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『『真夏の2人〜眼下の海〜(後編)』 』
葉山鈴音(mr0725)

 涙を拭った。
 泣いていても、どうにもならないから。
 兄の姿をまた見るために。
 自分の元気な姿を兄に見せるためにも。
 ――諦めない――

 捕らえられている部屋を見回し、木造であることを確認する。正面のドアからは相変わらず男達の声が聞こえているため、部屋の奥に歩き、控え目に隣の部屋側の壁を叩いてみた。
 そして、窓から顔を出す。
「誰か、いる……?」
 小さな声を発して。
 もう一度、壁を小さく叩いて、葉山鈴音はまた窓から顔を出す。
 しばらくして、頬を腫らした少女が窓から顔を出した。
 目も真っ赤で、酷く怯えた表情をしている。
「逃げよう。私の部屋の前辺りに、悪い人達、いるみたいなの。そちらの部屋に渡ってもいい?」
「だ、め……」
 少女は首を強く振った。
 赤い頬は痛々しかった。
 抵抗して殴られたのかもしれない。
「他に捕まってる人、いる?」
 その問いには、無言でこくりと頷いた。
「何人?」
 鈴音の問いに、少女は手を開いてみせる。
 5人のようだ。
「船が着いたぞ、準備しろ!」
 前の部屋から男の声が響いた。
「そ、そういう話してたのしられたら、殺、される、かもしれない、から……」
 少女は震えて部屋の中に戻ってしまう。
 鈴音は唾を飲んで、続いて反対の隣の部屋側の壁を叩いた。
 ……音がなんだか違う。
 そう思って、窓枠をしっかりと掴みながら身を乗り出してみれば、そちら側には部屋はないようであった。
 ここは、端の部屋だ。
 壁を破壊する力があれば、脱出できたのかもしれない。
 でも鈴音にはそんな力はなく。
 そして、その先も絶壁である可能性もあるから。
 それ以上、そちらの壁を叩くことはしなかった。
 部屋の中を歩き回って、何か使えそうなものがないか、探し回る。
 その部屋には、家具は棚だけだった。
 鈴音は床に直接投げ出されていた。
 何もない部屋だ。
 何もないのなら――。
 鈴音は棚に近付いて、極力音を立てないよう気をつけながらガラスの扉を外していく。

