手にした指令書を三下に見せた。
”あと一歩! 観覧車エリアへGO→”

 ――その時だった。

 ずるり、ずるり、と。
 暗がりの中、三下の背中越しに地を這ってくる物体が目に入った。
 長い両手をがしがし、と力強く動かしながら、身体全体を引き摺ってくる。
 顔に掛かった髪の間、ぎらぎらと光る瞳。
「さーんーしーたーぁー……」
 綻んだ三下の顔が瞬時に凍りついて、リトマス紙の如く一気に色を変えた。
 地の底から聞こえるような、腹に響く重低音。掠れた響の中に、鳥肌が立つようなおぞましさが浮かぶ。
 ぎぎぎ、と音がしそうな挙動で、呼ばれた三下が顔を動かした。
「さーーんーしーたぁああああ!!!!」
 まるで蜘蛛。動かした手の余りの早さに、それが数本に見える。
 大きく叫んだそれが目前に迫ると、三下は喉の奥で悲鳴を噛み殺し左に逃げようとした。
 けれどそこにも。
「さん、した……さん…」
 見事に気配を消していた、まるで貞子のような身体がゆらりと揺れている。
 ブレーキを掛けた三下が振り返る。
 やっとで思い出した美香に助けを求めようとしたのだろう、けれどその時には全てを悟っていた美香もまた――。

「ぴぎゃぁああああっ!!!!!」

 解いた髪を顔の前で垂らし、小首を傾げて見せただけ。即興ではそれが限界。
 けれどそれで十分だと、三下の悲しい程憐れな叫び声が物語っていた。



--------------------
B side
--------------------
 ちょっと悪戯心が頭をもたげただけだった。
 逆月との肝試しデートを楽しんで、常に無い程密着して心が躍っていた。そんな時に見つけてしまったものだから。
「いやぁ、見事な駄目っぷりやなぁ!!」
 時雨は悪びれない態度でベンチに横たわったままの三下を見下ろして、からからと笑い声を立てた。
「ソウさんったら……」
 眉を寄せる蒼も、自分も共謀した手前強くは言えない。
 それは、美香にしても同じようだ。
「……やり過ぎちゃいましたかねぇ」
 口元に苦笑を宿して、膝の上の三下を団扇にした手で煽いでいる。
「グッジョブ、やで深沢ちゃん! 流石の機転やったね!!」
 時雨自身はとどめを指したのは、美香だと思っている。唯一の助け、自分の守り手であった筈の美香が、最終的にはお化けに扮してしまったのだから。
「お二人がいらっしゃってるの、知ってましたから」
 そうでなければ、あれが時雨と逆月だとは気付かなかっただろう、と美香は言う。
「それに三下さんを呼んでいらっしゃったし。だからこそ、です」
 彼の無能っぷりを知っている人だけが呼称する「さんした」呼び。そこから導き出した答えと、何より目立つ時雨の赤髪。
 三人目を合わせて、瞬時に噴出す。
「すごい、悲鳴でしたよね」
 あそこまで怖がってくれた三下を、誰だか知らぬ主催者もきっと喜んでくれただろう。

 そんな事を話しながら三下の目覚めを待つ三人は、何時までも楽しげに笑っていた。





END


--------------------
■登場人物■
--------------------
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【6855/深沢・美香[ふかざわみか]/女性/20歳/ソープ嬢】

【NPC/三下・忠雄[みのしたただお]/男性/23歳/白王社・月刊アトラス編集部編集員】
【NPC/時雨・ソウ[しぐれそう]/男性/20歳/サーカス団『ゼロ』自称軽業師見習い】
【NPC/逆月・蒼[さかつきあお]/女性/17歳/サーカス団『ゼロ』雑用 兼 賄い】

--------------------
■ライター通信■
--------------------
こんばんわ、こんにちわ。ご発注ありがとうございます!
お届けが遅くなってしまってごめんなさい。そして、『青春の必然』と間隔をあけて納品したかったのですが、同日になってしまって申し訳ありません。
イベントノベルは今年が始めて乗れたのですが、参加頂けてほっとしました。ご希望NPCを全員盛り込んでみましたがいかがでしょうか。ちょっと三下がでしゃばり過ぎ……でしょうかね……。
肝試しって何か違うような気がする、とも思いながらも、自分が楽しくなってハイテンションで書いてしまったんですが……せめて期待外れでないといいのですが。
――兎に角、今回もご参加頂けて大変嬉しいです!ありがとうございました!!

なつきたっ・サマードリームノベル -
ハイジ クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年09月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.