 バタバタと男達が出ていったことを、耳で確認し、屋敷が静かになった頃。
 鈴音は大きく息をつき。
 兄の姿を思い浮かべながら……ぎゅっと拳を握り締めて、ドアへと近付く。
 そして、ドンドンと叩いた。
 ……しばらくして、ドアが少しだけ開き、ドアの隙間から剣が向けられる。
「なんだ」
「気分が、悪いんです……。お手洗い、行かせて下さい」
 たどたどしくそう言うと、ドアが開かれ男が鈴音に手を伸ばした。
 マスクをしていて、顔はわからない。
 自分を捕らえた人物ではなさそうだ。身体つきはいいが、普通の人間に見える……。
 強く腕を引かれて、廊下へ引っ張られた途端――。
 鈍い音が響いた。
「門か!?」
 部屋から武器を持った男達が飛び出し、玄関と思われる方向へ駆けていく。
 数は4人。部屋に留まっている男、窓から外へ飛び出している男もいるようだ。
「入ってろ!」
 鈴音を掴んでいた男も、鈴音を元の部屋に放り出し状況を見に行こうとするが、鈴音は大人しく戻る気など全くなかった。
 自分を掴んでいる男の手にがぶりと噛み付いて、男に体当たりをする。
 持っていたガラスが、音を立てて割れる。
 剣が軽く身体に触れて、お気に入りの白いワンピースが裂け小さく血が滲んだけれど。そんなことに気づきもせずに、鈴音は向かいの部屋に駆け込んだ。
「逃げたら殺すぞ!」
 男はドスの利いた声で言い、争いの音が響く玄関に向かい駆けて行く。
 鈴音は部屋の中で荒い呼吸を繰り返しながら、必死に自分を奮い立たせる。
 ワンピースの裾を破って、ガラスの破片を握り締める。
(お兄ちゃんだ、お兄ちゃんが来てくれたんだ、絶対……)
 そう何度も心の中で思いながら、再び、鈴音は廊下へと飛び出した。
 そして、あの子――顔を腫らしたあの子が捕らえられていた部屋に近付いて、鍵を開ける。
「早く、逃げよう!」
 バンとドアを開け放つと、部屋の中にあの少女を含め、5人の少女が蹲っていた。
「何してやがる!」
 音を聞きつけ、残っていた男が鈴音に背後から襲いかかる。
 鈴音はガラスを後に向けて、突き立てた。
「つ……っ」
 小さく声上げた男に、少女達が立ち向かって行く。
 皆で体当たりをして突き飛ばし、少女達と鈴音は、玄関とは反対と思われる方向に駆けた。
「あそこ、裏口――」
 出入り口があるのなら、その先は陸地だ。
 希望を持ち、鈴音は少女達と急いだ。
 だが……。
「動くな!」
 若い男が、そのドアから姿を現す。
 剣を携えた男と戦える人物はここにはいない。
 背後からは、戦闘音が響いている。
 少女達は怯えながら動けずにいた。
「お兄ちゃん……!」
 鈴音が声を上げた。
 兄、葉山龍壱が来てくれているのだと、信じて。
 途端。
 背後のドアが破られて、赤い血が飛び散った。
 血と共に現れたのは――長い銀色の髪の持ち主。
 龍壱だった。
「お、兄ちゃん……っ」
 泣き出しそうになりながら、鈴音は声を上げた。
 包帯だらけの兄の身体、血に染まった体が痛々しくて、悲しくて。
「足元、影っ!」
 異変に気づいて、鈴音は叫び声を上げた。
 背後から伸びてきた影が、龍壱の身体に絡みついていく。
「やめて、お兄ちゃんを放して! もうやめて!!」
 自分が捕らえられた時のこと、あの苦しさも思い出し鈴音は裏口から現れた男の腕を掴んで、哀願した。
「黙れ」
「あっ」
 男が手の甲で鈴音の頬を打った。
 強い衝撃を受けて、鈴音は倒れる。
「代償は貴様等の命でも足りん――」
 兄の低い声が響く。
 刀に宿る力で、龍壱は足に絡み付いていた影の動きを止めた。
 もう1本の刀は、床に突き立てて炎を噴き上がらせる。
 影を操る男が姿を現し、龍壱の後方から剣を振り下ろす。
 龍壱は刀で剣を受ける。
「行かせ、ないっ」
 若い男が、加勢に向かおうとする姿を見て、鈴音は男の足にしがみついた。
 男は、鈴音を振りほどこうと、足を振り、壁に手をついて、鈴音の身体を蹴った。
「あっ、うっ」
 唇をかみ締めて、鈴音は攻撃に耐える。絶対に放すつもりはなかった。
 龍壱が放った炎が、少しずつこちらにも迫ってくる。
「どけ」
 兄の声が耳に届いたその後に――若い男の絶叫が響く。
 上半身が炎で焼かれている。
「皆、逃げて……。お兄ちゃんが道を開いてくれる、から……」
 鈴音はそう言葉を発した後、男から手を放し意識を失った――。

 もう、何も不安はなかった。
 兄が傍にいるということだけで。
 炎も犯罪者も怖くはない。

 早く早く治療をしてあげたいのに。
 ごめん、ごめんねお兄ちゃん。

 沈む意識の中。
 浮き上がろうと、鈴音は手を空へと伸ばしていた。
 この手に掴みたいのは、兄の姿。
 龍壱の身体だけ……。 

    *    *    *    *

 木造の天井が見えた。
 夜だ。
 月明かりが、部屋に淡く射し込んでいる。
 ぼーっと天井を見ていながら、手に何も握っていないことに気づき、途端、鈴音は飛び起きた。
「お兄ちゃん……!」
 ここが何処なのか。全て夢だったのか。
 どこから何処までが夢だったのか……解らずに、ただ兄を呼んでいた。
「よかった、気がついたんだね」
 現れたのは、優しそうな男性だった。医者のようだ。
「お兄ちゃん、は? 私と、一緒だった、よね?」
 鈴音の言葉に、軽く眉を寄せて頷いた。
「ただ……」
「早く会わせてください! 私、治療できますから!!」
 鈴音は叫ぶように声を上げていた。

 龍壱は、血の気のない顔で龍壱はベッドに寝かされていた。
 鈴音は転びそうになりながら近付いて、禁書術で龍壱を癒していく。
「ごめんね、ごめんね」
 何度も謝罪の言葉を言いながら、涙を落としながら。
 自分の命を兄に注ぎたいと思いながら。
 魔法の力をなかなか受け付けない兄に、必死に魔法をかけつづけた。
「大丈夫。……もう、大丈夫ですよ」
 しばらくして、共に龍壱の容態を見ていた医者が鈴音にそう声をかけた。
 見れば、土色だった顔に赤みが戻っている。
 だけれど鈴音は、魔法をかけることをやめることが出来なくて。
 しばらくの間――疲れて倒れてしまうまで、ずっと。
 ずっと兄に魔法をかけ続けた。
「ありがとう……だい、すき……っ」
 覆い被さるように眠りに落ちた鈴音を、医者は動かさず。
 軽く息をついたあと「お疲れ様」と言葉を発してその部屋を後にした。

 鈴音が次に目を冷ましたのは、朝だった。
「おはよう」
 同じベッドに横になっていた龍壱が微笑んでそう言い、鈴音の頭を撫でた。
 優しく、愛しげに……。

    *    *    *    *

 屋敷の残骸から、最低限の資料は押収できたそうだ。
 こういったリゾート地に拠点を構えて、期間を定めて誘拐を行なっていた組織のようだ。
 捕らえた少女達は、裏のルートで売り、売られた先で人体実験の実験体や奴隷となっていたらしい。
 魔術に長けた頭領が実行犯も兼ね、荒稼ぎをしていたようだ。

 助け出された少女達が次々に、龍壱と鈴音の元に礼に現れた。
 事情聴取が続いており、龍壱と鈴音は、夏休みが終わっても学園に戻ることは出来なかった。

 時間のある時には、2人で海に出た。
 2人ともまだ少し弱っているから。
 海には入らずに、ゴムボートにのって。
 ゆらゆらと波に揺られてみたり。
 浜辺でパラソルの下、遊ぶ人々を眺めていたり。

 龍壱は淡い桃色のワンピースを一着、鈴音にプレゼントした。
 鈴音は海辺で着るための薄い青色のシャツを一着、龍壱にプレゼントした。

 ピンク色のワンピースを纏い、輝く笑みを見せる少女と。
 青いシャツを着た銀色の髪の、壮麗な男性の姿は。
 その島の人々の記憶に、深く刻まれた――。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 専攻学名】

【mr0676 / 葉山龍壱 (ハヤマリュウイチ) / 男性 / 24歳 / 幻想装具学】
【mr0725 / 葉山鈴音 (ハヤマスズネ) / 女性 / 18歳 / 禁書実践学】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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なつきたっ・サマードリームノベル「真夏の2人(後編)」にご参加いただだき、ありがとうございました。
別々の視点で書かせていただきましたので、龍壱さんの方のノベルも是非ご確認下さいませ。
怖い思いをさせてしまい、すみませんでした。捕まっている人々を助けるとプレイングをいただいたため、被害者は皆無事に戻ることができました。ありがとうございます。
またお目に留まりましたら、よろしくお願いいたします。
なつきたっ・サマードリームノベル -
川岸満里亜 クリエイターズルームへ
学園創世記マギラギ
2009年09月07日

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